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『Zガンダム』時代のシャア・アズナブルはクワトロ・バジーナ大尉でなければならない原因

2009/07/07 00:18|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 『Zガンダム』時代のシャア・アズナブルはクワトロ・バジーナ大尉でなければならない原因
 小学生の従兄弟は夏休み突入した途端、速攻でうちに来ましたので、最近更新ペースは落ちるかも。いや、昨日が更新できないのもこのせいなんだから、すでに落ちてるな…。
 さて、本題。


 一昨日『Zガンダム』小説を話してるとき、小説版とアニメ版の差異として、シャアとクワトロの描写を挙げました。

Zガンダム小説3、4巻感想

 また、アニメなら『クワトロ・バジーナ大尉』というイメージが強かったが、小説版の地の文はもとで「シャアは…」「シャアであった」「~シャアだが」と、一切「クワトロ」を書かずに「シャア」に一貫してます。なので、アニメで見せた「シャアであるクワトロ」または「クワトロを演じてるシャア」は一切感じさせられなかった。
 でも、はっきりこれは間違いだと思います。

 ここに「間違い」とはっきり書いてますが、そういい切るのはれっきとした訳がありますから、今日は『Zガンダム』時代のシャア・アズナブルの描き方はクワトロ・バジーナ大尉でなければならない理由を語りたいと思います。




 まず、『Zガンダム』時代のシャア・アズナブルはなぜクワトロ・バジーナ大尉でなければならない一番の原因として挙げられるのは、シャア・アズナブルは敵で、クワトロ・バジーナは味方であるからということです。


 『機動戦士ガンダム』以来の視点でいえば、シャアは今まで『ガンダム』では敵のポジションにいましたが、その続編である『Zガンダム』のファーストインプレッションでは、どうも彼は味方に近いポジションにいるらしい。
 続編でかつての敵味方が共闘することになるのはアニメ・漫画・小説問わずに多用してるものですが、もし処理をおろそかにしてると、ただの安っぽい人気キャラの叩き売りにしかなれません。そのため、かつての敵ポジションにいたキャラを味方として、観客に受け入れさせるためには、「転化」する手法が必要となります。つまり、真正面に「シャアは味方になりました」と描くことを避けて、側面から「クワトロという何か秘密ありげな人物は味方にしてくれた」から入るほうが、よっぽと観客の興味を煽られるし、その人物・物事の変化をただの敵味方ポジション変えから、キャラの深層描写と物語への好奇心に「転化」することになる。


 また、『機動戦士Zガンダム』からの視点でいえばもそうです。新作品を作ることとすれば、続編モノとはいえ、やはり新作独自なキャラを成立させるほうが、作品を自立させられます。しかし、『Zガンダム』の場合、主役のカミーユはいいとして、もう一人の主役、前作から出演を決定された大役であるシャアを同時に描かなければならないから、一体どうやってこのような矛盾を処理すればいいだろう? 答えは簡単です:シャアを新キャラのように描けばいいことです
 簡単にいえば、「シャア・アズナブルという旧キャラ」から始まれば、クワトロ・バジーナがさほど意味を持たないことになるけど、「クワトロ・バジーナという新キャラ」から入れば、クワトロである一面を立てるし、シャア・アズナブルを損なうこともないから、どっちがドラマを展開しやすいのか、言うまでもないはずです。シャアとして描ければ、クワトロとしても描ける。

 一番シャア・アズナブルとクワトロ・バジーナ二つの名の位置と転換を象徴するエピソードはほかでもなく、第37話の『ダカールの日』である。この話で、クワトロは今まで陰でコソコソ色々やってた末、ついに初めて自分の正体があの赤い彗星シャア・アズナブルと議会中継に通じて世間に示した。数々の名エピソードを有する『Zガンダム』のなかでも、特に印象深い一話である。
 この話特に興味深いなのは、この時点(37話)、観客であれば誰もかクワトロがシャアであることをとっくに知ってるけど、それでもシャアが議会に突入して自分の正体を解明するとき、観客は思わず爽快感ともいえるカタルシスを感じられる。

閉会するな!この席を借りたい!
議会の方と、このテレビを見ている連邦国々民の方には、突然の無礼を許して頂きたい。私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉であります。
話の前に、もう一つ知っておいてもらいたいことがあります。私はかつてシャア・アズナブルという名で呼ばれたこともある男だ。私はこの場を借りて、ジオンの遺志を継ぐものとして語りたい。もちろん、ジオン公国のシャアとしてではなく、ジオン・ダイクンの子としてである。

 なぜ快感を感じたのかというと、我々がついにシャアの正体を知ったからではなく、シャアはついに自分がシャア・アズナブルであることを認めたからです。
 逆にいうと、なぜこれが観客なら誰もか知ってることにカタルシスを感じるのは、いくら劇中ではどんなにバレバレだとしても、頑固に自分がクワトロ・バジーナ大尉と言い張って、決して正面から自分がシャア・アズナブルであることを認めようとしないからです。まさにこのシャアの往生際が悪いともいえる頑固さがあったから、シャアが劇中で自ら世間に告白したとき、「つい白状したなぁ、こいつ!」と観客をずっとモヤモヤしてる感じを一気に開放することができた。Zガンダムの一大ドラマである。
 しかし、このドラマを達成するには、ここまで至るシャアの描写を、『Zガンダム』時代のシャア・アズナブルの描き方を限りなくクワトロ・バジーナに近づかなければなりません。
 この部分は小説を挙げると分かりやすいと思います。 

 小説第4巻の相当するエピソードの話の展開の細部処理はアニメと比べて、まったく同じと言っていいほど違わないです。にもかかわらず、アニメ版が読者に与える感じの「クワトロがついに自らの正体を世間に明かす」か「シャアがついに沈黙を破って前に表舞台に立った」という刺激に対して、小説版はわりと淡々と「シャアが議場に乱入して講演をする」という感じになっている
 なぜほとんど同じ展開なのに、観客/読者にこうも違った印象を与えたのかというと、観客/読者に与えるシャアに対する印象の設定が違うからです。アニメ版のシャアはたとえば話す時もシャアで構えたりクワトロで構えたり、自分を出したり隠したり、責任を負ったり放り出したりして、その時その時で判断し、気分や相手によって変わる。そういう「シャアであるクワトロ」と「クワトロであるシャア」という曖昧さを持っているシャアは、一般的に知られている『Zガンダム』時代のシャア。
 一方、小説版の地の文の「シャア」の多用は、読者にシャアのソレを伝えられず、ひたすらシャアに固定したゆえ、ひっかかりが少なくなって、ドラマも生むにくいし、カタルシスが発生するところも少ない。これは、読者の視点を主人公カミーユ(の「クワトロ大尉」)に集中してなかったから起こったことです。読者にただひたすら「シャア」と認知させた時点、その話はすでにぶれていた。
 そのような事態から見ても、(媒体違うとはいえ)同じ作品であっても、読者への情報のコントロールし、読者の認知を違うレベルに設定することによって、演出効果は生かせますし、逆に殺される可能性もあります


 最後、ガンダムシリーズを縦覧する視点から見ても、『Zガンダム』時代のシャア・アズナブルは、やはりクワトロ・バジーナとして描かなければいけません。なぜなら、クワトロ・バジーナという仮名を使ってる行為を含めて、『Zガンダム』時代のシャアと『Z』以降シャアの転向を語るには、不可欠な要素である。

 ご存知のとおり、「隠す」という行為は、シャア・アズナブルという人物を語る上、どうしても外せない重要なファクター。隠したために、内部にも外部にもドラマが生む。それがシャアは人間の業を描いてる富野作品のなかでももっとも複雑なキャラクターである所為。
 それで、『Z』時代でいえば、当然あのサングラスも隠すための道具でしょう。しかし、シャアを隠したのは本当はあのサングラスではなく、「クワトロ・バジーナ」という偽名なのです。キャスバル・ダイクンを隠すために、シャア・アズナブルという名前を使う。また、シャア・アズナブルを隠すために、今度はクワトロ・バジーナという名前を使う。もし読者にこの時期のシャアを「クワトロ」としてではなく「シャア」と認知されたら、シャアの描き方も一貫しなくなります。
 ですから、『Zガンダム』時期のシャア・アズナブルは、どうしてもクワトロ・バジーナ大尉としてで描かなければいけません。
 (余談ですが、『ガンダム』→『Zガンダム』→『逆襲のシャア』のシャアのキャラクター設定なんかは、シャア・アズナブルという人物の内面を一番わかりやすく表面化してるものです。あの変遷を見れば、シャアはどのように変わっていくのが一目瞭然だと思います。ファースト時代では目さえ隠すヘルメットマスク、Z時代ではサングラス、逆シャア時代ではついに何も被ってないは、シャアはだんだん隠せなくなる男であることを象徴しています。そういう意味では、第1作の『ガンダム』はともかく、『Zガンダム』の安彦良和氏と『逆シャア』の北爪宏幸氏はどこまでこれを意識したかは不明ですが、どっちも非常に仕事をしてたと思います。)


 以上をまとめると、一番の問題は「小説版のシャア・アズナブルはあまり迷ってる人間として描かれていない。その傍証に、クワトロ・バジーナが前面に出してない。」ということに尽きます。もしシャアはただの主人公のライバルであれば、おそらくありきたりでものすごく中途半端なキャラになるんだろう。もっとも、アニメと比べて理詰めな富野小説では、『Zガンダム』に限らず全体的にそういう傾向がありますし、後の『ハイ・ストリーマー』や『ベルトーチカ・チルドレン』のシャアも映画版『逆襲のシャア』のシャアに比べてそれほど迷っていませんのだが、当時ならともかく、あの迷いこそシャアの一番魅力的なところであることを見出した今だからこそ下せる評価なんじゃないでしょうか。


 以上の点からして、もし単純この『Zガンダム』のアニメと小説から見れば、やはり富野由悠季はアニメ演出家であるゆえ、そのアニメにおける嗅覚は、彼の小説における嗅覚より遥かに鋭いといわざるを得ませんでした。
 もっとも、前も言ってたとおり、小説『Zガンダム』は富野19作もある小説のなかの第4作と、かなり前期の作品である同時に、当時テレビ放送やらに追われて、完成度も比較的低かった作品ですから、必ず富野の小説が劣るとは一概いえません。実際、後の作品にはこの視点問題を改善する節がありますから、少なく「進歩」というものは富野由悠季という小説家にも見えます。

 今回の記事は大変見苦しいで、申し訳ございませんでした。一昨日で思いついたことで、自分でもはっきりとした言葉にできる自信がなく、どう上手く伝えるあてもないままで書いてたものなので、今はとても反省してます。同時に、自分の語力の足りなさも痛感してます。もしこの記事に何かご意見ありましたら、ぜひ寄せてください。ありがとうございます。


コメント
どの記事にもコメントを書きたいくらいですが、
いまは仕事中にこっそり見に来ている身ですので…。
今回この記事を読んで、ああ!と思ったで書き込みました。

ダカールの演説のカタルシスって
ターンAの「ローラの牛」でのカミングアウトと
同じ背景なんだなぁと思ったことです。
あの瞬間、クワトロもロランも一つの覚悟を決めた
変わっていくぞ!行動おこすぞ!って期待が爆発する瞬間なんですよね。
(そのあとに、「人身御供になっちゃった」発言とか、
 ソシエにぶん殴られたりとか期待通りには行きませんが…)

ターンAの制作関係の話で監督が「平気で嘘をつく人たち」が云々と
話していたのでターンAではこの嘘の付き方が大きな要因の一つでしたが、
その源流(?)がZにあったとは驚きです。
(というかシャアは昔から?)

嘘はかなり人間くさい行動でしょうからやっぱりドラマになるのですね。

これからいままでの記事も拝見させていただきます!
毎週楽しみです。こんなすてきなサイトを作ってくださってありがとうございます!

まそきぃ~ #p5v0eP.Y|2009/08/10(月) 19:08 [ 編集 ]
はじめまして、コメントありがとうございます、まそきぃ~さん。
こちらはコメント大歓迎ですから、もしご時間があれば、是非全部の記事にコメントを寄ってください。こちらは嬉しい悲鳴を上げます(笑)。

言われてみれば、ロランも告白したのですね。一つの決心をついたのは間違いないのですが、揺り戻しもしょっちゅう起こってるから、とても困る人間だなぁと、監督の作品を見ていつもそう思います。
ただ、あそこまで「受動的」が「能動的」に変わる一瞬を書かないのは、おそらく人間はある環境や状況に置かれると、否応なし「動く」だからでしょうね。それが人の柔軟性というものだと、おそらく監督は思います。

厳密な検証はしていないものの、シャアはおそらく富野作品のなか、はじめて「嘘をつく人」ですね。そう考えますと、あのいかにも悪役的マスクをもきちんとキャラクターに組み込んで演出した監督は、やはりすごいですね。
もちろん、まそきぃ~さんのいうとおり、嘘を守れるか守りきれないかという人間ドラマは、Zから生まれたものとも思いますよ。
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/08/10(月) 22:35 [ 編集 ]
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