富野由悠季監督とその作品をひたすら語るブログ

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情熱の宮崎駿、冷静の高畑勲、両方を備える富野由悠季。あと種やら00やらギアスやら色々語り

2009/01/09 15:40|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:15
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 情熱の宮崎駿、冷静の高畑勲、両方を備える富野由悠季。あと種やら00やらギアスやら色々語り
 最近常に思っているのは、何故最近のアニメの出来はこうも悪いのだろう。もちろん、良い作品もちゃんとありますけど、とにかく質が低いアニメは多すぎると感じます。

 それらと比べて、改めて宮崎駿作品、高畑勲作品を観れば、両方の質の違いに、どうしても思わず感服しないわけにはいけません。

 しかし、そうはいっても、宮崎作品や高畑作品を見ている自分にとって、それらの出来の良さを称えると同時に、やはりどこかに違和感を抱えずにはいけません。出来が非常に良い作品なのに、どこか飲み込めない感じは、ここ数年がずっとありました。

 何故そういう疑問を抱いてるのか、自分でも上手く答えを見つけることができませんが、昨日寝る前に、『アベニールをさがして』の文章を読んでると、突如ヒントをつかめて、自分なりの答えを見つけることができました。


01.「アベニールをさがして」から見る富野演出の典型

 以下のくだりです。

 上空、数百メートルを飛翔するその銀色の塊は、上昇に転じながらも、再度、光の筋を落下させた。
 ドズーン!
 市谷台に、またも土の山が噴き上がり、その土砂が暴風のように周辺のビル群を押し包んでいった。

 その初撃で揺れている地下シェルターのレーダー・センターは、まだ無事だった。
「未確認(アンノウン)飛行物体にたいして、迎撃ミサイル、上げまーすっ!」
「チョイ、無駄だっ」
 第一撃の地響きのなかで、梶少尉は、部下の対応を制止していた。
 直撃だったら、こちらがやられているタイミングだとわかっていたが、直撃ではないのだ。
 ならば、市街地上空で、敵性飛行物体にミサイルをぶちこんで、東京の被害を大きくするのは避けなければならない。郊外に出たところで撃墜するほうがいいと、判断したのだ。
 今は、初撃が核ミサイルでなかったことを、八百万の神や仏に感謝するだけだ。
《……完全に不意を突かれた。それでも、直撃でなかったというのは、敵になにか意図があるはずだ》
 梶少尉は、本能的にそう感じていた。
 レーダー室とガラス一枚むこうの防空センターにすわっている当直士官が、ようやく自分につながっている受話器を取るのを横目で見ながら、
《なに電話してんだよ。こんど来たら、ここがやられるぞ》
 その時、第二撃が来て、またもシェルター全体が大きく跳ね上がった。

 皆さん、どうでしょうか? これは、まさしく典型的な富野作品の特徴である。『アベニール』の冒頭の一段であるが、ここで注目してほしいのは、梶少尉が当直士官を見た感想です。

《なに電話してんだよ。こんど来たら、ここがやられるぞ》

 論理的に考えれば、この考え方はどう見てもおかしい。特に、さっき部下の行動を冷静に制止していた梶少尉の口から発した言葉ならば、なおさらです。

 しかし、気持ちとしては分からないでもありません。こういう動かなければならない状態に、ノンキでマニュアル通り対応する不甲斐なさを見れば、こう思うのも仕方ないであろう。

 だが、よく考えてみたら、当の士官はその時一番反応する必要がある行動は、結局電話を取ることなんですから、それを責めるのはやはりどこかおかしい。

 ともすれば、やっぱり梶少尉自身もどこか混乱しているのではないか、という結論にたどり着けます。それもそうです。そういう緊急で皆が焦ってる状況なんですから。


02.徹底に主観的な描写で客観的な判断を獲得。

 以上の話が、富野の典型的な描写法である。つまり、徹底に主観的な描写を使って、観客の客観的な判断を促す。と同時に、グイグイと話を前に押してゆく。これが富野作品の魅力的なところです。

 ここの「描写」というのは、徹底的主観で「キャラ」を描くことではあるし、「主観」というのも、「キャラの主観」に指します。

 言い換えると、キャラを一人立ちにすることです。

 その代わりに、ストーリーテリングは完全に客観でなければなりません。制作者もクールでなければいけません。ここでいうクールであるかどうか、最終的は作品に決定的な違いを与えることになります。


03.ディアナやラクスの違いはどこにある?

 徹底に主観的な描写を使って、観客の客観的な判断を促す。典型的なサンプルでいえば、『∀ガンダム』のディアナ・ソレルと『ガンダムseed』のラクス・クラインでしょう。

 ふたりは劇中ではそれなり似たようなポジションにいるにも関わらず、最終は決定的に違う評価を得ました。

 ディアナは富野作品のなかでもかなり全能に近いポジションでいるキャラクターであるにも関わらず、何度も情勢を判断しそこねったし、最後「世界」をまっすぐ戦おうときも、やはり全能じゃなくて、ただ自分のポジションで最善を尽すだけ。

 以上のようなディアナに対する描写は、劇中では一貫しています。その結果、逆に観客にディアナ・ソレルを豊かで愛しい気性を持つ少女とカリスマ性を持ってる月の女王の両方を秘めているキャラクターと思わせることができました。

 一方、ラクスは世界を過ちから救いたいと考えて、最強の力を使って、自分の思いそのままを世界に投げて、世界を正しく導いたという描写にされています。その結果、マスコット的な歌姫のはずなのに、いつのまにか世界の統治者となってしまいました。責任溢れた意識強い女性のはずなのに、どうしてもカルト教団の教祖だけしか見えません。

 似たようなポジションのキャラクターは、なんでこんなにも違う結果が出たとすれば、それはほかなく、制作者のご贔屓が入ってたかどうかという差です。キャラクター一人の論理で物語と同等にすれば、こうなるんだということです。

 そういう一方的な肩入れは、富野作品では皆無です。だから、富野作品のキャラクターの一人一人が物語を影響を与えながらも、決してストーリーテリングを占拠することはなく、皆がちゃんと物語の線に乗っている。そこから導き出すのは、今の作品が欠如している「何か」、ということです。

 あえて申し上げたいですが、ガンダムというカテゴリというかジャンルのなかで論じるつもりはまったくないですけど、種とか00とかのガンダムシリーズと対照すると、それらと富野作品との差がはっきりと見えます。


04.物語を支配する雰囲気は、人物描写からのフィードバックで決める

 物語を支配する雰囲気は、決して設定からのものではなく、一つ一つのキャラクターから全体の人物描写にトータルして、またその人物描写から物語にフィードバックするものなんです。

 これがキャラと物語を統合する不可欠なもので、かつて富野が作品のなかでは出来て(もちろん、滑った作品もあるけど)、今のガンダムとかの作品ができないものなんです。

 雰囲気とはなんぞ、と聞く人には、『ガンダム』か『Z』か『逆シャア』か『Vガン』『∀』を見るのをオススメします。『ガンダム』なら生き延びるためにもがく感じ、『Z』なら無力感、『逆シャア』なら大人の挫折、『Vガン』なら狂ってる精神、『∀』ならその健やかさ…というような全体を包むフィーリングは、少なからず存在しています。

 これらは設定からのものなのか、うわっツラだけのキャラクターからのものなのかというと、決してそうではありません。

 『Vガン』の皆さんがどこかキチガイな気質あるという。しかし、そのような雰囲気は全体を支配していて、見る人は常にどこかでそれを匂わす。だけど、劇中の誰もかそれを知らずに、あくまで「自分」の行動原理で何かをやろうとしています。

 その「自分」というのは、すなわち上で言ったキャラクターの主観的な描写なのです。


05.主観と客観があるから、演劇に見える

 以上の原因があるからこそ、富野作品は演劇っぽくに見えるのだろう。

 劇中にいながら、時々自分を出そうにしている。

 物語の中に存在しながら、時々それを越えようとしいる。

 これこそ富野作品における主観と客観の使い分けの一大特徴である。これは富野だけでなく、ほかの監督が作品を作る際にも考えなければならないことです。

 上で言った世界とキャラクターの関係なんかもそうで、別に種や00だけでなく、かつて『コードギアス』もそれを直面したことです。

 物語全体や世界をそのままキャラに組ませる話は、よほど腕と適性がなければ、たいてい失敗に終わることが多いです。もちろん、ギアスは意図的にそういう描き方をしている一種の確信犯なんだから、一概とはいえませんが、それでも「やりすぎ」ってのは感じずにいられません。


06.世界のために動いていない富野キャラ

 だから、富野作品の主人公は常に世界そのものに関わっていないところで動くのも、それが原因の一つでしょう。

 いろんな苦難を経って、最後でズバリ世界を救うために戦う『ザンボット』でさえ、どこかで「主人公が自分らができる以上のことをやろうとしている」を匂わすという、常にその両面性に対する描写を忘れずにやっていたから、一辺倒の物語にならずに済んだのです。

 『00』とかいう作品みたいに、今の世界の延長線にいるとか言いながらも、結局突然ポンと現代世界に人型ロボットを置いただけで、キャラを本気に物語に乗っていないような書き方は、正直今風の面白さ以外の何かを含んでるはずもなく、単純にただのガンダムというアニメにしかすぎません。


07.ふたたび『アベニール』に戻る

 話はアベニールの描写に戻りますが、もう一度読めば、上の書いたとおり、少なくとも5つの観点が含んでいます。

1.論理的に考えれば、さっき部下の行動を冷静に制止していた梶少尉の今頃のこの考え方はおかしい。
2.しかし、気持ちとしては分からないでもない。マニュアル通り対応する不甲斐なさに憤慨するのは無理もない。
3.だが、よく考えてみたら、電話を取ることをは当の士官その時一番必要がある行動なんだから、それを責めるのはやはりおかしい。
4.ともすれば、梶少尉自身もどこか混乱している。
5.そういう緊急な状況なんだから。

 こんな短い一文のなかに、これだけの描写を詰められています。富野演出のすごさを感服せずにいられません。

 さらに、完全に梶少尉というキャラの視角で見た極めて主観的な描写、却って観客に「いや、そうじゃないだろう」「それもそうだよね」みたい、劇中のキャラやら状況やらに対して客観的な見方を喚起できます。

 極めて主観的な描写だからといって、それを完全に受ける必要は全くなくて、状況を越える物語の見方もできるわけです。

 つまり、客観的な視点もあれば、主観的な視点もできます。この二つを同時に共存させるのは、富野作品の一大特徴である。

 この技法は、作品を豊かにするだけでなく、観客に何度も見れるような面白さを提供するものです。

 その傍証として、監督として単独自立してる宮崎駿も高畑勲もきちんと評価を得ていますが、アニメ作品として一番バランスを取っていると公認されてるのは、やはり高畑・宮崎コンビであることでしょう。これはまさしく作品自体が高畑が代表する「客観・冷静」と宮崎が代表する「主観・情熱」の両方を必要することを意味するのではないでしょうか。


08.高畑勲の作風

 高畑の作風は、ここのページ2と3で本人が言った通り、客観的な語りによって観客に自分の解釈をできる空間を与えることです。ゆえに、高畑作品の人物配置、場面設計、物語りの構造…隅から隅まで、全部この完全な物語の1ピースであり、登場するあらゆるモノは機能しないものもなければ、無駄遣いされたものもありません。

 高畑キャラは、富野作品の人物みたい積極的に物語に参加しません。というより、高畑監督はそうすることを許しません。それが、人物をキャラクター扱いしないで物語と同一視する高畑が決してしないことであろう。本人は主観を好ましくないからであろう。

 しかし、さっき言ってた通り、客観を促すのは、必ずしも客観的な描写でなければいけないという法則はありません。逆に、主観的な描写で客観的な見方をさせるのも可能です。

 その舞台の中にいる目と舞台の外からの目を同時に備えるのが、富野作品なのです。そういう多様な「目」があればこそ、何度も何度も鑑賞できる物語が出来上がりわけですし、そのような違いがあるからこそ、人それぞれの作家性を表します。

 ある意味、キャラクター商売に足を踏み込んだ富野だから探し出せた一つの正解であろう。


09.宮崎駿の作風

 もっとも、その演出はビジネスありきみたい言うのも、やはり違います。

 世界もキャラも大切にしているけど、物語はさして重要視しない宮崎キャラは、富野キャラと違って「物語」でなく「世界観」に依存する部分が多いですえけど、トトロなんかはトトロの世界観すら越えて、一種の「シンボル」になっています。これもキャラクター自身が持っている魅力の発現といえます。

 それをどうあくまで劇中で表現するのが、作家の腕に頼るものではあるし、作家自分の物語の見方によるものだろう。

 宮崎アニメだったら、物語の主線は感情溢れてるけど、作品の見方なんかは、明らかに高畑作品より狭いから、時々宮崎独善というか、強引な見方に陥っているのです。

 そのへんから見ても、やはり宮崎も高畑も同じですが、ふたりはコンビをするこそ一番バランスを取れて発揮する人と思わざるを得ません。

 あと、富野監督と宮崎監督の一番の違いは、やはり物語の見方にあるんだよな、と。


結論:揺れるけど豊で面白いモノこそが富野作品の真髄

 正直、富野のキャラクター論について、頷けない部分がないわけでなありません。先日の■月刊モデルグラフィックス2007年9月号富野インタビュー部分 も、自分が納得できない部分が未だにあります。しかしその同時、ビジネスの考えを踏まえた上、キャラクター性を一度独立して、再び劇中に組み込む必要も明確にありますから、メカとキャラのキャラクター性を消化できる限り、入れるだけ入れるほうがいいという考え方も理解できます。

 できるだけ入れるのは、チグハグな部分も多少あるはずですけど、究極的なずるい言い方をしますと、たとえチグハグだしても、一旦物語に組み込まれると、あとは観客が勝手に再構築する作業をするから、そこに気にすることは実をいうとあまり無いです。

 こういう言い方はなんか観客軽視に見えますし、今時のキャラクター商売を推奨するように聞こえますが、それも違います。

 さっきの言ったとおり、物語を支配するのは設定ではなく、キャラクターから全体の人物描写から物語にフィードバックするものなんです。なので、キャラクターの核の部分をきちんと抑えなければいけません。

 逆にいうと、そのキャラの核たる70%か80%さえ抑えれば、残りのチグハグもかえってキャラの幅になります。それは富野作品のキャラが生々しいに見える一因である。それを達成するには、豊かな描写が不可欠なので、デコボコも場合によって、利点になるというのです。

 これは河口佳高プロデューサーが『Vガンダム』の時の富野作品作りに対する感想です。

この番組からシナリオ打合せに参加させてもらい、得がたい経験をしました。
毎回、打合せの最初に素人同然の私が、カントクから意見を求められるのです。私が「ここの台詞が…」とか、「ここでこの武器ではなく…」とかの瑣末な部分に関する意見をいうと、「そんな各論はいいんだ。総論として面白いのかどうかの意見をくれ」と言われました。面白いところはあるのか?面白くないところはどこなのか?ならば、どうすれば面白くなるのか?シナリオ打合せはそれを討論する場なのです。私はお話の構造を論理的に捉えることができていませんでした。

 全体の雰囲気、面白さを大事にする。時には繊細で、時には大胆な富野作品作りは、最終的に全部が物語全体に反応するので、その揺れるけど豊で面白いモノこそが、富野作品の真髄である。
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
#|2009/01/11(日) 00:55 [ 編集 ]
わざわざ教えてくださって、ありがとうございます。

そのへんは実をいうとご指摘したとおり、記事内容そのもの以上、いつも自分を困らす部分なんです。できる限りミスを抑えたいですけど、一旦ブレーキをかかると、なかなか細かいところを一々修正しないってのは実情です。なので、このような指摘を受けていただいたことに、本当に嬉しいですし、これからもよろしくご指導をお願い致します。

しかし、”ときどき”っていう意味は、一回だけではないですね…。自分でも薄々と気付いていますが、やはり恥ずかしいですよ(*´д`*)
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/01/11(日) 11:52 [ 編集 ]
>>最近の00とかいう作品みたい、今の世界の延長線にいるとか言いながらも、結局突然ポンと現代世界に人型ロボットを置いただけで、キャラを本気に物語に乗っていないような書き方は、正直今風の面白さ以外の何かを含んでるはずもなく、単純にただのガンダムというアニメにしかすぎません。

なんだ、結局面白いガンダムじゃん。
自分はそんなに“深く考えてアニメ見て長文書く時間ない”から、単純に楽しめるほうが好きですけどね俺は。

大虎 #9wIXYclI|2009/01/13(火) 01:21 [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
#|2009/01/13(火) 01:25 [ 編集 ]
それと…
富野以外のガンダムに、あなたの“富野的面白さ”を持ち込んでないでしょうね(意味の無い事だと思いますが…)?
富野は確かVガンダムが終わった後、今までのガンダム像をぶっ壊してくれと言ったそうですが。

あと、富野作品の“良い所”と“悪い所”を語って欲しいな。
人に見せる事が出来るような文でお願いします。
(だらだら語られるのも嫌ですから、レポート形式で)
愛好病ならなおさらでしょう。
大虎 #9wIXYclI|2009/01/13(火) 01:46 [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
#|2009/01/13(火) 01:49 [ 編集 ]
大虎さん、コメントありがとうございます。

どのアニメでもそれなりの面白さを持っていると確信しておりますが、今風だけでは早かれ遅かれ消えていくのではないかとも思っております。それはせっかく作った作品としてすごく惜しいことです。

主観と客観については、富野的面白さじゃなくて、富野由悠季という演出家がどう「目線」をコントロールする問題です。高畑監督と宮崎監督を言及したのも、彼らもその主観と客観の目線をどう劇中に持ち込むのに苦心したからです。それはもちろん一演出家が選択したやり方なんですけれども、その見せ方は劇中でかなり有効に働いてるということです。

>Vガンダムが終わった後、今までのガンダム像をぶっ壊してくれと
どの趣旨の発言だがいささか分かりませんですけど、確かにそれはとても難しいことだと思っております。とにかく新しいものを持ち込めばいいではないですし、『ガンダム』である以上、常に旧来ファンと狙い打ちたいターゲットの間に挟んでいるのは、本当に辛いことだと思っております。ただ、狭い定義の「演出」ならば確実に良さ悪さが判別できますから、そこに注目してほしいです。

ガンダム像は一体なんなんのかについて、自分でもいまだに考えていますが、たとえUCモノの0080も0083もいい作品ですし、公開したときは「新しいガンダム」とも言われていましたが、今となってもう誰も0080あるいは0083がガンダムに新しい表現法を持ち込んだとは言えなくなったのです。何故かというと、0080も0083も新しい表現法を持ち込まなかったからです。0080の戦争映画の表現も0083のメカニックとジオン精神?の重視も、他所から持ってきたもので、確か『ガンダム』というカテゴリでいえば新しいですけど、アニメ全体、映像全体で見ればそうでもないので、その強度はいずれ消えます。それくらい厳しいものです。同じく、平成3部作もそうですが、近年の種も00もいずれ検証されるんだろうから、まだ終わっていない作品ですが、頑張ってほしいですね。

>あと、富野作品の“良い所”と“悪い所”を語って欲しいな。
そのつもりですから、ご安心ください。また、こっちの記事も読んで頂けると嬉しいです。
http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-317.html
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/01/13(火) 02:34 [ 編集 ]
『富野ガンダム』の技法や思考を他に持ってくるのは間違ってると思うのですが…。
本人も「僕の作ったもの以外のガンダムは見ない!」と言うほど『富野ガンダム』と『その他』を区別しています。
『その他』の悪い部分を作り手の趣向なんだから認めろ。というわけではないのですが、無理矢理に富野の枠にはめて考えるのはどうかと思います。
特に00は水島監督もガンダムとしては異色だと自覚してますし、あえてガンダムから突き放したGガンダムなんかもありますしね。
#-|2009/01/13(火) 02:47 [ 編集 ]
>このコメントは管理人のみ閲覧できます
私もただの一富野由悠季監督のファンに過ぎませんから、正直そういわれると恐縮です。

富野作品と坂口作品の関連性については、大変考えさせていただきました。ブログのほうも拝見させていただきました。機会があれば、こっちも何かを書きたいです。
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/01/13(火) 02:47 [ 編集 ]
コメントありがとうございます。

上で言った富野監督の技法はあくまで富野作品の表現法なんですが、他の作品にそのまま持ってくるのは当然無理ですが、他の作品との比較は可能だと思っております。

00に限れば、当然監督もスタッフも頑張ってると思います。しかし、どう上手く世界観とキャラと物語を統合する問題は、本当に難しいことだと思っております。

Gガンダムはじつをいうと、そのルックス以外、『ガンダム』に通じることは結構ありますね。
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/01/13(火) 02:58 [ 編集 ]
初の書き込みです。
自分が富野作品が好きな理由、なぜ富野作品は何回も観たくなるのか?
その答えがようやく言葉として説明がついたようで目から鱗な思いです。

逆に富野作品がファーストガンダム以外、広く受け入れられなかった理由もわかったような気がします。
キャラの言動が主観に基づいているならば、逆に言えば観客に混乱を招くということにもなります。
かくいう私も、富野作品に触れたばかりの頃は作中キャラの言動に大いに悩まされました。
自分の中で答えを出そうと考えたからこそ、ハマって行ったという口です。

上の方に「深く考えて見ない」というコメントがありますが、これが大半の観客だと思います。
キャラが主観でいるからこそ皮膚感がある、でも同時に現実の人間と同じように理解しがたい部分も生まれてくる
それを自分で吟味する前に「つまらない」という評価に変えてしまうことも残念ながらまた大半の見方だろうという気がします。
また、話をグイグイと前に押して行くという事も、観客を置き去りにする要因ではなかったのかと思うわけです。
なぜなら、観客が一つの事に判断しかねている間にも話はドンドン進んで行ってしまうからです。
観客の客観的な判断を促す楽しみを万人に伝えたいならもう少し考える時間を与える手法なんかも期待してみたいです。
本来、一回で伝えられなかったら負けだと思いますし、同じ者を何回も観るほうが特殊です。
自分みたいな愚民は富野監督みたいに頭の回転が速いわけでも経験が豊富なわけでもないですしね(笑)←皮肉じゃないです

ただ、こういう手法を取る人なんだなと言葉でこそ説明はできませんでしたが
それを早くに感覚的に気付いて楽しんでいた自分には富野監督が手掛ける作品は他では味わえなかったものでした。

何が言いたいかというと、富野監督を尊敬しているということです。





#-|2009/10/20(火) 10:34 [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
#|2009/10/20(火) 10:52 [ 編集 ]
そうですね、おっしゃるとおり、こういう生な雰囲気を作るのは富野監督の他の追従を許さない真髄なんですが、同時に他人に混乱させる部分も出てきます。それが確かにあると思います。なので、それを克服するには、より強力な「物語」がいります。そしてこれも富野監督が作品を作る際、もっとも重要視な要素です。

魅力的な物語ができるのは、「途中に気になる部分はあるけど、もっと気になるのはこれからの展開」という作品です。もしそれが出来れば、きっと「深く考えて見ない」で済む作品より面白いだろうと思います。そして、これが一部を除いて、上で言ってた富野の生っぽい演出と抵触なく同居できると思います。

では、なぜ話をグイグイと前に押して行くという事が、観客を置き去りにする要因になるんだろうかと言いますと、それがきっと訳があります。
『∀』と『キンゲ』の一話を例としてあげよう。この二つの話は共に大変な内容なんですが、一般的な評価によりますと、どうも『∀』の一話のほうが分かりやすくて、『キンゲ』の一話が分かりにくいだったようです。処理してる人数も設定も方法論も実際それほど変わらないものの、なぜこのような差が出てくるというと、自分は「情報配分」の関係だと思います。『キンゲ』では、主人公のゲイナー視線を含めて、より多くの「分からない」を入れましたから、ああいう分からなさを作ってしまったんです。
これに関して、いずれまた別の記事で語るつもりですので、そのときももしご意見を寄せてくれればありがたいです。

短ならぬご感想を教えてくださって、ありがとうございます。本当に色々タメになりました。どうかこれからもご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。
kaito2198 #L2WcHO2o|2009/10/22(木) 00:03 [ 編集 ]
富野のキャラはリアルである、という声を作品のファンからよく聞きます。自分も、それについて「リアル」とは一体どういうことなのか明快な説明ができずとも、何と無く同意できていました。しかし、この記事の「徹底的主観な描写を使って、観客の客観的な判断を促す。同時に、グイグイと話を前に押してゆく。」という文章を読んで、「富野節を使う富野キャラ達にある、謎の魅力の正体はこういうことだったんだな」と文字という媒体を通して認識できました。そのことに関して、非常に感謝します。因みに、自分が一番印象に残っている富野キャラのセリフは、シーブックの「アーサーなんだぜ?」とゲイナーの、シンシアの問いかけに対する「落ちてる」です。どちらも主体が動揺しているシーンですね。

あと、富野監督は自身の作家性の無さに言及することがあり、その度に「そんなことは無い。謙遜しすぎだ」という反対の感情を抱いていましたが、この記事を読んで監督の言っていることが理解できる気がしました。「物語を支配するのは設定ではなく、キャラクターから全体の人物描写から物語にフィードバックするものなんです」とご説明されていますが、全くその通りだと思います。豊かな物語はそうやって作られると思います。しかし、豊かさの土台であり支配される対象である「物語自身」については、いわゆる作家と呼ばれている人々と比べると富野作品には面白さが無いのです。薄いのです。実際、富野キャラのレベル程、作品に影響を及ぼす力を持った登場人物は滅多にいないでしょうし、見たこともありません。しかし、富野作品のようなキャラを出さず、キャラは記号に近いレベルなのに、物語自体の力だけで面白いと思わせられる作品は多くあります。そしてそのことを理解しているからこそ、監督はそう発言するのだと思いました。


最後に、宮崎監督と高畑監督がコンビを組むと良いと言われていましたが、そこに富野監督を混ぜてあげるとどのような作品が生まれるのか妄想がかきたてられます。恐らく、実際は主義や性格など色々な要因から実現することはない話でしょう。しかし、だからこそ考えてしまうのです。管理人様はどう思われますか?
てしゃ #-|2013/07/17(水) 15:03 [ 編集 ]
てしゃさん、コメントありがとうございます。そしてこの記事を読んでいただいて、ありがとうございます。この記事は4年前に書いたものですが、今でも我ながらよく書けたという思いです。ですので、この記事に対するご感想を残してくださったことに関して、とても感激です。

2段目に関する話は私も同感です。純粋に物語の力というものは存在していると思います。そして逆説的に富野作品の弱点も見えてくると思います。これに関して、先日のイベントでも富野氏が似てるような指摘をしました。今回ではかなり気を使って作っていらっしゃるらしいですが、はたしてどうなるかのやら。とにかく期待するしかないですね。

宮崎氏と高畑氏と富野氏の三人が組んだらどうなるかに関する話ですが、やはり監督が誰かによって異なるのでしょうね。あくまで理想的な形でいえば、富野氏が総監督、高畑氏が演出、宮崎氏がアニメーション・ディレクターというような役割のほうが、最大限を発揮できるのでしょう。別に富野さんが一番偉いというわけではありませんが、富野さんの強みはやはりコンセプトとテーマにあると思いますので、この場合は一番上にいるほうがいいだろうという考えです。
kaito2198 #L2WcHO2o|2013/07/18(木) 01:34 [ 編集 ]
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