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『映像の原則』から見る富野の演出と、『ポニョ』語りから見る富野の手法

2008/12/02 01:15|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 『映像の原則』から見る富野の演出と、『ポニョ』語りから見る富野の手法
今日は『映像の原則』を読んでいる途中、突然この部分に惹かれた。

 演技というのは、記号にちかい性質もあるのですが、もともとは人間の感情を表現する技術です。
 演出の仕事とは、ひとつひとつの役柄(キャラクター=人物)を創造し、その感情の流れを的確以上に表現できる手法をそれぞれの役者にあてはめていき、そのうえで、いくつもの役柄をドラマ・ラインにそって、複合的に構成して、物語の語り口の方向性をさだめていくことだといえます。
 すべからくの流れを見極める仕事となります。
 役者は、それを個々の問題として意識して、劇中に身を投じます。そこには静止感覚は皆無です。
 しかも、その情を人格としてとらえて表現させようとすれば、千差万別の感情のラインを想定しなければなりませんから、役づくりにはトメ(静止)はあり得ません。

 これがまさに富野作品の一番の特色ではないか。
 要は演技の繋ぎ方をどうするべきかのことである。
 で、富野が探し出したのは、キャラの感情は常に動いてるものだから、一瞬とも止まることなんてありえないということ。

 そりゃ、アニメだから、映像作品だから、何かを表現したいとき、表現そのものはやはりどうしても「画面」と「動き」に経由しなければならない。
 だからといって、「画面に出てこない」というのは、何も「動いてない」を意味することではない。
 一つの世界を想定した時、画面以外でも、キャラが常に動いてるんだから、それらの描写をするときは、画面のなかのキャラの動きだけでなく、画面外の「キャラの動き」も一緒に意識しなければならない。
 だから、一つのキャラが持っている情は、決して画面で示したものだけじゃなく、画面以外に厳然に存在する劇世界のなかで養ったものもちゃんと含んでいる。こうしても見れば、富野作品と一般作品の差異が明確に見える。

 一般作品の演技の繋ぎというのは、「(キャラの)前回の演技」に繋がっているもの。つまり、その情緒は前回の登場した時の演技の情の終わりに繋ぐと想定している。
 それに対して、富野作品の演技の繋ぎは、「前回の登場も舞台の後(画面の外)でコソコソやっていること考えていることも含めて、今の時点で(キャラが)やろうとしていることの演技」という一見前回の登場とまったく繋がらない描写であること。でも、上で言ったとおり、キャラそのものは物語の語り口を待っているギミックじゃなく、画面の外でも動きまくるものだから、常に変化しているのも当然のこと。
 これが富野作品のキャラが時々「豹変」と評される所為。
 でも、情がちゃんと繋がっているから、描写の飛ばし方も、芝居と芝居の間の見えないところ(画面の外)の見せ方も、情のドラマ・ラインにのっとる限り、絶対消化できるものになれる。
 これこそ『映像の原則』で言ってた「情の流れを見極める仕事」。
 この飛び演技があるから、富野作品はひと味違う。

 だから、富野作品が「生々しい」と言われるのも、おそらくそこから出てるものと言えます。シャアとララァがオ○ンコをしてるところは画面ではどこにでも出てこなかったのに、観客が2人を見てるだけで「あ、こいつらがどこかでイチャイチャしてたに違いない」と感じられるのもそのため(もちろん、富野の男女の描き方はまた別の問題)。
 演技の繋がりというのは、「画面に出てる演技」を繋ぐものではなく、「情」を繋ぐものである。傍証……にはならないかもしれませんけど、『新訳Z』を作る前の富野はテレビZについて、こう言いました。

十年もしないうちにあの作品のラストシーンは、ファが車椅子に乗ったカミーユを押しながら、『あれがお月様よ。カミーユ、わかるでしょう?』『・・・月・・・月か・・・』という会話をするシーンだったという妄想が芽生えて、その妄想のラストシーンは、ぼくのなかで現実的な記憶として定着して、十年ちかい時間が堆積していった。

これはまさに富野のなかでは、シーンでキャラを掴むのではなく、情の推移でキャラを掴むことではないか。出来の悪い作品ほど、こういうRPG式の「魔王は何もせず、最初から最後まで勇者の成長(あるいは自分をやっつけるの)を待っている」状態が出てくる。




 ついでに、「アニメ昼話 ポニョとハヤオを語りたおす! in ロフトプラスワン」というものを思い出した。
 冒険野郎マクガイヤー@はてなさんはこれについて、非常に素晴らしいレポートを載せていましたが、これはそのレポートです↓。

アニメ昼話 ポニョとハヤオを語りたおす! in ロフトプラスワン その1
アニメ昼話 ポニョとハヤオを語りたおす! in ロフトプラスワン その2

 その2には、富野監督に言及した部分と、あと二つ気になる部分がありますので、ついでにここで書きます。

 一つは「宮崎アニメには「幸せ光線」とでも呼ぶべきものがある。」というくだり。個人としては、今のジブリ映画では、二つのフィルターがあります。ひとつは「ジブリフィルター」。つまりジブリならなんでもいいというブランド志向みたいなもの。ふたつはここで言ってた「幸せフィルター」という、宮崎駿の目を通して見るフィルターともいうべきもの。これは場合によっていいものにも悪いものにもなりうる。
 宮崎監督の劇作法はいまさら論ずるつもりはないが、要は感情ラインを物語レベルでコントロールしないで、作画レベルでコントロールしようとしているまでのこと。合理性とは置いといて、ほかの(富野由悠季を含む)大勢の監督は「この物語の流れはこうだから、こうだよね」とすれば、宮崎は「こういう動きの流れがあるから、こうだよね」っていうこと。でも、かつては大変な掟破りで必要な革命かもしれませんが、今となってもう宮崎ハヤオのルーティンワークにしか見えない。だから、評価できるかできないかは知らないけど、少なくここ数年の宮崎アニメのマンネリといえる。

 そのほか、気になるのはここ:

魚形態のポニョなんだけど、皆が金魚だというから金魚だということで理解していたのに、トキ婆さんが「ゲッ、人面魚!」などと言う。それは言っちゃいけないことなんじゃ(笑)?リアリティのレベルが二つある。
これは富野由悠季がよくやる、「∀ガンダム」における「ヒゲガンダム」発言に代表されるような、予想される観客のツッコミをあらかじめ入れ込んでおいて受け入れやすくさせるやり方とも違う。

 ここはおそらく氷川あたりが言ってたことだが、はっきり言って、富野監督を舐めないで頂きたいと言いたい。
 なるほど、リアリティが二つある『ポニョ』という視点は、劇中では感じないこともないです。でも、これはまさに■ときめく1句(3)で私が書いた「視線の曖昧さ」だということ。その曖昧さはどこから来たのかというと、やはり宮崎ハヤオの恣意的にやってる作りからのものほかない。劇の主線のリアリティ、つまりこの映画の見せ方は厳然存在している。それは人面魚を見ても驚かないというリアリティ。これがすべて。別にリアリティがいると言われても、結局そのもう一つのリアリティはまったく劇中ではまったく作用していなかった(もっといやらしく言うと、そのリアリティの敗北)。だから、そこらへんの言葉だけに引っかかって、リアリティ二つあると言ってるような人は、いかがなものだと思います。
 そして、『ターンエー』については、「予想される観客のツッコミをあらかじめ入れ込んでおいて受け入れやすくさせるやり方」はあくまで極めて表面的なことしか語ってない。
 リアリティというご大層なものじゃなくて、すべからく手法の問題だけです。それでも、あえてリアリティという言葉を使うと、それはもうたった一つのリアリティしかいないでしょう。それは劇世界基準のリアリティ。
 確かに、富野作品には、どう観客の現実のリアリティと劇世界のリアリティの間を埋るような悩みが一杯あります。そして、観客にすんなりとそのリアリティを受け入れてさせるために、こういう「転移」の手法を用いるのです。
 「ガンダムにおヒゲがありますか?ありません!」「まあ、大きいのにブサイク!」「ちょっと違うじゃない?古っぽいもの」(さらに、「なるほど、シャイニング(ry」みたいな遊び)に代表するような、明らかに観客の目を意識するものを、劇中の語りによって消化される同時に、観客の目をこっちに引き寄せる。しかも独善に陥ることはなく、両面から語る。これは『イデオン』第1話のべスとシェリルの会話でも見られる。
 覚えていますか?シェリルがあのマッカマッカな車?3両を遺跡と言っちゃう時、観客の大半はおそらくべスと同じような気持ちになるはず。「あれが遺跡?ぷぷぷ」みたいな。しかし、シェリルのその話を聞いて、べスはどういう反応をしたのか?大笑い。しかも超がつくほど大げさの大笑い。観客が「あれが遺跡?ぷぷぷ」程度のものならば、べスは「あれが遺跡?ははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」みたいなもの。非常に嫌味が入ってる。これは明らかにべスの「遺跡だと信じない」という反応に対する故意な描写で、目的はもちろんべスという嫌味十分の態度によって、観客を「あれが遺跡?ぷぷぷ」から「なんだよ、そんなに笑わなくたっていいじゃない。遺跡が車だっていいじゃない」に転移させるため、このような手法を用いるのです。つまり、どう「転移」という手法を使って、観客の目線を劇世界の目線に融合するための演出なんです。
 注意すべきなのは、これはまったくの手法であって、そのなか、作家性なんて一片もありません。でも、シリーズが進むのと共に、その目線が深化してると、観客も自然にすんなりとその外面的な見方を内面化してくれる。これはツッコミうんぬんというレベルのものじゃなくて、明らかにその両面さを同時に意識しつつ、時間によっての発酵をあらかじめ計算した上のものです。前の「ヒゲ」で例にすると、単に「ほら、ぼくは先にヒゲと言っちゃうんだから、もうヒゲとは言わせないよ」みたいなことじゃなくて、シリーズに通して「ヒゲ」を固有名詞化と愛称化することによって、「ヒゲ」を徹底的に劇世界で消化する。劇中でヒゲに「重さ」を与えたのです。だから、突っ込めば気がすむのは、もうとっくに『ザブングル』の時で終わったのです(これにしたって、ツッコミ待ちの受身じゃないってのは自明のこと)。

 しかし、作家性がないと言っても、こういう外在の問題を内在化するという部分は、まさに富野作品の一大特徴。自分の苦悩、社会の問題とか、何か人間と社会の問題に言及しないとすまないという富野の性(小説もそう)は、特にZ以降が顕著になっていた(もちろん、ガンダムばっかりと無関係ではない)。それらの作品はまさに富野イズムのありところで、『映像の原則』で言ってた「パーソナルなフィルム」と「広いフィルム」に融合するような、私小説的にも公人的にも似てるような不思議なもの。
 だから、結論は何かというと、それは富野由悠季という作家がすごい!ということです。主は前項の「情の流れを見極める」部分を示す。パヤオについては、あくまでついでの話ですから、どうか気になさらないでください。


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