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井荻麟作詞論 第38回 阿久悠について

2013/09/07 03:51|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 井荻麟作詞論 第38回 阿久悠について
 井荻麟作詞論の記事は100回以上予定です。今日は第38回で、歌詞自体から離れて、かつて一世を風靡したヒットメーカー阿久悠について語りたいと思います。彼は、井荻麟こと富野由悠季監督の作詞の師匠ともいえる人です。



 阿久悠。言わずも知れた、昭和の歌謡曲黄金期を代表する人で、日本音楽業界における巨人だった。生涯作った作詞は5000曲を越え、森進一、都はるみ、ピンク・レディー、八代亜紀など歌の大御所をヒットさせた。今、日本音楽史上では、未だに彼が樹立した数々の記録は残っている。

 そんな阿久悠だが、実は彼は富野由悠季監督の友人だった。経緯や内容は一切不明だが、富野の次女に曰く、幼い頃から家族ぐるみの交流があったという。そして阿久悠が亡くなったとき、彼の日記をみせて貰えたことから見ても、両方はかなり親しい付き合いがあったと伺える。

 生涯5000曲以上の作詞を手がけた阿久悠は、自分の作詞の方法論を「作詞家憲法15条」ともコツと称して、自らのモットーとして掲げたこともあったが、彼の作詞の一番の特徴は、なんといってもこれである。

 阿久悠さん。ピンクレディーから八代亜紀まで、はばひろく名曲を生み出し、カラオケの世界では超現役のプロの作詞家だ。歴史をきずいた方であられる。
 氏に直接、作詞のコツを教え願ったことがある。
詩の世界をつくること
それだけである。

(『∀の癒し』により)

 そして、この方法論は井荻麟こと富野由悠季の作詞のベースとなっている。



 富野が彼から作詞のコツを教え願った時期は特定できなかったが、作詞を始めた1978・79年頃から1982年くらいの間と推測するのは合理的であろう。

 阿久悠が教えたこの「詩の世界をつくること」という方法論は極めてシンプルなものだが、富野は大いに共感していた。

 それでは、ぼくの仕事と同じで、物語の設定をかためることにあたる。
 ぼくの場合と決定的にちがうことは、こちらは半年とか一年のオン・エアにたえる世界観を考えるのだが、作詞の場合は、三分か五分の歌のための世界と物語をつくる。しかも、それをその時代の気分にあわせた言葉で紡ぎだすのである。それは現在もおなじで、表現としてのフィーリングのありようがちがい、言葉遣いがちがうのだが、この言葉遣いのちがいについては教えていただけなかった。

 この言葉から分かるように、作詞単独の世界と作品の物語世界の差異を認識しつつも、その両方の仕事の類似性を全面的に認めた。富野は阿久悠の方法論を吸収して、アニメ作品に対する自分の手法として取り込んだか、あるいはその方法論とアニメ制作手法の親和性によって、自分の方法論を強化したかについて、もっと厳格な検証を経ってないと分からない。しかし、阿久悠と富野の方法論は合流し、井荻麟作詞に大きな影響を与えたのは紛れも無い事実である

 阿久悠的な「詩特有の世界観」を作る手法は、特に『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』といった異世界三部作の作詞において一番顕著であった。また、阿久悠の方法論を作品経由でなく、直接に曲に反映した井荻作詞はたいらいさお氏1983年の『LOVE PROFILE』の10曲、およびMIO氏1984年の「STARLIGHT SHOWER」の2曲がある。

 また、阿久悠の作詞には「世界観を文脈で綴られる、余韻を残す、フレーズを繰り返す」などの特徴が見られるが、それらの特徴は井荻の作詞でも見られる。富野がその技法をそのまま拝借したとは言えないが、上でも言ったようにアニメとの親和性から、それを参考した可能性は十分あると考えられる。



 以上を見れば分かる通り、阿久悠が富野に与える影響力は、実に計り知れないものであった。それでも、富野の作詞をただ阿久悠の流れを汲んだ亜種として見るのは早計である。井荻麟には、阿久悠とは異なる部分が大きく分けて3つがあった。

 一つ目の違いは、作詞そのものの拠りどころが異なるのだ。同じ方法論と同じ作風で展開しながらも、阿久悠の作詞が作った世界は「作詞」のための物語であるのに対して、富野の作詞はあくまで「作品」のために存在しているものだ。

 上も言ったが、阿久悠の方法論を一番色濃く反映したのは異世界三部作の時期の作詞だった。しかし、この時期の作詞においても、1曲1曲が独自な物語を持っていても、まったく独立な世界ではあらず、むしろ作品という大きな恒星にまつわる惑星のようで、互いを対照しつつも補完する作りとなっている。

 二つ目の違いは、富野本人の言葉遣いの特殊性だ。阿久悠の歌詞は耳に馴染むフラットなものだとすれば、井荻麟の歌詞は棘があり、神経にさわさわ来るようなものだ。言葉の選び方もそうだが、なによりフレーズの並びには飛躍があり、いわゆる普通的なものとは一線を画すものとなっていることも多々ある。

 人によってそれが唐突だと思われることもあるが、そのような意外性を醸す歌詞は、かえって印象を増やす役割を果たす。いわば、「美は乱調にあり」ということだ。これは、富野が意識してあえて使った手法なので、やはり阿久悠的なものから離れているものだ。

 そして三つ目で最大な違いは、富野の作詞は阿久悠的な作風をベースにしつつ、時代性・ビジネスの要請および作品の違いを対応して、どんどん変わっているものなのだ。例えば、『イデオン』と『キングゲイナー』の曲は、まったく違う作風と目標で作られているものなのだ。

 上も言ったが、異世界三部作の時期こそ阿久悠作詞の作風そのものだったものの、第21回と第32回でそれぞれ言及した「ザブングル~エルガイム時期」と「Z~V時期」の話を読めば分かるとおり、作品が違うため、方法論においても実に大きく異なっている。第60回の「劇中歌と芸能としての作詞」でも、それを示す予定なのだ。

 また、ビジネスにおいてもそうだ。井荻麟は作詞においてビジネスの要請を受け入れ、商品として仕上げつつも、「作品のための役割」を最大限に発揮するように作っている。このへんの話は、第27回の『ザンボット』から『Z』までの、そして第53回の『Z』以降『リーンの翼』までのビジネス事情で語る予定だ。

 この違いは、富野自身の成長とも言えるし、富野の作詞はあくまで作品を軸にしているため、作品のトーンが変われば、作詞の色もまた変わってくるとも言える。何よりも、富野自身が作品作りにおいてはっきりとした目標を持っているため、全体の作風も流動的になっていて、成長が見られる。これが、阿久悠の作詞との最大の違いなのだ。



 1970年代から80年代前半までの阿久悠は、間違いなく「時代の人」だった。そしてその作詞も、昭和50年代の代名詞の一つともなった。一方、井荻麟こと富野由悠季はアニメソングという範疇の中で世間と格闘しつつ、異議申し立てをしてきた。その結果、アニメ音楽というジャンルに発破をかけたも、逆にビジネスの波に飲まれて、浮き沈みを繰り返してきて、今日まで至った。

 単純に作詞の数とレコードの売り上げから見れば、両者はまさに雲泥の差だった。

 しかし、見方を変えれば、規模こそが違えど、創作年代を考えれば、実は井荻麟がまたにかけてる時代性のほうが、阿久悠の幅より上回ると言えるかもしれない(注:阿久悠1969~1996、井荻麟1977~2013現在)

 富野は阿久悠の影響を受けつつも、本命である映像作品を憑り代にして、作詞を宿し、そしてそれを発展して、自らの作風を作り出した。自分の作風が受ければ、強く出す。時代に対応できなければ、変わる。そして決して多くないチャンスのなかで、1曲1曲の結果を残し、ゆっくりだが、しっかりと自分の理想へ一歩一歩前進してきた。これが、井荻麟の作詞の今日までの軌跡だ。

 これこそが、井荻麟の作詞は何故今日まで残っている訳だ。

 阿久悠の作詞は、時代と融和することによって大ヒットした。そして時代が過ぎていくと共に、その内容も忘れられていく。

 富野由悠季の作詞は、作品と融和することによって大ヒットこそしなかったものの、作品と共に生きられる内容となっている。作品が忘れられない限り、物語が忘れられない限り、何時までも生き延びられる。


 阿久悠氏の最大の武器は、なによりその時代その時代にまったくフィットする言葉遣いでした。時代に合わせるような言葉だからこそ、普遍性がそこに存在している。これは作詞家としてものすごく優れた能力とは言える。

 一方、富野は阿久悠氏の方法論を受け継ぎながらも、まったく自己流の言葉遣いで、とにかく独自な詩世界を打ち出し続けることによって、どの時代の特徴にも伴っていない作詞を手に入れた。プロの作詞家としては不合格かもしれないが、時代に振り回さない強みを発揮できることによって、時代を超越した普遍性を獲得した。


 阿久悠氏の作詞も、そして井荻麟の作詞も、普遍性を持つ素晴らしい作詞なのだ。


 阿久悠氏に関する話を、富野監督がした回数は本当に少ないですので、両者の関係も近年になるまで明かされていないものでした。今回のこの記事をきっかけに、富野監督が阿久悠氏に言及した話を全て紹介します。

TOMINOSUKI / 富野愛好病 ときめく1句(3)

たとえば有名な阿久悠さんは、ものすごく多角的に世の中を見つめ非常に論理的な詞の構築をなさっています。作詞をするというのはそういうアプローチの仕方も、あるということです。とにかく自分では、まだまだ到底及びもつかない…そういうことです。

(2005年7月18日「富野に訊け!」発売記念サイン会&トークショーより)

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TOMINOSUKI / 富野愛好病 富野由悠季とレコード会社と作詞と芸能と作品と商売と理想と現実

 阿久悠さん。
 ピンクレディーから八代亜紀まで、はばひろく名曲を生み出し、カラオケの世界では超現役のプロの作詞家だ。歴史をきずいた方であられる。
 氏に直接、作詞のコツを教え願ったことがある。
「詩の世界をつくること」
 それだけである。
 それでは、ぼくの仕事と同じで、物語の設定をかためることにあたる。
 ぼくの場合と決定的にちがうことは、こちらは半年とか一年のオン・エアにたえる世界観を考えるのだが、作詞の場合は、三分か五分の歌のための世界と物語をつくる。しかも、それをその時代の気分にあわせた言葉で紡ぎだすのである。それは現在もおなじで、表現としてのフィーリングのありようがちがい、言葉遣いがちがうのだが、この言葉遣いのちがいについては教えていただけなかった。
 それは、企業秘密だからではなく、阿久悠さんにしても言葉で説明しようがないものらしい。それは、時代のなかで独自に発見するしかないテーマである。
 ここでははじめて感性の問題ということになる。
 話せるのは、結果論でしかない。
 ひとりのクリエーターにフォローできるのは、そのときだけなのだから、阿久悠さんでさえ80年代のひと、といわれるようなことになってしまうのだ。
 歳をとるということは、この流行、時代が変わるということを認めなければならないことなのだから、つくづく過酷だ。

(「∀の癒し」より)

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TOMINOSUKI / 富野愛好病 富野由悠季が自分に課する「一流になるための心構え」

富野 作詞家の阿久悠さんと仲よくさせていただいていたんですけどね、亡くなったあとに奥さんに彼の日記をみせてもらったら、どのページも膨大な数のフレーズが羅列されていた。毎日二、三百の言葉を捻り出すのを日課にしていた結果なんですね。それくらい考えに考え抜いて初めて、あの素晴らしい詞は生まれていたんですよ。

(「THE 21」2009年11月号富野由悠季インタビューより)


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月刊アドバタイジング81年9月号 阿久悠の活人放談 “疑似イベント”から本当の“楽しみ”へ - シャア専用ブログ@アクシズ

阿久 昨年お会いした時は、まだ『ガンダム』の映画をやるらしいという程度の話でしたが、それから大きな話題になるまで本当に短い期間でしたね。
富野 ええ。去年の秋に具体的な映画化の話が出て、今年はもう二本目を作りました。
阿久 『ガンダム』をテレビ映画として作っている時には、恵まれた状況ではなかったわけですよね。
富野 はい。

コメント
今日の朝日新聞の天声人語に黒歴史が取り上げられてました・・・
ここの所の引退報道で、
読売>日テレ>ジブリ>宮崎
対して・・・
朝日>テレ朝>ガンダム>富の
な裏読みも楽しいものです・・・
あっ、ターンエーはフジサンケイでした!!

ニュータイプは狙ったのでしょうが・・・
黒歴史という造語・・・富野作か?ホントに!!
がここまでになるとはご当人も思わなかったでしょう。


だからぼくは・・・ #.ciQz8fI|2013/09/08(日) 22:30 [ 編集 ]
記事にしてみましたよ。
kaito2198 #L2WcHO2o|2013/09/10(火) 11:30 [ 編集 ]
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