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冲方丁の口から明かされた富野由悠季の作劇

2010/06/12 21:44|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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 とりあえず、前月予告された富野×冲方対談を読みました。第1回のタイトルは「「リーンの翼」がもつ魔力」でした。予想とおり、とてもいい対談だった。


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 今日は自分が読んだ感想や、冲方丁氏が指摘した富野由悠季監督の作劇について話したいですので、ネタバレを避けたい方は、どうか先にニュータイプを買ってその対談を読んでください。ちなみに今回引用するテキストはおなじみシャア専用ブログ@アクシズさんからのものです。ありがとうございます、シャア専用ブログ@アクシズさん。
 ちなみに、今回は記事のタイトルが示したとおり、冲方丁氏の話を中心に取り上げて、軽く富野作劇を語るつもりですが、富野監督の話に対する感想も入っていますので、ご注意ください。





冲方 つなぐ必然性がいつ生まれるか分からないシチュエーションに、自分を投げ込むんですね。
富野 そう。この10~15年の日本映画やアニメがつまらないのは、全部わかったなかで撮っていて、ワケのわからないものがないからです。初めてお会いしたときに、行き当たりばったりで書いてると言ったけど、あれはレトリックじゃなくて、僕程度の人間は物語を全部コントロールする力がないから、まずとことんまで物語を広げて、それをどうにか収拾していくしかない。つまり、構造に戻るんだよね。その組み上げさえうまくいけば、劇は成立する。

 このへんの「意図的に予定調和でないものを作る」というのが、富野が一貫にしてこだわり続けている手法で、実をいうと、声優の使い方に対しても、井荻麟として作詞を書くときでも、それが終始しています。また、わざと変なものや描写を入れて異質感を作るのは、富野のアニメ作品にも見られる現象ですが、これはいずれまた別の記事を語りましょう。

富野に訊け!異性接触編Q.31 中学生とセックスの関係(声優の「きっぱり感」に関する話)
富野由悠季と声優(作詞の「破調」に関する話)

 ただまあ、ほかの能力と比べて、構成においてはそれほど優れていない富野監督がこういう方法論を取るのは、実をいうとリスクがあり、作品によって強引と感じさせるようなもの(『ダンバイン』とか)、もしくは失速を感じさせるようなもの(『キングゲイナー』)も出てくるかもしれませんよね。そこはやはり富野さん一番の弱点としか言えませんよね。


富野 (『リーンの翼』の方法論が)文芸としていいものになっているかどうかが問題で、そんなことは知るかというところで留まっているのが僕だから、「リーンの翼」を書き終わっていちばんイヤだったのが、これは小説じゃないという感覚がすごく強かったことだね。
冲方 それはめざしていた文芸として気に入らなかった? それとも、自分の心に抱いていた劇をうまく構成することができなかったから?
富野 両方です。これ一冊で僕の能力査定ができちゃうくらい、僕の知ってることと知らないことがわかっちゃうのだから小説じゃないでしょ。
冲方 まさにそれを小説と考えている人も多いと思いますが……富野監督は自分がもっている以上のものを作品に引き込みたかったんですね。
富野 クリエイティブな仕事には、その人の能力を超えることがあると思います。僕は、ゴッホの意識の中に強固な美意識や芸術論があったとは思えない。でも反射神経で生み出したものが、ああいう形となって現れる。アーティスティックなアクションというのは、まさにああなるべきだと思っていますから。

 なるほど富野さんがああ仰ってるのは分からないでもありません。言い換えると、なぜ富野監督はああも自分の小説を「小説じゃない」と卑下するというと、それは「100%が富野という作り手の能力の範囲内にある」ということに尽きます。それゆえ、たとえ話がよく出来ても、富野本人にとって「自分のスキルで作ったものでしかない」わけです。
 ただ、冲方氏の指摘とおり、小説に限らずどの作品でも、どうしても「作家の顔や思考が覗ける」という面がありますので、それは正直富野個人の思い込みで、周りから見れば、もうある種富野さんに取り付いている迷信になってる感じがしています。



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冲方 富野監督の言う“行き当たりばったり”は、僕らが使ってる行き当たりということばとは違う気がします。このシチュエーションの“行き当たりばったり”にほうり込まれて生き残れる若い作家はほぼいないでしょう(笑)。そのくらい厳しい状況に自分を置いたうえで、そこから必然性を招いているというのが、「リーンの翼」を再読した僕の実感です。とにかく、1巻から4巻にかけてのイメージの変転は、論理だけで導けるものではないですよ。
富野 それは僕がアニメの演出家だったからです。先ほど映画の演出の話をしましたが、あれに近い感覚が自分にも備わってるんですね。行き当たりばったりでかなりひどいこともやらされたし、そのひどいものをどうつなげるかという訓練もしてきました。そういうふうにまとめていく作業には、かなりの力業もいるわけで、簡単にできるとは思ってくれるなとは言いたいけど、ただ、「リーンの翼」を読んで間違う人たちがいるだろうということも承知しています。
冲方 間違うというのは、自分にもできると思ってしまうということですね。実際、僕も一瞬思いました。自分もこういうものが書きたいし、書けるんじゃないかって。そう思わせることばの力がこの作品にはあるんです。ことばが数珠つなぎで切れ目なく続いて、シンプルにさえ感じる。だから自分にも書けるんじゃないかと思うんだけど、実はその工程たるやものすごい複雑で、そんじょそこらの作家がまねできるわけがない

 これは富野小説をあまねく読んだ自分にとって、ものすごく実感していることです。確か富野小説の「流れ」は非常に自然です。自然すぎて、まるで「構成」を感じさせないのに、話を一通り読めば、やはりきちんと繋がっている。そこには、間違いなく作家の技が存在しています。

 一つの例えしましょう。最近自分が読んでいる『オーラバトラー戦記』ですが、まず主人公からすでにその特徴が顕著に現れています。
 城毅、通称ジョク。大学生でありながら、空手のやり手で、軽飛行機の操縦も嗜んでいる。さらに地上人であるため、強い「オーラ力(ちから)」を持ち、その力が目付けられて、すぐに騎士という地位につく。
 それほどイケメンでもないのに、健気でお尻小さくて可愛い後輩にとことん好かれて、ジョクがアメリカに行ったとき、その後輩は仲が深いわけでもないのに、わざわざアメリカのロスまでジョクに会いに行くほどゾッコンだった。おまけに異世界に降りた途端、その国の王女と国一番有望な女騎士に一目惚れされたという、普通の物語ならばもう紛れなく軽くチートか御都合主義キャラに属しているキャラクターはずなのに、それをチートと感じさせないのは、それを自然に思える理屈と自然に感じる描写が用意されているためである。これが、冲方氏が言っている「自然に出来ている」ということです。

 そういう書き方ですから、誤解を生むのもおかしくありません。それがマネしたい書き手にとってはそうですし、読む手にとってもそうです。自分が数年前初めて読んだときでも、一つ一つの場面は次々と流れていて、まるでただひたすら話の展開を文字として殴りこんだ感じさえありましたが、よくその要素を咀嚼しますと、どの場面に入っている描写やキャラでも、必ずといっていいほど意味と必然性があります。そう感じ取ったとき、もうどの要素も外せないくらい、この作品に緊密に繋がっていること
を気づきました。もう驚嘆の連続でした。


冲方 富野さんのお話を聞いていると“仕事をする”という、そのひと言の重みを本当に理解しないといけないんだなと思います。「リーンの翼」の1、2巻は27年前に書かれた旧作がベースになっているわけですけど、何でこんなに古くないんだって驚いたんですよ。古さがないというか、すべてが独自なので作品の中に古くなる要素がないんです。あの時代の流行だとか当時のノリみたいなものが、まるで入ってない。こういうものこそを“仕事”というんだろうなと愕然としました。
富野 その点は僕なりに、少しは気をつけました。どういうふうに気をつけたかというと、僕はオリジナルの新しいアイデアは浮かばない人間だから、ファンタジーならファンタジーの原理原則だけを追いかけるということです。

 流行に惑わせない、原理原則に則るというのは、富野監督は常に自分のアニメ作品に実践し、講演やインタビューでは何度も述べてることで、アニメファンならば大抵ご存知なことですが、こういう精神の表れは小説『リーンの翼』にも出てきて、作家の冲方氏にも感じさせるようなものです。実際、現在名作と呼ばれる作品は、作成された時代こそ違うものの、絶対時代性に引っ張れない何かが持っていますから、今日まで残ることができるのです。
 同じく、富野監督のアニメ作品は必ず歴史に残るものとは言いませんけれど、実際の今日までの状況を見れば、富野作品はやはり長く残せる/売れるものなので、一過性の消費性が強いアニメとの違いは、まさにそこにあるのですね。
 また、多才で色んな領域で活躍していて、まさに時の人である冲方氏がそれを見抜いて評価するのも、非常に感心すべきことです。一人の作家、一つの作品が果たして残せるかどうか、結局時間に判断してもらうしかありません。今に惑わされずに、それをきちんと認識している冲方氏は、とても立派だと思います。

 あと、富野監督は「オリジナルの新しいアイデアは浮かばない人間」と自称してますが、それには強く同感しています。まったく新しいアイデアを作れないことは無いのですが、とりあえず富野さんは基本的に既存の何の変哲もないアイデアを面白く取り上げることなのです。つまり、アイデアの仕上げが上手い。
 たとえば、『アベニールをさがして』という作品はあります。「とんでも粒子」+「スペースコロニー」+「ロボット」というどうみてもガンダムのアイデアなのに、富野監督の手にかかれば、まったく新しい時代と新しい背景と新しいストーリーとして作り上げたという。これは中途半端な人間じゃできる仕業ではありません。それから、『∀ガンダム』を見てもそうです。骨子にあるのは紛れも無くガンダム的な背景なのに、「ナノマシン」と「神話的な何か」を入れただけで、ああまで毛色が違う作品を作ったわけ。それらが、まさに富野がすごいという証拠であります。


富野 冲方さんの小説が、ああいう文体でああいうページ面だから告白するけど、僕も本になったときにああいうふうな見え方をするようにすごく努力したのね。ゲラを見ながら改行改行改行ってものすごい赤を入れたのよ。で、最終的にできた本を見たら、あのざまです。ホント、イヤになった(笑)。何でこうまでもページ全面活字で埋まってるんだって。
冲方 あははは。ページ面という考え方は初めて聞きました。

 正直、ページ面の改行などはどの作家も常に考えていることだと思いましたが、冲方氏の反応を見ると、どうやらそうでもなさそうです。しかし他の作家はともかく、確かに富野さんはひどくそれに気を使っています。
 一番はっきりそれを見えるのは、私見では『密会 -アムロとララァ-』だと思います。この作品は角川ミニ文庫から角川スニーカー文庫になったとき大幅加筆されましたが、描写の追加や、全体の雰囲気をより繊細で情感的にするような加筆以外、もう一つは「スニーカー文庫のフォーマットに適応する改行を行うための加筆」、つまり「改行の調整」という文章追加の気配が、正直どことなく感じ取れます。機会があれば別の記事で語りたい。


冲方 僕の知り合いにもガンダムにかかわっている方がいますが、富野さんと違うなと思うのは、やり返さないんですよね。ガンダムという枠組の中で自分の表現ができるという喜びは伝わってくるんですが、じゃあその枠組、作品、スタジオに対して何をやり返しているかというと、実はあまりない。そこが富野さんとほかの多くの方の違いなんですよね。
富野 何言ってるの、冲方さんこそ「天地明察」でやり返してるじゃない。ということで、次回は「天地明察」の話をしましょう(笑)。

 まさにそうだと思います。だから、それは目に見える形にはなってませんけれど、長い目で見れば、いつか必ずフィードバックされるものです。それがなぜ富野監督の作品が他の監督さんのガンダム作品と違って、ガンダムシリーズ全体に「何か」をもたらせるわけでもあると思います。



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 来月のテーマは冲方丁氏の作品『天地明察』ですが、富野監督の口から直に他人の作品の感想を聞けるチャンスはそうそういませんので、来週も楽しみすぎます。情報によりますと、毎月3000文字程度あるようですから、どれくらい長い連載になるのかちょっと分かりませんが、それでもここ数ヶ月ガンダムエースの「教えてください。富野です」とアニメージュの「富野に訊け!」以外もう一つの楽しみになるのは間違いないですね。


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