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井荻麟作詞論 第14回「哀戦士」

2013/01/31 00:01|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:7
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日の第14回は、劇場版『機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編』の主題歌「哀戦士」について語りたいと思います。



哀戦士
作詞:井荻麟/作曲:井上大輔/編曲:井上大輔/歌:井上大輔

哀 ふるえる哀
それは 別れ唄
ひろう骨も 燃えつきて
ぬれる肌も 土にかえる

 劇場版第1部に代わって『Ⅱ』からの主題歌の曲・歌手担当は井上大輔となったが、井上は当時のヒットメーカーだけでなく、監督の富野喜幸の大学での同級生という経歴の持ち主でもあった。以降、二人は『ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編』まで、4作の曲を共に作ることになる。

 さて、映画タイトルにもなっているこの曲「哀戦士」は、主題歌らしくこの映画のテーマを示すものとなっている。タイトルの「哀戦士」は富野によれば、映画のタイトルが難航するとき仕方なく付けた造語なのだが、実際に当時のいろんな発言から察すると、『宇宙戦艦ヤマト』の映画「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」に対する対抗意識があったと思われる。実際、歌詞のなかでは「愛」はこの「哀」の下位にいる位置となっている。

 それだけでなく、この「哀」と「愛」をかけて、ダブルミーニングを狙っているトリッキーな描き方は、全曲のなかでももっとも光っている詞とはいえる。実際の歌詞を聞いてると、「あい」という響きはほとんどの人が「愛」という言葉を意識するのに、歌詞の力によって無理やり「哀」を感じさせられる。このような「愛」と「哀」の間のギャップを作り、その倒錯的かつアンバランスな情感を聴衆に与えることによって、戦場に存在している「生」と「死」を同時に描けることができた。



 ところで、「哀戦士」は当時のザベストテンに入っており、長くファンの間に愛され続けているが、その歌詞を吟味すると、戦場全体に渦巻く感情や生死を描くものとなっている。これをテレビシリーズの挿入歌と照りあわして、直接に主人公たちを描かせず、周りの人々を描くという点からして、その性質はむしろ「シャアが来る」に一番近いと言える。世界の広がりを示し、戦場の雰囲気を増やすことによって、アムロたち以外の無名な戦士たちも生きている/生きていたことを物語っている作用を見れば、「哀戦士」歌詞の役割は実に三部作のほかの曲とも違うといえる。

 また、「シャアが来る」の性質に近いといったが、歌詞をよく読めば分かる通り、「哀戦士」は「シャア~」が持っているストーリー性を持っていない。その原因とはおそらく、映画の主題歌である以上、語ろう必要があるストーリーはただ映画そのもので、それ以上のサイドストーリーが必要されていない。映画のメインテーマの役割は、あくまで映画の雰囲気を醸すことだ。

 さらに、この歌詞は「シャアが来る」をはじめとしたTVシリーズの挿入歌に比べて、新しい要素も追加されている。

死にゆく男たちは
守るべき女たちに
死にゆく女たちは
愛する男たちへ

 テレビシリーズの曲と違って、「哀戦士」という歌詞では全面的に「男」と「女」を打ち出している。映画の内容に合わせて作ったというところもあるが、なにより男と女を語ることによって、包括的に「人の普遍像」を提示したところが大きいと考えられている。

 ご存知のとおり、「人の普遍像」というものは『ガンダム』という作品が提示したいもので、ニュータイプまで成長していく道筋上、それを知るのは不可欠なことと、監督の富野が考えている。そしてテレビシリーズのとき、それの役割をもっとも背負っていたのは、ランバ・ラルという成人の男とハモンという成人の女のカップルだ。ほかにもマチルダ・アジャンやウッディ大尉などがいるが、それらをすべて包括して聞く人に伝えようとするのは、この曲の歌詞であり、この映画のテーマでもある。

 映画的、かつ遍く作中の人物像を括るという条件が要求される曲。だからこそ、「哀戦士」は「シャアが来る」と同じタイプの曲でありながら、より俯瞰的な歌詞となっているのだろう。



 ところで、この曲の歌詞には二つ面白い視点の転換がある。一つはこれである。

疾風(はやて)のごとき 死神の列
あらがう術(すべ)は わが手にはない

 上で言った通り、この曲は俯瞰的な視角で展開され、これまでの歌詞ではいかにも客観的な角度で描かれていた。しかし、この歌詞が来ると、語り手もこのどうしょうもない戦場に身を投じる一人だと仄めかしている。このように神の視角ではなく、戦場に直面した者たちが自分の最善を尽きたものの、「抗う術は我が手には無い」という感慨は、かえって視聴者に一種の没入感をもたらす、アンバランスな高揚感を与えることになる。

 二つ目はこれである。

戦う男たちは
故郷(ふるさと)の女たちに
戦う女たちは
信じる男たちに

 1番目と2番目の歌詞では「死にゆく男/女たち」となっていて、戦場の無常/無情に身を投じて、死という運命に自覚しても、なお自分の愛する人のために奮戦する壮烈な気概が感じられる。しかしラストでは「戦う男/女たち」となっていて、前よりかえってトーンをちょっと落としたと感じられる。

 しかしながら「死にゆく」先人たちと違って、「戦う」我々だからこそ、生き残って新たな時を開くことができる。この先は死か生かよく分からない。だが死んでゆく先人たちがいたおかげで、先人たちと違うかもしれない道を歩くことができる。そんな不確定感は、この歌詞のなかに込めている。この「死にゆく」の現在進行形と「戦う」の現在形の差異は実に微妙だが、じっくり吟味する隠し味になりえると信じたい。



 ところで、歌詞には「I pray, pray to bring near the New Day」という英語がある。単語の並びでなんとなく意味が分かる人も多そうだけど、実は、英語版の『SOLDIERS OF SORROW』ではここは「I pray, pray for a new day」と直されている。ただし文法的な間違いはこの際無視として、実際の歌詞ではどういう意味なんでしょう。

 ここで自分のブロークンジャパニーズで訳すると、「私は祈る。新しい未来がいつか来るように祈る」というようなになるが、井荻麟が伝えようとするのは、おそらく「bring」の「運んで来る」が持っている「自主的意志」と「near」の「少しでも近づく」が持っている「足掻くする意志」で、大きな運命に抗えないと分かりつつも、なお抗えようとする。上手く言葉で伝えられないが、その意味は皆さんもきっと分かってくると思う。

▽続きを読む▽

「『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』2014年TVアニメ化」というデマに関する説明

2013/01/30 00:12|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:37
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 この二日、インターネットを中心に「『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』2014年TVアニメ化」という噂が流されています。まとめブログなどにも取り上げられていて、たちまち広まっていきました。

 しかし、この噂が出回る流れや経緯から判断すれば、信憑性がまるで無い、はっきり言ってデマというレベルの話だと分かります。以下はその説明です。



 まず、「『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』2014年TVアニメ化」という噂の発信源はこのサイトです。

鋼彈情報局【Gundam Intelligence Agency,G.I.A.】
(注:悪質なコピペやデマのブログにつき閲覧注意)

 ブログの性質は観察する限り、ガンダム情報局と称して、ガンダム関係の情報を伝えるサイトですが、中身は無断転載やコピペ、情報源がない話がほとんどです。また、使っている用語などから察すると、どうも台湾の人で、中国や台湾のガンダム関係サイトに向けて情報を発信する模様です(注:「鋼彈」は「ガンダム」の台湾での訳語)。

 これだけで信憑性なんて十分怪しいですが、実は、今回で次々から出でている画像も、全てこのサイトから生産したものです。以下は1月28日デマが出回ったから1月29日の現時点まで、このサイトが貼った画像一覧です。

matome1s.jpg

 上の二枚は今回アニメ化という話の主な根拠ですが、よく見れば分かると思います。この二枚は劇場版『機動戦士ガンダムⅡ哀戦士編』と『機動戦士ガンダム』の宣伝イラストに文字を入れたもので過ぎません。言い換えれば、誰でも作れる程度のものです。フォントやレイアウトも怪しいですが、まあこの点については皆さんご自分の判断にまかせます。

 また、真中や左下の画像は本当のものですが、2011年以来雑誌「ガンダムエース」が掲載した「オリジンアニメ企画進行中」というアナウンスを借りたものでしかありません。これらはこの嘘バレの信憑性のためにパクられた画像に過ぎず、今回の話とは一切関係ありません。さらに、右下に至っては、何処何時に作られたのも分からない模型の画像で、論外です。

 ゆえに、最近「オリジン2014年テレビアニメ化情報」を称して、これらの画像を貼る記事が出回る場合、まずデマだと判断するほうが良いです。



 とはいえ、「ガンダム」「オリジン」「2014年テレビアニメ化」という注目度と話題性あるネタが揃ったせいで、デマが発生した以来わずか二日弱の時間、このデマはすでにTWIITERやまとめブログなどSNSを中心にだいぶ拡散しています。なので、以下は今回のデマがいかに日本人に受容されたかを説明したいと思います。

 そもそもこのデマが誕生したのは、1月28日のこの第1報を称する記事です。

「機動戦士ガンダムTHE ORIGIN」─ TVアニメ ─ 2014年放送予定!
20130129224425468.jpg
(証拠保全のために保存。クリックすると拡大)

 発表時間は2013/01/28(月) 06:51:18で、中身は一切なく、ただ画像を貼り付けただけのものです。

 この情報は中国語で発表されたため、1月28日では中国語で書かれた台湾や中国のガンダムコミュニティを中心に、画像の転載を行われました。しかし画像だけという信憑性が足りないためか、大した反響が得られず、夜の時点ですでに鎮火しかかりました。

 しかし、このデマをまんまと信じきったフランス語のアニメ(ガンダム?)情報サイトが紹介したことをきっかけに、1月29日夕方では日本のまとめブログなどが取り上げることによって、一気に日本アニメ関係のサイトやSNSにも拡散始めて、現在に至ります。

Mobile Suit Gundam - The Origin L'anime - Manga news
20130129225814093.jpg
(フランス人ごときに判別できると思えがたいので、善意の第三者というか被害者だと信じたい)

 中国語のサイトを信じないにも関わらず、フランス語で書かれた途端、すぐに信じきったこの日本人の間に起きた現象を見て、思わず悲しくなります。話題のネタだけがほしがっている人もいるんでしょうけれど、結果として、多くの人はこのデマの拡散を加担した形になりました。もちろん、良心など二の次で、PV稼ぎしか考えていないまとめブログなんて言語道断です。

 以上は、今回の「『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』2014年TVアニメ化」というデマが流れている経緯の一覧です。噂が一人歩きする典型です。良識と判断力ある方々にお願いしたいです。これ以上このような無根拠なデマを広まらないでください

井荻麟作詞論 第13回「スターチルドレン」

2013/01/29 02:17|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日の第13回から第18回までは『機動戦士ガンダム』劇場版三部作を語るものとなっています。映画作品としては三作ですが、記事を書く際にこの三部作を一つの流れとして捉えているため、記事ではこの三作を一緒に語るところもあるかと思います。

 では、今回の第13回は『劇場版 機動戦士ガンダム』(通称「ガンダムⅠ」「砂の十字架編」など)のイメージソング「スターチルドレン」について論じたいと思います。



スターチルドレン
作詞:井荻麟/作曲:やしきたかじん/編曲:飛澤宏元/歌:やしきたかじん

おゝ 宇宙(そら)よ ゆらめく鼓動
スターチルドレン スカイハイ
スターチルドレン スカイハイ

 言わずと知れたこの曲は『機動戦士ガンダム』が劇場版になった際、谷村新司氏が作った主題歌「砂の十字架」に合わせて、監督の富野由悠季が作ったカップリングの曲である同時に、井荻麟のはじめての映画ソングの歌詞でもある。いろんな映画作品を作った富野監督だが、映画ソングの歌詞は思いのほか少なく、イメージソングを含めても、実は8曲しかなかった。なので、ここでちょっと映画事情に紙面を割って説明したいと思う。

 映画でいえば、かつては「本編」と呼ばれるほど大掛かりなもので、そのレトリックもテレビアニメとはわけが違う。製作側から見ればいろいろと勝手が違うのだろうけど、ある意味テレビアニメ以上に商業ベースを則らないといけない。歌詞という面から見ても、当然テレビアニメの曲との文法もまた違ってくるでしょう。とにかく映画ビジネスにかかっている以上、当然の大前提としては、「映画ソングとして成立する」という条件をクリアできなければならない。

 ここでは「映画ソングとして成立する」の条件や要素を議論するつもりはないので割愛するが、とりあえずアバウト的に「一般大衆にさも深い感動を得られるように見せかける曲」だと理解してください。こんな説明しかしなくて恐縮だが、興行ランキング上位の映画のテーマソングのようなものを想像すれば分かると思う。映画ソングはやたら「愛」を連発するのも、まあそのためだと考えられる。



 それでは、この「スターチルドレン」はどうでしょう。

 歌詞を見れば、映画ソングとしての体裁は整っていて、曲全体のイメージもまとまっている。テレビシリーズの曲のような唐突な言葉もあまり出てこない(そこもまさに魅力の一つだが)。さらに映画らしくスケール感もある。「砂の十字架」のほうがテーマソングとなっているため、実際に本編にかかることはなかったが、それでも十分に映画ソングの格を備えているといえる。

 しかしながら、全体的に光っている歌詞はあまり見かけせず、『哀戦士編』「哀戦士」や『めぐりあい宇宙編』「ビギニング」などに比べて、「この曲ならではの印象」が乏しい一曲となっていることも否めない。

 これについて、歌手・作曲のやしきたかじんが井上大輔・富野喜幸コンビのような阿吽の呼吸を発揮できなかったほか、この曲の歌詞はあくまで井荻麟が「砂の十字架」に合わせて作ったものという要素も考えられる。

 「砂の十字架」は一見とてもすばらしい曲だが、よく歌詞を吟味すれば、中身はほとんど無いとも取れる。心に沁みる歌詞に雄大な曲調、厚みのある歌声に思わずウットリするが、それだけだ。歌詞は『ガンダムⅠ』を歌えているように聞こえるが、実はその類の映画ならどれにもでも当てはまる。

 誤解を招く恐れがあるかもしれないのであえてここで言うが、これは決して「砂の十字架」を貶すつもりではない。曲としてはすばらしいし、映画の彩りを添えたのも事実だ。ただし、「ガンダム」という作品自体の中身に合致するかでいえば、おそらく『BEYOND THE TIME 〜メビウスの宇宙を越えて〜』以下だろうという判断が下されたことも仕方ない。

 つまり、「スターチルドレン」は「砂の十字架」が不足している「ガンダムという作品の中身」を補強するために、こういう歌詞になったのではないかという一面もあると考えられる。



 では、この曲の歌詞はどのような補強をしたのでしょうか。

顫(ふる)えたくない 顫えたくない
強い男と 讃えられたい


 まず全体的に俯瞰すると分かってくるのが、テレビシリーズ『機動戦士』のOP「翔べ!ガンダム」とED「永遠にアムロ」が持っている「少年が男に成長する」というコンセプトを汲んでいる部分だ。

 そのうえ、歌詞でさらに宇宙(そら)のイメージも付き加えた。

きらめく閃光(ひかり)の 死神を見る

百億と千億の星々よ 暖めてくれ

 やがて『めぐりあい宇宙』などで見かけるように、宇宙を「そら」と書くことを多用する富野作品だが、歌詞に限るとこの曲は始めてだ。

 さらに、『機動戦士ガンダム』後半に出てくるニュータイプという要素の違和感を無くすための措置もされている。歌詞に出てくる「スターチルドレン」という言葉は、おそらくニュータイプへの暗喩として入れたものでしょう。歌詞単体を見ればあまりはっきりしないが、それが『Ⅰ』本編のラストのマチルダ中尉の言葉のように、『Ⅱ』『Ⅲ』への伏線として作用している。

 このように、「スターチルドレン」はテレビシリーズのコンセプトを汲んだうえ、「宇宙(そら)」という情景を入れ、さらにニュータイプへの伏線も付き加えた。上では印象を欠ける曲だと書いたが、歌詞単体だけを見れば、実際はなかなか隙がないオーソドックスな曲とも取れる。



 そうはいっても、劇場版三部作を通してみれば、違和感をなんとなく感じる人もいるのでしょう。そう、「Ⅲ」の幻想的なイメージを持つ曲に比べて、この曲はあまりにもほろ苦すぎると感じる。いいえ、『Ⅱ』のシビアなドライさに比べても、この曲はとろいように感じる。二部作と三部作の曲に比べて、「スターチルドレン」という曲と歌詞はあまりにも泥臭さがありすぎるのだ

 「スターチルドレン」は『Ⅱ』と『Ⅲ』の曲に比べて異質なのは、いろいろな理由が考えられるが、『Ⅰ』の時点ではまだ続編があるかどうかは決めていないことと、作曲者と歌手が違うこと、この二つはおそらく本当の理由だろう。しかし、ここではあえてこう考えたい。

 劇場版三部作はいわばテレビシリーズのリメイク作なので、スマートになっているのは当たり前だ。『めぐりあい宇宙』のラストを見てもはっきり分かるとおり、ニュアンスこそ大差はなかったが、画面・演出・音楽などあらゆるの面はテレビシリーズを超えている。

 しかし、テレビシリーズだろうと、劇場版三部作だろうと、出発点は同じく「平凡の少年アムロ・レイが成長する話」であるはずだ。ニュータイプへ覚醒だろうと、スターチルドレンに進化しようと、『機動戦士ガンダム』の原点はあくまで泥臭いビルドゥングスロマンなのだ。この歌詞には、監督の富野のそういう意思が込められていると思いたい。

▽続きを読む▽

井荻麟作詞論 第12回「コスモスに君と」

2013/01/28 03:03|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:7
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。第12回を迎えた今回では、テレビアニメ『伝説巨神イデオン』のエンディングテーマ「コスモスに君と」について論じたいと思います。



コスモスに君と
作詞:井荻麟/作曲:すぎやまこういち/編曲:すぎやまこういち/ 歌:戸田恵子

たったひとつの 星にすてられ
終わりない旅 君とあゆむと
いつくしみ ふと わけあって
傷をなめあう 道化しばい

 OP「復活のイデオン」の快活で勇ましい曲調に比べ、EDのこの「コスモスに君と」は穏やかでしみ込む旋律で展開されて、両者が対になる曲となっている。美しい旋律に隠れている悲しげな歌詞が印象的で、ファンの間に長い期間で話題が絶えることがないだけでなく、歌手の戸田恵子氏にとって思い出深い一曲だという。

 歌詞を見てみると、1番目の歌詞は『イデオン』という作品そのものの方向性を提示し、作品全体の印象付けをしてくれた。字数から見ても決して多くない歌詞だけで、本編のあらゆる事象を語りきったといっても過言ではないほどの会心的出来だ。極めてシンプルな歌詞でありながら、富野由悠季作品のなかでももっとも大きなスケールを持っている作品のテーマを上手く込めたという意味では、まさに井荻麟作詞のなかでも傑作だと言える

 また、エンディングテーマであえてこのような歌詞を一番目に持ってきて流させたのは、ザンボット~ガンダムまでの作品と違うパターンで、監督の富野喜幸が「イデオン」に対するただならぬ意欲を伺える。



 この曲が特筆なのは、なんといっても言葉の組み立てでしょう。

たったひとつの 星にすてられ
終わりない旅 君とあゆむと

 出だしからは、たった一つかけがえのない、大切な拠り所である故郷の星に捨てられ、終わりが見えない旅を強いられている。だからこそ、出会った君が持つ人のあたたかさにも縋る。

 そして、上を受けて、この詞に持ってくる。

いつくしみ ふと わけあって

 まるで落ち着いてる水面に、一滴の雫が落ちこぼれたように、「ふと」という言葉が持つ間は、これまで静的な情緒を動かす一瞬を、美しくも的確的に表した。

 しかし、いちばん素敵な一句は、なんと言ってもこれである。

傷をなめあう 道化しばい

 「傷をなめあう」とは、「似たような不幸の下にある者がなぐさめ合うこと」。「道化芝居」とは、「こっけいなしぐさやせりふで観客を笑わせる芝居」。単に言葉の意味から見れば、前者は惨めさ、後者は滑稽さが溢れている。にも関わらず、井荻麟がこの二つの言葉を繋げて用いたとき抱えているのは、ただの嘲笑ではなく、むしろシニカルだけれど、どこか悲哀や慈愛を込めているやさしさ。そんなものが感じられている。

 人と人、そして人の出会いと別れは突き詰めると、所詮こういうものだったのかもしれない。惨めで滑稽でどうしょうもなくて。そういうのは悲しいし、哀れなことだ。しかし、そういうところを含めて、人というものは慈しむのに値する愛すべきものだ。

 子供向けのアニメで、こういう人と人の世のどうしょうもなさをこうまであからさまに言い切った歌詞は、視聴者の心を揺さぶり、彼らを打ちのめした。当時の青少年たちは衝撃を受け、どう解釈すればいいのか分からず、ただ男と女の性と本質のようなものを想像しかできなかった。しかしやがて彼らが成人になり、再びこの歌詞を聴くと、今度こそそれをわかってしまうのだろう。

 一句だけで「男」と「女」、そして「出会い」と「別れ」の本質をこれ以上なく表現したこの詞は、「コスモスに君と」全曲のなかでももっとも光っている歌詞で、シンプルだけれど無限の密度を込めていることでいえば、井荻麟作詞のなかでもこれ以上のものが存在しないだろう



 曲の1番から3番目の最後は全てこれで結ぶが、これがまた味わい深い歌詞である。

コスモス宇宙(そら)をかけぬけ
いのりを いま君のもとへ
コスモス宇宙(そら)をかけぬけて
いのりを いま君のもとへ

 単純に言葉を見ると、実におかしい。なぜならば「コスモス」も「宇宙」も実は宇宙の意味だから、直接に言葉の意味を捉えると重複になる。しかし、そうではなく、前はただでかくて黒い宇宙空間を連想させるのを避けるために、あえてコスモスというやや曖昧な言い回し(SF的だし、花の名前でもある)を使い、そして後ろは富野が得意な「宇宙と書いて『そら』と読ませる」によって、柔らかくて心に響くフレーズに持ってきた。人の思い・祈りを、コスモスという無限大にも近い時空から、宇宙(そら)という人の心性が感じる景色を通して、人という限りなく小さい個体に届けるという意味が込められている

 また、この詞は単純に二回繰り返すのようだが、それは富野が作詞において多用する手法であり、実在の祈りにも通じるものがあった。その上、すぎやまこういち氏の曲によって、同じ詞でも違う感情を与えられた。一回目は高揚感を与えて、そして二回目は安堵をもらたした。作詞と作曲のシンクロの極致は、ここにあり。

 富野喜幸監督が作品に込める主張あるいは表現法はしばしば「トミノイズム」と呼ばれているが、もし井荻麟にもそれに類する「井荻イズム」とよばれるものがあれば、この曲はまさに「井荻イズム」の極致といっても過言ではない



 ところで、この歌詞の1番、2番、3番目ではそれぞれ異なる出会い&別れが描かれているが、特段に劇中の特定な対象を指していないと思われる。それでも、あえて劇中に成立しちゃったカップルから見れば、それぞれシェリルとギジェ、べスとカララ、コスモとキッチ・キッチンと無理やり当てることもできるかもしれない。ただ、実際の歌詞を吟味すると、1番~3番目はそれぞれ「生」「生き別れ」「死」を描くものと想像できるので、やはり特定な対象を指していないほうがしっくりくる。

 ちなみに本編では、3番目は第25話「逆襲のイデオン」、2番目は第31話「故郷は燃えて」、1番目は第37話「憎しみの植民星」に使われていた。

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キングゲイナー10周年情報4連発! BDボックス、デザインコンテスト、イベント、そしてもう一つは…?

2013/01/25 23:04|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:0
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 富野由悠季監督が新生代のスタッフを率いて作った痛快アクション冒険活劇ロボットアニメ『OVERMAN キングゲイナー』は今年3月22日にて10周年を迎えると同時に、BDメモリアルBOXが発売されることが決めました。それを記念して、いろいろなイベントが展開されることになります。以下はその情報のまとめです。



1、「BDメモリアルBOX」発売

 3月23日はいわゆる「キングゲイナーの日」ですが、その前日の3月22日も実は記念すべき日であることはご存知? そう、3月22日はまさに2003年当時最終話放送の日でした。その日に合わせて、BDメモリアルBOXは10年後の3月22日に発売することになります。

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 これを記念して、去年オープンされた公式サイト「OVERMANキングゲイナー10th Anniversary!」に続々と記念コメントが寄せてるほか、イベントの情報も掲載されています。皆さんもぜひ逐一チェックしてください!

OVERMAN キングゲイナー|BDメモリアルBOX発売決定!! 2013.3.22 ON SALE!!



2、「オリジナルオーバーマンコンテスト」

 さらに10周年を記念して、「オリジナルオーバーマンコンテスト」と題して、2013年1月25日から公式サイトにてオリジナルオーバーマンが応募されています。審査結果は5月の電撃ホビーマガジンにて掲載予定です。入賞者には記念色紙など賞品が獲得できます。締め切りは2月25日までです。キミも自分のオリジナルオーバーマンを晒せ!

10周年BDメモリアルBOX発売記念企画!「オリジナルオーバーマンコンテスト」

コンテスト概要
OVERMANキングゲイナーBDメモリアルBOX発売を記念して「オリジナルオーバーマンコンテスト」を開催いたします!
あなたの自由な発想でオリジナルのオーバーマンをデザインし、イラストデータまたは写真データにてご応募ください。
今回は画像の他に、「オーバーマンの名前」、「オーバースキルの名前と能力」も審査の対象となります。

豪華スタッフ陣による審査!
審査委員長は、なんと富野由悠季監督!さらに、安田朗さん、吉田健一さん、河口佳高さんら、キングゲイナーを作り上げたスタッフ陣が審査員として参加!あなたの応募を待っています!

結果発表
入選作品は電撃ホビーマガジンにて掲載される予定です!
さらに審査会の様子や詳細な審査結果などなど、電撃ホビーマガジンでしか読めない情報が盛りだくさんですので是非ご期待ください!
※審査結果の掲載は電撃ホビーマガジン5月号を予定しています。

コンテスト詳細
■応募期間
2013年1月25日(金) 12:00~2月25日(月) 12:00
■審査
審査員長: 富野由悠季 監督
審査員: 安田朗さん
吉田健一さん
河口佳高さん
■賞
◆最優秀賞 (1作品)
◆富野監督賞 (1作品)
◆安田賞 (1作品)
◆吉田賞 (1作品)
◆電撃ホビーマガジン賞 (1作品)
◆サンライズ賞 (1作品)
■賞品
◆各賞共通 ・受賞作品を封入した楯
・審査員全員のサイン入り色紙
◆最優秀賞のみ ・審査員全員のサイン入り BDメモリアルBOX




3、10周年記念イベント「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」

 また、今年の「キングゲイナーの日」の3月23日では、東京国際アニメフェア2013にて10周年記念イベント「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」が控えています。富野監督のほか、吉田健一や安田朗氏などのスタッフも登場する予定です。詳しくは以下をごらんください。

10周年記念イベント「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」

イベント概要
 2013年、OVERMANキングゲイナーはおかげさまで10周年を迎えます。
 これを記念し、東京国際アニメフェア2013にて10周年記念イベント「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」の開催が決定いたしました。
 イベントには富野由悠季総監督をはじめ、大河内一楼さん、安田朗さん、吉田健一さんら豪華スタッフ陣が再集結し、当時の制作秘話や、出演者による富野総監督への一問一答など、ここでしか聞けないスタッフトークが繰り広げられます。
 この他にもファン必見のコーナーを企画中ですので、是非ご期待下さい!!
 イベントプログラムの詳細は2月の更新を予定しています。

東京国際アニメフェア2013

■開催期間
2013年3月21日(木)~24日(日)
■会場
東京ビッグサイト
■公式サイト
http://www.tokyoanime.jp/ja/
イベント情報

■開催日時
2013年3月23日(土) 11:45
■会場
東京国際アニメフェア2013 中ステージ(300名予定)
■チケット
イベントの観覧は無料ですが、チケットが必要となります。
詳細は2月上旬に本サイトにて発表予定です。
東京国際アニメフェア2013への入場料は別途必要です。
■出演者
・富野由悠季監督 (原作・総監督)
・大河内一楼さん (シリーズ構成)
・吉田健一さん (アニメーションディレクター)
・安田朗さん (メカデザイン)
■司会
・藤津亮太さん (アニメ評論家)




4、????????

 実は、以上の企画やイベント以外には、また別の「何か」が控えているらしいです。時期的にちょっと開くようですが、それでもファン待望のものになるのが間違いないです。

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 いろんな企画やイベントは控えています。オバマキングゲイナーも再選を果たした今年は、キングゲイナーが再び雄飛する年になるのか? 信じろ、君のオーバースキル!

「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」今日上映!

2013/01/25 10:53|日常話TRACKBACK:0COMMENT:0
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 アン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」は、今日1月25日で上映開始! 皆さんも早く見に行きましょう! ぜひこの物語を自分の目で!

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 映画パンフレット 監督:アン・リー 原作:ヤン・マーテル出演スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、ジェラール・ドパルデューライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 映画パンフレット 監督:アン・リー 原作:ヤン・マーテル出演スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、ジェラール・ドパルデュー


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井荻麟作詞論 第11回「復活のイデオン」

2013/01/24 23:33|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:11
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 井荻麟作詞論 第11回「復活のイデオン」
 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日の第11回では、いよいよ新しい作品に入ります。テレビアニメ『伝説巨神イデオン』のオープニングテーマ「復活のイデオン」について論じたいと思います。



復活のイデオン
作詞:井荻麟/作曲:すぎやまこういち/編曲:すぎやまこういち/歌:たいらいさお

きこえるか きこえるだろう はるかな轟き
闇の中 魂(こころ)ゆさぶる 目覚め始まる
大地わり そそり立つ姿 正義の証(あかし)か

 『機動戦士ガンダム』に引き続き、翌年の作品『伝説巨神イデオン』の作詞も監督の富野喜幸が井荻麟名義で手がけることになった。そしてこの曲「復活のイデオン」はその主題歌である。

 歌詞を見れば分かるとおり、この曲の曲風は依然としてロボットアニメの王道セオリーを守っていて、勇ましいものとなっている。「闇の中 魂(こころ)ゆさぶる 目覚め始まる」や「人よ 生命(いのち)よ 始まりを見る」などテーマに暗く示唆する歌詞もあるが、全体的にやはり既存ロボットアニメの主題歌の延長線にいるものと感じられる。そういう意味では、『ガンダム』の方法論を継承していたとは言える。

 もっとも、『イデオン』以後、富野にまつわる製作環境とその作劇法が急激に変化したため、『無敵鋼人ダイターン3』から続くこの方法論もこの曲をもって終焉を迎えた。



 王道を守る一方、『ダイターン』で見られる2番目の歌詞に「作品の裏に潜む毒」を隠している手法は、この曲でも使われている。

必殺の 技が撃つのは 我が身なのかと

 ほかの勇ましい歌詞にさりげなく隠しているこの一句は、実はこの作品全体の方向性を示唆し、イデオンの立ち位置を暗喩したものだ。最初に聴いたときはなんとなくひっかかるものだけかもしれないが、実際本編を見てみて回を重ねることで、この1句の重さもだんだん分かるような仕組みとなっている。

 このほか、「大地わり そそり立つ姿 正義の証(あかし)か」の「か」を入れるのは、これはまた心憎い手法で、富野の毒がにじり出すものである。

 一つのエピソードがある。当時の演出担当の滝沢敏文氏によると、滝沢氏が現在のオープニングを完成した後、監督の富野に感想を伺ったところで、「これじゃダメだ」という返事を得たという。実際のオープニングを見てみると、確かに主題歌のテンポに乗っている小気味良い映像となっているが、『ダイターン3』のオープニングほど「意味ありげ」なカットを入れてないことを考えれば、単純にカッコいいだけのものという感じがしないでもない。

 映像は曲の歌詞と連動するものなんだから、歌詞に込める言外の意を掬い上げないといけないという解釈もできる。このことからも、この歌詞は決してカッコよさを描くものではないと分かる。



 ところで、歌詞には「スペース・ランナウェイ」というフレーズが出てきているが、実はこれは『イデオン』の原案名「スペース・ランナウェイ ガンドロワ」からとったものだと思われる。「伝説巨神」という商業的思惑が入っているタイトルよりも、、こっちのほうが富野意中のタイトルだったんでしょうね。

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井荻麟作詞論 第9回「いまはおやすみ」

2013/01/23 14:34|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日はその第9回で、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』(通称ファーストガンダム)の挿入歌その2「いまはおやすみ」について論じたいと思います。



いまはおやすみ
作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士/歌:戸田恵子

翼をひろげて あなたを待つわ
きょうのあなたは 辛いのかしら
そんなことない わたしたち
だから ねぇ おやすみ アムロ

 さて、この「いまはおやすみ」は井荻麟がファーストガンダムにおいて最後の作詞なのだが、曲全体の雰囲気から察すると、「きらめきのララァ」を踏まえて歌うものだと感じられる。また、間奏の間に入っているセリフを聞いても、やはり傷ついた戦士たちに安らぎをもたらし、今より一歩進んだ未来を届ける、最終回以降を意識しているような歌詞となっている。



 この曲の歌詞構成はものすごくトリッキーなものだ。

 最初の「翼をひろげて」から「ねぇ おやすみ アムロ」までの部分は祝福を届けるような歌詞だが、「こんな時代と人はいう」から「それは 夢 夢」までは一転して、悲哀を帯びるものとなっている。それが2番目まで2回続き、最後は「あした二人は血みどろで 風に 風に 風に 舞う」という残酷で儚い歌詞で終わりを結ぶ。これまでの未来への謳歌、若者への祝福と人の世の悲哀をひっくり返したように、血と死の暗喩で片付けていた。

 かつての大杉栄が「美は乱調にあり」と言ったが、それを富野喜幸本人の言葉を借りると、「あえてトゲのように刺さる部分を入れることによって、きっぱり感を無くす。そうするとバランスが悪く感じるが、全体から見ると味が出る」ということだ。そしてこの乱調はまさに井荻麟が持っている固有のもので、ひょっとしたら井荻麟作詞の最大の特徴といえるものかもしれない。乱調は意外性を醸し、やがて飛躍の美をもたらす。

 また、この意外性が井荻麟の作詞においては、言葉レベルに存在してるし、構成レベルにも読み取れる。

こんな時代と人はいう
このぬくもりが 確かなら 確かなら
見つかるよ
夢 それは 夢 夢

 これを聴いて、前後の歌詞がどのような因果関係をもたらされたのは困惑する人も少なくないだろう。いや、そもそも正しい因果関係なんて無いかもしれない。このように、構成の不条理と読めなさがかえって人に印象を与え、想像を掻きたて、余韻を醸す要因となっている。

 だから、この部分の歌詞は「夢は見つかる(あこがれる)」と解けるし、「見つかる(あこがれる)のもしょせん夢」とも解けて、希望と残酷が同時に溢れている、もの凄く深みがある意味となっている。アンビバレントな感情を同時に伝える--上で言及した手法がなければ、到底できないことだ。



 一つ不思議なところがある。この曲を聴いてると、まるでララァとマチルダ二人を混ぜたような視点が繰り出されている。ララァ的な視点はいうまでもなく、その幻想的なイメージでアムロを呼びかける部分だ。嬉しさと悲しさの間に揺れてるその繊細な感情は、まるで少女そのものだ。「きめらきのララァ」を踏まえて聴いてると、これについて疑問を思う人も少ないでしょう。

 しかし、なぜかホワイトベースのクルーたちの未来を見守り、それを祝福する視点も同時に入っている。ララァがニュータイプだからという解釈もあるかもしれないが、実際の曲を聴くときはララァと結びつけることは難しい。劇中にホワイトベースと繋がりを持ち、かつ母のように庇護的な立場をいた人物でいえば、マチルダ・アジャンその人しかいない。加えて、歌手が戸田恵子であることも相まって、むしろマチルダ的な視点だと感じられる。

 このように、一人だけ見つめている小さな愛と、全部の人を俯瞰する大きな愛が共存するのはとても不思議で、まるで少女と母が入り混じるようなもので、ある意味ものすごく女性的な本質を現す歌詞と言えるのかもしれない。



 最後、前回はなぜファーストガンダム第41話「光る宇宙」ではなぜ「いまはおやすみ」が使われた話をしたが、以下は試しにその訳を解くことにする。「きらめきのララァ」はララァが提示した未来の可能性を歌う曲なのだが、そこにはアムロが同時に感じた、今に取り残されていた痛みは含まれていない

 また実際の映像を見ると、ララァというニュータイプそのものよりも、人が開いた新たな可能性を描きたかったと見受けられる。そうなるとララァから未来を見出せたというニュアンスが強い「きらめきのララァ」よりも、俯瞰的な視点を持っている「いまはおやすみ」のほうが、このシーンに適合するのではないかという想像も立つことができる。

 あくまで推測だが、もともと「きめらきのララァ」は第41話のために作られたもので、「いまはおやすみ」は最終話のための曲だと思われる。しかし結局上記の理由で現在のような使い方になった。実は、井荻麟の作詞は常に作品のどこかを反映している作りになっているが、それでも”イメージソング”だる曲が存在しているのは、結局なんらかの理由に使われなかったためであって、本当に最初からイメージソングと想定して作られた曲は、一つも存在していなかったと思われる。その理由と話は、またいずれ語ろう。

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井荻麟作詞論 第8回「きらめきのララァ」

2013/01/21 11:04|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日はその第8回で、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』(通称ファーストガンダム)のイメージソング「きらめきのララァ」について論じたいと思います。


きらめきのララァ
作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士/歌:戸田恵子

きらめきの きらめきの ふたつのこころに
ほしがとびこみ めざめる ララァ

 「シャアが来る」のカップリング曲「きらめきのララァ」。同じく放送後半に作られたこの曲は、後半の最重要キャラの一人ララァ・スンを歌うものとなっている。全体の歌詞を見てみると、これまでの井荻麟作詞とうってかわって、具体的なテーマ(「永遠にアムロ」)、あるいは物語性(「シャアが来る」)があるわけではなく、むしろ抽象的なイメージを描写する歌詞となっている。

 歌詞単体を見れば、実に美しい詞なのだが、それ以上重要で気づいてほしいのは、この歌詞が作品全体を通してみるときの唐突さから来る異質感なのだ。描く対象は明らかにララァだが、言葉一つ一つの意味はわかっても、全体が伝えようとしている意味はよく分からない。今まで地を這ってきた者が、突然飛ぶように強要させられるような困惑で、まるで掴みどころがない。

 そう。「翔べ!ガンダム」「永遠にアムロ」「シャアが来る」などの曲の持っている泥臭さに比べて、「きらめきのララァ」はあまりにも離れてすぎてるのだ。そしてこの距離感こそ、ララァ・スンというキャラクターが持っているファクター--ニュータイプそのものだ。

 単に「ゆらめきのひとみ」や「つややかなひとみ」の歌詞を見れば、なるほどララァを歌うものかもしれない。しかし、「いのちのながれ」や「いのちのさだめ」を見れば、これはララァ本人の美しさを歌うというよりも、ニュータイプという新たな境界、あるいはニュータイプという希望の象徴という美しさを歌っているようにも感じられる。

 ララァ・スンというキャラクター自体は相当理想が入っているキャラだったが、劇中では生身も持てば、人間的悩みもする。しかしこの歌詞で描かれたララァは、一切の重みを脱ぎ捨てたように感じる。まるで羽化した蝶のようだ。これはララァを描くというより、ニュータイプそのものを描いている。

 漢字の使い方でも、井荻が苦心していた様子を読み取れる。「きらめきのララァ」の歌詞ではほぼ漢字を使わせずに、非常に軽やかで透明感があるイメージをもたらせてくれた。さらに、「翔べ!ガンダム」の「翔べ」が大きい翼を広げて空に雄飛するイメージに対し、この曲の「はばたく」は白鳥みたいに、かよわくて身軽な鳥が悠々自適に「遊ぶ」。両者の境界は、何もかも違うのだ。



 一つ恐ろしいところがある。歌詞全体に漂っている、死の匂いだ。

 ご存知のとおり、ララァは主人公アムロと出会い、交感し合うのち、悲劇の死を遂げた。しかし、死んだララァが一瞬刻を越えて、アムロにそれを見せて、アムロに希望と絶望を同時に与えた。『ファーストガンダム』においてもっとも悲劇的なシーンである同時に、もっとも美しいシーンでもあった。

 しかしこのシーンを見て、悲しいという感情以上に、その幻想的なエクスタシーに魅了されてしまう人も多いのではないか。そしてそのシーンを歌っている曲も、このように作られている。上では「きらめきのララァ」はララァを歌っている歌としていたが、もっと正確に言えば「死ぬ瞬間のララァ」を、だ。

 刻を越えて、超越的になったララァに死のエロスが満ちている。そしてこの歌にも死のエロスが満ちている。語弊があるにせよ、あえてこの言い方にした。

 富野氏の名誉のために言わせると、富野は決して死を肯定し、美化するような意図がない。来世がいいとか、死んだら幸せみたいな文脈は、富野作品のなかには一切ない。死を描くのは、あくまで生を引き立てるためだ。しかし、「死」の一瞬を「生」以上に眩しく描いた。これで人が心を奪われるのも無理がない話だ。

 このような死のエロスは富野由悠季のアニメ・小説・作詞でしばしば見かけるファクターだが、全作品を俯瞰すると、それが意識的に「ここに入れる!」というような描写というより、無意識に発露するようなものと感じられる。ただこれを語るには莫大な紙面が必要な上、富野作品全般に切り込む必要があるため、ここでは割愛させてもらう。



 ところで、上で語ったように、この「きらめきのララァ」はララァの最後の一瞬を歌う曲であるため、もともと第41話「光る宇宙」に使われる予定のものだったと思われる。しかしご存知のとおり、本編で実際に使われたのは「いまはおやすみ」であったため、この曲もイメージソングのままに終わった。その訳に関しては、次回でまた語ろう。

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富野ネタ雑談

2013/01/19 12:35|富野雑談TRACKBACK:0COMMENT:4
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 TWITTERでの感想をまとめた話です。よかったら読んでください。



1、ロランとソシエとキエルとディアナ

ソシエは確かにアニメ以外の∀だとほぼ全作ロランとくっつくのだよな。これって逆説的に富野のキャラ造型が成功したということだ。「これは魅力的すぎてけしからん!他人とくっ付けさせよう!」と言ってる富野w以外の作家たちを魅了したソシエお嬢様マジぱねっす。

キエルお嬢さんは三人のヒロインのなかでももっともロランと関係薄い人だが、そもそもキエルがいなければ、ロランはディアナの近くに行くのも恐れている。ディアナから無理やりキエル成分を見出したからこそのことだ。まあどういうことを言いたいかというとロラン…いや富野は変態だということだ。

ロランがキエルお嬢さんを憧れるのは、ディアナに似ているからだ。ロランにとってキエルも身分が上の人だが、ディアナと比べれば遥かに格下。だからロランは無意識にキエルを憧れるようになったし、逆にディアナがキエルに変装した時も、無意識にディアナからキエルを見出してしまう。変態だロラン。

だから結果的にロランはディアナに対して一番複雑な感情を持つようになった。もともとの80%の尊敬とキエルとして接するうちに出来た20%の憧れくらいの具合? 一方、ソシエはやはり愛しいお嬢さんでしかないな。まあ、もちろんソシエを愛するようになった可能性は充分あったと思うけど。

ここからも「平気でうそをつく人たち」の影響を見出せる。ホント、トミノ監督はどういう勉強の仕方をしているのだろう。

しかし、憧れであれ尊敬であれ、ロランにとっては満足かもしれないし、男としては分からなくてもないけど、やはりディアナに対する感情は健全とはいえないな。やはりソシエとくっつくほうが健全だよなとも思う。




2、Vガンダムの戦う子供

Vは子供のゲリラ戦と言った人もいるが、そういう意味では、ウッソを見て驚くザンスカールの人たちという話は、ある種のカルチャーショック的話だよな。アメリカ軍が中東に行って「え!?こんな子供にやらせるの!?」みたいな。

先進国から見れば子供兵は野蛮極まりないのだが、当事者を含めてそうでもしなければ生きられない。で、富野が凄いのは「大人は子供を極力に死なせない。でも戦火が厳しくなったら、大人も子供をいちいち構っていられない」というところもちゃんと描いたと思う。




3、もう一人の絵コンテ千本切り

さすらいの太陽で「富野も参加!?」と驚いた人が多いらしいが、そもそも富野は(現時点判明したものだけでも)100作以上のアニメ作品を参加した人だからな。

でも一番じゃないんだよな。奥田氏のほうが確か110作以上(120作くらい?)。

あとクレジットの絵コンテ数も奥田氏のほうが上。でも「関わったコンテ」(修正など含む)だったら、やはり監督のほうが上。

世界名作劇場シリーズだけで、富野は100話近くの絵コンテを切った…。恐ろしいや。




4、中国語版wikipediaを憎悪する

中国版ウィキペディアの富野由悠季項目は95%以上の内容は私が書き上げたもので、アニメ関連項目のなかでももっとも詳しいかつ信憑性があるものという自負はあるが、もうそれ以上更新するつもりはない。繁体字と簡体字の転換のルールで訳分からんままで何度も警告を食らったから。

集合的知恵? 死ねよ。これまで書き上げたものを全部削除しようとしたが、さすがにそれはいかがなものだったので、内容をF91までのままで今日まで放置してきた。自分がソースを引用しないという理由で、80000バイトの文字を削除できないかな。できればそうしたいのだが。

日本語のウィキペディアのほうがいいよ。内容さえ正しければ、文字転換なんて気にしなくても大丈夫。というか世界中のウィキペディアは中国語だけが訳分からん繁体・簡体転換というシステムがある。あれのおかげで中国語版ウィキペディアは一番レベル低いものとなっている。

中国語版ウィキペディアは台湾・中国・香港ごとに用語も社会事情も何から何まで違うのに、無理やり「文字の転換だけで」全てをいっしょくたにするため、内容がめちゃくちゃで、まともに読むことができない項目が非常に多い。台湾のことを知りたいけど中国のことしか書いてないとか、逆もまた然り。

中国語版ウィキペディアを憎悪する。これ以上書かないよ。自分が書いたもののおかげで監督に対する認識を正す役割が発揮したら、そりゃもちろん嬉しいけど、それ以上クソシステムのせいで、書き手の意欲が削られまくる。

富野項目に限っては、日本語版のそれより詳しい自負があるだけに、思い出すたびに悔しさを覚える。

こういうことから見ても、「日本語は日本人だけのもの」であることのありがたさは、日本人はもっと認識するほうがいい。




5、辻真先氏が選んだテレビアニメ50年50本

辻真先さんの「テレビアニメ50年50本」のチョイスは面白いな。それにしても富野監督は『機動戦士ガンダム』『伝説巨神イデオン』『∀ガンダム』『OVERMANキングゲイナー』の4本か。大健闘だな。 http://www.asahi.com/showbiz/column/animagedon/TKY201212300197.html




6、タツノコプロと富野

誰も鳥海尽三氏と富野の関係を検証したことがないし、関係者に話を尋ねようとしないのは極めて残念なことといわざるをえない。

富野に限らず、タツノコのアニメ業界における影響力や系譜をきちんと検証することがほとんどない。




7、出師表

えー何この卑しい意見?/現代の史家の間では「出師表は本当に諸葛亮が忠臣といえるのか疑わしい。『自分は先帝・劉備がわざわざ三顧の礼を尽くした特別な存在である』と強調しすぎており不自然である。自らの政権を安定させるために自己正当化を図っているのではないか?」と、懐疑的な意見も一部に。

別に歴史に対して懐疑の精神を持たないわけではない。しかしこの文章を読んでなお孔明の忠を疑う人は、歴史の精神うんぬん以前、解読力と想像力がないといわざるを得ない。

古人が「出師の表を読みて涙を堕さざれば、その人、必ず不忠」と言ってるが、それは必ずしも判読を放棄しているわけではない。たとえば蘇軾は「簡而盡,直而不肆」と評したが、それがつまり「文字が簡素ながら全てを語りつくした。言葉が率直ながらも慎みもある」という意味だ。

つまり、現代の史家とやらの主張はとっくに却下されたというわけだ。古来何千万人の人々、何百万人の文人、何十万人の史家、何万人の大家が読んで異議がないこの文章を、現代の史家ごときの恣意的主張が否定できると思い?

だからこそ特異で後世に称えられる存在になりえるのではないかと。でないといくら腕があるとはいえ、たかが蜀ごときの小国の丞相なんかは、歴史のなかで覚えられるわけがありません。諸葛亮が特異なのは、その能力と忠誠に対する再評価の異例の早さだと思います。




8、桶谷顕氏の思い

桶谷顕さんは確かどこかで「富野さんと話しているととても幸せになるのです」「直された脚本が帰って読んだら、ぼくの書いたものはどこに行ったんだろうくらい直された。でもとても嬉しいです」みたいな話をしてた記憶があります。mixiかな?




9、イデオンに作家性はない?

発動編冒頭のキッチンの演技は何度見ても凄い。女をこれ以上なく表現している。もうこのシーンだけで腹いっぱい。

シェリルが途中でギジェの魂と合流するのは、ジェリルに救いを与えるほか、ラストの魂飛翔の唐突感を無くすために入れたもの。このような作劇は、富野しかできないのだ。それにしてもラストのギジェとシェリルの魂が重なって飛んでいるのに、ものすごく感動だ。

イデオン発動編は間違いなく富野の頂点の一つ。しかしもしこの作品に作家性が存在していないと私が言ったら、きっと怒る人はいっぱい出てくるでしょう。

身を削って作品を作ることを作家性の発露と定義すれば、発動編はまさに作家性の無い作品だ。しかし作家性が含まれていないのに、これほど凄まじい映画となっていることは、もう文字とおり「神がかり」としか言いようがない。イデオン発動編は、間違いなく富野作品の極限だ。

イデオン発動編みたいに、作者が冷静なほど自分のイメージを外に投射してそのまま傑作となった例は、富野作品においては、『王の心』の第1巻~第2巻途中だけだった。




10、Gレコ連載早く来て!

最近ちょっと富野さんを嫌いになっている。小説を書いてくれないんで。50本の絵コンテと50本の脚本を一人でやったらそりゃ時間ないでしょうが、せめて何かをやってくださいよ。

Gレコの連載は12期ぐらいに分けて連載しないかな。資料の小出し程度でいいから。

ただでさえ良い放送枠を用意してくれない上に、ちゃんと宣伝と下ごしらえをしないと、いくら富野新作アニメだって売れないよ! それを分かってくれよバンダイビジュアルさん! サンライズさんよ!




11、ライフ・オフ・パイは傑作

『ライフオフパイ』(トラと漂流した227日)鑑賞。一言いうと傑作だ。日本の皆さんもぜひ見に行くべきだ。日本では2013年1月25日ロードショーだ。

『ライフオフパイ』は楽しい映画じゃないが、退屈もしない。美しくて魅せる映画だ。アン・リー監督の感性はすべてこの映画に詰め込んでいる。3Dエフェクトで画面を構成する映画だが、はっきりいってアバターなんか比じゃない。

CGはともすれば映画にとって諸刃の刃だ。ファンタスティックな画面を構築できるが、一歩間違うとアバターみたいに「CGが主役」というような映画を産む。しかし、『ライフオフパイ』では、CGは完全に映画のための僕で、あのスケールの壮大さ、感性の美しさは完全にCGを凌駕している。

富野監督も宮崎監督も『ライフオフパイ』を見に行くべきだ。お二人方が持っていない「何か」を持っている映画なのだ。

『アバター』のキャメロン監督が『ライフオフパイ』に対するコメントは以下のとおり。「本作は、3D映画は興収が確実に見込めるスペクタクルなビッグタイトル作品でなければならないという概念を覆した。3D映画を見ているという感覚さえも忘れてさせてくれる。これこそ3D映画のあるべき姿だ」

『ライフオフパイ』は日本のどの映画より現実に根ざしている。それでいて、日本のどのアニメより幻想的で美しい。ファンタジーが現実に力を与えているというのは、まさにこのような作品のことだ。だんだんファンタジーと現実をリンクできなくなる宮崎駿は、この映画を見て勉強しなおすべきだ。

富野は映画界が3DCGという新しい技術に振り回されて、新しい物語を作れないことを常に懸念してるが、『ライフオフパイ』はまさに3DCG技術で生んだ新しい何かなのだ。3Dがなくてはおそらく実現できない映画だが、3Dのための映画でもない。3D映画のあるべき方向性を示した映画だ。


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冲方丁、初の対談集発売 富野由悠季らとの対談収録

2013/01/18 22:33|富野情報TRACKBACK:1COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 冲方丁、初の対談集発売 富野由悠季らとの対談収録
 冲方丁の対談集は、2月1日発売です。対談のラインナップは以下のとおりです。

にすいです。: 書籍: 冲方丁 | 角川書店・角川グループ

異才・冲方丁、初の対談集!
かわぐちかいじ、
富野由悠季、
井上雄彦、
養老孟司、
夢枕獏、
伊坂幸太郎、
天野喜孝、
鈴木一義、
中野美奈子、
滝田洋二郎、
山本淳子
……各界のトップランナー11名との対談を収録!

 パッケージのデザインに関しては、角川書店のtwiiterにて確認ください。

角川書店 編集局 単行本

来年1月末に刊行します冲方丁さん初の対談集『にすいです。』(角川書店刊)のデザインが完成しました! 各界のトップランナーと語り合った7年間の軌跡が一冊に!  世にも刺激的な対談集、ご期待下さい!



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 以下は、富野由悠季ファン向けのメッセージです。

 対談集としてあるのですが、これはあくまで「既存」の対談を収録したものですので、新しい話は期待しちゃいけません。今まで、冲方と富野監督の対談はわずか以下の二つです。

野生時代 Vol.78 10年5月号 「リーンの翼」刊行記念対談 富野由悠季×冲方丁 物語構造の構築作法

ニュータイプ2010年7月~12月連載
 7月号 冲方×富野 第1回 「リーンの翼」がもつ魔力
 8月号 冲方×富野 第2回 「天地明察」の尊さ
 9月号 冲方×富野 第3回 リアリズムの喪失
 10月号 冲方×富野 第4回 100年もつ作品
 11月号 冲方×富野 第5回 未来の開き方
 12月号 冲方×富野 最終回(第6回) マジックを生む力


 そのうち、ニュータイプの対談連載はすでに以下の同社から出版されたムックに収録されていましたため、あるとしたら前者かな。

Newtype Library 冲方丁  カドカワムック373  62483‐76 (カドカワムック 373 Newtype Library)Newtype Library 冲方丁 カドカワムック373 62483‐76 (カドカワムック 373 Newtype Library)


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 もっとも野生時代の対談は物語の作法に関する話もあるんだけれども、やはり全体的が『リーンの翼』に限定されているきらいもある。対談本の格式に合うのが、むしろNT対談のほうかな。とすればNT対談も合わせて収録ということも可能だと思う。大穴として、未公開の部分も蔵出しとして公開とか?

井荻麟作詞論 第7回「シャアが来る」

2013/01/17 16:33|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 井荻麟作詞論 第7回「シャアが来る」
 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日はその第7回で、『機動戦士ガンダム』(通称ファーストガンダム)の挿入歌その1「シャアが来る」について論じたいと思います。



シャアが来る
作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士/歌:堀光一路

シャア! シャア!

今はいいのさ すべてを忘れて
一人残った 傷ついた俺が
この戦場で あとに戻れば地獄におちる

 名エピソード「光る宇宙」にも出てくる挿入歌「シャアが来る」。この曲は「シャア」というキャラの固有名を入れたものの、現在でいわゆるキャラクターソングというものとは、少々違うと見受ける。

 井荻麟作詞を見てみると、アニメソングのうち、主役メカの名前が入っているオープニングテーマ以外、キャラ名を入れた詞は『ガンダム』のみでしか見かけなかった。井荻キャリアのごく前期であったことを考えたら、おそらく当時においてはまだ手探る状態にいたんでしょう。

 特に注目すべき違うところは、その作詞が持っている「物語性」なのだ。



 井荻麟というか富野由悠季がアニメ演出家であるためか、作詞においても、必ずなんらかのストーリーを、一つの世界に持ち込むことにする。その作詞が持っている「世界観」「物語性」こそが、井荻麟という作詞家の一番な特徴とは言える。基本的に、アニメ演出と同じ方法論なのだ。

 では、「シャアが来る」を見てみると、歌詞によって描かれたものも明らかになる--名も知らぬ一兵士が見つめている戦場、そして戦場に駆けめぐるシャアなのだ。名も知らぬ戦士たちの生と死、戦場の無常と無情、そして迫ってくるシャアの影を、この歌詞によって我々は知ることができる。

 ご存知のとおり、ファーストガンダムは戦争を舞台にした作品なので、当然戦争の場面も出てくる。しかし、その戦争の光景はあくまでアムロとホワイトベースを中心にした主人公たちが見たものに過ぎない。画面の外には、当然別の戦場もあるし、見知らぬ人たちの生と死も繰り返している。この歌詞の役割は、まさに戦場の雰囲気を描いているものだ。

 このようにして、挿入歌の歌詞で画面以外の出来事を描くことは、いわば一種のサイドストーリーを作る手法で、これによって世界観は補強されることになるし、物語にも厚みをもたせるわけだ。これが、ファーストガンダムはなぜ重厚的な中身に持ちえた訳でもある。これを吟味せず、ただこの曲を笑い種にする人は愚かである。



 歌詞のなかで、一番精彩なのはここである。

一人で死ぬかよ 奴も奴も呼ぶ
狙いさだめる シャアがターゲット


 タイトル「シャアが来る」で示したとおり、この曲は一人の兵士が戦場で目撃した光景やその思いを描くもので、その視点も基本的に静的なものだ。地獄を感じたろうと、シャアを目撃したろうと、全て受動的で動きが伴っていないものだった。

 しかし、上の歌詞が出てくる瞬間、これまで静的な状況が一転して、動的な描写になり変わった

 シャアと対峙した瞬間、これまで受動的だった兵士も、能動的に敵を道連れにしようという意識が芽生る。この転換によって、今まで積み重ねた描写が一気にラストに向けて雪崩れる。歌詞全体を持っている物語性は、この一句によって動き出したということだ。

ビームきらめく 雲を裂く
生きて見つめる……


 このようなストーリー性をひっくり返した転換があるからこそ、歌の最後に出てくる、その闘いの様子を「生きて」見つめるところで終わっている描写に繋がれるわけだ。自分が死ねば、もちろん見つめることもできず無に帰してしまうから、生きているからこそ、屍と自虐的になろうがもがき苦しむ地獄の炎をも感じることもできる。

 つまり、この歌詞は戦場で苦しんでいる兵士を描いただけでなく、生きて見つめることの安堵さとその裏に隠す虚しさをも描くことができた。たかが挿入歌の歌詞のなかでも、視聴者に想像させるような物語性を入れる。これぞ井荻流ならではの作詞手法だ。



 もっとも、富野がこの「シャアがくる」においては、おそらく本編のシャアではなく、むしろ戦争前期に戦場で鬼神の働きを見せたシャアを想定しているようである。事実、この歌が本編に出てくる時期はすでに放送末期で、歌の使われ方も実際の映像とは合致しないものとなっている。

 このことからでも、この挿入歌の挿入には、少々放送局かスポンサーからてこ入れの匂いが嗅げるかもしれない。

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井荻麟作詞論 第6回「永遠にアムロ」

2013/01/16 18:56|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日の第6回は、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』(通称ファーストガンダム)のエンディングテーマ「永遠にアムロ」について論じたいと思います。



永遠にアムロ
作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士/歌:池田鴻

アムロ ふりむかないで
宇宙のかなたに 輝く星は
アムロ お前の生まれた 故郷だ

 昔のアニメでは、OPとED主題歌はよく表裏一体と言われているが、ファーストガンダムにおいてもそうとは言える。現在のアニメではそうでもなくなりつつある。

 まず、歌詞を見てみると、OPの「翔べ!ガンダム」は表向きが主役メカの「ガンダム」に語りかけるのに対して、EDでは語る対象は主人公の「アムロ」となっている。作劇上の見方では、作詞のガンダムとアムロは同一化されるもので、OPもEDも同じく少年の成長をテーマにしているものだが、OPに比べて、EDはずいぶん素直な作詞となっている。

 また、OPの勇ましい曲調に対して、EDは穏やかなリズムで展開されている。歌詞を含めて、OPが行け行けで外向的なものならば、EDは叙情的で内向的なものなのだ。このへんから見ても、両者がまさに対になるものとは言える。

 

 素直な作詞に緩やかな曲調で少年の内面を描く。叙情的な雰囲気で展開されているが、この曲の歌詞は決して単に優しいだけのものではない。

 一番目でも故郷を離れてることを匂わせたが、二番目はさらにはっきりと言った。

宇宙のはてに きらめく星は
アムロ お前がすてた 故郷だ

 穏やかで安眠曲にも似た歌詞のなかに、唐突にこれである。重い影がとつぜん突き刺すように感じる。

 これだけじゃない。故郷を示しながらも「ふりむかないで」というのは内心の苦しさを物語っているし、「涙を見せぬ」「寂しさかくす」のも男が辛いといわんばかりなのだ。大人になる道程では、必ず味わう喪失感みたいなものを、歌詞でアムロに語りかけて、アムロが大人になるのを願う内容だが、決して暖かく祝福を送るようではなく、むしろ深くて願うもひたすら見守るだけ、まるで父性のように一種のドライさを持つ目線だ

 この無意識の父性の発露は、実をいうと後の富野由悠季監督のガンダムシリーズではあまり見かけないものであり、後のシリーズに出てくる歌詞にも表しているが、それについて機会があれば、また語ろう。



 ところで、この歌詞の組み立て方はちょっと気になるところがある。

アムロ ふりむかないで
宇宙のかなたに 輝く星は
アムロ お前の生まれた 故郷だ →(A)

おぼえているかい 少年の日のことを
あたたかい ぬくもりの中で めざめた朝を
アムロ ふりむくな アムロ →(B)
男は涙を 見せぬもの 見せぬもの
ただ あしたへと あしたへと 永遠に…… →(C)

 歌詞を以上のようにABCに分けると、Aはまだよく分からないものの、Bのまで読むと、大人になったアムロに対して歌えるように見える。が、Cを読むと、やはりこの歌詞は少年のアムロが語る相手だと感じられる。

 となると、Bの部分は大人になったアムロに語りかけるものというより、アムロ少年に対して、こういう大人になってほしいという願いかけなのではないでしょうか。そうすれば、A・B・C部分の語り相手は全て辻褄に合うことになる。



 ところで、この「輝く星」「きらめく星」の故郷はどこなのか、歌詞でこそ明言しなかったものの、劇中の設定を見れば、明らかに地球だと分かる。地球でいえば全ての生物の源、母なる惑星なのだが、こういう人が揺り篭から離れて、大人になる考え方は、監督の富野のなかには常にあるものだ。

 が、この歌詞「永遠にアムロ」の父性のような目線から発したものは、決して残酷ではない。厳しいではあるけど、優しさも備えている。ここらへんから見ても、『機動戦士ガンダム』は後続のガンダムシリーズとは、やはり一線を画するような存在だと分かるのだ。

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井荻麟作詞論 第5回「翔べ!ガンダム」

2013/01/13 04:16|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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 井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日はその第5回で、不朽の名作テレビアニメ『機動戦士ガンダム』(通称ファーストガンダム)のオープニングテーマ「翔べ!ガンダム」について論じたいと思います。この曲以降、富野由悠季が使っている作詞名義はすべて「井荻麟」に統一されます。



 さて、この曲はガンダムシリーズひいては井荻麟の作詞のなかでも、もっとも有名な曲なのかもしれない。

翔べ!ガンダム
作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士/歌:池田鴻

も、え、あ、が、れ
もえあがれ
燃え上がれ ガンダム

 最初にこの曲を聴いたとき、おそらく皆が非常に気になるのは『機動戦士ガンダム』本編の内容に反して、そのいかにも「アニメ」だった曲調と歌詞だった。ロボットアニメの歌曲のセオリーを守っているといえば、確かにそうだ。

 しかし、前番組の『無敵鋼人ダイターン3』のオープニングにおいて「王道を行きつつ、作品の深みを出す」という作りに比べれば、「翔べ!ガンダム」は明らかにそのような域に達していない。言葉遣いは前よりいくぶん成熟が見られるものの、本質はむしろ『無敵超人ザンボット3』OPに似ていると言えないこともない(※ここの成熟というのは、あえて「巨大ロボット」などあからさま過ぎる言葉を避ける意味)。そういう意味では、歌詞作りにおいてあえて厳しい言い方をすると、むしろ退化さえ見える。

 しかし、なぜでしょう。もちろん、これには訳がある。



 まず改めて確認しないといけないのは、監督の富野由悠季をはじめとした製作陣が『機動戦士ガンダム』という作品に対する、ただならぬ意気込みだ。
 
 もちろん、ガンダムがこうまで日本アニメ史に地位を残したことは、当時の製作陣には予想できそうもないことだったが、以下のいくつかの要素から見ても、ガンダムは当時の富野らスタッフにとっては、確かにちょっと違う作品だった。

 ①前二作のセールスの成功:『勇者ライディーン』は監督の富野にとって負け戦だとしたら、『ザンボット3』も『ダイターン3』もリベンジ戦だったとはいえる。そして徹底的に商業的要請を飲み込んだ上で、二年連続まずますの売り上げを叩きだした。そういう状況での三作目なので、商業上の成功はさらに要求されるのも当たり前のことだ。

 ②ガンダムそのものに対する気負い:二年連続のスマッシュヒットで、スポンサーから「今度は自由に作っていい」と商業上の制限を緩めたことに対して、原作・監督の富野喜幸が提示したのは、前二作を遥かに超える規模の世界観と物語だった。

 ③作詞&音楽に対する気負い:当時のアニメ音楽はレコード会社の「学芸部」が管理しているものでした。それはつまり童謡や唱歌などと同一扱いでした。しかし、TVアニメ以来10数年間進化し続けてきたアニメ音楽は、実はもう相当なレベルに達していた。アニメ音楽のレベル、アニメそのものの扱いを底上げたい意欲は、間違いなく富野のなかにはあった。事実、後のザンボット~ガンダムの三部作のサウンド・トラックは、共にセールスの成功を収めた。

 以上の状況だったから、あのようなとんでもない作品を生んだわけだ。



 とはいえ、「製作者が見せたいもの」にあまり気負いすぎると、かえって「視聴者が見たいもの」を見えなくなることは、10年以上いろいろなスタジオに行って何十作も参加して、さらに『勇者ライディーン』で降板された経験を持つ富野にとっては、百も承知だった。

 なので、せめてパッケージの部分だけでも、ロボットアニメという看板を掲げなくてはならない。つまり、「商売」と「作品」のバランスをとるために、富野が自制心を発動したのではないかと考えられる。そしてこの自制心の発動は、主題歌の作詞にも現れてくる。

 以上の事情があったから、冒頭では「翔べ!ガンダム」は『ダイターン3』のOP作詞より退化と言ったが、実際の歌詞を聞いてもオープニングの映像を見ても、テーマを隠すために前作以上「ロボットアニメ」の格式を守る歌詞となったという苦心が伺える。

 だからこそ、「機動戦士」という本編ではありもしない言葉を入れたのでしょう。このような苦心をただ「スポンサー騙し」としか見えないのは、正直制作者に対する失礼だ(※もちろん、作詞の決定権はすべて監督の富野の手にあるわけではないということも考慮に入れたい)。



 以上で、この歌詞の成立にまつわる外部の事情を語った。では、次に我々が知りたいのは、この歌詞には一体何を描いているのでしょう。

 まず見られるのは、オープニングにかかる第1段目が「巨大な敵を討てよ」「正義の怒りをぶつけろ」という詞が出ていて、スポンサーの要請を取り入れて、ロボットアニメの体裁を守っているものとなっている。

 しかし、あまりにも子供向けにしたくないためか、他の歌詞については実はかなり抽象的な描き方をなされている。歌詞を見てみれば、なにを訴えているのは誰でもわかるが、なにを訴えたいのか、おそらく直接言える人は少ないのではないか。

まだ 怒りに燃える 闘志があるなら
巨大な敵を 討てよ

まだ 絶望に沈む 悲しみあるなら
恐怖をはらって 行けよ

まだ 愛にふるえる 心があるなら
平和を求めて 翔べよ


 この3句は、この曲のなかでもっとも詳細な詞だが、見ていても、果たして共通性があるのかを疑う人もいるかもしれない。しかし、単語に注目すれば、多少分かりやすくなるかもしれない。

 「怒り」「闘志」「絶望」「悲しみ」「恐怖」「愛」「心」「平和」。パッと見じゃありきたりなフレーズでしかないが、プラスな感情もあれば、マイナスな感情も含まれている。マシンに乗って敵と戦うことは、ロボットアニメのケレン味を味わいたい視聴者にとってはたまらない快感であるはずだった。しかしこの歌詞では、視聴者のその期待を自ら否定して、戦いは決して楽しいことじゃないと伝えた。

 光の一面もあれば、影の一面もある。それこそ人間だ。この歌詞が訴えたいのは、まさにこのことだ。勇ましい曲調の裏に隠している、このかすかにほろ苦い味こそが作詞家・井荻麟の持ち味であると同時に、人の普遍性を訴える歌詞でもある。『機動戦士ガンダム』のテーマ--少年がいろいろを乗り越えて、大人になる--そんな成長をテーマにする歌詞だと分かるのだ

 つまり、この歌詞は一見アニメアニメしたものだが、実はちゃんとテーマを入れて、作り手の思いをも反映した、正真正銘の井荻麟スタイルのものだ。



 最後、もう一つ興味深いことがある。この「翔べ!ガンダム」の歌詞は、全曲に渡って命令形を使っている。これは井荻麟作詞ではあまり見かけないタイプの作詞だ。俯瞰的な視点と解ける人もいるかもしれないが、この命令形を使う語りの相手は実はガンダムではなく「人」であることを考えたら、むしろ視聴者に直接語りかける手法だと見ることもできる。

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2013年富野由悠季情報まとめ

2013/01/07 16:04|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:4
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 2013年の富野由悠季監督に関する情報をまとめました。新しい情報入る次第、随時に追加します。

 なお、2009~12年の情報まとめはあくまで富野監督本人の動向をフォローするリストですが、今年からは特に重要な商品も試験的にリストに入れてみたいと思います。


1月10日 月刊アニメージュ2013年2月号 富野に訊け!123回
1月23日 「MEAD GUNDAM [復刻版]」発売
1月26日 「文芸春秋2013年季刊春号」エッセイ
2月1日 冲方丁対談録「にすいです。」対談(既出)
2月1日 「スペース・ランナウェイ 復活のイデオン祭り」トークショー
2月8日 朝日新聞インタビュー「ガンダムの警鐘」
2月10日 月刊アニメージュ2013年3月号 富野に訊け!124回
2月18日 週刊 ダイヤモンド 2013年 2/23号 DENA社長守安功と対談
2月20日 2月20日読売夕刊 福井晴敏・常見陽平と三人鼎談
2月20日 伝説巨神イデオン Blu-ray BOX
2月25日 デジモノステーション2013年4月号 細田守と対談
3月10日 月刊アニメージュ2013年4月号 富野に訊け!125回
3月15日 グレートメカニックスDX24 インタビュー「エルガイム人材育成論」
3月23日 「キングゲイナー祭」記念イベント
3月23日 「オーバーマン キングゲイナー BDメモリアルBOX」発売
3月31日 明治大学「宇宙社会学への入門」シンポジウム「1000年の夢を持たせる」
4月2日 朝日新聞「ガンダムへの出発点(ラララの時代)」インタビュー
4月10日 月刊アニメージュ2013年5月号 富野に訊け!126回
5月10日 月刊アニメージュ2013年6月号 富野に訊け!127回
5月28日 産経新聞【テレビ還暦60年】インタビュー
6月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!128回
6月13日 読売新聞夕刊13年6月13日号インタビュー(Gレコ言及あり)
6月18日 夕刊朝日新聞6月18日号 虫プロ同窓会関係インタビュー?
7月2日 「トミノ流のトミノ」1回目/"かわいい"をエンジン・キーにする
7月9日 「トミノ流のトミノ」2回目/卑屈に社会の最下層から這い上がる
7月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!129回
7月15日 ラジオ「渋谷アニメランド」公開収録
7月16日 「トミノ流のトミノ」3回目/子供に向かって作るということ
7月23日 「トミノ流のトミノ」4回目/自分から自由になって初めて、モノは作れる
8月6日 「トミノ流のトミノ」5回目/『風立ちぬ』私記その1
8月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!130回
8月13日 「トミノ流のトミノ」6回目/『風立ちぬ』私記その2
8月16日 NHK「渋谷アニメランド」放送
8月20日 「トミノ流のトミノ」7回目/『風立ちぬ』私記その3
8月24日 香港サイン会&トークショー
8月27日 「トミノ流のトミノ」8回目/『風立ちぬ』私記その4
8月27日 あまちゃんファンブック寄稿
8月28日 機動戦士ガンダム Blu-ray メモリアルボックス発売
8月31日 「HIT SONG MAKERS~栄光のJ-POP伝説~」インタビュー
9月3日 「トミノ流のトミノ」9回目/『風立ちぬ』私記その5
9月10日 「トミノ流のトミノ」10回目/失われた日本文明~『逝きし世の面影』を読む
9月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!131回
9月17日 「トミノ流のトミノ」11回目/失われた日本文明~『逝きし世の面影』を読む2
9月24日 共同通信「あまちゃん」特集 コメント→
9月24日 「トミノ流のトミノ」12回目/失われた日本文明~『逝きし世の面影』を読む3
9月25日 理研施設「SACLA」特設サイト インタビュー
10月1日 「トミノ流のトミノ」13回目/失われた日本文明~『逝きし世の面影』を読む4
10月8日 「トミノ流のトミノ」14回目/失われた日本文明~『逝きし世の面影』を読む5
10月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!132回(予定)
10月15日 「トミノ流のトミノ」15回目/非あまちゃんファンになった
10月31日 「あまちゃんメモリーズ」寄稿
11月3日 山梨英和大学講演
11月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!133回(予定)
12月10日 月刊アニメージュ2013年7月号 富野に訊け!134回(予定)
年内 『???』発表
年内? 『???????????』発売





 以上は、現時点判明できる今年度富野監督の予定です。それにしても例年に比べてずいぶん寂しいものですな。これもGレコ制作のためだといいのです。

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井荻麟作詞論 第4回「日本サンライズ企画室」クレジットについて

2013/01/05 02:21|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:9
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 こんばんは、井荻麟作詞論の記事は100回予定です。今日はその第4回ですが、ここまでは、富野由悠季(当時喜幸)の監督作品、1977年の『無敵超人ザンボット3』と1978年の『無敵鋼人ダイターン3』における井荻麟作詞を語りました。

 しかし周知の通り、この二作のOP・EDテーマにおける作詞者は、すべて「日本サンライズ企画室」とクレジットされています(第1回~第3回で引用した歌詞のクレジットを参照)。それでは、富野本人が手がけたものかどうかも疑わしい。

 なので、今回はその「日本サンライズ企画室」というクレジットを語りたいと思います。果たして井荻麟作詞であるかどうかを検証しつつ、できる限り客観的な判断を下れれば。

 もちろん、検証するには客観的な資料が不可欠なので、今回は資料を中心に関係者の発言を引用・紹介しつつ、論じる形で行きたいと思います。



 まず大前提として知ってほしいのは2013年時点で、「日本サンライズ企画室」にクレジットされてる曲は、以下の4曲です。

①行け!ザンボット3
②宇宙の星よ永遠に
③カムヒア! ダイターン3
④トッポでタンゴ

 「日本サンライズ企画室」という名義となっていますが、当然実際に作詞を行ったスタッフがいるわけです。しかし、実際それらの曲の作詞者は、実をいうと判明していないところが多いです。

 それでは、こちらが把握している資料を時間順で一通り見てみましょう。



 一つ目は、1999年3月出版の「ニュータイプ100% スーパーロボットジェネレーション」に収録されている井荻麟こと富野監督本人に対するインタビューです。

資料A:「ニュータイプ100% スーパーロボットジェネレーション」

―「ザンボット3」「ダイターン3」の主題歌作詞は、サンライズ企画室とクレジットされていますが、実際はどなたなんですか?

「ザンボット」も「ダイターン」も僕がやりましたが、けれどクレジットはサンライズ企画室になっています。そして「ガンダム」ではじめて「井荻麟」というペンネームを使っています。というのは、個のアーチスト、個の独立性を認める会社でなければ会社自体が存続しないのではないか、それがサンライズ企画室という言い方をしていると組織全体がクリエイトしているという誤解を生むからペンネームを使ったんです。

 ここでの「主題歌」がエンディング曲を含まれているかどうかはちょっと微妙なニュアンスですが、少なくとも①③は監督の富野の作詞ということだけが確かなようです。



 次に、1999年6月発売された、現時点日本でもっとも価値・権威ある富野研究本である『富野由悠季全仕事』です。この本においては、クレジットはこうなっています。

資料B:「富野由悠季全仕事」

1977
「行け!ザンボット3」ザンボット3 OP
1978
「カムヒア!ダイターン3」ダイターン3 OP
「トッポでタンゴ」ダイターン3 ED

 ここでは、①③④は富野監督の作詞として数えられています。資料Aと時期が近いことから、同じ発言ベースからのクレジットという可能性は否定できませんが、④もはっきりと示した分、資料Aより詳しく調査されているとは言えます。



 以上の資料Aと資料Bは、①③④ともが富野喜幸監督の作詞と示しました。ところで、次の資料ではまったく異なる結果を呈しています。2003年6月発売された「無敵超人ザンボット3 DVDメモリアルボックス」のライナーに収録されている、五十嵐浩司氏の取材による富野監督のインタビューです。

資料C:「無敵超人ザンボット3 DVDメモリアルボックス」

―主題歌についてお聞きします。作詞はこの頃から監督が手掛けられているのでしょうか?
 
 30年近く経つとそういうふうに思われるんですが、いっさい関知していません。エンディングもそうです。
 それは本当に時代性の問題で、もう20年くらい前からそういう風に思われるだろうなと感じていました。ひとつだけお伝えしておきますと、女性が書いてます。

--「はばたけ」「翔べ」といった言葉がニュアンス的にダイターン3にも入っていますが?

 むしろ僕はそれらの言葉を受け継いでいったんです。受け継がなければいけないだろうと。特に「3」が付いているダイターンについては、それから「ガンダム」も結局クローバー作品だからという意識はしました。
 ボキャブラリーがない僕が書いたという事もありますけども、いま言った理由が商業ベース上意識としてはあったんで、あんまり好きには書いてないです。そういう条件に則って、クローバー作品としてのルックスいたいなものを意識しています。

 この発言は明確に①と②を否定し、明らかに資料Aと抵触するところがあります。ややこしいことに、この資料Cの発言者は、やはり資料Aとは同じく富野監督本人なのです。この証言の矛盾さこそが、サンライズ企画室クレジット問題を産んだ源です。

 とはいえ、この資料では③と④については明言しなかったものの、暗く自分が作ったことを言っているようなものなので、③と④はとりあえず確定といっていいだろう。



 では、以上の3種類の資料を見て、どう判別するのでしょうか?

 まず、②の「宇宙の星よ永遠に」は3種類とも否定的なニュアンスが入っていますので、②が富野作じゃないことに異議は無いはずです。

 文献学的でいえば、原則的に新たに発掘された発見は重視されている傾向です。となると、資料AとBを根拠にする①肯定説よりも、発言の内容に関して詳しい中身がある資料Cを根拠にする、①否定説のほうは有力と言えるかもしれません

 ただ、だからといって資料Cは絶対的な信憑性があるとはいえません。当事者の富野本人にしても、記憶違いという可能性もありますし、なにより権利や創作上に関わることに対して、本人の発言は時期によって食い違いが発生するのも珍しくないですから。それに、サンライズ側の事情もあるんでしょう。

 また、ほかの資料も問題がないわけではありません。

 たとえば、資料Aのニュアンスは微妙で、①③と①②③④という二通りの読み方ができます。仮に前者の①③の場合なら、その資料的価値はまだ検証する余地が残っています。もし後者の①②③④の場合なら、その価値はもうほとんどありません。①とは別に、②はすでにほぼ否定されたようなものなのですから。

 それから資料Bの「富野由悠季全仕事」にしても、調査の不備による誤植やミスも散見しますので、いちばん権威があるからといって、その調査結果を100%信頼するのはやはりできません。



 以上の話を読む限り、現時点「日本サンライズ企画室」クレジット問題の最終的な結論は、以下の模様です。

1.『ダイターン3』のOP「カムヒア! ダイターン3」とED「トッポでタンゴ」は富野作詞であることが確定。
2.『ザンボット3』のED「宇宙の星よ永遠に」は富野作詞じゃないことが確定。
3.『ザンボット3』のOP「行け!ザンボット3」は富野本人作と女性スタッフ作という二説がある。
 どちらも決定的な証拠はないものの、女性スタッフ作はやや有力か。


 ただし、これはあくまで現時点での結論であって、定論というものはいまだに下せないと思います。もし将来には別の書籍が上梓、もしくは資料が発掘されたら、また結論が変わってくるかもしれません。

 あくまで個人の意見ですが、将来的にもし「富野由悠季全仕事」に増補版なり続刊なりが出るとき、改めて富野監督に確認して、新しくリストを作るほうは一番理想的だと思います。

2016年3月23日追記:
『グレートメカニックG 2015 WINTER』に収録されている元サンライズスタッフ・現ライターである河原よしえ氏のコラムによると、ザンボットの主題歌は故・岸本吉功社長の奥様によるものだと思われるという記載がありました。富野監督の発言と合せて読めば、おそらくそれがファイナル・アンサーだと思います。


 最後に、もう一つの資料を紹介したい。2002年5月発売のガンダムエースNo.004のコラム「ガンダム音楽館」に収録されている、当時キングレコード側の藤田純二ディレクターのインタビューです。ちなみに藤田氏は、キングレコードの「スターチャイルド」レーベルの創立者でもある。

資料D:「ガンダムエースNo.004」

-そして実際の音楽作りへ入っていくわけですが、まずは主題歌ですね。

藤田 当時の大半の主題歌は詩を先に作ってます。『ザンボット3』の頃は、作詩はサンライズ企画室になっていますけれど、実質は富野さんがお書きになったと思いますよ。

 藤田氏は音楽に関しては関係者ではあるが、微妙に局外者であるため、この資料は実質的に証拠効力を有しません。それでも『ザンボット3』から『ガンダム』まで携わってきた音楽担当者から見ても、「ザンボット」の作詞が井荻麟のそれと非常に似ていることは、見逃せないポイントだと思います。



 ちなみに、『機動戦士ガンダム』のオープニングテーマ「翔べ!ガンダム」もシングル盤初版のみで「日本サンライズ企画室」とクレジットされましたが、すぐ「井荻麟」に直されて、すでに決着をつけた話なので、記事の構成上あえて語らずにいました。

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井荻麟作詞論 第3回「トッポでタンゴ」

2013/01/03 16:06|井荻麟関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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 井荻麟の作詞を語る記事は100回予定です。今回はその第3回で、テレビアニメ『無敵鋼人ダイターン3』のエンディングテーマ「トッポでタンゴ」の話になります。



 さて、諸説あるものの、とりあえず日本サンライズ企画室の時代をも井荻麟のキャリアを含むと、この「トッポでタンゴ」は井荻麟が初めて作ったエンディング曲となる。

トッポでタンゴ

作詞:日本サンライズ企画室/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士/歌:こおろぎ'73

トッポトッポトッポ………
おいらは 熱血 火の玉
おいらにゃでっかい 夢がある
そしてそして
ひろがる夢は 大空をゆく

 アニメにおけるオープニングテーマとエンディングテーマの関連性については、基本的にエンディング曲はオープニング曲と比べて、緩やかで息抜き的な雰囲気を持っているのが原則だ(もちろん、例外もいくらでもあるが)。視聴者にこれからアニメの世界に入る高揚感をもたらすのがオープニングだとしたら、本編の余韻をもたらせるのは、エンディングの役割だ。そして、この役割の違いはもちろん歌詞にも現れてくる。

 歌詞を見ると、この「トッポでタンゴ」は劇中の子役である戸田突太、通称トッポのことをテーマにしているものだ。「でしゃばり」「おっちょこちょ」「わんぱく」などの言葉から観られるように、視聴者年齢層に合わすべく、子供目線に徹している描写がなされている

 また、歌詞は1~3番に分けて「明るい未来を持っている子供」を描いて、全体的にいたってシンプルな内容だが、トッポという子の性格を遺憾なく披露したといえる。



 とはいえ、この歌詞はあまりにも子供向けという目線に合わして、オープニングテーマほどに色が出ていないために、あまり目に張る要素がないと言わざるを得ない。タイトルには「タンゴ」がつけているが、それはあくまで曲調のことを言ってるものであって、トッポというキャラや実際のエンディング映像となんらかの関係もない。

 これらの部分から見ても、井荻麟キャリア前期の作品だから一概に比較しようがないが、やはり全体の出来にやや精彩を欠けるように見える。



 それにしても、この歌詞は井荻麟作詞のなかでも実に珍しいである。

 富野由悠季監督作品における井荻麟作詞では、マスコットキャラのみフォーカスするような作りが、エンディング映像までを含めば皆無ではないのだが(たとえば『ダンバイン』のED)、歌詞のみ考える場合、80曲に及ぶ井荻麟作詞のなかでもこの1曲だけである

 だから、この作詞は一見特筆すべきところがほとんど無いのだが、あくまで「子供向け」に徹してそのスタイルに合わした結果がこれだとしたら、なかなか興味深い話とはいえよう。

 さらに、オープニングテーマの「カムヒア!ダイターン3」が大人すぎるという雰囲気を消し飛ぶため、あえて前作のエンディングテーマ以上に子供っぽさを入れたという想像もできるが、それはさすがに邪推しすぎるかな?

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あけましておめでとうございます

2013/01/01 00:00|ブログ運営TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - あけましておめでとうございます
 みなさん、はげましておめでとうございます。2013年になりました。今年の富野由悠季監督とその動向を期待しましょう。2chで危うくデマ扱いされようが、今年の富野界隈は一味違うぞ!!!



とーしーをー越せ よーるーをー越せ♪ とーしーをー越せ よーるーをー越せ♪

とーしーをー越せ よーるーをー越せ♪ とーしーをー越せ よーるーをー越せ♪

オハゲドールのご加護のもとに オハゲドールのご加護のもとに♪

オハゲドールのご加護のもとに オハゲドールのご加護のもとに♪



★       ∵∴∴☆※☆∴∵∴        ☆
  \  ※∵☆☆★☆★☆★☆☆∵※   ./
     *∵☆★☆☆*☆*☆☆★☆∴*
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∴☆☆*°°☆llil.-=・=-ナ=|=・=| ☆°°*☆☆∴
※☆★☆― ★   `ー ,(__づ、。‐| ★ ―☆★☆※
∵☆☆*°°☆ .  ´ : : : : 、ノ ☆°°*☆☆∵ *
∵☆★☆°°☆ 、  _;==、; | ☆°°☆★☆∵
※☆☆☆*°°★ヽ、  ̄ ̄` ノ★°°*☆☆☆※ *
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   ※∵★☆☆*°°|°°*☆☆★∵※
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  /      ∴∵∴☆※☆∴∴∵      \
☆                            ★

 おひさしぶりの、御禿さんの星で、ガンダムの星です。ウルトラマン的にいえば、ウルトラマンにエネルギーを伝送する役割なので、ガンダムもこれを欠けては生けていけないし、富野ファンもこれがなくて深い眠りに陥るのです。しかし最近の富野スレはひねくれ者が多いので、なかなかこれを貼ってくれなくて、寂しいのう。



 ついでに、富野神宮の初詣も貼ります。

 ┳━┳
 ╋━╋
 ┃  ┃
  ∧_∧
 ( ´∀`) 今年こそ富野監督の完全新作の発表が見られますように
 (___つ ミ_
  |\\[一諭吉] \
  |  \\\\\\\
  |   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
      |  富野御大 |

 よ~し、やるぞやるぞ(テム・レイ風)。今年こそ悲願を達成するように、私も水面下で頑張るぞ。

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