富野由悠季監督とその作品をひたすら語るブログ

TOMINOSUKI / 富野愛好病
http://kaito2198.blog43.fc2.com/

プロフィール

kaito2198

Author:kaito2198
台湾人。
ただのファンです。

twitterは@kaito2198です。

仕事やブログ関係のご連絡は
kaito2198@hotmail.comまでお願いします。

給華文圈之富野由悠季愛好者的一些話
關於本站文章的轉載聲明

富野監督関連資料一覧

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

グーバーウォーク

富野由悠季とレコード会社と作詞と芸能と作品と商売と理想と現実

2008/11/14 11:59|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季とレコード会社と作詞と芸能と作品と商売と理想と現実
関連記事
■ときめく1句(3)
■富野由悠季と歌
■富野由悠季と挿入歌(1)
■富野由悠季と挿入歌(2)

昨日の映像の原則についてブログ訪問者の皆さん方の感想を伺いたい記事ですが、
回答してくれた全ての方、本当にありがとうございます。
しばらくその記事を左のリンクに置いていますので、どうかこれからもご協力をお願いします。


さて、今日は『∀(ターンエー)の癒し』の引用から始めたいと思います。

 阿久悠さん。
 ピンクレディーから八代亜紀まで、はばひろく名曲を生み出し、カラオケの世界では超現役のプロの作詞家だ。歴史をきずいた方であられる。
 氏に直接、作詞のコツを教え願ったことがある。
「詩の世界をつくること」
 それだけである。
 それでは、ぼくの仕事と同じで、物語の設定をかためることにあたる。
 ぼくの場合と決定的にちがうことは、こちらは半年とか一年のオン・エアにたえる世界観を考えるのだが、作詞の場合は、三分か五分の歌のための世界と物語をつくる。しかも、それをその時代の気分にあわせた言葉で紡ぎだすのである。それは現在もおなじで、表現としてのフィーリングのありようがちがい、言葉遣いがちがうのだが、この言葉遣いのちがいについては教えていただけなかった。
 それは、企業秘密だからではなく、阿久悠さんにしても言葉で説明しようがないものらしい。それは、時代のなかで独自に発見するしかないテーマである。
 ここでははじめて感性の問題ということになる。
 話せるのは、結果論でしかない。
 ひとりのクリエーターにフォローできるのは、そのときだけなのだから、阿久悠さんでさえ80年代のひと、といわれるようなことになってしまうのだ。
 歳をとるということは、この流行、時代が変わるということを認めなければならないことなのだから、つくづく過酷だ。
 さて、右の事実を認識したうえで、別の観点もあって、ぼくは作詞をさせてもらっている。
 つもり、世間や時代は、ひとりの人間には過酷なのだが、どうじに、たいへん甘いというかいい加減な判定をする部分もある。
 それに抵抗したかったので、ぼくは作詞にこだわるようになった。
 アニメに関していえば、ファースト・ガンダムの時代まで、テーマ曲をさえもレコード会社は学芸部というところであつかっていた。
 学芸部。おわかりだろうか?
 教科書にのるような楽曲、まあ、乱暴にいえば、童謡あつかいというやつだ。歌謡曲、ポップス、といった流行歌をつくる部門とは隔絶した世界におしこめられていた。大手のレコード会社だったからという言い方もあるが、アニメ関係の曲づくりなどは、その手のスタッフということに相場はきまっていて、サラリーマンたちもそれを要求した。
 それをなんとかしたかったのだが、それができるようになり、井上大輔という大学時代の同期の男を呼んでもらえるようになるまで保守系との戦いだった。
 彼は、グループサウンズの時代、ブルー・コメッツというグループで、クラリネットを吹きヴォーカルを担当しながら作曲をやっていた。
 ぼくは、彼の楽曲は『ブルーシャトー』ぐらいしか知らなかったが、その後は、CMで稼いでいた。
 それでも、状況は時代にあっていくには、まだ時間が必要だったし、インディーズ系とのコラボレーションができても、別の問題がうまれたりして、いまだ理想的な経験はしていない。
 組織があってすすめなければならない仕事というのは、作品をつくっていく事情とはべつの価値観が作用して、テーマ曲であろうが、作品とは無関係にヒットするものをもちこむといったような風潮がある。それは、学芸レベルとはまたちがった作業は横行する。
 むしろ、金がつきまとうから、学芸から脱出する以上に難しい現実となっている。
 これにも対抗したくて、作詞権をはなしたくないと考えてしまうのだが、ぼくにヒット曲がかけなければ、と、プロにまかせた時期もあった。
 が、そのときも、他人にはこちらのつくる作品世界は洞察できない、という単純な発見をしただけである。他人はあくまで他人なので、こちらに同化してくれないのだ。
 商売をかんがえれば、ヒット曲先行でかんがえたいのだが、音楽関係者というのは、物語のフィーリングに肉薄してくれることはなく、日本人的なプロとしてできあがっているひとであればあるほど、プライドが邪魔をして、作品の世界にすりよろうという意識がはたらいてくれないのだ。
 一番つらいのは、アニメとか劇版という仕事を、一段も二段もひくくみているスタッフがいることで、そうでなければ、アニメとかマンガずっぽりのプロとなる。
 どちらも極端すぎて、ちょうどいい、というのは見えてこない。
 最近はじょうきょうがちがっているのだが、それでも、ミュージシャンを売るためにアニメ、映画、ゲームを利用するという意図が先行して、おなじように作品との協調性、まして、作品を補強することなどは考えてくれない。
 考えていますといってもレベルがちがい、サラリーマン・レベルの発想で創作にかんできたりするから、よけい面倒になる。
 そのようなレベルにかぎって、うまくいくと悦にいるから、直せといってもちゃんと直ったためしがない。つまるところ、才能の問題ということを、つきつめて感じているスタッフが存外すくないという事実に直面しておわる。
 トレンディ・ドラマやアニメ、最近では真面目なドキュメンタリーやレポート番組でも、作品内容に関係がないテーマ曲がながれる。オリンピックでもやるからしょうがないか、とおもうしかない。
 ま、そういうわけで、今回の『∀』では、かなりこだわって作詞をさせてもらえたのも、右のような事情を関係各位が理解してくれたからだ。
 けれど、あんな古い曲はヒットしないという状況に直面したし、それでもカラオケでは『ターンAターン』はけっこう唄われていたりというアンバランスな状況を体験している。
 ああ、タイトルがどうして『∀ターン』ではないのかという質問には、現行のカラオケ・システムのコンピュータでは、”∀”という文字入力が面倒だからである。

 今回、ぼくの作詞を菅野よう子が認めてくれてたことは、ほんとうに感謝している。
 そうでなければ、『宵越しの祭り』や『月の魂』といった劇中曲(挿入歌ではない)を手にいれることはできなかった。『月下美人』という曲については、小林亜星先生と西城秀樹氏にお礼を申し上げたい。
 それらの楽曲は、作品の表現そのものにかかわる機能をもっていて、成功したかどうかは別にして、芸能に接近したいというぼくのこだわりの表現でもある。
 こういう音楽の使い方もある、と、それを見せたかったということもある。
 しかし、そのおかげで、以後、音楽にはっぱられるように演出をすることもおぼえた。これは、過去の仕事でできなかった手法で、映画的な演出の自由度に挑戦したつもりだ。
 若い人たちは、自分なりに自由にやっているとしんじているのだろうけれど、この十年ていどのあいだで知った方法を流用しているようにしか見えないので、それだけではないのだというものを見せたかったのだ。

と、いう非常に見ごたえある内容なので、自分の記事を書くこともやめて、
内容について補足説明だけにします。




阿久悠さん。ピンクレディーから八代亜紀まで、はばひろく名曲を生み出し、カラオケの世界では超現役のプロの作詞家だ。歴史をきずいた方であられる。氏に直接、作詞のコツを教え願ったことがある。「詩の世界をつくること」それだけである。

まず、阿久悠氏と作詞と世界観作りについては、もう前のときめく1句(3) で語ってきたものだから、
ここでは割愛。


歳をとるということは、この流行、時代が変わるということを認めなければならないことなのだから、つくづく過酷だ。さて、右の事実を認識したうえで、別の観点もあって、ぼくは作詞をさせてもらっている。つもり、世間や時代は、ひとりの人間には過酷なのだが、どうじに、たいへん甘いというかいい加減な判定をする部分もある。それに抵抗したかったので、ぼくは作詞にこだわるようになった。アニメに関していえば、ファースト・ガンダムの時代まで、テーマ曲をさえもレコード会社は学芸部というところであつかっていた。

ここでいう世間と時代に対して対抗したかったのは、
世間やレコード会社にアニメの主題歌(作詞)の地位を認めて欲しいということ。
つまり、富野喜幸(由悠季)がオモチャ屋さんと世間と戦い続けていると同時に、
井荻麟もまたレコード会社と世間と戦っている。
それで、富野由悠季と挿入歌(1)で書いてきたように、
レコード会社は『ガンダム』劇場版以後、アニメビジネスの可能性を気付いて、
だんだんこの部分に手を入り込むようになりました。
だから、井上大輔とガンダム映画版の成功以後、
レコード会社も歌手を売るためのアクションを始めた。


それでも、状況は時代にあっていくには、まだ時間が必要だったし、インディーズ系とのコラボレーションができても、別の問題がうまれたりして、いまだ理想的な経験はしていない。組織があってすすめなければならない仕事というのは、作品をつくっていく事情とはべつの価値観が作用して、テーマ曲であろうが、作品とは無関係にヒットするものをもちこむといったような風潮がある。それは、学芸レベルとはまたちがった作業は横行する。むしろ、金がつきまとうから、学芸から脱出する以上に難しい現実となっている。これにも対抗したくて、作詞権をはなしたくないと考えてしまうのだが、ぼくにヒット曲がかけなければ、と、プロにまかせた時期もあった。

皮肉なのは、ここでも富野が自分が掟を破った後でできた秩序に縛られてるパターンが見られる。
では、井荻麟の負け戦の軌跡を見てみよう。

はじめは『イデオン』の劇場版。
『セーリングフライ』と『海に陽に』の水原明子がそう。
でも、このときレコードが強権発動する部分は、まだ主題歌の歌手だけだった。
作詞というのはちゃんと富野の手に押さえている。

次は『ザブングル』。
串田アキラとMIOも今はアニメ歌手みたいな扱いだが、当時は歴然した一般歌手のため、
レコードが売りたい歌手と見ていいだろう。
それと、主題歌の歌手だけじゃ足りない。今度は挿入歌というエキストラの曲も入れよう。
曲が多ければ多いほうが売るほうに都合良いだし。
こういう部分は富野みずから提案することは無いと思うから、
おそらくレコード会社の意向だと思われる。
で、出来上がったのは『HEY YOU』と『忘れ草(そう)』。やはり富野作詞だった。

次は『ダンバイン』。
主題歌は依然に富野にいるが、今度の挿入歌はついにレコード会社の手に落ちた。
歌手は売り出したい小出広美だけでなく、作詞もいわゆるプロの作詞家が手がけました。

次は『エルガイム』。
今までの歌はどの程度の売り上げは分からないけど、おそらくあまり良くなかったため、
主題歌はついにレコード会社に明け渡した。作詞権は奪われた。
そうなると、もう劇世界を作る作詞とはかけ離れていた。
このときの井荻作詞でいえば、エンディングと挿入歌まで引っ込んでいた。

ここまで挙げれば、
『Z』『ZZ』『逆襲のシャア』『F91』『V』の部分は説明しなくても分かるだろう。
出来とは別にして、だいたい作品作りの部分が譲歩することが多い。


最近はじょうきょうがちがっているのだが、それでも、ミュージシャンを売るためにアニメ、映画、ゲームを利用するという意図が先行して、おなじように作品との協調性、まして、作品を補強することなどは考えてくれない。

この部分はまさに最近の上辺だけのアニメの醜いところと富野作品の強みを表します。
富野作品は主題歌まで作品に組み込まれたから、その世界観がとても強い。
一歩、最初から消費を前提する主題歌は、いくら上手いこと言おうと、
所詮作品から遊離する存在に過ぎないから、結局作品の一部とはなれません。
もちろん、逆に言うと、そこはまさに富野作品商売上の弱みだが、
それでも「消費されてない」というのは言い換えると、
「長続きできる商売」にもなりうるから、結果的でいえばそういうやり方は正解と思いたい。


今回、ぼくの作詞を菅野よう子が認めてくれてたことは、ほんとうに感謝している。 そうでなければ、『宵越しの祭り』や『月の魂』といった劇中曲(挿入歌ではない)を手にいれることはできなかった。『月下美人』という曲については、小林亜星先生と西城秀樹氏にお礼を申し上げたい。それらの楽曲は、作品の表現そのものにかかわる機能をもっていて、成功したかどうかは別にして、芸能に接近したいというぼくのこだわりの表現でもある。

富野由悠季と歌という記事を書いてるとき忘れたが、
富野はここでははっきりと『∀』の劇中曲は芸能のためで作ったと明言した。
さらに、ここでいう芸能という目線の設定は、ときめく1句(3) で言ってた
宮崎駿作詞の決定的な違うところです。
つまり、芸能で劇世界を表したいにしても、その楽曲(歌)の立ち位置をちゃんと設定しないと、
その現実と劇世界の引き線が曖昧になるというわけ。
こういうのは論理的な作業であって、決して恣意的に書けるものじゃないと断っておく。


こういう音楽の使い方もある、と、それを見せたかったということもある。 しかし、そのおかげで、以後、音楽にはっぱられるように演出をすることもおぼえた。これは、過去の仕事でできなかった手法で、映画的な演出の自由度に挑戦したつもりだ。

これについて、はっきり感じられるのは、80年代の富野作品。
どういうことかというと、つまり音楽を絵の付属物みたいな使い方をすることが多かった。
一番特徴あるのは途切れる音楽。『イデオン』の「宇宙の逃亡者」などがそう。
こういう音楽にキャラクター性をつける手法はある意味日本特有なものだが、
はっきり言って、こういう使い方じゃ良いか悪いか別にして、
作曲家(菅野という人)に「音楽を信じてない人」といわれても仕方ないと思う。


なんだか纏まらない記事になってしまったようだが、
こういう富野のテキストを読み解く記事はたまにあってもいいのだろうかな?


コメント
近ごろサボっていてスミマセン。

アニメの主題歌の地位。うん。
画期を為したのは、やっぱり『ヤマト』だったかなぁという印象があります。当時のアニメファン的には、特にエンディングの「真っ赤なスカーフ」を強調していたような。
主題歌を含めて、アニメ音楽が商売になるよっていう。アニメ音楽の地位を確信犯的に最初に高めたのは、(毀誉褒貶は多いが)Nプロデューサーだったっていうのは、アニメ史的にはある程度は認識されている・・・のかな?
『ガンダム』は、さまざまな面で『ヤマト』を仮想敵としてやったという面もあり。

ただN氏の体質でもあったかもしれないけれど、ブームに任せて商売になるぞというところへ「どどどーっ」っと流れていってしまったところで、富野監督がきちんと作品に沿ったものをやろうとしていたというのが、これが当時のアニメファンにも正しく評価されたということではなかったかと。そういう意味で「戦っている」という言い方は、とてもいいと思います。

声優なんかでもそうで、あの頃の富野監督は、そういう日陰者扱いだったアニメをめぐるあれこれが評価を得るために、非常に貢献していたという印象が私には強くありますね。
「ここでも富野が自分が掟を破った後でできた秩序に縛られてるパターン」という言い方は、kaito2198さんも私と同じ認識なのだと思います。

そうやって富野監督が懸命に世間に抗って、社会的な地位を高めたアニメをめぐるあれこれが、独り歩きを始めてアニメそのものの表現を逆に束縛するようになってしまった。そういう今日に至る経緯を指して、「皮肉」とおっしゃっているのですよね?

そういう意味では、アニメファン(オタク?)の世代論ではないですけど、受け手の側の質が劣化したという側面は、確かにあるのでしょうね。そこは本当に功罪の両側面があるから何とも言えないけど、今日のアニメの状況が築かれるのに富野監督が果たしてきた役割というものは確かにある。こんなのオールド・ファンには自明すぎることなのですが、若い人たちにはただの変なハゲ親父と思われているから、少しは整理されないといけないのかもしれません。

そして何より大事なのは、このおっさん、いまだ戦いをやめていない。自分の功罪を分かった上で、過去の自分が築いてきたものと再び戦い続けているという。

・・・何が言いたいのかグダグダになっちゃいましたが。こんな話が出来る機会はあまりないので、つい(笑)。長文でごめんなさい。
囚人022 #TJwDdEqg|2008/11/14(金) 23:10 [ 編集 ]
西崎とヤマトのことは承知してます。確かあのプロデューサー主導の体制は異色ですね。近年でいえば大月みたい仕掛け人もいるが、それも囚人022さんがおっしゃるとおり、ファンの質の変化なんかも関わってるから一概いえませんが、そういう部分に対してもきちんとカウンターを出してたのが富野喜幸です。それで、ある時期、少なく富野の周りでは、確かにそういう作り手優先(リスペクト)の風潮がありました。

それと、絶対言わなければいけないのは、富野監督がやってたこれらのことはM監督と違って、アニメ業界全体にたいする貢献ということ。押井守なんかもそれを承知しているので、時々口からそのような話を漏らしているが、そういう面もきちんと見つめないといけませんね。

>富野監督がきちんと作品に沿ったものをやろうとしていたというのが、これが当時のアニメファンにも正しく評価されたということではなかったかと。
これはもう本当にそうですね。大きなビジネスチャンスが絡み始めたとき、クリエーター主導ができたのは、実をいうと、ちょうどこの時期ですね。それで当時のファンも現在の消費するだけのファンと違って、ちゃんと「作品を作ってる人」を見つめてるからこそのことですね。

>少しは整理されないといけないのかもしれません。
これもいつも不思議と思うのですが、なんで日本のアニメ界とファンはこうも富野監督を無視し続けているでしょうか(現状を含めて)。津堅信之氏もそうおっしゃっていますけど、とにかく注目されなさ過ぎるのは富野由悠季です。

それと、いつも思うのですが、囚人さんはどうやら西崎について結構詳しいのようで、前なんかも富野とプロデューサーの関係を語るには、西崎は不可欠の要素みたいなことを仰いました(こっちは知識不足のため、思いつくのは鈴木敏夫だけ)。このへんについてはいずれまた詳しく伺いたいです。


余談ですが、前囚人さんのアドバイスを受けて、何か反響を釣るため、チラチラと宮崎駿のことも入れてみましたが、なんかいまいち反応が薄いようで、ちょっと困りましたね(笑)。
kaito2198 #-|2008/11/15(土) 09:33 [ 編集 ]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://kaito2198.blog43.fc2.com/tb.php/259-96867806

ブログ内検索

なんとなく富野商品

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

まともに機能しなくてすみません。これからゆっくりペースで直します。

RSSフィード

FC2カウンター

富野監督作品一覧

  • 海のトリトン
  • しあわせの王子
  • 勇者ライディーン
  • ラ・セーヌの星
  • 無敵超人ザンボット3
  • 無敵鋼人ダイターン3
  • 機動戦士ガンダム
  • 伝説巨神イデオン
  • 機動戦士ガンダム(劇場版)
  • 機動戦士ガンダムⅡ 哀戦士編
  • 戦闘メカ ザブングル
  • 機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編
  • 伝説巨神イデオン・接触篇 -A CONTACT-
  • 伝説巨神イデオン・発動篇 -Be Invoked-
  • 聖戦士ダンバイン
  • ザブングル グラフィティ
  • 重戦機エルガイム
  • 機動戦士Zガンダム
  • 機動戦士ガンダムZZ
  • 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
  • 機動戦士ガンダムF91
  • 機動戦士Vガンダム
  • 闇夜の時代劇 正体を見る
  • バイストンウェル物語 ガーゼィの翼
  • ブレンパワード
  • ∀ガンダム
  • 劇場版∀ガンダムⅠ 地球光
  • 劇場版∀ガンダムⅡ 月光蝶
  • OVERMAN キングゲイナー
  • 機動戦士Ζガンダム A New Translation -星を継ぐ者-
  • 機動戦士ΖガンダムⅡ A New Translation -恋人たち-
  • リーンの翼
  • 機動戦士ΖガンダムⅢ A New Translation -星の鼓動は愛-
  • RING OF GUNDAM
  • ガンダム Gのレコンギスタ
  • 富野参加作品一覧

  • 鉄腕アトム
  • 戦え!オスパー
  • リボンの騎士
  • 巨人の星
  • アニマル1
  • 夕やけ番長
  • 海底少年マリン
  • どろろ
  • 紅三四郎
  • 巨人の星対鉄腕アトム
  • おらぁグズラだど
  • 男一匹ガキ大将
  • ムーミン
  • シートン動物記
  • 赤き血のイレブン
  • アタックNo.1
  • あしたのジョー
  • 男ドアホウ!甲子園
  • 昆虫物語 みなしごハッチ
  • さすらいの太陽
  • 天才バカボン
  • ふしぎなメルモ
  • 新・オバケのQ太郎
  • 国松様のお通りだい
  • いなかっぺ大将
  • 正義を愛する者 月光仮面
  • アニメ・ドキュメント ミュンヘンのへの道
  • モンシェリCoCo
  • ハゼドン
  • ど根性ガエル
  • けろっこデメタン
  • ワンサくん
  • 山ねずみロッキーチャック
  • 侍ジャイアンツ
  • 新造人間キャシャーン
  • アルプスの少女ハイジ
  • ゼロテスター
  • 昆虫物語 新みなしごハッチ
  • 小さなバイキングビッケ
  • 宇宙戦艦ヤマト
  • 破裏拳ポリマー
  • フランダースの犬
  • 母をたずねて三千里
  • アンデス少年ペペロの冒険
  • 超電磁ロボ コン・バトラーV
  • ゴワッパー5 ゴーダム
  • ろぼっ子ビートン
  • あらいぐまラスカル
  • 合身戦隊メカンダーロボ
  • 超電磁マシーン ボルテスV
  • シートン動物記 くまの子ジャッキー
  • ヤッターマン
  • ペリーヌ物語
  • 闘将ダイモス
  • 未来少年コナン
  • とびだせ!マシーン飛竜
  • まんが日本昔ばなし
  • 宇宙魔神ダイケンゴー
  • 赤毛のアン
  • 科学忍者隊ガッチャマンⅡ
  • ザ・ウルトラマン
  • 宇宙大帝ゴッドシグマ
  • ルパン三世(TV第2シリーズ)
  • 新世紀GPXサイバーフォーミュラ
  • 銀河漂流バイファム
  • ママは小学4年生
  • GUNDAM EVOLVE 5
  •  |  富野作品感想 | 富野由悠季関連 | 井荻麟関連 | 富野情報 | 富野雑談 | レビュー | ブログ運営 | 日常話 | 未分類 | 給華文讀者 | Gのレコンギスタ | 
    Copyright(C) 2007All Rights Reserved. TOMINOSUKI / 富野愛好病
    Powered by FC2ブログ.
    template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.