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富野由悠季作品の系譜における『アベニールをさがして』の地位(その3 『アベニールをさがして』をさがして)

2009/02/12 18:39|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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■『アベニールをさがして』各章タイトル起し
■富野由悠季作品の系譜における『アベニールをさがして』の地位(その1 『∀ガンダム』との関係)
■富野由悠季作品の系譜における『アベニールをさがして』の地位(その2 アイデア集合体としての『アベニール』)

 さっきうっかり谷山浩子の怪しい歌を何曲も連続に聞いたら、頭が痛くなりまして、今気分はとても悪いです。が、こんなのどうでもいい。今度は『アベニールをさがして』のほかの部分について語ります。(←これ4日前のことなので、打ち消しをしました)


 前回はすでにその2でアイデア(設定ではあらず)の『アベニール』を話しましたけど、もう一度それらを見直すと、①のEMOが、後の『ブレンパワード』に渡って、オーガニック的な何かになったけれども、②のスターバスター・プロジェクトは逆にそれまでのガンダムシリーズを整理したような形になっていた。でも、本の内容を読んでみると、この二つのアイデアは劇中の世界観を成立する際には非常に重要な設定なんだけれども、実際話の展開と絡むことはほとんどありません。あくまでも舞台を立ち築き上げたためのギミックとして使われているモノ。もっとも重要なのは、もちろん言うまでもなく、③のインスパイアー・エンジンです。以上は前回の話でした。

 で、アイデア面から見れば、この3つ以外にも、いくつか面白いアイデアがあります。まずはいうまでもなく④「コスモ・クルス教団」という宇宙で立ち上げた新興宗教。ちょうど同じ時期で富野本人が原案を勤めた『クロスボーンガンダム』でもまったく同じ名前のものが出てきます。『Vガンダム』に引き続き、作品のなかで新興宗教を取り上げたんですが、実際、劇中ではやはりそんなに作用していません。というのも、この教団もやはりもっと大きなプロジェクトのなかにいる一駒に過ぎません。
 続いて目に入るのは、第一巻の冒頭、主人公のオノレが東京に襲撃する謎のテンダーギアを追跡する前家で遊んだ、⑤『セント・リラティブ』というゲーム。このゲームは、アメリカのチャンネルに立ているもので、内容は神々の世界のいくつもの星を生成し、その力のありようについて参加者たちが互いに考えながらディスカッションをする形式で進むもの。そのゲームの会話はシェークスピア時代の英話を使われているため、オノレもよく遊んでいるという。でも、本当のところ、劇中では一切語ることがないけど、このゲームの背後は、実はスターバスター・プロジェクト(と黒幕さん)が後ろにいるらしく、このゲーム自体もある意味テストというか一種の選抜みたいなものという節があります。これはどことなく何と似ているかというと、ズバリ『キングゲイナー』のゲーナーが遊んでる「オーバーマンバトル」に似ているのではないか。とはいえ、このゲームが登場するのはわずか半ページくらいですから、これ以上語ることも難しい。
 その他、何があるというと、実はそれほど多くもありません。⑥スターバスター・プロジェクトの背後に立っているスター・ウォッチャーたちが立ち上がった人類の革新を目指す謎の組織ネオ・フリーメーソンなのか? これも、じつをいうとそれほどすごいアイデアではないですし(作品中この組織の存在自体を「安物の小説の内容」と呼ばされている)、①~③ほど重要じゃありません。というか、③のインスパイアー・エンジンが呼び起こす現象が登場人物に見せた宇宙なる大意識みたいな超越的なものだって、SFのなかではかなり古典なモノだというのは、もちろん言うまでもないことだろう。だから、アイデアは別に必ずしも特別とか独特でなければいけないことがない。ちゃんと物語を支えればいい。

 では、この作品が何が良いというと、一番最初の記事で言ってた「積極的かつ自発的にコミュニケーションを取ろうとしている交流」以外、やっぱり登場人物の立ち位置の配置以外ほかないと思います。
 最初は、笛吹慧日向オノレ2人の配置。『アベニール』が今までの作品と違うのは、この作品はアラフマーン乗り換えの中盤まで、ダブル主人公の形を取っています。オノレ視点もいれば、笛吹視点もいる。つまり、劇世界の中なら、2人が互いに見つめあっている。劇世界外の視点でいえば、2人が主人公の座を争っている。これによって、より近づくのは、富野が『Z』以後、ずっと描きたかった「少年が大人の導きによって男になる」の完成。
 実際、劇中を見れば、最初に主人公機アラフマーンを乗ったのは少年のオノレじゃなく、青年の笛吹だった。そして、乗り換えまでは、笛吹はずっと成人として、同じ日本人として、年上の男として、戦闘のプロとして、オノレに「立派な大人」示してくれた。そして、こんな笛吹を、オノレもずっと笛吹のそばからちゃんと見てくれた。オノレが笛吹を頼りにしているし、尊敬もする。と同時に、自分があこがれているフール・ケアがどことなく笛吹に気があるのを見て、多少に嫉妬もする。逆にいうと、笛吹もそんな自分と同じ体験をし、さらに一人の力でムッシャンを宇宙まで引き上げたオノレを好きだし、彼の面倒も見る。こんな笛吹が、フール・ケアと親近してるオノレを見ても、別に嫉妬なんかしてないが、自分よりインスパイアー・エンジン搭載のアラフマーンに相性がいいらしいオノレに、多少気を張ってる部分も見られる。こういう2人が互いに引っ張り合う構図は、アニメでいえば後2002年の『キングゲイナー』や2005年の『新訳Z』でも見られるが、一番最初成り立ったのは、まさにこの『アベニールをさがして』といえる。また、『V』も最初ではクロノクルという大人の男で少年のウッソを引っ張る予定ですが、御覧の通り失敗した。また、2人が1人の女に巡る部分は、『V』はもちろんあるし、『キンゲ』のボツ案にもあった。そういう意味では、『V』は『アベニール』を通じて、実はちゃんと白富野作品群と繋がっているとは言えます。
 また、すんなりとアラフマーン、アベニールとその周囲にまつわる現象を受け入れてくるオノレに比べて、最初は機械の力しか信じない、インスパイアー・エンジン搭載のアラフマーンをただ強いのテンダーギア程度しか思わない笛吹が、だんだん自分の心境を解明し、その現象を現実として受け入れ、ありのままの事態を感じるようになっていくのも、読者にとっての入り口としても、オノレへのバトンタッチの先導としても、その役割が働いている。これもダブル主人公があるからこそ発揮できる部分。

 そして、もう一つ語るべきなのは、主人公機アラフマーンの劇中での立ち位置。単にメカとしての強さでいえば、このアラフマーンは劇中では最強の力を持っていて(スペックとしては2番目)、数少ない激戦を除けば、ほとんど全部の戦闘は圧倒的に上といってもいい。一つの作品のなか、これほど力の差が開いてるのは、ほかの富野作品を見ても、そうだな、おそらく宇宙の意識の集合体であるイデオンや何千何万年も前の超文明が作った∀ガンダム(とターンX)くらいかな。
 でも、それ以上重要なのは、その強さを含めての、劇中での立ち位置。どういうことかというと、まず、このアラフマーンは万能粒子インティパの実用を可能化するインスパイアー・エンジンを初めて搭載したテンダーギアである。これはどうスゴイかというと、次世代の新エネルギーで、地球のすべての問題を解決できると期待されるインスパイアー・エンジンは、各国がその開発を争いながらも、日本がサージェイ体制のため、大量の予算を投入できるシステムを構築することができるから、インスパイアー・エンジンの開発に関しては、おそらく世界最先端にいると予想されている。でも、あちこちで噂される日本の技術でさえ、一応稼動できる実験型のインスパイアー・エンジンを作るとしたら、長さだけでも少なくとも1、2キロを下らない空間が必要とされてるから、ましてテンダーギアという10メートルくらいのモノに搭載しようなんて、普通ならばどこの国もできないはずです。でも、アラフマーンはわずか一般のテンダーギア+2~3メートルのサイズで出来てしまった機体なので、テンダーギアのなか、ではなく、世界レベルの技術から見ても、極めてすごいものだといえます。
 その次は、アラフマーンの外観は、ほかのテンダーギアみたいメカメカしい外観と違って、いかにも人の風貌とする顔がついてる。これもアラフマーンの異質さを語っている。また、アラフマーン自体が「慈悲深いもの」を意味する名前をもって、アベニール(未来)からの声を主人公たちに伝える構図も、アラフマーンの特別さを示している。

 これが一番最初アラフマーンに乗った者、ベストン・クーリガが東京降下中、日本国民たちに伝えたメッセージ。

 日本国民は、軍事国家を否定しないといけない。
 軍事施設だから攻撃を受ける。それは、軍事国家の宿命なのだ。日本政府を牛耳っている軍国主義者たちは、ただちに政界から離れるべきである。アベニールがそう言っている。
 軍事国家の思想は、単一思考、単一支配をめざすものである。それでは、独善におちいることを回避しようとしても、独裁を生むのだ。それは歴史が教えるところである。アベニールは、もっと広く世界と宇宙を大観して、人の統合をめざす力を日本という島にいる人びとに求めている。
 トーキョーにたいする警告行動は、わたし、ベストン・クーリガが、一人でおこなっている。日本国民は、いますぐ、サージェイの政権を倒して、国民主権の国家に改造しなければならない。そうしなければ、現在以上にテロルの渦巻く国になるだろう。
 われわれ人類は、ようやく、市民政治をおこなえるまで成熟した。その成長に自身をもつべきだ。日本が、このまま国際社会から取り残されてしまえば、国家として死を選ぶことになる。それは、この島に住む人びとの自尊心を失わせ、人類が今日までつくりあげてきた歴史を無駄にすることになる。アベニールはそう語り、予言されたことを伝えるために、わたし、ベストン・クーリガをこの地に遣わされた。
 このテンダーギア、アラフマーンは、アベニールがベストン・クーリガを遣わすために、与えてくれたものである。所属はない。アラフマーンとベストン・クーリガの二人だけである。

 物語の冒頭で突然送れたメッセージなので、最初は誰もがその話した内容に戸惑っているが、ここで注目してほしいのは、最後の一文。

アラフマーンとベストン・クーリガの二人だけである。

 と、はっきりと書いてあるのは、まさに一番本質的にこのアラフマーンの特異性を語ったくだりである。さらに、このアラフマーンの立ち位置から富野作品を俯瞰してみれば、また別の視点が見えます。

 富野作品の一大特色は、「同じものに対する認識の違い」。これによって、さまざまなすれ違いが起るのです。たった一つのものに対しても、たとえ一瞬の共感でさえも得ることが非常に難しいってのが富野作品ですから、常に何か希望や温もりみたいなものを求めてるのも道理。ですから我々誰もがアムロとララァのめぐりあいに感動を覚えるし、イデによっての解放にカタルシスを得ることができます。
 しかし、逆にいうと、「同じものに対する認識の違い」という大前提があるからこそ、「皆が同じ認識を持っているもの」も出てくるわけです。「同じ物事に対して共感する瞬間を得る」と言い換えることもできます。これを満たしたのは、富野作品のなかでも数えるほどしかありません。さっき言ってた『ガンダム』のアムロとララァのめぐりあいと『イデオン』のイデ以外、おそらく『リーンの翼』『ガーゼィの翼』の聖戦士と『逆シャア』のアクシズで起った奇跡(この共通する意識こそ逆シャアがZ、ZZと違うところだが、ごっちゃしてる人も多い)、そしてこの『アベニールをさがして』のアラフマーンが起こしたインティパによる効果くらい。
 ですから、このアラフマーンの立ち位置は、劇中から見ても、富野作品全篇に通して見ても、かなり特異な位置にいるのは、もうこれ以上言う必要もなかろう。アラフマーンに通じて、ある者は妖精を見て、ある者は観音サマを見た。そして、二番目の乗り手の笛吹が戦闘中に、力の象徴なる不動明王と慈悲の象徴なる阿弥陀仏をその胎内たるコックピットのなかに座ってるとき、同時に感じたんだ。そして、これら皆がアラフマーンに通じてみたものは、すなわち皆が本当にさがしている真のアベニールである。


 最後はもう一つだけを挙げます。日本政府を牛耳っている軍事組織サージェイである。サージェイは一体何なんのか、劇中ではこういいました。

 サージェイは、災害救助を主要任務とする組織に自衛隊を改めた時に、セーブ・ジャパンの頭文字をとって、そう呼ばれるようになった。
 だから軍隊ではないのだが、自衛隊以来の伝統を継承しながらも、一曹だ二尉だという数字のある呼称では呼びにくいという理由から、階級については旧軍方式に直されていた。
 それは、国民の顰蹙を買う部分なのだが、政府は、サージェイは災害救助隊であると押し切ってきて、サージェイ内部も、二十一世紀の世界秩序に対応する緊急災害救難出動隊としての体裁づくりに努めてきた。

 まあ、自衛隊の後身というわけですね。そしてこのサージェイが何で世界中に睨まれてるのかというと、つまりこういうことです。

 サージェイ政権下の日本の国際的評価は、きわめて悪い。
 そのために、どこかの国が日本を試しにきた意図的な攻撃と考えられないでもないのである。
 そんなものに乗ってしまって、ダイサンカのテンダーギアが過剰な反応をすれば、なにごとにも武力で解決をはかろうとする日本の軍国主義体質がさらけ出されたと、苛酷なジャパン・バッシングをする作戦かもしれないのだ。
 本来、災害救助を主要任務にするために自衛隊をサージェイに改組するという主張が国民に支持されたのは、政治状況が衆愚政治のサンプルみたいになり、選挙制度が愚昧な政治家たちが生き延びるためだけのものに改悪させたりしたという背景があるからだ。
 そのような政治にあきあきしていた国民は、サージェイの規律と清廉さのイメージに打たれ国政まで任せようということになったのである。
 サージェイは軍ではなく、限りなくシビリアンに近いという幻想が、これを助けていた。
 災害援助に名を借りた武装や、治安維持活動のための武装が手厚くなり、昔の軍備に相当する出費が国家予算の十分一を占めるまでになっても、その国家基盤の変質を心に留め、異を唱えようとするものがいなくなっていたのである。
 天災はあっても、戦争はない。
 しかも、サージェイの予算の中には、インスパイアー・エンジンの開発費も含まれているはずなのだが、それは、具体的な実績として説明がつくものではないために、不透明なままにされた。
 しかし、現実に、国政のある特定部分に予算が潤沢に流れるのが許容されるようになると、特権的な階級が生まれ、サージェイ貴族とそれに追従する官僚が輩出する。
 そして、彼らが権力を掌握するようになれば、統制的な色彩をおびた社会になることは、避けようがなかった。
 その社会的なかたよりが発生したところで、日本は、サージェイの予算のなかに、インスパイアー・エンジンの莫大な開発費を投入しているのではないか、という疑問が国際的なものになっていったのである。
 インスパイア・エンジンは未来の恒久的なエネルギー供給システムになるだろうという予測がありながらも、他国は、国家を総動員してまで新エンジンを開発する組織は作れないのである。
 EMO(エモ)という有用微生物の活用によって、土壌も海洋のクオリティも改善され、食料危機が回避される徴候が顕著になった各国は、繁栄の道を歩むようにみえたが、過去に不問に付かされていた社会基盤の整備や福祉の改善という問題を突きつけられて、その予算組みに縛られていたのである。
 そのために、日本ほど単一の目標に投資するシステムを構築することができず、インスパイア・エンジンの開発はあくまでも官民一体の一部組織で行うしかないのが、他国の事情なのである。
 そうなれば、国家的規模の体制が組める日本の単一的国家論は、顰蹙をかいながらも、将来、日本はインスパイアー・エンジンのパテント料で稼ぐ経済大国になって奢りたかぶるだろう、という疑惑が、嫉妬深くあびせられているのである。

 政治とか宗教とか人種から入るのではなく、経済論から世界背景に入るのは、とても正しいことだと思います。
 しかし、ここで浮かび上がってる一つの疑問というのは、何故サージェイみたいなものを作ったのか?いや、もっと正確にいえば、何故日本を舞台にするのか?富野は一体どういう問題提起をしたかったのか?物語ですから、フィクションですから、嘘800ですから、必ずしも何かの主張を入れる必要もないのですが、富野の場合はそれができますし、やらないとすまない性格ですから、きっと何かの意図があるはずです。でも、それが何なんのかというと、自分でもよく分かりません。政治批判といえば、そうじゃありません。軍国主義への反省?ちょっと似てる節もありますが、昔の大日本帝国に比べて、サージェイはあまりにも健やかなので、たぶんこれも違うのです。では、結局サージェイはやはり大した意味のない、あくまでも主人公を日本から発進するための方便に過ぎないのかといわれたら、やはり違うと思います。

 この『アベニール』を語るシリーズの最初では、すでにこの作品を「バイストン・ウェル的なものとガンダム的なものがドッキングしちゃったようなもの」と形容していますが、実はこの規定こそこの『アベニール』を読み解くカギだと私が思います。バイストン・ウェル的なものは一体何なんのかについては、それは非常に難しいですけれども、大雑把いうと宗教でもない、信仰ともちょっと違う、何かもっと根源的な意識とか…みたいなものだと思います。まあ、実際『ダンバイン』以外のバイストン・ウェルシリーズを読んだことある方ならなんとなく分かると思いますが、そういう起った事態と環境によって意識の集合を見つめるとか心性を鍛えるみたいなものですね。これを『アベニール』に使って分析してれば、実に嵌れるところまで嵌ってるというのが見えます。
 
■富野由悠季が描きたいファンタジーはどういうものなのか。何故バイストン・ウェルという形で表してるのか

 これはちょっと前書いた記事なんですが、その時挙げたバイストン・ウェルの3つの要点というのは、
1:(BW世界と人に通じて)「変化」の「変革」と「変質」の両面性を描く
2:(主人公に通じて)汚染された現代人の心性を洗いなおして、単純に生きるための気力と心構えを描く
3:(物語全体の流れに通じて)神話の構造を描く

 としていますが、『アベニールをさがして』も、以上の3点に全部嵌っています。
 1はもちろん言うまでもなく、人類が宇宙進出しはじまる頃の話ですから、日本生まれ地球に住んでいるオノレに宇宙でさまざまな人類が暮らしているところをたくさん見せられましたし、逆にネオ・フリーメーソンやコンラッド大佐みたいな人たちもそれを対応して出てきたわけです。
 あと、3もさっき言ってたアラフマーンが起こしてくれたインティパ効果によって、たくさんの人の意識によって超越的な存在に近づいてるですから、それもあります。
 では、2はあるかというと、あります。が、バイストン・ウェルシリーズと違って、舞台となる世界背景は、近未来においている。これはかなり珍しいことである。『リーンの翼』(小説)と『ガーゼィの翼』はモロに中古時代で、『オーラバトラー戦記』と『ダンバイン』もマシーンがある以外、大体毛が生えた程度の文明しか持っていません。一方、『ファウファウ物語』は不思議で、現代、それもバイストン・ウェルに行くじゃなくて、そのまま舞台を現代日本において来たのでした。でも、舞台を近未来に置く『アベニール』自体が、ちょっとSFが入っていながらも、過去の人の有り様から現代人の歪さを反省するバイストン・ウェルの構造と似ているのは、実に妙なことです。
 だから、こうして『アベニールをさがして』をガンダムシリーズとバイストン・ウェルシリーズからいくつかの要素を借りて成立したものといえます。

 で、この記事の結論は? という疑問に対しては、さっき言ったとおり、サージェイについて自分では未だに困惑していますから、迂闊に結論を下せませんけど、少なくともこっちがいえるのは、この95~96年の小説『アベニールをさがして』は一般的には忘れられがちですが、実はかなり重要な一作ですし、『Vガンダム』以前、通称黒富野と『ブレンパワード』以後、通称白富野の間にいるミッシング・リンクなんです。そういう意味では、まだまだ一杯研究の余地がいますので、この記事をきっかけにこの作品をもっとたくさんの人たちに紹介できれば、とてもありがたいことだと思いますね。


 それから、何度も遅れてすみません。最近仕事はクソ多いので、今朝までは、もう徹夜の連続だった。で、しばらく終わった今、ようやくこの「『アベニールをさがして』をさがして」シリーズを終わらせることが出来たので、今とても満足しています。
 次回は『アベニールをさがして』の問題点について話したいと思いますので、もしご意見ありましたら、どうか教えてください。


コメント
この作品では“インティパ”とか、“ネオ・フリーメーソン”とか、あまりに「電波?」と思わせる言葉をてらいもなく使っている部分では、大いに損をしていますよね。確信犯なのかもしれないですが。
“サージェイ”というのも、その基準でいくとニヤニヤ笑ってすませてあげたいという気もしますが、おっしゃるとおり何か言いたいことはあるんだろうと思います。現代日本と不思議な接続を示すという点で『ファウ・ファウ物語』と繋げて見ておられるのは慧眼だなぁと感服します。
たまたま作中に出てきたサージェイに属する人々が、比較的健やかな人たちとして描かれている点はありますが、それは個人の話であって、組織としてのサージェイはあまり良くないものとして描かれていたという印象もあります。(典型的な主義者としての“サージェイスト”は、最後まで蔑称的に使われていたという印象があります。)
『アベニールをさがして』が重要な作品だという点については異論は全くないのですが、部分を取り出して説明をしだすと、かなり全体的に触れていく配慮を欠いた場合には、誤解を招きやすい危険な要素が多くあるという難しさはあるような気がしています。
ことに主人公らが中立的なシャトルである“キャロル”から、サージェイ所属のクルーザー“ショウカク”に移乗してしまったあたりからラスト直前までは、彼らはサージェイに肩入れしてしまって大丈夫なのだろうかと、もの凄く不安に感じながら読み進めたものでした。
だから、あの奇妙に寂しいラストで考え込まされて終わるというのは、それは正しいあり方だと思うんですが、そこの話をすると完全なネタバレになるので、それなりの覚悟が必要になると思うんです。
囚人022 #TJwDdEqg|2009/02/12(木) 23:55 [ 編集 ]
囚人022さんが仰ること、肝に銘じます。この一連の記事、自分はアベニール既読者に向けて書いたものつもりですから、どうしてもネタバレになっちゃいます。しかし、自分がそれを切り分けて書ける力がありませんから、自分でもなんとか対応しようとしています。
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/02/16(月) 13:28 [ 編集 ]
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