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富野の大学時代

2008/09/20 20:48|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野の大学時代
富野の大学時代といえば、3つの注目すべきことがあります。
ひとつは虫プロ面接→入社のこと
もうひとつはコードネーム:チョキとのこと
そしてもうひとつは、大学時代の経歴
一応調べてみたものの、日本当時の背景や学生運動については
やはりまったく知らないし、口を出すのもおこがましいので、
まとめするだけ。


さて、今ざっと手持ちな資料を目を通したが、
今まで富野が自分の大学のその経歴を言及したのは以下である。

1、『富野由悠季全仕事』

――ところで、富野さんが日大に入られたのは、ちょうど60年安保の年ですが。

富野 これに関しては、全く僕は無縁でした。そういうことさえ知らないような無知文盲でした。僕が学部にいなかったっていうのは、1年の時には学部の自治会をやり初めて、2年目には学部での自治会長をやっていました。だから、まあ1年の間は学部にいたって言えるんですけど、2年になった時はもう、マンモス大学だから各学部の自治会が連合している日本大学学生自治会連合の執行部、俗に我々は中央執行委員会と呼んでいたんですが、そちらに出入りするようになっていた。そして、オール日大としての自治活動をどう考えるかみたいなところで安保云々というような話を聞かされて、初めてそれらのことが少しわかりました。オール日大でやる自治会は全学連的なものではない。反社会的なものはやらないということで、産学共同をテーゼに自治会活動をやっていくといっている執行部だったんです。つまり大学の御用自治会なわけですが、当時はそういう発想も思いつかず、そういったことをしゃべっている学生たちをただ見ているのが珍しかったというのもあって、入り浸りになりました。ところが2年の秋になって、ようやく中執が御用自治会なんだということが、うっすらとわかったんでしょうね。それで嫌になっちゃった頃、中執が加入している私立大学連合会の執行部が日大の中執事務所の隣にあったので、今度はそちらにスライドし、そこでしばらく過ごしたんですけど、3年の夏休みの私学連の中執総会で副委員長をやってくれと言われた時に、何で委員長じゃないのかというのと、やっぱり日芸といえども卒業しときゃなきゃまずいと思って、一方的に脱会しました。

――生まれて初めて体験された、政治性のある世界ですね。やはり何かゲーム的な面白さがあったのですが。

富野 ゲーム的以前です。主義主張なんか関係ないから、メッチャクチャ面白い。それと体制というものが、全学連レベルでは崩せないということを、僕は日大で教えられました。もう40年近くも前のことだから話してもいいでしょうけど、本当に一度だけ、息が飲むくらいびっくりしたことがあります。ある学生課の課長から動員がかかって、「何月何日お前ら本部に集まれ。それから赤坂に行け」と。で、そこに行くと、体育会系の連中がだーっと集まってる。体育会系といっても、中央が呼ぶんだからオール日大メンバーなんですよね。その連中と僕たち中執の連中が赤坂に集合させたれたわけ。何かというと、当時のケネディ政権下の司法長官、ケネディ大統領の弟のロバート・ケネディが始めて日本に来た時、日大の古田重二良会頭に会うということだったんです。60年安保の後、もう一度学生運動が盛り上がって日大闘争が起きるまで、日大には古田体制というのがあったんです。中執はその統制下に入っている自治会でした。で、当時赤坂には日大の迎賓館があって、そこの純和風の全部茶室みたいな、それはそれは立派な平屋の外に僕ら並ばされたわけです。司法長官と会頭の会談がおわってから、会頭が呼んでいるから中執の連中は全部集まれと茶室みたいな処に呼ばれて、「お前ら頑張ってくれ」と。その後生まれて初めてベンツに乗って帰っていいと、10人ぐらいの中執の連中を一台一台の外車のハイヤーに載せてくれたんです。僕はその日もう小田原に帰るつもりがなかったから、中執の仲間の家までベンツに乗ったんです。「日大というのは一体何なんだろう」と、僕はその時ホントもう真っ青になりました。

――そういう体験が、後のジオン公国とかザンスカール帝国みたいなもののモデルになっていたのでしょうか。

富野 それは映画版やっているときに、初めて気がついてたんです。『ガンダム』みたいな作品をやりながら、何でジオン公国みたなフィーリングをああいう風に描けたんだろうかという時に、ああいう光景を目撃させてくれたという日大には感謝してます。それは絶対無縁ではない。ああいう気分を知らないで書いている人とは違うと思います。僕はまさにノンポリ以前の学生だったから冗談じゃないと思いながら、やっぱりオール日大という傘にかかると、ここまで出来るんだと。赤坂の迎賓館も、ベンツももっともだと思ったし、古田会頭という人がかなり官界と癒着している人だということとか、その上でマンモス大学の有り様というのが、だからこうなんだということがわかった。

――一方では日大の時に『小石』というシナリオを書かれてますが、あれも富野さんのひとつの原点というか社会の見方、政治の見方という風になるわけですね。

富野 そうです。まさに田舎の学生で、ロクに勉強も出来なくて、それこそ大学に入った年に安保で揺れているというニュースをやっているにも関わらず、そんなこと考えもしなかった。だけども学生仲間の中は「昨日凄かったぜ、国会の前まで行ってさ」なんて奴がいて、一体何をしゃべっているのかわからないことも含めて、今度自分がハッと気がついたとき、言ってしまえば向こう側のお先棒さんをやっていた。なおかつ中執まで行ったおかげで、そういう景色まで見せていただけた。古田会頭という人の、それこそ一番末席ですよ。だけど僕は、その時既にこういう人間でしたから、あの日も会頭にじかに質問しちゃったんです。何を質問したかは覚えてないけど、その翌日、自治会室に呼びつけられて「お前は何様だ! 会頭にじかに質問をするとは」と、まーこっぴどく絞られました。これが体制かという印象でしたね。私学連の総会で次の執行部に推薦された時も、僕は席上で拒否したんです。それまではやっていいかなと思ってたんだけど、最後の土壇場で「いや、降りる」。その後当然。また袋だたきに会う寸前まで絞られました。「執行部1年やってくれたら、大学卒業させる」とまで言われましたが、それを聞いた瞬間「ますます受けられない!」。

――そういう委員長なり副委員長とか務めていた人は、普通に卒業出来るのですか。

富野 卒業して日大の学生課に就職します。全部が全部じゃないでしょうが、そういう体制はあった。日大闘争後は当然体制改善があったでしょうけど、なかったとも言えます。

――そうすると、もし虫プロの話がなければ、そっちへ行っちゃうという予感みたいなものも、おありだったのでしょうか。

富野 自分の中にはありました。けっして頑丈な人間、信念のある人間じゃありませんから、そちらに転んでたら、やっぱり学生課の職員に……。まだそういう連中が学部にいるんですよ。だから僕は日芸から講義とかって呼ばれない。体制に気に入られてないわけです。

これは一番詳しいヤツで、これをもってほかの発言に対照すれば、
色々面白いことが見えるのです。


2、『絶望に効くクスリ

山田 富野さんは学生運動には参加されたんですか?
富野 ……迂闊には答えられない。
山田 まさにあの動乱期を体感したからこその物語なのではないかと……
富野 …だからですよ。日芸の映画学科では何も教えてくれないとわかったんで、大学最初の2年間はほとんど学校に行かなかったからね。
山田 やっぱりそうでしたか!?ヘルメットかぶって…
富野 いや、その対極にいました。日大闘争の前の時代の日本大学自治会執行部です。本部の学学生課直轄でしたから、完全な右翼です。
山田 体制寄りだったんですか。どういう流れで?
富野 要は何も知らなかったんです。ちょうど学生運動も沈静化してた時期で、映画学科より、神田(執行部)のほうがおもしろかったんでね、実社会を体で知ることができたんだ。


子供に対して本気で現実を生きることを語る作家、富野由悠季。そんな彼は学生時代、5万人の学生がいる日本大学の中央執行委員会という巨大組織の書記長だったのだ。同時に「私学連」の副委員長まで勤め、あの激動の’60年代を闘ってきた人だったのだ(本人曰く、ただ呆然と見つめていた、という)。
そこで1か月も家に帰ることがないような生活をする。公費で東京・大阪を行き来し、いくつかの組織内のあり方を見てきた。

富野 僕はノンポリで何も知らなかったから便利だったんですよ。そこでまあ、ひとつわかったのが…「左」も「右」もどっちに寄ってもヤバイってこと。中にいるとそれがわからない。だから大学3年の秋、自治会の総会で執行部への推薦を断ったんだ。それから半年、組織の動きがわからなくなって、応援団などから、まあ目をつけられてたのね。
山田 例の内ゲバですか?
富野 まだその前だったから俺は手足がなくならないで済んだのよ。ノンポリの僕みたいなのは、鉄砲玉として使いやすいんだよね。

「絶望~」はこの1冊しか持ってないんですけど、
僕の見た限り、富野との対談はやはり一番面白かった。
著者山田玲司のいつものナルシストっぶりは御大に抑えられてるし、
やたら口を挟みたがってる山田も、この回だけは圧倒されてる気味でしている、
さらに、富野の口調まで記録していて、個人的はかなり満足だと思う。
あと、山田の読みもちょっと武断が入ってるが、結構好き。


3、『ワタシのターニングポイント

「むしろ、ガンダムという作品をアニメでやることができた自分、というのを考えると、ターニングポイントはこのことにつきます」と富野さんが断言したキーワードは、虫プロに入る以前の学生時代にあった。
当時の日本社会に吹き荒れた“学生運動”である。
大学に入学してまもなく、周囲の学生との力量差を痛感した富野さんは、日々の授業から逃れるように学生自治会の門を叩く。そこで見たものは、理想とかけ離れた現実だった。
「僕が入った当時(1960年代初頭)の日大は、全学連の安保闘争というのが全部叩きつぶされて、シーンとした3ヶ月後くらい。だから新聞で騒がれている(学生主導の)自治会活動とは全然違って、大学が言う自治会とはこういうものか、というのを見せられた。それでイヤになって、日大はマンモス大学だから学部の自治会があちこちにあって、本部というところに中央執行部があったので、そこへ行ったんです。最初は下っ端をやって、2年からは委員になった。そうやって周りを見てると、だんだんわかってくるんですよ」。
 学生、大学職員、大学上層部、さらにその上には国家。縦社会の組織にうごめく利害と人間関係。その生々しさが若い富野さんにはおもしろくもあり、同時に恐ろしくもあった。
「ガンダムが終わって10年くらい経つまで気がつかなかったの。なんで僕が、ジオン公国*を、親族政権の持っている構造を、ああも巧く描けたんだろうって。まさにあの2年間、理屈ではない権力構造の匂いというのを嗅いでいた。全学連レベルから見たら学生運動と呼べるものではなかったけど、あれがあったからガンダムができたと、今は言えますね」。



4、台湾でのインタビュー

Q:
 学生時代の勉強はアニメ制作に役に立ったんですか?
A:
 あまり役に立っていません。大学時代は実際制作のコース、つまり技術論に属してる範囲のコースはほとんどなかったので、 その部分は圧倒的に足りなかった。
 それでも、監督というのは、技術論だけではなりません。素質と才能と経験も必要です。
 僕の場合でいえば、60過ぎてからそれが気づいたのはツラいのですが(笑)、やはり学生自治執行部の書記長と副委員長をやった経験が、話作りにとても役に立ったと思います。
 監督論(演出論?)の部分なら、それはもう職場に入って、何十作も作ってから身に付けたものとしか言えません。

Q:
 学生自治部というのは?
A:
 ですから学生自治の執行部。政治をやってるのではなくて、ただの学生自治なんです。
 僕はその部門の中ではあまり仕事した覚えはないけど(笑)、やったのは大体学生の管理監督とか、学校との付き合いくらいかな。
 当時...といっても40年前なんですけど、産業と大学と学生をもっと連携してくれとか、大学は何をするべきとか、基本的には学生の自治権を得るために色々喚いたんですけど、実際には一切成果もありませんでした。
 でも、組織としての執行部にいたおかげで、運動部や文化部、あるいはサークルの色んなエリートたちに接触し、共に理想や目標を目指して、 一緒に努力していたことができて、ガンダムの時の軍隊や国家に対する思考もできたわけです。
 最初そんなにはっきり意識したことはないのですが、最近となって、やはり学生時代の経験は、作品に一番反応すると思います。 単にアニメを作ったり、映画を撮る技術があっても、話作りには役に立ちません。
 これは大学一番の経験です。

見苦しいところもありますが、今となって直す気もなくなるので、ご勘弁。


5、『∀の癒し

(前略)
 山本(晋也)監督の名前を出すのは、ぼくが日芸の応援団にとりかこまれて、叩き潰されるところを助けてくれたときの応援団長だからだ。
 理由はわすれたのだが、応援団がおこなっていた署名運動を拒否したために、後輩の応援団員四人に校舎の裏につれていかれ、腕の一本も折られるかもしれない局面で、ときの応援団長の山本監督に救われたのである。自治会運動をやっていた関係で、彼とは面識があったからでそれ以後の面識はないのだが…(中略)…映画学科そのものから、映画のことを学んだという記憶はあまりないのだが、それでも学科には映画好きがいたので、ぼくのような田舎者は、彼らの知識に殴られるような経験をした。それが原因で、ぼくは自治会屋になって、学部からにげたりもしたのだが、そのほうが後年の創作のためには役にたった。が、これは、わきの話……。



そのほかにもあると思いますが、今確認しきれないから、一応ここまで。
『Z Gundam Historica 11号』の富野インタにも発言という情報もあるが、持ってない。
★9/21追記:どうやらヒストリカ11号には無いらしいので、それに関する記述を削除しました。


コメント
2003年の5月31日に行われた東大五月祭での講演会でも、
大学時代の自治会のことについて少しだけ触れていましたね。
「学生時代の4年間は江古田ではなく神田にい続けた。その真相はここでは話せません」とか。
結局はあまりあからさまにはせずにぼやかして語っていたのですが、
「ギレン・ザビの演説などがすらすら出てきたのはあの時の経験がもとになっている」
などとも話していました。
東大抗争の舞台となった安田講堂が会場だっただけに、
コンプレックスと羨望の入り混じった発言が多かったことを記憶しています。
(「安田講堂での講演会が出来るなんて武道館ソロコンサートをやるみたいなもの」
「安田講堂のインテリアはバランスが悪くておかしい」
「安田講堂の抗争とはなんだったのか。あの時立てこもった連中が今何をしているのか」などなど)

Z Gundam Historicaについてですが、
11号に限らず0号までさかのぼって確認してみたのですが、
そのような発言は見つけられませんでした。
ただもしかしたらチェック漏れの可能性もありますので断定は出来ませんが。
子犬 #HL3aOXhs|2008/09/21(日) 12:36 [ 編集 ]
確かに東大も学生闘争とは切っても切れない関係ですから、安田講堂絡みで言い出したのもおかしくないですよね。それにしても、羨ましかったですか…w

ヒストリカの件は修正しました。教えていただいてありがとうございます。
kaito2198 #-|2008/09/21(日) 14:29 [ 編集 ]
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