富野由悠季監督に関するうわ言 / 有關富野監督的妄言妄語

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白富野の真意

2008/06/14 20:46|富野由悠季関連TRACKBACK:1COMMENT:0
あまり纏めた感想ではないのですが、一応昨日の記事に対する小感。


大森氏の言うとおり、『∀』はいろいろ余裕が出てる作品だと思う。
”自然体”と形容してもいいが、”正義”と”悪”という概念がないと言ってるいいが、
とにかく『ブレン』以降の富野作品では、『V』以前と違う雰囲気が漂ってる。
で、僕は大森氏の話を聞いて、なるほどなと思ったのは、
「そっか、正義と悪を感じさせないという自然体こそ白富野の作風だったんだ。」ということ。
考えてみれば、富野作品のなかでは、正義と悪こそ曖昧なものの、
やはり主義とか理想とかという形で劇中に出てきます。
そういう衝突は人の本音や本能を加えれば、富野節の出来上がりですし、
富野作品のカタルシスの所在だと思います。
でも、白富野にそれらはほとんど存在しません。あるのは人の都合だけ。
それこそ白富野の真意で、人死ぬか死なないかの問題ではありません。
富野のプロットやらシナリオやらを見ても、人は元々バンバン死ぬ予定だったし、
いわゆる”黒い展開”てんこ盛りだから、それらは黒と白の分けるところとは言えない。
じゃあ、どこにあるのかと聞かれたら、僕は人の都合だと言います。
『∀』を例えにすると、それはディアナの都合、グエンの都合であり、
御大将の都合、アグリッパの都合でもある。
つまり、人そのものを相手に反応するのではなくて、
人そのものを含めて自分の周りにいる環境に反応する。
つまり、人はそういう強固さを持つ同時に、そんなに利口でもないから、
そう簡単にひとつの行動原理で支配されるわけがない。
どういうことが言いたいというと、とにかく人は平気でうそをつく。
人はそんな便利な生き方をするから、そう簡単に死ぬわけがない、ということです。
だから、『∀』はもちろん、『ブレン』も『キンゲ』も設定こそご大層なものだけど、
実際描きたいのはありのままの姿の人たちであって、
世界の壁とぶつかってるヤツはほとんどいません。だからみんなイキイキしてる。
勝手に黒化することもない。


そういや、岡田は昔『ブレン』を受け付けなかったのひとつの理由として、
「コクピットは元々子宮のメタファーなのに、富野さんのはモロ子宮じゃん」を挙げた。
言われてみるとそうだが、それはたぶん富野の関心はもうそこにはないから、
あえてそういったメタファーを予め排除するのではないか、と邪推する。
いや、そもそもそういうメタファーはホントにそんなに重要するかどうかは知らんけど…。
でも、おXんこコクピットは確か揃って『ブレン』『∀』『キンゲ』『リーン』といった白富野作品で登場するから、ひょっとしたらなんらかの関連性はあると見なしてもいいじゃないかな?


あー、やっぱり纏まらないなー、話が。


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 どうも、アニメの感想がうまく書けないで、(もっとも・・・もともと、うまい感想なんか書いたこともないんですが、)ブログの更新が滞っ...
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