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アニメはすなわち「映画」だが、アニメならではの独自性がある:『映像の原則』から見る富野由悠季監督のエンターテイメント観(2/3)

2010/01/30 22:33|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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  ええい、これがアマゾンか! 「リーンの翼 COMPLETE」が全く見えない。これがあの膨大な予約を出した結果なのかぁ?…これは許せん! アマゾンめ! 早く仕入れよ!
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 前回は芸能を論じたところで、今日は富野監督のアニメに対する思考を見てみましょう。

アニメ、CGに独自性はあるか?

 アニメにもCGにも、独自のものがないわけがありません。
 このテキストでは、アニメは映画の一部だと書きすぎて、アニメの独自性を認めていないように感じられた読者もいらっしゃるでしょうが、そんなことは考えいてもいません。
 ぼくは30年以上アニメで暮らしをたててきたのです。嫌いでできることではありません。
 しかし、ぼくが映画を先行させたのは、このテキストでわかるとおりです。
 映画が発明されたとき、映画はアニメ的な画像から出発しました。ジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』はアニメ的だと思っていますし、映画は、もともと下世話な活動大写真であって、けっして高級なものではなかったのです。
 ですが、その高級なものではあい映画は、近代的な技術を駆使して大パラノマを描いてきました。
 そして、映画は大衆娯楽としての地位を築いたのです。
 その映像の大きさとかスリリングさ、おもしろさは、見世物としては上等で結構なものだと感じます。
 しかし、ぼくが子供のころの映画人は、必ずしも活動大写真が好きではなく、芸術的であろうとしていた姿勢がありました。それでも、商売で子供向けの作品をつくるようになった大人たちが、あきらかに子供の観客をバカにして、真面目に活動大写真をつくらない姿勢が臭いました。それが、ぼくにとって嫌悪感に育っていたことを自覚しています。
 ですから、映画であれアニメであれ、映像的な作品を創るときに、観客を舐めたものを創るのはやめよう、と考えただけなのです。
 観客に迎合することも、プロとしては、観客を舐めていることではないか、と警戒しつづてきました。ですから、ぼくが対象いしている観客は、もともと子供であったのです。逆説ではありません。
 難しい映画であっても、ともかく目先の画像が変わることで、なんとか映画を見切れていた。その記憶が、いつしか、自分のなかで理解できるようになれば、それは素敵なことです。小説など中学になっても読めなかったぼくですから、映画はかなり文化的な素養を育ててくれたのではないかと信じています。
  とすれば、映画なんて、大人向けに創っているように見えても、観客の半分ぐらいは子供だろう、と勝手に想像していますから、そのような観客に向けて映像作品を創るのに、本気で創ってなぜ悪い、ではなく、本気で創るしかないのです。
 ですから、ぼくにとっては、観客対象年齢を決める興行のあり方や、視聴対象を設定するTV業界の出現には、かなり抵抗感があったものです。こおようい書いて、古い話だなと実感します。
 このような意識をもったものが、この世界で今日まで生きてこられたのですから、この仕事をとおして知ったことは最大限、書きしるしたつもりです。 

 アニメが映画の一部であるのなら、映画らしいものにすることはまちがいではないのです。妙に偉ぶった映画より、活動大写真的パノラマ、子供を舐めない物語を描けるのが映像作品ではあいか、とぼくはチャレンジしてきたつもりです。
 子供でも大人の世界を観たいんだ。そのようなドキドキするものを創りたいのです。それはマンガ以上に、ぼくにとってサスペンスを感じさせるものだったのです。
 そのために、アニメは映画だといいつづけているのです。
 アニメはマンガ絵をつかっているため、その機能を世間はおとしめて、それでいて、商売になるとわかるとロクに活動大写真的なものが好きでもない大人が手を出してくれるようになりました。ただそれなりに好きだけで商売に参入するサラリーマンたちもいます、ヴィジュアル社会と認知されれば、国家までが映像産業に関心をよせてきました。
 国家が映像に口を出すなどもっとも厭な現象ではないか、と懐疑します。
 絵のシンボル性は実写以上で、上手につくれば、実写以上に長生きする媒体だと、ぼくは身に染みて知ることができましたので、これをアジテーションの道具につかわれるのだけは厭あのです。このことは、病人を作るような作品も世に出したくない、という主張にもつながるのです。
 絵そのものが動く楽しさは原始的で、素直にアニミズムを信じられる嬉しさがあります。それをぼくは、芸能と同じではないかと感じられるようになったのです。
 実写より古ぼけず、立派に活動大写真のメリーゴーランドになると信じているのです。それは映像でもできるはずだと夢想しています。
 大人になると、なぜ活動大写真的な世界を子供的だと思ってしまうのでしょうか? ぼくにはそれがわからないのです。
 このようなテキストを書いたのは、ぼくにできないことを、みなさんにやってほしいからなのです。
 そして、このテキストでいう原則というのは、視覚印象を基本にしているものであるのだから、身体性と密着しているものであって、その感覚基準については、身体性と密着しているものであるから無視できない、と確認しておきます。これは時代いよってグズグズになってしまう認識論ではないからこそ、原則となるのです。

 そもそも映画は元々アニメと同じように、ただの「動く絵」です。それは懐古でもこじ付けでもない、歴然とした事実です。まったく手描きから出来上がったアニメと質感が違うかもしれませんけれど、受け取る側が働かされる機能は同じなはずです。これが「映像の機能」で、この技術本でもさんざん強調されてる原理原則です。
 しかし、以上の文章を読めば分かるとおり、富野監督が言ってる「映画」はそれだけではありません。

 おそらく富野にとって、「映画」というのは一種の志だろう。よく富野が「アニメ嫌い」とか「(実写)映画コンプレックス持ち」といわれますが、富野が絶えず「映画」を口にするのは、それ以上の意味があります。
 確かに、昔の富野はアニメで「映画」をやろうとした時期もありました。もう少し具体的にいうと、「機動戦士ガンダム(小説)」「ガイア・ギア」「∀ガンダム」などで見られるとおり、これらのラストシーンは間違いなく「映画」だった。文芸映画的な雰囲気は昔のアニメ人に好かれるように、富野もまた自分のキャリアに相俟って、映画に憧れを持っていました。
 しかし、だとすると、富野にとってアニメはただ映画の代用品にすぎないでしょうか? いいえ、決してそうではありません。

 すでに知っている人いるかもしれませんし、まだよく分からない人もいるかもしれませんが、「絵のシンボル性は実写以上で、上手につくれば、実写以上に長生きする媒体」というところは、確かに存在しています。あの距離感ゆえに素直に受け入れる見方、絵を鑑賞するという美的感覚、「無」が「有」を生む瞬間のセンス・オブ・ワンダーが、決して実写がどうやっても手が届かない、アニメならではのもの。それを、たとえアニメーター出身ではないでも、長年アニメを作り続けてきた富野にはわかる。
 さらに、「絵そのものが動く楽しさは原始的で、素直にアニミズムを信じられる嬉しさがある」というあたりは、まさにアニメがいちばんの原理原則です。世界に認められている宮崎駿監督もこの信条を40年以上信じてやまないからこそ、見るだけで楽しい「アニメーション」を作れたのでしょう。そして、アニメーター出身ではない富野も感覚的にこれをわかるのは、むしろ宮崎監督より貴重なことだったのではないでしょうか。
 「映画だけじゃないアニメ。それでいて映画であるアニメ」。これが富野が信じ、目指すアニメです。一見矛盾してるが、実は矛盾していない。このジレンマをどう解かすか? やはり考えるしかない。


 アニメの秘めている芸能性。アニメの独自性。これをもって、「映画」としてのアニメを作る。しかし、「映画」としてのアニメはいったい何なんだろう? これについて、次回の最終回でご紹介します。


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