富野由悠季監督とその作品をひたすら語るブログ

TOMINOSUKI / 富野愛好病
http://kaito2198.blog43.fc2.com/

プロフィール

kaito2198

Author:kaito2198
台湾人。
ただのファンです。

twitterは@kaito2198です。

仕事やブログ関係のご連絡は
kaito2198@hotmail.comまでお願いします。

給華文圈之富野由悠季愛好者的一些話
關於本站文章的轉載聲明

富野監督関連資料一覧

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

グーバーウォーク

明日はお休み

2010/04/30 23:47|ブログ運営TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 明日はお休み
 あしたは両親と一緒に父の実家に戻りますので、ブログは一回休みます。つか、最近ネタが不足してますので、ここ数日は旧版『リーンの翼』を引っ張りだして、湖川友謙先生と大森英敏氏のイラストを使って『リーンの翼』前半のキャラを紹介するかもしれません。ぜひ期待してください。


関連記事:
リーンの翼の顔 ≪迫水真次郎≫ (旧版の迫水を紹介する記事)


リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


リーンの翼 2リーンの翼 2
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

渋谷アニメランド5月25日放送回に、富野由悠季監督が登場!

2010/04/29 20:29|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 渋谷アニメランド5月25日放送回に、富野由悠季監督が登場!
 隔週火曜日放送の「渋谷アニメランド」は、5月25日では富野由悠季監督をゲストとして迎えて放送することがなりました。は5月25日夜8時05分から55分、NHKラジオ第一にて放送されます。

渋谷アニメランド

ゲスト:富野由悠季さん(アニメーション監督・原作者)
パーソナリティー:藤津亮太(アニメ評論家)
TVアニメ史上のターニング・ポイントとなった
「機動戦士ガンダム」の原作者・総監督
である富野さんに、アニメで表現したいことの本質
などについてお話をうかがいます。

 あたりまえですが、自分は渋谷アニメランドを聞いたことがありません。しかし、この前のDREAM COMES TRUEの中村正人氏がパーソナリティーをつとめたラジオ番組を聴く以来、自分のなかのハードルがグンと上がったんです。何故ならば、中村氏と富野監督のトークは富野さんのインタビューや対談をあまねく読んだ・聴いた自分から見ても、間違いなく殿堂入りレベルの弾んだ会話だからです。そういう意味では、よく富野監督を分かってる藤津氏にとっても、いかにして富野監督からより良い会話を引き出すのが一つの挑戦といえるのかもしれませんね。


 また、公式サイトでは富野さんへの質問・メッセージを募集しています。締め切りは5月10日なので、富野さんに興味ある方やファンならば、早くあなたが聞きたい質問、監督に伝えたいメッセージを送りましょう!

▽続きを読む▽

富野由悠季が自分に課する「一流になるための心構え」

2010/04/28 16:21|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:3
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季が自分に課する「一流になるための心構え」
 今回紹介するのは去年の「THE 21」2009年11月号に収録されている「一流の成功習慣 成長実感!プロフェッショナルの「努力術」」という特集のなか、富野由悠季監督の部分です。話題はやはりファーストガンダムがメインですが、監督の習慣や昔話、さらに阿久悠氏の話なども読めて、それなり面白いものだと思いますので、ここで紹介します。


飽きずにコツコツやることから、金字塔アニメ『ガンダム』も生まれたのだ!
「できない自分」に気づくことが出発点になる

この夏、話題を集めたスポットといえばディズニーランドでもUSJでもない。それは東京・お台場だった。全長18mの”等身大ガンダム”が大地に立ち、四百万人を超える入場者を集めた。一九七九年のテレビ初放映から、人気の衰えない『機動戦士ガンダム』。いまも新作が生み出され、世代を超えてファンを増やし続けるモンスター・アニメーションの創造主・富野由悠季監督に、「一流であるための義務と志」をうかがった。




「一流かどうか」なんて百年経たないとわからず

――今回の各界の一流の方々にお話をうかがっているのですが、アニメ界からは、ぜひ監督にご登場いただきたく、馳せ参じました。

富野 それはありがとうございます。けどまあ、「いまさらくるんじゃないよ!」って思いが一つと、「一流って何だろう?」という思いがありますね。

――監督のお考えになる「一流」の定義はなんでしょう。

富野 ただメジャーだということではなく、「次の時代を指し示す何か」を伝えている人やモノのことじゃないでしょうか。だから、それが産まれて百年くらい経って、次の時代にならないと一流か否かなんて判断できないと思うんですよ。つまり今回の企画は成り立たないから、止めたほうがいい。(笑)

――いやいや。とはいえ、三十周年を迎えてなお新しいファンを増やし続けている『ガンダム』は、きっと百年後にも残ると思います。超一流の作品といえるのでは。

富野 いえませんね。たかだか三十年なんて一過性の人気でしかない。産業や企業のライフサイクルだって三十年程度で変わるものでしょう?

――三十年前に『ガンダム』をつくったとき、「次の世代に何かを伝えたい」とお考えではなかったのですか。

富野 当時はまだそこまで考えられませんでした。ただ、「子供が観るものだからこそ、絶対に嘘はつけない」という強い思いはありましたね。僕のやっているのはフィクションだけれど、「ウソくさい」と思われない、リアルな世界を構築した自負はあります。

――その作品づくりの姿勢が、結果として息の長い作品を生んだのでは。

富野 どうでしょう。ただ、作品に滲み込ませた「リアル感」があるから、大人がガンダムの話をしていても恥ずかしくない状況が生まれたのは確かで、それが三十年間人気が続いたいちばんの理由なんじゃないでしょうか。


オフを気にしていては成功なんてあり得ない

――いまの若いアニメ・クリエイターは、「次の時代へ」という意識で作品づくりをしているのでしょうか。

富野 していないね。個人的な趣味や妄想を描いているだけ。妄想を語ることを、僕は「作品」とは呼びません。

――たしかに、自分の半径一mにしか興味がない若者は、ビジネスの現場にもたくさんいます。何か改善する手だてはないのでしょうか……。

富野 周りが何をやっても無理ですね。クリエイターに限らず、才能というのは育てられないものなんですよ。自分が気づいて改善するしかない。
 僕だって、才能がない人間の最たるものだから、「デキない自分がなんとかいっぱしになるためにはどうすればいいか?」をずっと考えてきたんです。その結果たどり着いた結論は、「飽きずにコツコツやるしかない」ということだった。だから誰より多く、誰よりも早く絵コンテを切るよう自分に課したんです。

――かつて「コンテ千枚切り」の異名をとたれていたゆえんですね。

富野 バカにされていましたよ。「よくあきねえな」って。けど、その仕事を選んだのなら遊んでいる場合じゃない。だいたいの日本人は、コツコツと真面目に働いているんです。でもそのなかで抜きん出ようと思ったら、「両隣のヤツよりもっとコツコツやる」しかないじゃないですか
 あとは意識して、自分の不得意分野の仕事をするようにもしました。じつは、『いなかっぺ大将』みたいなギャグアニメの絵コンテも手がけたこともあります。悲惨な結果でしたけどね。「ヘタクソ!」「笑えない!」と散々にいわれた。でもそれがよかった。

――どういうことですか。

富野 できないからこそムキになれるんです。「じゃあ、どうすれば笑わせられるんだろう?」と一所懸命考えるわけで、そして、自分の得意分野のロボットアニメで実験する。演出のなかにさりがなく笑いの要素を入れて練習する。それが妄想だけでつくっている人には出せない”匂い”になるわけですよ。『機動戦士ガンダム』にだって、登場人物がやたらと「ドーン!」と現れるカットがある。そういう演出は、『いなかっぺ大将』をやらなかったらできなかっただろうと思いますね。

――ガンダムの背景にギャグアニメの演出があったとは、意外ですね。

富野 僕は作品づくりの基本は「異種格闘技」だと思っているんです。つまり、違うモノをどれだけ自分のなかに叩き込めるか。それにはありきたりかもしれないけれど、「見聞を広げる」ことが必要。いろんな場所へ出かけ、いろんなものをみるといい。僕は海外にいったりすると、とにかく周りをみます。街並み、陽の光、人の姿、歩き方、服装……全部演出の手がかりになるから。ただ、みて、みて、みて、みてばかりだから、空港についた時点で、ホトホト疲れちゃうけどね(笑)。

――そんなに気を詰めていては、オンとオフの切り替えが難しくないですか。

富野 作詞家の阿久悠さんと仲よくさせていただいていたんですけどね、亡くなったあとに奥さんに彼の日記をみせてもらったら、どのページも膨大な数のフレーズが羅列されていた。毎日二、三百の言葉を捻り出すのを日課にしていた結果なんですね。それくらい考えに考え抜いて初めて、あの素晴らしい詞は生まれていたんですよ。
 用はね、オンだオフだと切り替えられるほどめでたい人に、成功なんてあり得ないんですよ。やっぱり「飽きずにコツコツとやり続ける」ことからしか、一流の作品なんて生まれやしないということだと思います。




富野由悠季 アニメーション監督
1941年、神奈川県生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、㈱虫プロダクションに入社、『鉄腕アトム』などの演出を担当。その後、フリーとなり、『ムーミン』『巨人の星』など数多くのアニメ作品に関わる。79年、原作・総監督を勤めたテレビアニメ『機動戦士ガンダム』が放映開始。現在に続く「ガンダム」シリーズを生み出し、アニメ界に金字塔を樹ち立てる。今年も、ガンダムテレビ放映30周年記念となるショート・フィルム『リング・オブ・ガンダム』を世に送り出すなど、精力的な活動を行なっている。

 安西先生、富野と萌えアニメの異種格闘技見たいです…。

▽続きを読む▽

ダムエーのW小説連載を聞いて、富野小説連載の可能性を思う

2010/04/27 23:06|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - ダムエーのW小説連載を聞いて、富野小説連載の可能性を思う
 今月号のガンダムエースにガンダムW小説の連載がはじまる情報を聞きましたが、これはとても嬉しい話です。つまり、ガンダムエースは『ユニコーン』だけではなく、ほかの小説をも受け入れる余地があるということなので、ちょうど先月書いた関連記事を少しだけ修正して再掲。


ガンダムエースに富野由悠季監督の新ガンダム小説を連載する提案

 富野由悠季監督の5000枚に近い巨作『リーンの翼』が発売され、ガンダムエースが『ユニコーン』につづいて再び小説企画をスタートしたのをきっかけに、今一度、富野監督の新しい創作活動、具体的に「新小説の連載」を提案したいと思います。
 富野監督の小説活動と密接な関係を持つホームグラウンドでいえば、いうまでもなく角川書店ですので、自然に「ガンダムエースにて新ガンダム小説の連載」となってくるのです。これによって、いろいろな利点を生むことができます。新ガンダム、と言われてもいまいちピンとこない方もいるでしょうから、ここでは去年富野監督がガンダム30周年記念のために制作したイメージトレーラー『Ring of Gundam』(リング・オブ・ガンダム)で例えましょう。


 衆知のとおり、『Ring of Gundam』が当初ガンダムビッグエキスポの会場やGYAOにて2週間限定の無料配信で放映されたとき、その怒涛のような展開、ゴージャスなスタッフ陣、今までの方法論を越えた3D技術、謎めいた世界観や宇宙世紀と繋ぐことを示唆してるような設定などで話題を起こし、観客を魅せた一方、おそらく出資などの問題か、未だに新しい展開がないままに過ぎている。富野監督はもちろん大変創作意欲がありますし、スタッフも「想像以上の出来でした」と絶賛し、ロボットやサンライズのプロデューサーも「新しい可能性を感じ、新しいをチャレンジをしたい」というものにも関わらず、実際技術や出資などが絡んでいる以上、たとえガンダムの企画として備えているとしても、そう簡単に実現できるものではないのが実情です。
 しかし、となれば、アニメはしばらく無理というのならば、いっそ「小説にしちゃえば」で済むことです。なぜならば、『Ring of Gundam』を小説連載にする理由は、以下の4つがあります。



1.ガンダム小説はロングセラーになりうる

 ご存知のとおり、『ガンダム』シリーズの小説はもともと売れる部類なものです。第1作『機動戦士ガンダム』で例えすると、世に出て32年目(スニーカー文庫なら24年目)にも関わらず、未だに売れ続けている超ロングセラーである。また、ほかのガンダム小説も一冊も絶版していないというくらい売れ筋な商品ですから、出れば売れるのが保障されるのも同然です。
 富野監督のガンダム小説でいえば、最低でも20刷、最高は60刷以上という実績が厳然に残っていますから、かなりリスクが少ない企画というか、いい投資になれるはずです。

機動戦士ガンダム〈1〉 (角川文庫―スニーカー文庫)機動戦士ガンダム〈1〉 (角川文庫―スニーカー文庫)
(1987/10)
富野 由悠季

商品詳細を見る


機動戦士ガンダム 逆襲のシャア―ベルトーチカ・チルドレン (角川文庫―スニーカー文庫)機動戦士ガンダム 逆襲のシャア―ベルトーチカ・チルドレン (角川文庫―スニーカー文庫)
(1988/02)
富野 由悠季

商品詳細を見る



2.ガンダムエースにはすでに小説連載の先例がある

 角川書店の『ガンダムエース』は漫画雑誌ですけど、すでに『機動戦士ガンダムUC』という小説の連載がありましたから、漫画雑誌に小説を連載しても読者に受け入れる証拠でもあります。実際毎月あの連載量となれば、読者も読みやすいですし、書き手にも過度なプレッシャーを与えることがない、雑誌連載と単行本の一粒で二度おいしい企画です。
 あと、今回のW小説連載は最終的文庫本何冊になるかっは分かりませんけれど、それなりページ数さえあれば、たとえ短期連載としても、『ユニコーン』みたいな大作ではなく、2巻くらいの小品というスタイルもいいかもしれません。

GUNDAM A (ガンダムエース) 2010年 06月号 [雑誌]GUNDAM A (ガンダムエース) 2010年 06月号 [雑誌]
(2010/04/26)
不明

商品詳細を見る



3.いつかアニメに転用できる企画として備える

 かつて、94~97年には『機動戦士クロスボーンガンダム』という漫画連載があります。テレビで「アナザーガンダム」が放映されるなか、宇宙世紀の家系を残すというか「いつかアニメ企画に転用できるものとして備える連載作品」という性質があったと思われますので、『Ring of Gundam』もそうしたように、いつまでも会社(サンライズ)のなかに眠ってるままの企画よりも、まず小説として世に出させるほうが、実現性が高いのです。
 その上、その人気を計りつつ、ストーリーを練り、スタッフを探すと、アニメにできる可能性を模索するのもいいでしょう。むかしから言えば『ボトムズ』だってそうしてきたし、小説からアニメになるというケースもあったくらいですから、かなり地についてる企画と言えるはずです。

機動戦士クロスボーン・ガンダム (1) (角川コミックス・エース)機動戦士クロスボーン・ガンダム (1) (角川コミックス・エース)
(1995/02)
富野 由悠季長谷川 裕一

商品詳細を見る



4.「ガンダム欠」のサンライズと「連載欠」のガンダムエースの両方に利益がある
 ご存知のとおり、ガンダムシリーズはバンダイグループに莫大な利益をもたらすため、サンライズは常にガンダム作品を作らばければいけないプレッシャーがかかっています。今年は『ガンダム00』劇場版とOVA『ガンダムUC』とテレビ『SDガンダム三国伝』があるとはいえ、やはり長期的見ればガンダム作品が欠けてるままです。
 一方、『ガンダムエース』もまた別の問題に直面しています。富野監督と並ぶカリスマ安彦良和氏の超ビッグタイトルであり、ガンダムエースの一番手連載でもある『ガンダム・オリジン』が長期連載の末、ついに「光る宇宙」に突入し、今年中にも終わる勢いなので、『ユニコーン』小説連載も去年に終わった今、そろそろ次なる目玉連載を見つからなければいけない事態です。
 となると、富野監督にガンダム小説の連載をやらせるのは、一気にサンライズとガンダムエース両方の問題を解決できます。サンライズ側にとっては使えるかもしれない企画を手にできたことですし(さらに極端でいえば、富野さんの原作であるけれど、必ずしも富野さんに監督をやらせる必要がないです。たとえば『クロスボーンガンダム』と重田敦司氏という組み合わせも相性がいいです)、ガンダムエース側にとっても、原作者・もっもと多い作品を監督した富野監督がやる小説連載となれば、あとは脇のスタッフ(キャラデザインやメカデザインなど)を固めれば、反響もきっと少なくないでしょう。
 これはわりと手間かからないで両方に利益もたせる企画ですので、実現性も期待値も高いはずです。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN (20)  ソロモン編・後 (角川コミックス・エース 80-23)機動戦士ガンダム THE ORIGIN (20) ソロモン編・後 (角川コミックス・エース 80-23)
(2010/01/22)
安彦 良和

商品詳細を見る



 富野監督の本業はあくまでアニメとはいえ、なんだかんだ創作活動が20年を越え、20部・70冊の作品を上梓した作家なので、小説の実現性は高いです。当然、以上はあくまで『Ring of Gundam』を例として説明したに過ぎず、実際別のガンダム小説も可能ないい提案だと思います。

リーンの翼を共に語る友がいない(´・ω・`)

2010/04/26 20:19|富野作品感想TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - リーンの翼を共に語る友がいない(´・ω・`)
 最近…というか発売されてから1ヶ月くらいの富野由悠季監督の小説『リーンの翼』ですが、受け取ったのが日本より1週間遅れましたので、最初は他人より遅れをとることを恐れましたが、いざ急いで読み終わったら、今度は語る相手がなかなかいないことにちょっと凹んでます。
 まさか、リーンの翼を買ってる人があまりいないなんじゃないかなと心配しながらも、作者でもなく出版社の人間でもないので杞憂もいいところと自分に言いたい。

新版『リーンの翼』は富野由悠季の新境地 ―― 説話からの脱退と「今」というメッセージ性の構築
リーンの翼の迫水真次郎の三人の妻の名前から見る富野由悠季ネーミング及び作劇学

 下の迫水の三人の妻の名前に関する記事なんか特にたいした内容はないのですが、富野の作劇を覗くには、象徴的で面白い話題だと思いましたが、誰も返事しなくてちょっと寂しいです。当然、自分が書いたものはあまりにも下手すぎるのはあるのですけどね。まあ、要するにちょっと文句を言いたいです。
 ブログ三年目に突入した途端、この体たらくですみません。最近実生活はいろいろありますので、なかなかやる気が出ませんよ。それにリーンの翼以外のネタも一時切れ気味ですし。あーネタがほしいよ。

リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る
リーンの翼 2リーンの翼 2
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る




 まあ、それはそうとして、先日『リーンの翼』についての素晴らしいレビュー文を発見しましたので、ここで紹介させていただきます。ちょっとだけ長く引用させてもらいました。

すて庵 【step ambient】
【その他】:オーラ・ロードが開かれて……3巻から読み始めました。

これは、1980年代前半に刊行されて、現在は中古オンリー絶版のファンタジー小説、
「リーンの翼」 を1・2巻分として書き下ろしを加えた上で再販し、
その続編として、アニメで現代の世界観にリメイクされた 「21世紀リーンの翼」 を、
小説として監督直々に書きおろした物を、3・4巻分として新たに刊行した物ですね。
前作とされた  「リーンの翼」 も、21世紀版と繋がるように変更されているので、
最早、完全な富野由悠季監督の最新小説と言ってもいい作品だと思えます。

「リーンの翼」 というのは現代社会とバイストン・ウェルという、
異世界が存在している世界であり、ファンタジー的にも関わらず現実世界と地続きなので、
それは富野監督の脳内からしか生み出せない世界観だという確信が存在しているんです。

普通の小説でも、ライトノベルでも、アニメや漫画の世界でも、海外の小説でも、
「第2次世界大戦で桜花に乗って、カミカゼを行った敗残兵が異世界の英雄として生き、
 その異世界の英雄が、第2次世界大戦から6年後の世界から来たアメリカ人と同席し、
 自分の行った行為を 「バカボムに乗って自殺した人なんだ?」 と言われるという、
 特攻行為で死んでいたはずの人間が、後年の人間から感想を聞かされ、当時を思い返す。」
という異常事態を考えられるわけがないでしょうし、
特攻兵で死んだはずの彼が、異世界で他の国の人間と第2次世界大戦について話しながら、
日本が第2次世界大戦にて行っていた行為を、敵国の人間から聞かされている間に、
打って変って現代では、
「日本の状況に満足せずにテロ行為を考える大学生が、ネット仲間の考えを聞くうちに、
 現代で死んでいる昭和の特攻兵が、日本に抱きつつある憎悪に近い感情を抱いていく。」
という人間の状況が、過去の特攻兵の心情と同時進行で進んでいくというのが凄い。
しかも、その人間は戦後の情勢を考えに考え抜いた上で、日本憎悪の感情を抱くという。
こういう物を細かく書いた文章を読むと、そのストーリーテラーとしての凄まじさに対し
感動しながら、この先はどうなっていくんだろう?と、手が止まらなくなるのです。

設定的には 「オーラシップ」 「オーラバトラー」 「バイストン・ウェル」 という、
SFロボットアニメの設定が出てくるとしても、その内容は完璧に現代小説ですから。
登場人物が 「ブログ」 を使って語られる、第2次世界大戦以後の日本や各国の情勢や、
(文章内の一部には 「2ちゃんねる」 の対話が使われていますw しかも富野節で。)
それとは正反対の、大戦経験者が 「若いまま」 語っている当時の状況について詳しい。
富野監督自身、数年間に渡って、各業界の最先端の人物にインタビューをしているだけに、
専門的内容に関しても、チンケな&適当な部分が全然なく、説得力があるんですよね。
こういった文章を読んでいると、富野監督は50年に1人の天才だと思う訳です。
実際的、お勧めな作品です。

「リーンの翼」 1~4巻!(3巻) 本当にお勧めな作品として、紹介致しました。
値段が張るのが玉に傷ですが、買った際には夢中になること請け合いだと思います。
本屋では皮を被っていませんからw 気になった方は数ページでも、是非立ち読みを♪
アニメをご覧の方は、3巻から読んでみた暁には、その濃さに絶対にハマると思います。

 本当はこんな記事のついでではなく、もっときちんとしたエントリーで紹介したい。気力回復したら、改めてこの素晴らしいレビュー文をもう一度紹介したいです。
 それにしても、この方は特に3巻がお気に入りのようですが、自分の感触でいえば、やはり3巻はとてつもなく面白い感触です。迫水の建国パートも朗利のテロパートも、それぞれ今までのない語り口で語られ、色気が出て、文句なし「オモシロイ!」と言いたい部分です。復刻的な1&2巻と考えさせる4巻の内容と比べて、この3巻はまさに現在の富野由悠季の面白さを保障したものである。
 極端の話だが、もし旧版小説もアニメ版も持って、今回の小説をコンプリートする気がない方がいるとしても、この3巻は絶対読まなければいけません。富野由悠季のここ数年の成果の「集大成」と呼べるほどの代物ですから。

リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る
リーンの翼 4リーンの翼 4
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

小物ほど生き残る富野作品?

2010/04/25 23:07|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 小物ほど生き残る富野作品?
 まとまった話じゃないが、とりあえず最近考えてることの一つ。

 別に富野作品に限らないことですが、富野作品は何故かときどきこの「卑しい小物ほど生き残る」という演出が見られます。それも、70年代の富野作品から00年代の富野作品にはすべて見られるものです。

 生き残り放題の『キングゲイナー』はおいといて、『ガンダム』にはたとえば「時よ、止まれ」のジオン兵士みたいのがありますし、『ZZ』のゲゼ乗りことヤザン&ゲモンというのがあります。あと、『Vガン』の時のサントージュも最後まで撃沈されなかったりして、富野作品のなかでは、何故かそういう小物を「活かしてもいい連中」とされているらしい。
 これは小説においても同じです。『破嵐万丈シリーズ』のレズコンビのシオン&マートモアも二つのケースに出てるし(「ヒットカップル」では万丈たちより目立ったりする)、『シーマ・シーマ』の敵の追い手である地上民(フローロウリィ)シース・シマーの一味も何度も主人公たちに敗北しても最後まで思いっきり生きてるから、なんかもう富野監督の拘りといっていいほど鮮明。

 そういう意味では、『ザブングル』は一つの象徴かもしれません。この作品は特に生命力が強いヤツが多いです。キッド・ホーラ(とゲラバ)、ティンプ・シャローン、グレタ・カラス、ドクターマネといった観客から見ても決して気持ちいい連中ばかりなのに、何故かやたらしぶとく最終回まで生還して、しかもその生き様を見てどこかカタルシスを感じてしまう。
 こういった連中は大抵無様な生き方を晒しながらも、シブトさと図々しさだけが取り柄なんだから、生き抜いたこと自体が一つの達成なので、そういうものを見せられれば、大して好きではないキャラに対しても、やはりどこか達成感が感じてるから、気持ちいいかもしれません。
 しかし、ほかの富野作品にも「生き残る小物」はあるかもしれませんが、今は思い出せないな…。

 あと『∀ガンダム』のヤコップとブルーノもそういえてるかもしれません。ただ、彼らはいわゆる富野キャラではなく星山博之氏が作り出したキャラなので、生き残る以外はまさかああまで活躍してるのは、なかなか思いつけませんね(生き方自体はやはりどこかいい加減だが)。

いつの間にか2周年。そしてブログ3年目に突入

2010/04/24 10:00|ブログ運営TRACKBACK:0COMMENT:6
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - いつの間にか2周年。そしてブログ3年目に突入
 この「TOMINOSUKI / 富野愛好病」はいわゆる自分の趣味のために立ち上げたブログなんですが、毎日ダラダラとひたすら更新し続けたら、いつの間にか2年を書き続けてきた。感懐というほどのものはないけれど、時間経つのが早かったなぐらいは思っています。記念すべき日じゃないですけど、天性怠け者そのものである私が一つのものにこうまで続けるのが自分でも褒めたいくらいです。これもホワイト御禿ドールのご加護であろう。

 今、自分が熱中しているのは、『リーンの翼』です。期待しているのは、『OOOOOOOO』の出版です。毎日祈っているのは、富野新作です。そして尊敬している人物は、ほかでもなく富野由悠季監督です。
 そうです。2年前とまったく同じです。なぜ自分がこうまで富野由悠季という人間と彼が作った作品に惹かれてるのは、まだこれからじっくり考えてみたいですが、その過程はすなわちこのブログに書かれる全てなので、もし皆さん付き合っていただければ嬉しいです。

 いろいろバカもやっちゃってますけれども、これからもよろしくお願いいたします。




 それから、先日ようやく『リーンの翼』を読み終わりました。面白かったというより、考えさせられた。娯楽小説であること自体は変わりないですので、この「考えさせられる部分」があるからこそ、ただの一過性の消費に陥ることなく、長く読み続けられることを保障する。それがこの『リーンの翼』という小説。

リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


リーンの翼 4リーンの翼 4
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


 そうはいいながらも、読み終わった後のもう一つの感想は、「アニメ版リーンの翼の展開もかなり魅せてスタイリッシュ」というものです。何故ならば、富野監督はあくまでアニメ演出家なので、その40数年のキャリアで培われた映像の原則に則る演出によって展開された作品ですから、面白くないわけがありません。そろそろ忘れた頃に、もう一度見るのがオススメですよ。

リーンの翼 COMPLETE [DVD]リーンの翼 COMPLETE [DVD]
(2010/01/27)
福山 潤嶋村 侑

商品詳細を見る


映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)
(2002/02)
富野 由悠季

商品詳細を見る


今日は休み休み

2010/04/21 19:56|ブログ運営TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 今日は休み休み
 今日はなんだか風邪をひいて頭が痛いうえ、仕事いっぱいなのですから、ブログは一回休ませていただきます。明日は予定さえ狂わなければ、「『リーンの翼』の迫水真次郎の三人の妻の名前から見る富野由悠季ネーミングと作劇学」という記事を書きます。是非期待してください。
 しかしこうしてみれば、やはり自分は記事のタイトルをつけるのが苦手なのとつくづく思っていますな。まあそれはともかく、先週書いた以下の二つの記事は最近自分でもそれなりよく書いたものですから、もしよろしければご意見ご感想をくだされればありがたいと思っております。よろしくお願いいたします。

富野由悠季作品の「アニメモード」と「映画モード」、そして両者の間から滲み出す「説話モード」
新版『リーンの翼』は富野由悠季の新境地 ―― 説話からの脱退と「今」というメッセージ性の構築

新版『リーンの翼』は富野由悠季の新境地 ―― 説話からの脱退と「今」というメッセージ性の構築

2010/04/19 19:22|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 新版『リーンの翼』は富野由悠季の新境地 ―― 説話からの脱退と「今」というメッセージ性の構築
富野由悠季作品の「アニメモード」と「映画モード」、そして両者の間から滲み出す「説話モード」

 単純なファンタジーよりも説話の構造に似ているバイストン・ウェル物語。これは『聖戦士ダンバイン』『ファウファウ物語』『オーラバトラー戦記』『ガーゼィの翼』などが時代や舞台設定それぞれバラバラしながらも、共通し合ってるもっとも大きい特徴といえます。また、ただの異世界ものにとどまらず、必ずどこか現実と接点を持っているのも、この作家・富野由悠季が描き続けてきたバイストン・ウェルの不可欠な要素です。
 しかし、この共通の特徴も、ある意味新版『リーンの翼』には通じない節はどこかにあります。そしてその通じないところこそ、新版『リーンの翼』が旧版ともアニメ版とも異なる、自ら持っている最大の特徴です。以下はまとまった話じゃないですが、これについて少しだけ説明します。


 まず注目してほしいのは、富野由悠季がこのバイストン・ウェルの構築にたいして、明らかに他のどの作品の世界観よりも注力していたことです。もちろん、後付けで固め続けているガンダムシリーズよりもです。
 もっとも象徴的なのは「インナースペースとしてのバイストン・ウェル」という文章。初出はニュータイプ別冊「バイストン・ウェル物語」であったこのバイストン・ウェルの世界観を解説する文章は、作り手/書き手である富野の親筆で、ああいう裏設定的な文章(設定)を公に向けて世に出したのは、富野の50年近いキャリアのなかでもほぼ唯一といっていい。(注:資料として収録されているものは別にして)
 この要点を念頭において、さらにバイストン・ウェルが富野のガンダムに次ぐ2番目多く作品シリーズということを考えれば、富野がいかにバイストン・ウェルにこだわるのが伺えます。

 で、この「インナースペースとしてのバイストン・ウェル」のなかには、バイストン・ウェルの独特な構造を説明し、文明を地上界(つまり我々が住んでいる現実の世界)のと比べつつも、あからさまにバイストン・ウェルを現実世界の夢の反映、魂の修行場にしています。これは、バイストン・ウェルを説話の構造を持っている世界と明言したものです。
 そういうことを考えると、『ファウ・ファウ物語』の冒頭の御伽噺みたいな詩も、『ダンバイン』のあの有名なナレーション(「バイストンウェルの物語を覚えている者は幸せである~」)も、旧版小説『リーンの翼』の序も、あらかじめこの物語(作品)の説話的構造を明示したものといえます。

 バイストン・ウェルは魂のマスカレイド(仮面舞踏会)。
 オーラロードは、その魂のマスカレイドをのぞくためにひらかれた、肉ある者への道。

 しかも、そのオーラロードは、世界の綻びの道……。
 その道が、四散した時、人の世界は、現ポイントから霧散する。
 それ故に、バイストン・ウェル、人のオーラによって支えられた世界は、震える。


 逆にいうと、序を削除した『リーンの翼』新版は、ひょっとしたら「説話からの脱退」を意味するものかもしれません。序といえども立派な作品の一部分なので、削除するには、必ずなんらかの意図が含まれています。

 富野はかつて「バイストンウェルは頭がつかえてる感じ」といった趣旨のことを述べましたが、この序の削除はそういったものの排除といえるかもしれません。
 しかし、(日記的なもの=自分の好み・思いのたけだけで書かれたもの)をあれほど拒否し続ける富野が、新版『リーンの翼』の巻末収録を許した一方、わざわざ序という本来『リーンの翼』にもっと深く関わるような文章を削除したということは、まさに文章を削除することによって、作品の方向性や色を変えたいという意図が含まれているではないかという見方もできます。(もっとも、その巻末収録は編者が作者のこういった意を察知したかどうかという問題もからんでるが)


 しかし、となれば、富野はなぜ『リーンの翼』の新版において、このような改変をしたんでしょう? そして、このような改変は何を意味するのでしょう? それは、まだこれから時間をかけて検証しなければいけませんけれど、一つ考えられるのは、今我々が存在している現実を語っているために、本来説話の色を帯びているバイストン・ウェル物語から脱退せざるをないということです。
 説話のなかではすでに「記憶」という時間と空間をも越えるエッセンスが封じ込められているが、「今」と繋がっているとは限られません。「今」という現実に地続くための物語であるからこそ、説話のままではいられないということではないでしょうか。

 旧版『リーンの翼』の主人公は同じく日本人迫水真次郎ですが、それは過去の物語(劇中の年代は1945年に対して、書かれたのは1980年代前半ということから見ても明らか)で、一つの完結した物語的な構造を持っている。だから、説話に足りうる。(このへんは、記事一番上の「説話モード」もご参照)
 しかし、新版『リーンの翼』は現代へのメッセージで、我々が存在している時代、すなわち現在という「今」へオープンしてる物語なので、回帰と循環と再生の構造を持ち、記憶と過去を封じ込める説話的なものに止まるわけにはいきません。なぜならばこの物語のこれから、すなわち「未来」は、イコール我々の未来なのだからです。未来は、このような経験をしてきた我々が自らの手で作るべきものなんです。おそらく、これがこの新版『リーンの翼』が持っているメッセージなのでしょう。


 なので、旧版『リーンの翼』と新版『リーンの翼』はこういう意味では実質的別の作品で、どっちも作品として自立していますし、互いに存在価値を損なうこともないと私は思います。旧版は過去の記憶(太平洋戦争)を借りて我々に伝える物語で、新版は過去から現在までの時の流れ(迫水の建国と地上界数十年の推移)を借りて我々に訴えかける物語です。そうした両立は作者の腕と作家性にかかってるもので、まさに富野由悠季だからこそできるものです。
 また、作品の系譜を考えるとき、新版『リーンの翼』はバイストン・ウェルシリーズでありながら、バイストン・ウェルの説話的構造をしていないことので、どう位置付けという課題がまだ残っているものの、そこもまた大変挑戦的で、我々のさらなる解明が必要ということはもう言うまでもなかろう。

リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


リーンの翼 4リーンの翼 4
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


リーンの翼 COMPLETE [DVD]リーンの翼 COMPLETE [DVD]
(2010/01/27)
福山 潤嶋村 侑

商品詳細を見る

富野由悠季作品の「アニメモード」と「映画モード」、そして両者の間から滲み出す「説話モード」

2010/04/18 00:23|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:6
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季作品の「アニメモード」と「映画モード」、そして両者の間から滲み出す「説話モード」
 あまり厳密的に定義しているわけじゃないですが、富野由悠季監督の数々ある作品(この場合、アニメと小説の両方)は、どうもどれも一定のイメージがあると感じてます。
 そのイメージが何なんのかというと、一つは「アニメがアニメたるものであれ」というアニメ的な雰囲気を持つ「アニメモード」と、もう一つは「古き良き時代の映画」の雰囲気を持つ「映画モード」。富野の場合、本人が一時期小説よりもゴダールをはじめとした文芸的な映画への傾倒を語ったくらいだから、この映画モードを語ると、富野にとって「文芸的何か」といって置き換えてもいいかもしれません。
 とにかく、まずこの「アニメモード」と「映画モード」を持って富野監督の作品を見れば、不思議なことに、だいたいどれかに収まることができます。


 で、どういう方法で判別するというと、もっとも分かりやすいのは、ズバリ「エンディングの画が呈する雰囲気」です。テレビ作品でいえば最終話で、映画でいえばエンディング。もちろん、小説ならば最後のエピソードに言ってるのです。あの「最後にかかる画のイメージ」のより処は、必ずといっていいほど厳然に「何らかの雰囲気」を持っているのです。
 以下は、厳密に語ってるわけではないですが、自分なりの分類です。何かご意見ありましたら教えていただけると嬉しいです。


 『トリトン』の「背景に主題歌がかかって、少年は朝日に向かって仲間たちと去ってゆく」はアニメモード。というか、アニメソング(オープニング、エンディング、挿入歌のどれか)をかかって終わるのは非常にアニメ的なので、ほとんど富野のなかではアニメモードに属していると言えます。

 『ザンボット』の「そして、少年はみんなの暖かい迎えのなか、目を覚ましていく」は、アニメモード。ご存知な方も多いと思いますが、富野のアニメは非常に少年文学的で、だいたい「少年が色々な痛みや傷を持って、青年になっていく」というものが多いので、そのような風景は富野作品のなかでは、おそらく手塚治虫の『アトム』を初めとした数々あるアニメを携わっている中、アニメと渾然一体となってるんでしょう。

 『ガンダム』はアニメモードですが、『ガンダム』映画三部作は三部ともに映画モードです。特に『Ⅰ』と『Ⅲ』は、非常に映画的だったといえます。このように、当たり前でいえば当たり前ですが、富野はたとえツギハギ映画にたいしても、かならず非常に映画的だったエンディング画を用意しています。

 『イデオン』の本当のエンディングは『発動編』まで待たなければいけないのですが、あの転生のラストは、当然映画モードです。ビジュアル的な表現も意味も違いますが、イメージとしては『2001』から借りたものという見方もできます。

 『ザブングル』は当然劇中で何度も宣言したとおり、アニメモード。テレビ版の「最後登場人物が一挙に挨拶」も『ザブングルグラフィティ』の「アーサー様復活」も、卑怯的くらいアニメ的なものを逆手をとって、アニメエッセンスを活用したものと言えます。

 『逆襲のシャア』と『F91』は映画なので、当然映画モード。と、こういう言い方は一見安直に聞こえますが、富野の「いかに映画のラストにふさわしい画と曲を手に入れる努力」も決して忘れることができません。

 『ブレンパワード』や『キングゲイナー』も途中こそ波乱万丈だったが、最後は無事に大団円を迎えたなので、アニメモード。これは近年富野がだんだん「アニメも捨てたもんじゃない」と思うようになってる考え方の転移と関係あるかもしれません。


 こうした分類は上にも言ったとおり、富野の小説についても通用できます。

 『小説版ガンダム』の「戦争の傷を残し、仲間や兄のやることを横目で見ながらも、すべてを脱ぎ捨てるように、裸身(しかも金髪!)で海に身を任せる」は、誰が何をいおうと映画モード。「セイラはもう一人で自在に泳げるのだ。」で締める画は、非常に文芸的な美しさを感じます。『イデオン』の制作時期を照らしてみれば分かりますが、これこそ富野由悠季(喜幸)が初めて作った映画的な作品です。

 『破嵐万丈シリーズ』はまず長さからしてはちょっとした映画の長さで、4巻に描いた4つのケースも青少年向けにしつつどこか大人の雰囲気を持つ内容が多く、加えてエンディングもさっぱりした後味が良いドライさで締めるので、どっちかいうと映画モードに近い。

 『ガイア・ギア』は、もちろん映画モード。文庫第5巻のカバーイラストにもなってたアフランシとエヴァリーの海で裸の抱擁をするとか、名言中の名言「ミランダ、勘弁してくれ!」とかは、非常に文芸的で美しい。ああいう青春の匂いを持ってる雰囲気は実をいうと富野だけに限らず、故・星山博之氏も著作『星山博之のアニメシナリオ教室』でそういう思いを述べましたが、富野の年代の人なら大抵持っている共通なものです。

 『アベニールをさがして』は読んだ人少ないと思いますが、わりと正統なSFチックな展開と、最後俯瞰の視点で人類のこれからの進歩を見守るエンディングというのは、SF映画の雰囲気がしてて、映画モードに近い。余談ですが、この作品はかつてのSF少年であった富野にとって、『ガンダム』以外唯一宇宙を舞台にする正統なSF作品でもある。


 と、このように、「アニメモード」と「映画モード」という視点を置けば、大半の富野作品は分類できると思います。しかし、今度この基準を『ダンバイン』や『リーンの翼』などを検視するときは、どうしても収まれない感じがするはずです。それもそうです。何故ならば、これが「ファンタジー」と「現実の何か」が共存している「バイストン・ウェル物語」の共通点で、その共通している雰囲気はここであえて「説話モード」と規定してみます。バイストンウェル物語に属している作品は、全部これに当てはまります。

 『ダンバイン』は、「バイストンウェルの物語を覚えている者は幸せである。心豊かであろうから。私たちは、その記憶を記されて、この地上に生まれてきたにもかかわらず、思い出すことのできない性を持たされたから。それゆえに、ミ・フェラリオの語る次の物語を伝えよう・・・。」というほぼ毎回冒頭で聞いたナレーションがありますが、それはまさに全体の物語を最終話のオーラ・マシン浄化のあと、一人地上に残されたチャム・ファウが伝える「物語」と意味するもの。このように、ファンタジー色を持ちつつも現実と接点しているのが、バイストンウェル物語が持つ説話の性格である。

 同じく『リーンの翼(旧版)』もそうだった。日本軍人である迫水真次郎が沖縄上空でバイストン・ウェルに落ちって、戦士になって、そしてやがて死んで、魂が地上に帰って第3の原爆を阻止し、再び愛する人リンレイ・メラディの血脈に回帰する。この「回帰構造」というのも、説話の性格が持っているものです。これと同じく、『リーンの翼(アニメ版)』も最後お墓参りで終わるのも血脈への回帰を語っている(さらにラストの羽が富士山への方向に消えたのも、第1話の富士山につながることを暗示している)。

 『ファウ・ファウ物語』も当然そうであった。メルヘンそのものであり、冒頭のクスタンカの丘の誕生シーンとラストのクスタンカの丘の誕生シーンは、まさに再生と循環を意味するほかありません。『ガーゼィの翼』の冒頭シーンは以上の作品と比べてやや曖昧ですが(注:小説のこと。アニメはわざわざ蝉の死にもがいてるシーンを入れるのが白眉だと思う)、それでも最後クリスの戦い話はやはり物語として伝われています(また、クリスの血もリーリンスに通してバイストン・ウェルに流れ続けることになる)。

 ちょっとだけ例外なのは、『王の心』。この作品はバイストンウェルシリーズじゃないでありながらも、呪術・幽体・異能・あやかし・もののけなどの要素を持ち、最後星々の間に語り継がれる話として完結しますので、説話モードに属しています。


 新版『リーンの翼』はまだ読み終わってませんので、まだ語れませんけど(次の記事で語る予定です)、もう一つ富野の集大成作と言われている作品を語ってみたい。『∀ガンダム』です。
 『∀ガンダム』のラストは、アニメ史上から見ても極めてよくできて、かつ美しく切ないエンディングです。井荻麟作詞・菅野よう子作曲の名曲『月の繭』と映像美で紡ぎだす人々の生き様と命のめぐり来るは、まさに傑作としかいいようがありません。しかしよく考えてみると、このラストは上で語った基準で見ますと、非常に複合的なものだと分かります。
 まず、『ブレン』や『キンゲ』などに共通している、アニメ的な「大団円」要素が持っている。これが『∀』のアニメモード。それでいて、あのアメリカ大陸(劇中はアメリア大陸)のまばゆい風景のコントラストは、まさに古き日の映画の風景ほかならないから、『∀』の映画モードに繋がることを意味しています(事実、『∀』のカメラワークの特徴の一つである「ワイプ」もそれを暗示している)。
 さらに忘れることができないのが、ディアナ様が眠った後、ブラックアウトと共に静かにかかってるBGM(厳密いうと挿入歌だが)「宵越しの祭り」。これは、ビシニティで毎年の成人式の際歌われる唄で、内容は生命の繰り返しを歌うものです。この冒頭にも登場している曲を最後に入れるのは、『∀』のもっとも重要な要素「黒歴史」という記憶の意味を相まって、まさに回帰・循環を語っています。これが、『∀』の説話モード
 ですから、『∀ガンダム』のエンディングはアニメ・映画・説話といった要素を含めた集大成なもので、富野由悠季の作品の到達点の一つと言えます。


 アニメモード映画モード説話モード。あなたも試しにこの視点で富野由悠季監督の作品を見てはいかがでしょうか?

野性時代5月号、富野冲方対談で大ヒット!!

2010/04/16 13:09|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 野性時代5月号、富野冲方対談で大ヒット!!
 先日、『リーンの翼』の発売記念として、野性時代に冲方丁氏と富野由悠季監督の対談が掲載されることを紹介しました。

冲方丁と富野由悠季、「野性時代」にて対談!

 当人である冲方氏も対談後、こんな話を残ったくらいです。

ぷらりずむ黙契録
※本日の一言とお知らせ※
○野性時代誌にて『リーンの翼』刊行記念に富野由悠季監督と対談させていただきました。

○野性時代誌にて『リーンの翼』刊行記念に富野由悠季監督と対談させていただきました。
 野性時代次号にて掲載されます。死ぬほど怖かったよ母ちゃん。
 五年前だったら本当には相手の怖さが分からなかったであろうことが怖かったです。
 とにかく、単純計算で、これまでに、冲方の四十倍の仕事量をしてのけてきた方です。普通はできません。ありえません。富野監督が二十代のとき、上にいたのが手塚治虫です。基準と経験値の絶対量が違いすぎます。それ以外にも、アニメ業界で原作小説という概念をもたらすなど、仕事そのものを創造したりと、監督が果たしてきたことがらの規模をあらためて実感。ただ圧倒されました。
 文芸賞をいただいて浮かれていた気分を、かけらも残さず吹き飛ばして下さいました。
 この特大級の怖さ、なんとしてもにしたいと思います。
 監督の「一言」はぜひ野性時代誌にてご覧下さい。 怖くて書けません。ガンバレ、ライターさん。

 冲方PTSD回避のための脳内イメージお絵かき。先日の富野監督との対談後、『シグルイ』のワンシーンがリアルにフラッシュバックして止まらず、仕事にならないので。リーンの翼をはばたかせる虎である。勝てねえ。

 

リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


 多才の冲方氏をしてこんな言葉を吐くのですが、実際、「野生時代 Vol.78 『リーンの翼』刊行記念対談 富野由悠季×冲方丁 物語構造の構築作法」を称した対談は、このほどインパクトあって刺激なものでした。なので、皆さんも是非一度この二つの作家の対談を読んでください。

―― まず、冲方さん、「リーンの翼」をお読みになった感想はいかがでしたか?
冲方 正直、圧倒されています。単行本4冊、原稿用紙4000枚ものボリュームで第二次世界大戦中の日本、異世界バイストン・ウェル、現代の日本が構築されている。

富野 テレビシリーズの映画をつくったことで、取り扱うべきエピソードを選ぶことに関しては、かなり訓練されたと思っています。今回は「記憶の質量」という考え方で、各章に入れるべきエピソードを選んでいきました。(略)
冲方 「リーンの翼」を読んで、シーンを是か非かで判断していく技術は、僕も時間をかけて身につけたいものだと感じました
富野 映画というものは気分だけでは撮れません。映画は構造でコンストラクションするものなんです。その経験が僕に役に立ったと思っています。

冲方 僕も小説を書くときは構造を意識します。でも富野さんの言葉で一番びっくりするのは「行き当たりばったり」から「構造を意識する」というダイナミズムです。
富野 世間は様式が確立していないと受け入れてくれません。その様式を探しているときは仕事としては、いちばんおもしろいんです。「行き当たりばったり」から「構造」を見出して様式化するというロジックの発見です。

冲方 必要性があるものを是か非かで分けていくと、本当に必要性のある文体がでてくるものだと思います。でも、富野さんの文章は一ヶ所だけを抜きとっても全部がついてくる。文章と内容がわかちがたい。もっと言うと、富野さん本人がわかちがたい。そういう印象が「リーンの翼」に感じました。
富野 そう言われると、嬉しいのと同時に恥ずかしいのね。「リーンの翼」は「富野は27年間でこの程度しか学びませんでした」と告白しているみたいな本に思えて。だから脱稿してから一ヶ月間、ずっと憂鬱なんです。やはり、作家から切り離された固有の作品を書きたかったんですけどね。
冲方 僕がの言葉を噛み砕くと……富野さんはヘラクレス神話みたいに二千年残るものが描きたいんだとおっしゃっているように聞こえるんですが。
富野 目標値を高くおかないと、僕程度の人間には小説なんて書けませんよ。

富野 (前略)今の時代の志では漫画やアニメはダメになってしまうでしょう。才能のある人に来てほしい業界なんです。ですから、そんな心配をしていたときに、あなたの名前を聞いて、一息つけたような気がしたんですよ。
冲方 そ、そうですか。ありがとうございます。
富野 (前略)年寄りは、百人に教えて、その中から自分を追い越してくれる一人の才能を待つ努力をしなきゃいけないんです。そして、才能が現れたときは潰しには行かない。そういう心持ちを作らなければならない。でもそれは口で言うほど簡単じゃないんだよね。手塚先生なんてライバルに対して嫉妬の固まりのような人だったし、僕だって、冲方さんには嫉妬心が湧くから、我慢する努力をしてますモン。
冲方 ……僕はその監督の姿勢を心して見守らせていただきます(笑)。
富野 今日お会いして確信できました。お前みたいなイケメン、やっぱり嫌いだ(笑)!

(自分も買ったんですが、まだ届いていませんので、以上はシャア専用ブログ@アクシズが文字起ししたものです。char_blogさん、ありがとうございます。)

リーンの翼 2リーンの翼 2
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


 この対談を受けて、冲方氏はまたブログでこんな話を残したのです。

ぷらりずむ黙契録
※本日のお知らせと一言※
○野性時代5月号にて富野監督との対談が掲載されております。

野性時代5月号にて富野監督との対談が掲載されております。
野性時代がアマゾンで12位という記録的な売り上げを見せており、ぜひとも「ぶらりずむ」でも「対談記事掲載」の告知を
野性時代前担当。これは「富野効果」でありましょうか。非力ながら人柱としての役目を果たせて本望でございます。

監督がぜひもう一度とおっしゃっております
ニュータイプ富野監督担当者。対談後にて。

  ゜(  Д、 ゜ ) 
冲方丁。対談後のニュータイプ富野監督担当者のご連絡をいただいた際の顔である。


 とても微笑ましい(?)話ですが、実際、「AMARAN」というアマゾンでのランキングの推移を見れるサイトを見ますと、以下の結果が見れます。

20100416114108378.jpg

 発売日4/12だと、最高はなんと12位だけではなく10位です。全書籍のなかでは、これはかなり売れるほうです。今は品切れのため、注文できない状態ですが。


20100416113855878.jpg

 さらに、アマゾンに登録されて発売前の予約段階では、なんと最高は堂々の3位まで上ったそうです。ほかの号の野性時代と比べれば、この号はいかに注目されてるのがわかります。こうなりゃ冲方氏が言ってる富野効果もただの褒め言葉ではないことですね。

リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


 また、冲方氏のブログによりますと、富野監督は冲方氏の才能を認めてるだけでなく、冲方氏にもとても気に入ってるようで、「是非もう一度対談してほしい」というオファーをNTの担当編集に通じて出したんですから、実現する暁には、きっと我々はまたとても刺戟になるような話が読めるのでしょう。

 ですから、ニュータイプさん、いつものようにもったいぶってないで、もっとページ数を割って、6ページか8ページか10ページの対談にしてくださいね!

リーンの翼 4リーンの翼 4
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

GALAC2009年12月号 THE PERSON 富野由悠季インタビュー「ロボットなんて、好きじゃない!」

2010/04/15 22:15|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - GALAC2009年12月号 THE PERSON 富野由悠季インタビュー「ロボットなんて、好きじゃない!」
 今日紹介したいのは、去年30周年記念イベントのガンダムビッグエキスポ終わったまもなく、『リング・オブ・ガンダム』に関するインタビューです。
 このインタビューを読むにあたって、特に注目してほしいのは、このインタビューを読む限り、富野監督は『リング・オブ・ガンダム』という作品にしか興味がなかったに見えるのですが、それはあくまで去年8月くらいの時点のことで、新刊『リーンの翼』で全体主義が語りたい話一部を消化した今、富野監督は新作企画も備えているということです。
 とにかく、インタビューを紹介した後、誤解回避という意図を含めて、少しだけ自分の意見を述べさせていただきます。

ロボットなんて、好きじゃない!

――富野監督は「機動戦士ガンダム」という、日本のアニメを転換させたと言っていい作品を作り出したわけですが。

 「僕はアニメをやろう、ロボットものを作ろうなんて毫(ごう)も思ったはない。テレビマンガなんていうどうしょうもないところにしか行けなかった絶望感の中で、目の前にあるものを自分の理想に近づけようとした。何か映画的なもの、フィクションからリアルを語っただけ。『海のトリトン』でテレビマンガにだって何か使命がある、ただ怪獣やっつける坊やの話でいいわけがない。そう思ってなあなあで済まさずにやってみた。そうしたら映画たりうる語り口を持てたんです。
 オリジナルのストーリーをやるにはロボットものしかなかった。他のものだと原作があるでしょ。ガンダムはリアルロボットものと云われるけど、それはロボットじゃない部分がリアル。たとえば『人口増でこのままでは地球が滅びるから皆殺し作戦をやった』なんてアニメだからフィクションだから言えること。これ本当のことでしょ? でも選挙の公約になんかできない。フィクションからリアルを語ることができる、そういう媒体にガンダムはなった。だから受けてが自分のリアルな部分で共感できる。それが『リアル』ロボットものということでしょう。それが、僕がやったことなんですね。
 ガンダムの場合は、きちんと世界観や背景を想定して、しっかり汎用性のあるオープンなものを提供できた。僕はその世界観のなかでカメラ前に来たキャラクターを追った感じ。世界観は相当にきちんと考えた。中途半端な作品は作家がいい加減な世界観で囲い込んでしまうし、それが日本でほとんどだけど、ガンダムはそれをやってない。だからみんながいろんなことをその世界でやれた。僕自身も『∀ガンダム』ではみんなが作ったガンダムを包括することができた」

――それがガンダム世界のおおきな魅力ですね。さまざまな歴史やドラマをファンが語れるという。

「まあただ、一〇人のうち七人はモビルスーツに惹かれるでしょ。リアルにわかってくれるのは一、二人。それが現実ですよ。そこに向かってどう物語を紡ぐかなんです。僕自身のボキャブラリーは『∀ガンダム』でもう尽きたと思っていました。でも、偶然ハンナ・アーレントという政治哲学者を紹介する本があって、題名がかっこいいので(笑)読んじゃったんですが、ドイツのユダヤ人。ナチスに迫害されてフランス、アメリカに亡命して、全体主義がなぜ生じるか考え、一九七五年に亡くなったんですが、その言葉遣い、ロジックにビックリ。そうか! そういう言い方があったか! 感覚的に思っていた事柄を言葉にされてスーッとはいってくる。これだけの見識はまさに今の政治家たちが知らなきゃいけないことでだ、この人の言葉をなんとかみんなに伝えたいと思ったんです。それがで今勉強してるんですけど、これをやりたい。『なんでガンダムでアーレントなんだ?』って今の大学で政治を学んでいる若い人がひっかかって考えてくれたら、間違いなくその人は次の日本を支えてくれる人になる、そう確信したんですよ」

――あの『リング・オブ・ガンダム』がそれですか?

「そうです。実はアーレントが亡くなってから三十年すぎた今、世界は彼女の不安通り。全体主義の中では誰にも責任のないまま戦争が起こる。9・11以降のイラク戦争がまさにそう。いまだに戦犯・責任者のいないまま戦争してる。そしてテロです。独裁者も出ないような閉塞感のなか、感情的憎悪だけがテロを生む。これは増加する。まさに今、そうなんです。
 あの月の周囲の広大な建造物リング、数百年後の廃墟です。全体主義が地球を滅ぼした。このままだと一体どうなるのか、ガンダム世界から伝えたい。アーレントおばちゃん、あんたをガンダムで有名にしてやるよ、そう思ってますね(笑)」

――人類はだめになるんでしょうか?

「僕も随分一生懸命考えた。アーレントも解決策を悩み抜いた。でも彼女は絶望のまま亡くなったにんです。彼女に、フィクションで考えるなら、こういう理想的姿もあるかもよ、と言いたいなと思う。リングはまだストーリーも考えていませんが、コンセプトと心張り棒はしっかりできてる。リングの二本立てと、もう一つ、リングは五百年も先の話だから、そこへ向かうまで。全体主義のニオイがする世界の話を企画として持っています。もう語ることはないかと思ったんですが、アーレントと出合って、命ある限りやることが見つかった」

――それは映画でしょうか、それともテレビで?

「テレビって一話二十分として十三回でも七時間以上。大作映画なんですよ。ただ毎週消費するようなつくりじゃだめ。そんなもったいないこと誰がするか。編集して何本かの映画になるように作るものですね。
 どちらにせよ目指すのはたとえばブロードウェイの芝居。一本をロングランにするでしょ。そういうエンタテイメントショーを作りたい。みんなで何度でも見るもの。一度見ただけでわかるようなのはつくらないぞと。そのストーリーを通じて、日本がまたみんなが一生懸命考えて判断できる社会になってくれれば。そう思っています」



ガンダムの場合は、きちんと世界観や背景を想定して、しっかり汎用性のあるオープンなものを提供できた。

 これがまさに富野由悠季という作家がガンダムコンテンツに提供したもっとも大きいものです。広がりが含まれている世界。ガンダムシリーズは数多く作られていますが、一番揺るがしがたい世界はやはり富野が何作もかけて作った宇宙世紀ですし、ほかのガンダム作品は人気作も少なくないが、世界観はどうしてもそのシリーズしか通用しないことを考えれば、やはり一番「他人に共有できるガンダム世界観=コンテンツ=商売のネタ」を作れるのは、富野監督本人です。


この人の言葉をなんとかみんなに伝えたいと思ったんです。

 富野監督がこの2年の間アーレントに傾心しているのは周知の事実ですが、意気込みの一方、「それじゃ説教的になりすぎない?」と疑問を持つ人もいるかもしれません。しかし、今までの富野監督の作品にかける方法論から見れば、テーマやコンセプトを持つことは悪いことではなくて、むしろ今までどの富野作品でも見られるものです。言い換えると、しっかりしてる脚本さえあれば、別にテーマ先行という憂いにはなりません。それに上も言ったとおり、このたび発売された『リーンの翼』のなか、富野監督はすでにこのコンセプトを一部に試したんですから、そうなればもっと扱えるはずです。ですから、全体主義というご大層なコンセプトを掲げているからといって、固い作品になることを心配する必要がないと思います。


リングはまだストーリーも考えていませんが、コンセプトと心張り棒はしっかりできてる。リングの二本立てと、もう一つ、リングは五百年も先の話だから、そこへ向かうまで。全体主義のニオイがする世界の話を企画として持っています。

 この話は2009年8月時点の話なので、今の『リング・オブ・ガンダム』の企画はどうなってるのか分かりません。しかし、今の富野監督が持っている企画とは別の話という可能性もあります。
 「リングの二本立てと、もう一つ」という話はおそらく構想だけに過ぎませんので、いささか意味よくわかりませんけれど、たぶん『リング・オブ・ガンダム』の世界観で二つの作品を作る、もしくは一本『リング・オブ・ガンダム』、もう一本『リング~』に向かうまでのストーリー、つまり『プレ・リング』みたいな話だったかもしれません。


テレビって一話二十分として十三回でも七時間以上。大作映画なんですよ。ただ毎週消費するようなつくりじゃだめ。そんなもったいないこと誰がするか。編集して何本かの映画になるように作るものですね。

 これは一見テレビお断りという話に見えますが、実際はそうではありません。テレビアニメは毎週に流すようなものでしたら、テレビ放送にしか適えない質で作らずに、編集映画(まあ、富野監督というかサンライズお得意なツギハギ映画ね)としても流せるものにしたい、という意思表示に過ぎません。


どちらにせよ目指すのはたとえばブロードウェイの芝居。一本をロングランにするでしょ。そういうエンタテイメントショーを作りたい。みんなで何度でも見るもの。一度見ただけでわかるようなのはつくらないぞと。

 これはつまり富野監督の理想の一つである「何度でも見れる作品」というものですね。逆に、富野監督は「一回見るだけわかる作品」という理想もあるようですが(原恵一氏との対談などで)、個人にとっては、やはり「一回見るだけわかる、さらに何度でも見れる作品」というものを富野監督につくってもらいたいですね。

最近のいくつかの日常話

2010/04/14 15:57|日常話TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 最近のいくつかの日常話
 とりとめのない話をいくつかを。とはいえ、やはり富野由悠季監督と関係ある話ばかり。しかし、最近ブログを書く意欲は何故かないなぁ…。


 最近『リーンの翼』を読んでいます。第1巻のためのメモはとってありますが、内容が多くてどうやって整理するのがまるで分かりません。今はとりあえず模索中なので、本番まではもう少し時間かかりそうです。というか一々旧版と合わせて読んでいますから、未だに100ページ強しか進まなかった。なんかしんどいな…。

リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る





 そんで、第3巻の現代パート(ロウリのテロまで至る道程)ですが、これはもう富野監督のここ数年のありとあらゆる思考を詰め込んだ内容なので、この第3巻の理解を増やすためにも、ちょっとだけリストを作りたいです。メモとってないからあくまで記憶頼りだが、とりあえず以下の三冊を読んで欲しい。

リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


教えてください。富野です教えてください。富野です
(2005/05/23)
富野 由悠季

商品詳細を見る


帝国以後―アメリカ・システムの崩壊帝国以後―アメリカ・システムの崩壊
(2003/04/30)
エマニュエル トッド

商品詳細を見る


なぜアーレントが重要なのかなぜアーレントが重要なのか
(2008/09/24)
E・ヤング=ブルーエル

商品詳細を見る





 それから、よっぽと業績がいいのか、1年弱で台湾に2分店も構えてるジュンク堂(忠孝分店)は何気迷ったか(失礼)、なんと一気に『映像の原作』を7冊も入荷してある。『映像の原則』はキネマ旬報社さんの出版品のなかでも売れるほうとはいえ、もうすごいとしか言えません。
 それでいて、なぜ『リーンの翼』を入荷しないのですか! ひどい! 買いたい人ちゃんといるのに!

映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)
(2002/02)
富野 由悠季

商品詳細を見る





 あと、波のまにまに☆のアニメ・特撮のゆる~いコラム波のまにまに☆さんは最近バイストン・ウェルシリーズのアニメ作品に関する記事を書いておりますが、その量も質もとてもいいものなので、皆さんも是非一度読んでみてください。アニメということなので、比較的にマイナーな『ダンバイン』OVAや『ガーゼィの翼』も取り上げてくださるのが嬉しいところです。

OVA「聖戦士ダンバイン」~なんか、足りなくね?~
「ガーゼィの翼」~バイストン・ウェルに行きたいかっ!~


バイストン・ウェル物語 ガーゼィの翼 コンプリート・コレクション [DVD]バイストン・ウェル物語 ガーゼィの翼 コンプリート・コレクション [DVD]
(2000/11/24)
岩永哲哉岡本麻弥

商品詳細を見る


『リーンの翼』新旧版章節変動・統合一覧

2010/04/12 23:55|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 『リーンの翼』新旧版章節変動・統合一覧
 『リーンの翼』の旧版と新版の章節変動ならびに統合について、一覧表を作りました。何かご指摘がありましたら、是非コメントを寄せてください。

『リーンの翼』各章タイトル
『リーンの翼』新版各章タイトル

 

旧版章節旧版タイトル新版章節新版タイトル
(第1巻)(第1巻)
(削除)
Iオーラ・ロード1オーラ・ロード
II勇者アマルガン・ルドル2ミン・シャオの逆襲
IIIミン・シャオの逆襲
IV街の夜3町の灯
V4
VI報復の血
VII聖戦士5聖戦士の居場所
VIIIコラール・シーへ
IX海賊6海賊
X機銃7ガダバの機関砲
XIガダバの軍艦
(第2巻)
XII荒れる海8集結
XIII集結
XIV城掛り9城掛かり
XVリンレイ・メラディの城10リンレイ・メラディ
XVI接敵11ガダバの前哨
XVIIガダバの前哨12人質の楯(途中から)
XVIIIデダン・バランダンの狂気
(第3巻)
XIX海の声13ゲルドワの噂
XX再会
XXI徒党
XXIIゲルドウの風14追って来る者
XXIIIミン・シャオの怪
XXIV追撃15追撃戦
XXV穴の中16穴の中
XXVIカタビタンの胎動17カタビタンの胎動
XXVII18
(第4巻)
XXVIIIスィーウィドーのこもれ陽19スィーウィドーの狭間
XXIX閃光
XXX血の騒ぎ
XXXIファイアー20火の水の砦
XXXII青年二人
XXXIII竜の脚21竜の脚
(第2巻)
XXXIV揺れる大地22揺れ地
XXXV惨殺という景色
XXXVI朝のあたたかさ23リンレイとアンマのあいだ
XXXVIIアンマ
XXXVIII靴の翼24靴の翼、海へ
XXXIX海の壁
(第5巻)
XL翔べない戦士25翔べない戦士
XLIミラヤマ26ミラヤマ
XLII二人だけ27ふたりだけ
XLIII見えない敵28フェラリオの刺客
XLIVノストゥ・ファウ
XLVワムの宿29ワムの宿
XLVIダッタンバヘの狼火
XLVII憂鬱30蠢動
XLVIII蠢動
XLIX低い雲31低い雲
Lサンダル32前衛へ
LI前衛
LII夜明けから33夜明けから
LIIIあぶりだし
LIV厚い盾34厚い盾
(第6巻)
LVシュムラ・ドウの首35シュムラ・ドウの首
LVI空中戦36空中戦
LVIIミラヤマ37ミラヤマとゴゾの夢
LVIIIゴゾ・ドウの夢
LVIX夜から昼へ38蜜月から抜けて
LX胸に血
LXI王と拳銃39王とノストゥと
LXII異世界人
LXIIIダーナとダム40ダーナとダム
LXIV床山の名誉41名のあるところ
LXVアマルガンとリンレイ
LXVIゴゾの前42ゴゾの前の闇
LXVII闇の底
LXVIII茶の時間43ベッカーラの炎
LXIXベッカーラの炎
LXX地上44地上


  簡単な法則として、だいたい「旧版の2章=新版の1章」という計算ですが、明らかに比重を置けて、旧版のボリュームと同等する新版の章節もあります。
 また、新版の章節のタイトルもだいたい旧版の2章のタイトルの統合(たとえば「Ⅹ 機銃」+「ⅩⅠ ガダバの軍艦」=「7 ガダバの機関砲」)ですが、もちろん違うのもあります。
 とにかく、こうしてみれば、富野監督の比重を置ける部分を検討するうえにも通用できますので、もし新版の前2巻を読み終わったら、こういう思考をしても面白いなんじゃないのかと思っています。

リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る


リーンの翼 2リーンの翼 2
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

最近のアニメとか富野監督の新作企画とか

2010/04/12 00:00|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 最近のアニメとか富野監督の新作企画とか
 最近、富野監督は新作企画を進んでるといっています。ファンとしては当然一刻もその新しい企画が通すのを願っていますが、正直今のご時勢だと、富野監督の新作といえども、なかなか通らないのが今の日本アニメーションの台所事情なので、個人はどうしても心配せずにいられません。
 以下は、個人が最近のアニメの風潮からいくつか富野監督の新作企画とぶつかりそうなポイントを割り出した話ですが、これの両方の妥協については、制作スタジオと富野さん本人が互いにやるべきことだと思います。




かっこいいロボット
 ロボットが登場する作品だったら、これはあって当然。プラモ・おもちゃや周辺商品売る必要がありますから。
 何せ、サンライズ制作だとロボット付きはほぼ必然のことで、キャラ中心の群像劇である『コードギアス』も、何故かロボットアニメになった『アイドルマスター』も、最後まで路線があやふやの『宇宙をかける少女』もみんなそう、富野作品とて例外はありません。
 かっこいいデザインはとにかく一つのフックになるので、未見者にも視聴者にも不可欠なものと言えます。

 それはそうとして、別にカッコいいデザインを嫌うわけではありませんけれど、近年の富野作品ではいまいち王道的なデザインが見られないため、奇をてらう印象を与えているかもしれません。
 ただ、『ブレンパワード』、『∀ガンダム』、『キングゲイナー』を見る限り、確かに富野監督は機能性や特徴を持つデザインを求める節がありますので、逆にいえばそのかっこいいデザインと機能性を持つデザインを融和すれば、両方の要求した「格好よくて、劇にも使える機能性をもつロボット」を登場させることも不可能ではないと思います。


美少女
 主人公や男性キャラの造型も当然重要だが、美少女ありきは未だに厳然に存在している風潮なので、フォローしないといけません。当然、昔からカワイイ子は注目集める点は変わりないのだが、美少女はほぼ「作品の顔」として作用してることになってる今だと、とにかく美少女的なデザインが重要。場合によって声優の人選より重要なのかもしれません。

 昔はロボットだけが縛りだったのですが、今だと美少女も厳然な作品を作るうえの縛りなので、これをきちんと富野監督に認識させる必要があります。富野監督としてはそれなりの拘りがあるかもしれませんが、王道(美少女的な何か)を抑えるうえに、また何か新しいものを付き加えるのはまさに富野監督の十八番ですし、方法論としては今までロボットアニメでしてきたこととまったく変わりませんので、うまく説明してくれれば、「富野美少女アニメ」もまた実現性があると思います。


子供向け
 富野監督は一昔前では子供向けの作品に作りたいといいまして、最近でも似たような話をしましたが、サンライズ的でいえば、近年の富野非ガンダム作品は全部「ハイエンドワークス部門」に属していますので、もし富野監督は純然な子供向けを作りたい仰ったら、たぶんサンライズは難色を示すでしょう。
 当然、富野監督は昔からいろんな演出経験があったため、子供向けを演出することができないこともない。
 が、まずテレビ全体の環境で言っても、少子化のため子供向け番組そのものは減少してる傾向ですし、サンライズ的で言っても、なかなか子供向け作品は今じゃ『ケロロ』など一部以外作りにくいですから、子供向けで富野監督を起用するのは、実現性は高くないでしょう。
 それに、これが富野監督自分自身しょっちゅう言ってる話ですが、エンターテイメントなら、娯楽なら、子供も大人も楽しませるべきものなので、まずジャンル分けする必要はないでしょう。実際『キングゲイナー』を見て楽しんでいた子供たちは少なくないので、今まで通りでやればいいと思います。

 逆にいえば、これは制作スタジオについてもそうです。富野監督はよく子供向け作品といってますが、実際目指しているのは「子供にも大人にも伝える作品」です。となると、実際普段の富野作品と何らか違いもないので、富野監督の言葉に釣られて「本気で子供向けを作りたい」と惑わされる必要はないですし、あえて子供向けを作らなくて、普通の作品としてみればいいのです。正直、ここで揉めることはないと思います。


ガンダム
 今の富野監督は「ガンダム」にもう興味ないという風説を意図的に散布してる輩はいるようですが、機会さえあれば『リング・オブ・ガンダム』を作りたい富野監督ですから、ガンダムを作りたくないというのはまったくのデマです。
 とはいえ、ガンダムじゃないほうも選べるならば、そりゃ富野監督も非ガンダムを選ぶでしょう。しかし、本当に作品作りたいのなら、ガンダムでも何でも新作を作らせてもらえる機会があれば、ありがたく掴むべきなのでしょうけれど。
 富野監督はそんなに甘いとは思えませんけれど、仮に本当に「ガンダムじゃないものしかやらない」とか、「ガンダムならいや」というのなら、はっきり言って甘えなんです。今のご時世だと企画が通う機会があるだけではマシですから、これを富野さんにきちんと認識させる必要があります。
 宇宙世紀じゃないガンダム(『リング・オブ・ガンダム』とか)。新しい時代の宇宙世紀ガンダム。既存作の穴埋め的の宇宙世紀ガンダム。いろんなガンダムがあって、作り手にとってモチベーションもやりがいも違うでしょうけれど、結局作品を勝ち取るほうがいいわけなんですから、新作であるチャンスさえあれば、ガンダムでも掴むべきだと思います。




 結局、サンライズは最近堅実な出来の中堅作品が少ないので、まだ利用価値(商業価値)がある富野さんを監督として利用すべきですし、富野さんもまた作品を作るうえ、一番大事なのはまず企画を通すことをきちんと認識すべきです。つまり両方が互いに妥協し合うほうこそ、両方利益の最大公約数を割り出す最善の策だと思います。
 そういう意味では、富野さんは変に自分の作りたいものを拘らせず、まず「企画を通せば」という押井的方法論くらいを使うべきですし、サンライズもまた富野さんを監督まで押し上げて、もう降ろせない状況にしてから、半端強引にスタジオとスポンサーがほしいものを強行するくらいの胆力を身に付けるほうが、全体の企画や新作の進展に良き影響を与える気がします。別に他人を騙すことではなく、ごく正当な社会的技能ですしね。

少しだけ杉井ギサブロー監督

2010/04/10 14:21|未分類TRACKBACK:1COMMENT:9
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 少しだけ杉井ギサブロー監督
 このブログは主に富野由悠季監督のことを取り上げるところなので、ほかのアニメ演出家についてあまり語っていませんけれど、実をいいますと、個人は杉井ギサブロー監督もとても尊敬しています。『悟空の大冒険』『どろろ』『銀河鉄道の夜』『タッチ』『陽だまりの樹』『あらしのよるに』などをはじめ、数々の素晴らしい作品を手がけておる杉井さんは演出・監督の繊細なセンスを遺憾なく発揮して、そのアニメーションそのものに対するセンスの高さは、ひょっとしたら今日本最高峰と言われている宮崎駿監督よりも高いかもしれない、というのが自分の考えです。

 そんな杉井氏の作品のなか、実はかなり好きなオープニングは一つあります。それが1969年『どろろ』のオープニングです。初見のとき、文字通り「体中が震えた」という感じです。こんなオープニングは、自分の記憶のなかでも数えるほどしかなかったので、あの『どろろ』の世界観と杉井エッセンスが濃縮してあるオープニングは、今でも40年前以前の出来とは思えないほど輝いてると思います。

 で、ここでは杉井監督本人がこのオープニングに対するインタビューを紹介します。

杉井ギサブロー
(オープニング1・エンディング演出)


 オープニングはね、本来は「どろろの歌」とは別の曲がついていたんです。すごく重厚なコーラスの曲で、映像もちゃんと音楽の長さに合わせて作られていました。
 僕は冨田さんにね、何よりまずオープニングの曲を作ってくれ、と依頼していると思うんですよ。その曲自体が『どろろ』という作品のテーマがあるわけだから、出来ればそれをスタジオの中に流したい、と考えたはずなんです。『銀河鉄道の夜』の時もね、細野(晴臣)さんに出来ればテーマ音楽だけは先に作ってくれないか、とお願いしましたから。実際にそのテーマ曲をスタジオに流しながら、イメージを浮かべして映画を作っていたんです。
 オープニングというのは、見た子供たちが「面白そうだ」と思えるようなものである必要があるんだけど、同時にこの番組はこういう世界観で作るぞ、という監督のメッセージにもなっていなければならない。実はこれ、有名なデザイナーであるソール・バス(1921~1996年)の影響なんです。
 あの人が日本へ来たときに、講演を聞きに行ったんですよ(編者注:1960年、世界デザイン会議のための来日)。そのとき、「オープニングのタイトルバックを作るとき、自分はその短い時間のなかで映画の全部を語りたいと思っている。自分のタイトルバックは、そういうつもりで作っている」という話をされたんです。そのあとに、たまたま日本に輸入されていない、ニューヨークの裏町をドラマにしたタイトルバックを上映したんですよ。ハーレムの一角の塀の上を、猫がただ歩いているだけなんだけど、これがスローモーションで、まるで猫が豹のように見える。ゆったりと、ワンカットでピョンと飛び上がったりしてね。ただそれだけのタイトルバックなんですけど。映画の内容というのは、ハーレムの若者のドラマなんです。
 ソール・バスのタイトルバックってすごいな、と思いました。確かに、ソール・バスが感じたであろう映画全体のイメージを、猫の映像を使って表現している。これが僕にはとても強烈だった。以後、僕は映画のタイトルバックというのはそういう仕事なんだと確信するようになり、自分で仕事をする段になったとき、オープニングは可能な限り自分で演出するように心がけました。視リールのコンセプトは全部オープニングにつめ込む。そうすることで、スタジオに対しても視聴者に対しても、一番シンボリックに伝えられるんじゃないかと。これはまさにソール・バスの講演を聞いて以来ですね。
 そんなわけで『どろろ』のオープニングも、僕なりの作品観をこめたものになっています。農民一揆の絵をもり込んでいるのは、僕がどろろのやろうとしていることを”革命”としてとらえていたことの表れですね。貧民から生まれた子が、世の中を変えようとする、立ち上がっていくシリアスの物語と考えていたのです。僕がこの時期、『どろろ』をやりたかった大きな要素は、やはり時代性だと思う。世の中変わらなきゃ駄目だ、という思いは真面目にありました。僕らは運動家でも何でもなくアニメを作っているわけだけど、それだって社会の一行為、時代性にまったく関連がないわけじゃない。たとえば人の価値をお金で計る、みたいな風潮に対して反発あったし。仕事を通じて、身近なところから物事の価値観を改革していこうと強く思っていましたね。

 こういう監督だからこそ、「作品」と呼べるほどのアニメを作れるとつくづく思います。話の内容や方法論は実は富野監督が話していることもかなり共通してますから、やはり一流には一流なりの拘りを持っているものですね。






 杉井監督の演出の「静」と「動」のメリハリはたまらん。あと、やはり富田勲氏の音楽は素晴らしい。


どろろ Complete BOX [DVD]どろろ Complete BOX [DVD]
(2008/07/23)
手塚治虫

商品詳細を見る

リーンの翼新版は、富野由悠季の集大成である…なのか?

2010/04/10 00:16|富野作品感想TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - リーンの翼新版は、富野由悠季の集大成である…なのか?
 『リーンの翼』はまだ読み終わっておりませんが、その内容はもう著者富野本人が語ったとおり、現時点作家としての集大成というような気がします。これは、決して誇張でもなんでもありません。

 自分の視点でいえば、まず「小説」という形から入っています。富野監督は小説作品ごとに新たなジャンルを試し続けてきましたが(たとえば『万丈シリーズ』の活劇アクション探偵もの、『アベニールをさがして』のジュブナイルSF冒険物語とか)、この作品も例外じゃない。第3巻の途中まででいえば、「一人の王の誕生」「建国物語」が今までの富野小説では見られないものなので、これがその新しいところ。
 それでいて、バイストン・ウェルシリーズが特有の「現実と虚構の交差」というのもちゃんと持っています。今作特有なものでいえば、やはり何より矢藩朗利を中心に展開されたネットコミュニティに対する描写であろう。さらに、21世紀の動きにほんの少しばかりのフィクションを混じって、読者に投げ出して問いだすのも今回の特色である。
 もちろん、バイストン・ウェルでおなじみの「オーラバトラー」要素も、もちろん第3巻と第4巻にはありますし、そのオーラバトラーの開発系譜もやはり『オーラバトラー戦記』に彷彿していて、男の子の心をそそる描写が健在しています。
 あと、違いでいえば、迫水真次郎もまた格別である。富野作品のなかで(最終的に)一番年上で、唯一結婚までして、しかも子供まで恵まれた主人公でもある(『ベルチル』のアムロさんの子はまだ赤ちゃんなのでノーカウント)。

 また、バイストン・ウェルシリーズ以外のほかの富野小説との関連でいえば、みんなで意見を出しながら試行錯誤を重ねて国家とオーラマシンの開発をしている姿は『アベニールをさがして』と似てますし、第4巻まで読んでないけど富野小説最高傑作の『王の心』と同じ匂いを持ってますから、現時点いろいろの集大成であることはほぼ間違いない様子。




 もっとも、個人が一番嬉しいのは、富野監督がはっきりこの作品で去年からハマってる「全体主義」と「ハンナ・アーレント」を臆面もなく使っちゃったところです。それも、2ちゃんねらーかブロガーの口を借りて、ほとんど鵜呑みにした形で出していた。これについて、たまらなく嬉しかった。
 何故ならば、それは「ああ、これでこれらのコンセプトを新作のアニメに使うときは、もっと洗練で多層的になるだろう」ということ極めて重要なことを意味してます。昔富野監督は小説という場を持っていたため、まだ小説でそういったアイデアや表現したいことを発散することができましたが、近年では小説を書かなくなったため、毒を発散する場も失われた。アニメ版『リーンの翼』はすごい作品ですけど、前のシリーズ作『キングゲイナー』と間が空いたため、いろいろ詰め込みすぎになっちゃって、結果消化不良という感触が多少持っている出来となった。
 なので、あえて誤解させるような書き方しますと、こういう全体主義とアーレントの毒をドバドバ吐く(正確的いうと、「検証」だが)場所があるのが、富野にとってとってもいいことです。

 さらに、自分が立てた「富野は一度新しいアイデアを小説で試してからアニメに使う」という仮説を側面から証明してくれたことです。ですから、そういう意味では、この『リーンの翼』新版は富野由悠季の創作キャリアのなかでは、とても欠かせない一本だと思います。

ただいま『リーンの翼』第1巻と第3巻の途中

2010/04/08 16:29|富野作品感想TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - ただいま『リーンの翼』第1巻と第3巻の途中
 というわけで、私もいよいよ『リーンの翼』新版を読み始めました。ひびのたわごとの子犬さんや雑魚兵士的Blogのザコソルジャーさんを含めて、かなりの人が完全版と呼んでいるのですが、私はあまりこの呼称が好きではありませんので、大抵「新版」で呼んでいます。

 もちろん、角川書店のガンダムエースに掲載されている宣伝ページなどでは大きく「完全版」と記していましたけど、今回発売されている4冊の正式名称はあくまでも『リーンの翼』なので、こちらも著者の意を掬いながら、一応の区別で「旧版」と「新版」で呼んでいます。それに、2000年~2001年発売の『オーラバトラー戦記』もやはり昔のままの『オーラバトラー戦記』という呼び方ですが、当時角川の宣伝では、やはり「完全版」と呼んでいましたので、そうなれば、作者の意思と関係ない名称を取り入れることをせず、意地でも「リーンの翼 完全版」を呼びたくありません。


 それはそうとして、とりあえず読み始めました。しかし、旧版にあたる部分(第1~2巻)は片手新版、片手旧版、さらに足の間にノートを挟むという面倒くさい読み方をしてますので、進展は遅い。5日でやっと旧版の2巻の途中くらい。
 なぜこんな特異な読み方をしてるというと、もちろん旧版と新版の読み比べをしたいです。細かい文章の追加や削除は無視しています。無視しているが、やはり全体に影響する変更が激しいというか枚挙に暇がないなので、どうしても読むスピードは落ちる。それに、子犬さんの仰るとおり、前半はおそらく富野監督がいかに文章を簡略したいあまりに、その業務処理に腐心したせいで、簡略な文章をできたものの、かえって文そのものの読むテンポを悪くした感じがしないでもありません。これは自分にとってひっそり悲しいんでいるところ。
 まあ、とにかく、違う箇所と大きな変更は一応メモとっています。ブログにも掲載します。シャア専用ブログさんみたいな化け物級の人物でもメモを取るつもりですから、はっきりいって釈迦に説法で恐縮ですが、それでも自分なりの感想は述べたいですので、そのときはまたよろしくお願いします。

 詳しい感想は全部読み終わってからするつもりですが、何かご意見ご感想や聞きたいことがありましたら、是非コメントしてください。


 一方、読み比べは疲れてますので、息抜きのため、第3巻もあわせて読み始めました。当然、1~2巻はまだ終わっていませんので、この迫水にちょっとギャップが感じますが、それでも第1巻の1/3くらい読み終わりましたから、あの敬語を使ってる迫水からもだいたい想像がつきますから、読んでも消化不良に陥りません。
 しかし、この第3巻がいざ読み始めたら、困ることもあります。それは面白すぎるからです。第3巻のホウジョウの建国物語とエイサップの現代パート(というより朗利がメインという気も)という世界も時間の流れもまったく違う二つの部分が交互に語られていて、それでいてだんだん近づくという構成は、本当に読者を魅せるものです。また、ロウリくんがブログや2ちゃんねる(!)に通じて自分の知識を増え、アイデンティティを固める過程も、まさに現在だからこそできたものです。そういう意味では、普段富野監督がいつも話している原理原則とまったくブレていませんので、読んででも説教どころか、非常に刺激で面白いものです。

 それから、また読み終わっていませんので断定できませんけれど、正直、前半(1~2巻)と後半(3~4巻)は別物だといっていいぐらいの感触を持っている。これについて、正直富野本人もそのような仕分けをしている節がありますし、『リーンの翼』新版各章タイトルを読んでも、一巻・二巻のチャプターは「1~44」に対して、三巻・四巻のチャプターは「第一章~第十八章」ですので、こうしたつけ方から見ても、確かに違いが見れるはずです。まだ全巻読んでないのですが、極端にいいますと、第1~2巻と第3~4巻は違う作品といってもそれほど間違ってない気さえあると感じます。


 なので、旧版持っている方でも、この第3巻と第4巻を強力オススメしたいです。小説版『リーンの翼』の続きでもなく、アニメ版のノベライズでもなく、もうほとんど新しい作品といってもいい内容と出来です。小説家・富野由悠季の小説の方法論や系譜を継承している最新作だけでなく、作家・富野由悠季のこの数年の思想と技術を結晶したようなこの珠玉の大作は、ぜひ一度読んでほしいものです。




リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

太平洋戦争末期、特攻機・桜花に搭乗し、米軍機へと突撃しようとしていた青年、迫水。だがその瞬間、異世界バイストン・ウェルへと召喚される! 人間の想念の源たる地で、あらたな戦乱の渦中となった迫水は!?



リーンの翼 2リーンの翼 2
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

伝説の「リーンの翼」を顕現させたことで、戦乱続くバイストン・ウェルにあって、英雄にまつりあげられた迫水。死にそこない、帰る国を失った意味を求め、恩人・アマルガンの戦に助力し、戦い続けるが……。



リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

迫水がアマルガンから離脱し、独自にホウジョウ国を建国してから数十年。世界のオーラに導かれて、あらたに、現代日本の青年エイサップがバイストン・ウェルに現れる。その足にリーンの翼をみとめた迫水は…!?



リーンの翼 4リーンの翼 4
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

エイサップらの口から、戦後70年を経た日本の現状を聞いた迫水。これが、命をかけて守ろうとした国の姿か!? 迫水は現実世界へと帰還を果たし、自らの運命への復讐を遂げようと…! 壮大なるサーガここに完結。


富野由悠季全小説各章タイトル一覧

2010/04/07 20:26|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季全小説各章タイトル一覧
 富野由悠季監督が手がけた全ての小説の各章タイトルのリンクに一つの記事にまとめました。これをともなって、ブログ左側の「内部リンク」にも追加しました。リンク先の記事はこれからゆっくりベースで修正します。

 以下、は初発表順で並ぶものです。赤字は今の入手状況を示すものです。


1979~1980年 ソノラマ文庫(のちに角川文庫
『機動戦士ガンダム』各章タイトル

1981~1982年 ソノラマ文庫(のちに角川文庫)※絶版
『伝説巨神イデオン』各章タイトル

1983~1985年 『野性時代』に連載、カドカワノベルズに収録(のちに角川文庫)※絶版
『リーンの翼』各章タイトル

1985~1986年 講談社(のちに角川文庫
『機動戦士Zガンダム』各章タイトル

1985~1986年 『月刊ニュータイプ』に連載、角川文庫に収録 ※絶版
『ファウ・ファウ物語』各章タイトル

1986~1992年 『獅子王』に連載、ソノラマ文庫に収録(第1冊のみ獅子王ノベルズも)※絶版
『破嵐万丈』シリーズ各章タイトル

1986~1992年 『野性時代』に連載、カドカワノベルズに収録(のち大幅加筆版は角川文庫から再版)
『オーラバトラー戦記』各章タイトル(上)
『オーラバトラー戦記』各章タイトル(中)
『オーラバトラー戦記』各章タイトル(下)

1987~1991年 『月刊ニュータイプ』に連載、角川文庫に収録 ※絶版
『ガイア・ギア』各章タイトル

1987~1988年 『月刊アニメージュ』に連載(第2巻中盤まで)、アニメージュ文庫(※復刻版あり)に収録(のちに徳間デュアル文庫
『機動戦士ガンダム ハイ・ストリーマー』各章タイトル

1988年 角川文庫
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン』各章タイトル

1988~1989年 アニメージュ文庫 ※絶版
『シーマ・シーマ』各章タイトル

1989~1990年 角川文庫
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』各章タイトル

1991年 角川文庫
『機動戦士ガンダムF91 クロスボーン・バンガード』各章タイトル

1993~1994年 角川文庫
『機動戦士Vガンダム』各章タイトル

1995~1997年 『月刊LOGOUT』に連載(第1巻のみ)、ログアウト冒険文庫に収録(のちにファミ通文庫)※絶版
『ガーゼィの翼』各章タイトル

1995~1996年 カドカワノベルズ ※絶版
『王の心』各章タイトル

1995~1996年 ソノラマ文庫 ※絶版
『アベニールをさがして』各章タイトル

1997年 角川ミニ文庫(のちに角川文庫
『密会』各章タイトル

2002~2003年 『月刊ニュータイプ』に連載、未単行本化
『オーバーマン キングゲイナー』各章タイトル

2010年 角川書店
『リーンの翼』新版各章タイトル

『リーンの翼』新版各章タイトル

2010/04/06 23:18|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 『リーンの翼』新版各章タイトル
『リーンの翼』各章タイトル

 旧版のタイトルと比べてみると面白い。新版1~2巻に当たる部分の統合は近日お伝えします。また、近日各章タイトルの一連の記事を修正したいので、今回の記事もタイトル起しに留まって、ほかの話は後に追加します。




リーンの翼(通称:完全版)
著者/富野由悠季

カバー画 寺田克也
地図 新間大悟
装丁 鈴木久美(角川書店装丁室)


1 オーラロード
2 ミン・シャオの逆襲
3 町の灯
4 剣
5 聖戦士の居場所
6 海賊
7 ガダバの機関砲
8 集結
9 城掛かり
10 リンレイ・メラディ
11 ガダバの前哨
12 人質の楯
13 ゲルドワの噂
14 追って来る者
15 追撃戦
16 穴の中
17 カタビタンの胎動
18 祭
19 スィーウィドーの狭間
20 火の水の砦
21 竜の脚

巻末小冊子「バイストン・ウェルへの誘い1 作家・富野由悠季の世界」
 ○作家・富野由悠季のできるまで 第1回 演出家になるまでの「文章修業」
 ○「バイストン・ウェル」という宇宙



22 揺れ地
23 リンレイとアンマのあいだ
24 靴の翼、海へ
25 翔べない戦士
26 ミラヤマ
27 ふたりだけ
28 フェラリオの刺客
29 ワムの宿
30 蠢動
31 低い雲
32 前衛へ
33 夜明けから
34 厚い盾
35 シュムラ・ドウの首
36 空中戦
37 ミラヤマとゴゾの夢
38 蜜月から抜けて
39 王とノストゥと
40 ダーナとダム
41 名のあるところ
42 ゴゾの前の闇
43 ベッカーラの炎
44 地上

巻末小冊子「バイストン・ウェルへの誘い2 作家・富野由悠季の世界」
 ○作家・富野由悠季のできるまで 第2回 『機動戦士ガンダム』から『リーンの翼』へ
 ○インナースペースとしてのバイストン・ウェル(再録)



第一章 帰還
第二章 テロだって!?
第三章 新国家に生きる
第四章 一軒家でのこと
第五章 オーラマシンのもとに
第六章 原子力空母と一発のテロ
第七章 ホウジョウの名
第八章 戦艦浮上

巻末小冊子「バイストン・ウェルへの誘い3 作家・富野由悠季の世界」
 ○作家・富野由悠季のできるまで 第3回 総集編映画と作ったから書けた第3巻
 ○「マシーン・ザバン(仮)」企画書
 ○リーンの翼 年表



第九章 再帰還・爆縮
第十章 ホウジョウの王
第十一章 地上人のオーラ力
第十二章 王の奸計
第十三章 サコミズ仕掛ける
第十四章 東京湾上空
第十五章 サコミズとエイサップをつなぐもの
第十六章 二十一世紀 サコミズ
第十七章 飽和するもの
第十八章 桜花嵐

巻末小冊子「バイストン・ウェルへの誘い4 作家・富野由悠季の世界」
 ○作家・富野由悠季のできるまで 第4回 「おとぎ話」としての『リーンの翼』
 ○富野由悠季自身によるキャラクターラフ画



注1:各巻巻頭に地図と人物紹介が付いている。
注2:各巻巻末附録に「バイストン・ウェルへの誘い 作家・富野由悠季の世界」というタイトルの16ページ小冊子が付いている。
注3:4冊セットの特典は4冊入りボックスと富野親筆書き下ろしポストカード7枚(内容は1983年当時『リーン』の翼の映画用企画のためのオープニング絵コンテ)。



富野由悠季が語る『ガンダム』のキャラクター論

2010/04/05 14:32|富野由悠季関連TRACKBACK:1COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季が語る『ガンダム』のキャラクター論
 最近『リーンの翼』の読書(1~2巻と旧版の読み比べと3~4巻の解読)は主な用事になりますので、月末までブログの更新は縮小するかもしれません。といっても、更新のペースを止まるわけでもなく、時々インタビューでごまかすだけです。自分の意見などは書きたくなくもないが、まあそんなことをすれば時間が食われるので。

 今回紹介するインタビューは、先々週発売された「カイトVOL1」のインタビューです。はっきりいって総力インタビューと歌いながら3ページしかないのはいかがなものだと思いますし、その内容も既定調和的なものなので、あまり面白くないのですが、それでもいつまでもブレない富野監督の話を聞けるのと、少しだけマンガ分野に絡めた発言はちょっと珍しいといえるのではないかと思います。


世界を動かすキャラクター・クリエイターになろう①
超世代「ガンダム的」なるものの正体
富野由悠季


初回のテレビ放映から30年の年月を越える『機動戦士ガンダム』。
昨年は、リアルサイズのガンダムがお台場に登場するなどの盛り上がりを見せた。
時代に淘汰されない不朽の名作アニメ、その人気の秘密を生みの親に聞いた。




画期的だった主人公のキャラクター設定

――『機動戦士ガンダム』のキャラクターは、時代を超えて大きな人気を集めています。その理由を富野監督はどう考えていますか?

富野 それについてお話するには、まず前提として、『機動戦士ガンダム』という作品は、「作品として評価されたから今も生き延びているわけではない」ということを言わなくてはなりません。『ガンダム』という作品は、芸術として認められたわけではなく、映画興行でその年の第1位どころか上位10位にも入ることもなかった。そのかわりに『ガンダム』は、その時代と深く呼応して、『ガンダム』と世間の中に回路が開いたんです。結果、「ガンダム的なるもの」が世の中に偏在するようになった。そして『ガンダム』を「共通言語」として会話してきた世代が社会の中で発言権を持つようになるにつれ、『ガンダム』のキャラクターが時代を越えられたというのは、そういう現象の中の一つのトピックだと考えています。

――『ガンダム』の主人公アムロは、ロボットアニメの主人公なのに内向的な性格という。当時としては画期的な存在でした。アムロの性格設定なども、やはり時代と呼応した現象の一つだったのでしょうか。

富野 今から振り返ってみるとそういえます。高度成長期の熱血や上昇志向を象徴するのが『巨人の星』の星飛雄馬だったとすれば、アムロというのは、高度成長期後の主人公像なのです。といっても、当時はそこまで時代性については意識はしていませんでした。
 むしろ、当時考えていたのは、専攻するロボットアニメといかに違うものを作るのか、ということです。ただしキャラクターつくりというのは端的に言えば個性作りなわけですから、先行する作品への競争心が根っこにあるのは、すごく自然なことですよね。……そもそもフィクションというのは、自由に作れるように見えて決して自由ではないんです。だからこそ先行する作品に――つまり時代に――異議申し立てをする必要があるという意識はありました。

――フィクションは決して自由ではない?

富野 わかりやすいので時代劇の例を上げましょう。時代劇というのは、歌舞伎を源流とする舞台の流れを連綿と引き継いでいて、殺陣を一つとっても舞台劇の「枠」からなかなか外に出てこない。つまり、自由に作られているのではなく、そういうものをよしとしてきた時代の風潮や枠の中で作られているんです。でも普通に考えてみてください。包丁を手にした人がいきなりこっちを向いただけで、ドキッとするでしょう? あれが真剣に殺し合おうとしている二人だったらどうなるか。そこを普通に考えていくと、人との距離のとり方も変わってくるだろうし、お芝居の付け方だって変わってくるはずです。決して時代劇の殺陣のようになはならない。
 たとえば小池一夫先生の時代劇が新鮮なのは、真剣を手にしたもの同士、人の距離感や振る舞いを改めて捉えていたからなんです。時代の風潮や枠について異議申し立てをしていくことは、作品やキャラクターの個性化においてとても重要なことだと思います。

キャラクターマンとしての”安彦良和”

――すると富野監督はどのようにキャラクターを造形していくのでしょうか?

富野 まず重要なのは「キャラクターを作ろうとしていたら創作はできない」ということです。そういうと、小池一夫賛成のようなキャリアがある方が「キャラクターがスタート起点である」と言っているじゃないか、という反論が出てくるかもしれません。違うんです。小池先生のおっしゃるキャラクター論が優れているのは、「劇」を構成していく時の非常に実践的なHOW TOである、という点なんです。キャラクターを作るにはまず、世界観がぼんやりと固まってきて、こんなドラマをやりたいな、というのが見えていることが必要です。そしてそこからドラマというものを漠然と考えてしまうとどうしても抽象論になってしまう。その時に、キャラクターを軸に据えることで、ふっと具体的にドラマを考えられるようになり、「劇」が構成できるようになる。小池先生のキャラクター論の意味はそこにあって、それはそれで非常に正しい考え方です。でも、だからこそ「どんなドラマを描きたいか」が背後にない限り、使いこなすことはできません。
 最近のフィクションについて、ドラマの不在が指摘されることがあります。それを要は、「劇」というものを忘れて作品の作り手、送り手が「キャラクター論のテクノロジー」だけでなんとかしようとしているからそういうことになっているのでしょう。創作のモチベーションは、言葉通り「モノを語る」ことにあって、その衝動をまず大事にすることに尽きます。ただこれは、はっきり申し上げて教育で教えられることではありません。残酷な言い方ですが、できる人間は最初からできる。そこをテクノロジーでなんとかするという”工学部的”な発想で対応すると、大きな間違いを犯すことになります。これは神奈川工学大学の学生さんも読むであろう雑誌だからこそ、強調しておきます。

――たとえばアムロも、背後に描きたいドラマがあって、それが反映されたキャラクターなわけですよね。

富野 もちろんです。アムロの場合、端的にいうと「人型の兵器になんて乗って、戦争なんかしたくないよね。でも、やらなくちゃいけないんだよね」という葛藤がまずベースにあります。こういう葛藤は、別に「新しい考え方」というわけではありません。
 それまでのロボットアニメでは、そこのところをずっと見ない振りをしてきただけだったんです。時代劇と一緒ですね。でも普通に考えたら、嫌なはずでしょう? そしてそこを意識すると、コクピットに座る時も、毅然と強がって座るなんて芝居はつけられなくなります。
 じゃあアムロという人間は、どうコクピットにいることがアムロらしいのか? そう考えていくことの積み重ねが、「劇」の表現になり、キャラクターを形作っていくことになるんです。そして、この「ロボットに乗りたくない/乗らなくちゃいけない」という根本的な「劇」の延長線上に、『ガンダム』の企画の狙いである「青春群像劇」という大きな「劇」が浮上してくるんです。

――「ロボットに乗りたくない/乗らなくちゃいけない」が、そのまま「社会に出て行かなくちゃならない/出て行きたくない」という青春ドラマの「葛藤」に重なるわけですね。

富野 もしこういうドラマを語ろうという気持ちがなければ、『ガンダム』のキャラクターたちは、もっと普通のロボットアニメの隊員然としたものになっていたでしょうね。それぐらい背後にあるドラマというのは大事です。
 あと一つ、これはまた別の要素になりますが、『ガンダム』で大きかったのは、安彦良和くん(『ガンダム』のキャラクターデザイン、アニメーションディレクターを勤めた)というキャラクターマンの存在ですね。

――安彦さんとのキャラクター作りとはどのようなものだったんでしょうか?

富野 それが、これというやりとりをしたという記憶がないんです。彼に限らず、能力のある人というのは、そんなに言葉を費やさなくても、大事なことはつかみ取ってしまうんです。キャラクターの簡単なプロフィールを渡して「こんどの作品、『コン・バトラーV』(’76)よりはもうちょっとリアルな気分で……」ぐらいの言葉で十分だった記憶があります。さららに安彦くんのようなデザイナーがキャラクターを描くと、10とか20とかキャラクターに新たな要素が追加されているんです。そこまで膨らましてくれるから、演出としては、その要素を拾って新たにキャラクターの「劇」を膨らめていける。これは、マンガ原作者と作画担当のマンガ家の関係にも通じるところがありますね。

――具体的な絵にしていくパートナーがいたことで、さらにキャラクターが深まったわけですね。

富野 よくないなのは、演出家や脚本家が、目の前に出てきた絵に反応しないで、自分の頭の中の予定に固執し過ぎてしまうケースです。それは創作する姿勢とはいえません。「モノ語る」衝動というのは、決して「私の話を聞いてほしい」ということと同じではありませんから。自分の趣味だけで作りすぎないということのためにも、創作の上でパートナーがいることが大事な要素になります。

――富野監督が考える、時代を超えるキャラクター作りの秘訣、というのはなんでしょう。

富野 まとめ的になりますが「複数の才能ある人間が出会い、時代の流れに異議申し立てをした時、時代を超えるキャラクターが生まれる」と言うことはできると思います。そして時代を超えるキャラクターが生まれるかどうかは別そひて、これは実に基本的な創作の姿勢であると思います。



カイト vol.1カイト vol.1
(2010/03)
不明

商品詳細を見る

富野由悠季と『リーンの翼』、産経新聞の【著者に聞きたい】に登場!

2010/04/04 16:31|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季と『リーンの翼』、産経新聞の【著者に聞きたい】に登場!
 富野由悠季のファンタジー大作『リーンの翼』が、今日の産経新聞の読書コラム【著者に聞きたい】に取り上げられました。その話を読みたい方は今日の産経新聞で読めますが、MSN産経ニュースでも読めることができます。


【著者に聞きたい】富野由悠季さん 『リーンの翼』全4巻 - MSN産経ニュース

■リアルな世界を伝達

 30年経(た)った今も不動の人気を誇るアニメ「機動戦士ガンダム」の生みの親。数々のヒットアニメを手掛けた名演出家として知られるが、小説家としての顔も持つ。

 このほど新刊『リーンの翼』を上梓(じょうし)した。ただの小説ではない。全4巻同時刊行されたその分量は原稿用紙5千枚に及ぶ超長編大作。約30年がかりの構想の中から紡ぎ出された壮大な物語は、自身、「ライフワーク。現時点での僕の集大成と言ってもいい」と意気込む渾身(こんしん)作だ。

 3月24日無事に発売された以来、限定セットは順調に売れ続けている『リーンの翼』ですが、最近ネット通販サイトを見る限り、どうやらネット発売分はいよいよ完売したっぽいなので、まだ限定セットを買いたい人ならば、あとは店頭で探すしかなさそうです。

 が、この小説は限定セット云々をぶっ飛ばすそうな魅力を持っています。SFであり、ファンタジーであり、戦記であり、大河歴史であり、青少年読物であり、エンターテインメント小説であるこのどのジャンル分けに収められきれない『リーンの翼』は、愛書家なら是非全巻揃いたい作品です。

リーンの翼 1リーンの翼 1
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

太平洋戦争末期、特攻機・桜花に搭乗し、米軍機へと突撃しようとしていた青年、迫水。だがその瞬間、異世界バイストン・ウェルへと召喚される! 人間の想念の源たる地で、あらたな戦乱の渦中となった迫水は!?



リーンの翼 2リーンの翼 2
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

伝説の「リーンの翼」を顕現させたことで、戦乱続くバイストン・ウェルにあって、英雄にまつりあげられた迫水。死にそこない、帰る国を失った意味を求め、恩人・アマルガンの戦に助力し、戦い続けるが……。



リーンの翼 3リーンの翼 3
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

迫水がアマルガンから離脱し、独自にホウジョウ国を建国してから数十年。世界のオーラに導かれて、あらたに、現代日本の青年エイサップがバイストン・ウェルに現れる。その足にリーンの翼をみとめた迫水は…!?



リーンの翼 4リーンの翼 4
(2010/03/20)
富野 由悠季

商品詳細を見る

エイサップらの口から、戦後70年を経た日本の現状を聞いた迫水。これが、命をかけて守ろうとした国の姿か!? 迫水は現実世界へと帰還を果たし、自らの運命への復讐を遂げようと…! 壮大なるサーガここに完結。



▽続きを読む▽

MAKIDAI(眞木大輔)meets YOSHIYUKI TOMINO(富野由悠季)

2010/04/03 22:22|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - MAKIDAI(眞木大輔)meets YOSHIYUKI TOMINO(富野由悠季)
 体調はあまり良くないので、文字起しだけ。去年の月刊EXILE 2009年7月号に掲載されている眞木大輔氏と富野由悠季監督の対談。ちょうど1/1ガンダムの前なので、富野さんの意見は完成品を見た後の感想と差異がありました。


MAKIDAI meets
YOSHIYUKI TOMINO


さまざまなフィールドで活躍する著名な方をゲストに迎え、メッセージを書いてもらう「タスノート」に、あの『機動戦士ガンダム』を生んだ富野監督が登場! M:AKIDAIはリアルタイムではもちろん、今でも観ているぐらい”ガンダム”の大ファン。リスペクトしてやまない監督と”ガンダム”トークからエンタテインメント論まで、アツくて深いクロストークが展開されました。今回のM:AKIDAIは、かなり少年ココロ全開です!!




MAKIDAI(以下M):はじめまして。お会いにできて本当にうれしいです。今日はよろしくお願いします! 僕は最近、『機動戦士ガンダム 戦場の絆』のゲームをきっかけに子供の頃に観ていたファーストシリーズ(’79年放送)を観るようになって、再びガンダム熱が高くなっているんです。

富野監督(以下T):この2~3年なんですよ、ファーストガンダム世代と言われている今の社会の中堅の人たちに僕の仕事=意味を教えられるようになったのは。それまでは、業界・関係者が盛り上げているような景色ばかりを見ていたから浮かれてはいけないって思っていたので。だからそういう意味ではうれしいけど、困っています(笑)。

M:子供の頃は”今日はどんな新しいモビルスーツが出てくるんだろう”と観ていたんですけど、今だとセリフやそれぞれの人間模様までわかるからよりおもしろいんです。『機動戦士ガンダム』(以下ファーストガンダム)は30年前の作品とは思えないロボットアニメなんですが、どんなきっかけで誕生したんですか?

T:まず、テレビの作品を請け負う=仕事の一環でしかないんです。ファーストガンダムは総監督としては3作目。総監督というのはロボットものでいうとストーリー権を持てるんです。つまり、もともとある話を絵にするのではなく、オリジナルをつくることができる。オリジナルは頑張れば頑張るほど原作が評価されるんです。アニメでいえば、宮崎駿さん、高畑勲さんコンビが当時『アルプスの少女ハイジ』で原作を突破したんです。原作はあるけれども、アニメのハイジはすごいよねと言われて。その時期の作品なんです、ファーストガンダムは。宮崎さんや高畑さんぐらいの実力があれば原作モノをアニメ化できるけど、僕らにはその実力がないということで、オリジナル権を獲得しなくちゃいけない――これがファーストガンダムの原点。当時、巨大ロボットモノのジャンルはアニメの中では最下等。おもちゃ屋の宣伝番組とされて人気があった番組でも原作者だけが評価されて、作品論になるようなことは何もなかったんです。『宇宙戦艦ヤマト』もありましたが、それを超える、巨大ロボットモノでできるわけがないと思いながらもチャレンジするのがまず基本にありました。そして、SF映画をつくりたいとも思っていました。だからつくりたいモノをつくるという発想ではまったくないんです。

M:そうなんですね。僕らにしても権利というある程度の枠がある中で、いかに自分たち発信で形にしていくことができるか、常にチャレンジしています。

T:EXILEはそれだけじゃないでしょ。去年はこう活動したから今年はこう見せる。手を替え品を替えということを上手にやっている。僕は仕事がない時、実は好き勝手にやればいいって思っていたんですよ。だから仕事の場があったから、ファーストガンダムはできたと思っていて。何でモビルスーツという単語をつくったかというと、巨大ロボットと言われないため、ロボットという単語を使わないようにするにはどうしたらいいか、考えたんです。

M:うわー、すごい! 僕らの世代からすると、ロボットよりモビルスーツという単語の方が頭にありますから。

T:でも、テレビ版を再編集した映画をつくったんですけど、その1本目の時は関係者からしてみればそれほどヒットしなかったんです。「モビルスーツだもんな」と言われました。そういう面倒くさい言い方をしている作品だからヒットしなかったと。テレビが打ち切りになった時は、ある大手の編集長に「若さゆえの過ちだもんな」と言われ……。実際、ロボット物でやっているから打ち切りになるんだよ! って。

M:それって、シャア・アズナブルのセリフじゃないですか!! その人はあえてシャアのセリフをかぶせたんですかね?

T:そう。そういうことを言った人たちを次、どうしたら黙らせることができるか。そんなことも考えました。

M:ファーストガンダムのオープニング曲「翔べ! ガンダム」の<まだ 怒りに燃える 闘志があるなら♪>じゃないですけど……。

T:EXILEがそういう歌詞を言っちゃいけない!(笑)。

M:(笑)最近、移動中に聴いているんです。この曲を聴いて一日が終わる的な(笑)。<巨大な敵を 討てよ 討てよ 討てよ>とか、何かに向かうところが自分の立場とかぶったりするんです。

T:あの曲に関しては、僕はいい思い出がまったくないんです。BGMのオーケストレーションは、ある若手が頑張ってくれたおかげでよくできたと思いますけど。こういう音楽の話は25年間、ほとんどしてこなかったんですけど、久々に思い出しました(笑)。エンディング曲「永遠にアムロ」はアムロのための曲なんだけど、僕のイメージと合致しない形で完成したから、その頃は”関係者は敵”だったわけです。コイツらをどう黙らせるか。だから映画版は大学の同期だった井上大輔にお願いして。彼が来てくれた時は息つきましたもん。なぜこれがテレビ版でできなかったのか。久々に話をしたら腹が立ってきた!(笑)。

M:(笑)僕は映画『逆襲のシャア』も観させていただいているんですけど、シャアが隕石を地球に落とそうとするじゃないですか。あれは、滅亡したらそれまでですけど、そこまで至らないのであれば、共通の敵がいることで仲間の士気は高まるし、地球規模で団結できることを考えたらシャアの取った行動は人を粛清させたかったのかな、と思いながら観ていました。

T:『逆襲のシャア』は、今おっしゃられたことすべてを意識してつくっています。個人的にはファーストガンダムで終わっている話を何でもう1回つくるんだっていう抵抗感がものすごくありました。でも、その状況を乗り越える物語をつくっていみせたい欲も出てくる。でも、この作品は惨敗なんですよ。

M:そうなんですか? 僕は素晴らしい作品だと思っているんですけど。

T:僕もそう思っています。興行として惨敗だということです。僕が想定していたボーダーにかすりもしなかったという意味で。エンタテインメントを自分にはできないってことを付き付けられたわけです。だから、EXILEはすごいなと。10年近くも続けてこられている秘訣を教えてほしい!(笑)。

M:いや~、もう日々闘ってきているだけです(笑)。

T:EXILEは、フィールドワークで進んでいるところと、広い意味でのスタジオワークが見えるんです。それを25年ぐらい前にやりたかった。僕はファーストガンダムでエンタテインメントに混ざりたかったんだよね。

M:そうだったんですね。そのガンダムが30周年を記念してお台場の潮風公園でつくられているんですよね。しかも実寸で。

T:僕はイヤなんだよ。だって実寸でつくったって動かないんだもん(笑)。モビルスーツなんだから突っ立っているだけじゃなくて動かないと。でも、実際のところはあのサイズだと地球上では動けないんだけどね。重量的に。コックピットにも「建築基準法に引っかかるから乗れません」って言われて、「だから立像つくっているじゃないんだって! それじゃモビルスーツじゃない!」って怒鳴り散らかしているところ(笑)。

M:僕からすると1/1でアニメーションの世界から飛び出してきたこと自体がすごいと思うのに。だって海外の人がお台場に遊びに来たら、びっくりすると思いますよ。自由の女神並みの大きさですから。でも、監督はやるからにはリアルさを求めるんですね。

T:この間、足の部分だけの骨組ができたと聞いて、潮風公園へ行って来たんですけど、実寸で観たら”まあ、動かなくてもいいか”って思ったの。18Mというサイズだけでもかなり魅せられるとわかったから。今回、30周年記念でいろいろ動いてわかってきたんだけど、35周年イベントを、40周年イベントをやるに向けて、いろんなコンテンツを付け加えることを話し合わなければいけないし、やらなきゃいけない。だから今後(EXILEとも)何かできることがあれば……(笑)。

一同:(爆笑)。

M:僕らでよければぜひ! あと、すごくお聞きしたかったことがあるんですけど、いいですか? ファーストガンダムに登場する女性キャラクターの中で監督の理想をあげるとしたら誰ですか? ちなみに僕はセイラ・マスなんですけど。

T:女性に関していうと、僕は答えられない。かなりみんな好きだから(笑)。大人的な気分で選ぶとしたらキリシア・ザビ。登場するシーンを演出しながらこういう女って好きだし、こういう女と一夜をともにしたいって思っていたんだよね(笑)。

一同:(爆笑)。

M:キシリアですか。ちなみにララァ・スンは?

T:ララァは男の妄想だもん。あんなのは絵空事だからいいの。キシリアのほうがいろんな意味でそそられるし、こういう女性を黙らせられたらいっぱしの男になれるよねっていう礼がもらえる。

M::キシリア深いぞ、これは~。

T:僕は男の子だったら好きな女性にむしゃぶりつくべきだと思う。好意を持ってくれている女性では、自分の器量は計れないでしょう?

M:キシリアって気高くて、ツンケンしているような印象はありますけど、この人を落とせたら! っていうのはたしかにありますね。

T:演出家であるから、フラウ・ボゥからもうひとる怖い女を造形したかったんです。そういう人を演出できるようになりたいと思ったんです。自分が本気で怖いと思える女を演出できるか……そこにかけたんです。

M:うわぁ、おもしろい! 今お話を聞いててキシリアが実際に存在したんじゃないかと思える感覚になりました。

T:演出家であるならば、カツ・レツ・キッカからキシリアまで造形できなければいけないんです。もちろん男のキャラクターも。だから最近の安手の映画は、何で女となったら同じパターンしか出てこないんだ! って思う。それはクリエイターの仕事ではない。

M:今、鳥肌立ちました。すごくおもしろいんです。その一歩先を行く作業はどうやってつくられているんですか? 経験に基づいているんですか?

T:よく芸のために浮気もすると言われるけど、全部申そうで組み立てられるぐらいのところまでいかないといけないですね。基本は妄想でキャリアをしっかりつくる。見えない部分は実在ですけど。

M:見えない設定もきちんと描かれているんですね。僕は演じる時、その役と自分を照らし合わせることをしちゃうんですけど……。

T:照らし合わせをやっている限り、その人のキャリアの枠の中に収めてしまうことになるから、あまりよくはならないと思う。自分が持っていない部分を演じられるぐらいでないと。

M:おぉ~(感動)。今日はガンダムのお話から芝居まで、僕にとってかなりプラスになりました。本当にありがとうございました。1/1スケールのガンダム、絶対見に行きます!!

 基本的はもう紹介済みでしたが、今回は改めて文字起しをしました。

富野由悠季vsエクザイル真木大輔

月刊 EXILE (エグザイル) 2009年 07月号 [雑誌]月刊 EXILE (エグザイル) 2009年 07月号 [雑誌]
(2009/05/27)
不明

商品詳細を見る

リーンの翼が与える課題のメモ

2010/04/02 21:00|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - リーンの翼が与える課題のメモ
 あくまで自分のためのメモ。すべて記事にするとは限りません。




たまった課題
 富野作品のアニメモード、映画モード、そして説話モード
 カドカワノベルズ版、角川文庫版のイラスト紹介(うp)
 富野由悠季のバイストン・ウェル演出術、もしくはバイストン・ウェルの現実を立てる方法論


リーンの翼新版を読む前
 リーンの翼のインタビューを解読(1) 単行本インタビューその1
 リーンの翼のインタビューを解読(2) 単行本インタビューその2
 リーンの翼のインタビューを解読(3) ダムエーの発売記念インタビュー
 リーンの翼のインタビューを解読(4) 本の旅人のインタビュー
  →富野のスタンスから迫水の変化を解く
 リーンの翼のインタビューを解読(5) 冲方丁氏との対談
 旧版で観るリーンの翼の顕現と象徴する時代性


リーンの翼新版読む最中
 冒頭の序の削除は説話の解消?
 新訳Zの二の舞になる、はたまた旧版小説とアニメを踏み台にするのか?(が、読まなければ分らない)
 (これ意図的にマイナスな記事にしたい。が、富野なら裏切ってくれると信じたい。)
 (以下追加)


リーンの翼新版読後
 リーンの翼書き下ろし部分の感想
 少しだけ『王の心』の遺伝子を混じったかもしれない『リーンの翼』(まだ分らない)
 リーンの翼インタビューを再読
 リーンの翼新版と旧版の比較



 ちなみに、一つだけ誤記の指摘。『リーンの翼』第2冊の巻末付録小冊子P4のインタビューのところで、インタビュアは「85年3月から『野性時代』で…」といいましたが、実際の連載は83年3月からでした。

リーンの翼(全4巻セット)リーンの翼(全4巻セット)
(2010/03)
富野由悠季

商品詳細を見る


リーンの翼 COMPLETE [DVD]リーンの翼 COMPLETE [DVD]
(2010/01/27)
福山 潤嶋村 侑

商品詳細を見る


▽続きを読む▽

ラジオ、テレビ、ブック、ショップ…富野情報をまとめて伝えます

2010/04/01 20:23|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - ラジオ、テレビ、ブック、ショップ…富野情報をまとめて伝えます
 最近『リーンの翼』の発売をはじめ、富野監督がいろいろ活動してて、ファンとしてはとても嬉しいです。これで待望のあの本と富野監督の新企画が早く出れば、もう幸せで死にそうです。
 以下は、最近の富野情報をお伝えします。『リーンの翼』旧版の再読も最終巻まで進んでいたし、手元の大きな仕事もようやく一段落なので、運がよければ週末からいよいよ『リーンの翼』新版に突入できるわけしれません。そうしたらこのブログはまたリーンの翼一色になるかもしれませんが、これについてご勘弁を。


1.富野ラジオ
 先日DREAMS COME TRUEの中村正人さんと吉田美和さんが富野監督をラジオ番組「中村正人の夜は庭イヂリ」のゲストとして招いたんです。中村さんはとても情熱的かつ監督のスタンスに理解を示すことができる方でした。

ドリカムと富野監督の素敵な土曜日
誤解させるだけのコピペは引っ込んでろ! 富野監督の『機動戦士ガンダムUC』発言を還元する

 で、そんな中村さんと吉田さんが、ラジオの後でこんな話をしてくださったんです。とても素敵な話なので、あえて全部転載させてもらいました。これを読めば、中村さんはいかに優しい方だと分かるはずです。

ドリブログ|富野監督とお話をしていると、とても幸せになるのです。

僕の20代、つまり、仕事の基本を叩き込まれた時代、独創的で、いつも熱く、激しく、アグレッシヴで、執念深く、諦めない、まさに富野監督のようなカッコいい先輩達が、僕の師匠であり、指導者でした。
そのころの僕は、甘ちゃんの上頭でっかちで、くそ生意気なことばかり言っていながら中身がからっぽだったので、とにかく先輩によく怒られました。
怒鳴られるなんてのは当たり前。
鉄拳が飛んで来たことも、フライパンが飛んで来たこともありました。

で、
「夜イヂ」で、富野監督がスタジオに入られた瞬間、僕は幸せになってしまったのです。
なぜなら、監督は、僕の師匠達と同じ匂いを持った、あこがれの先輩だったからです。
そんな先輩達といる時は、僕は彼等に必死でついて行くだけで良かったのです。
ただ怒られて、頑張るだけでよかったのです。
そのかわり、進むべき道は彼等が示してくれました。判断も彼等が全て下してくれました。
万が一、彼等の期待に応えることが出来れば、評価してもらえました。褒めてももらえました。

これは、生きて行く上で、とても幸せなことです。
進むべき道を示し、自分と人を評価し、自ら決断し、自ら責任を取らなければならない、あの頃の「先輩達」の立場になった今、富野監督という先輩の話を聞き、その中から教えを頂くことができたその時間は、僕にとっては久々に訪れた至福の時間でありました。
富野監督に「おまえは~」と言われた時の安心感と心強さは、ちょっと表現できないぐらい、僕を幸せにしてくれました。
「夜イヂ」という番組がなければ、こんな想いはできなかったでしょう。
感謝、感謝。
そんな僕の監督に対する態度に、ガンダムマニアにはカチンと来ることもあったかもしれません。
どうかご勘弁を。
富野監督、またいつか、お話を聞かせて頂けたらと願っています。
ありがとうございました。
収録後「よしだみ」も、しきりに「素敵なかただったねぇ~」と繰り返していました。


 しかし、それだけじゃなくて、実はDREAMS COME TRUEの公式サイトD C T g a r d e nでは、この「夜は庭イヂリ」の映像が見れます。配信期間は4/1~4/7の一週間なので、是非お忘れなく!

special program
DCT-TV「夜は庭イヂリ ~番外編~」第52回


中村正人と吉田美和がパーソナリティーを務めるTOKYO FM番組の番外編。祝!番組1周年!となる今回のゲストは、『機動戦士ガンダム』の生みの親であり、 "ロボット"アニメのパイオニアとして歴史を創り続けるアニメ作家の富野由悠季監督。1周年の感謝の気持ちを込めて、前編・後編の拡大版でお送りします!(配信期間4/1~4/7)

 というわけで、次回の富野新作の主題歌はぜひDREAMS COME TRUEと組んでくださいね、サンライズさん。




2.富野テレビ
 先日、富野監督はBSフジ「プライムニュース」1周年記念シンポジウムに参加しました。そして、この公開収録は「フジBS 4月4日(日) 13時~14時55分」にて放送されるのです。見れる方は今すぐ予約録画設定をしてください!

PRIME NEWS放送1周年記念スペシャル ~THE NEXT DECADE 次の10年を考える~

 シンポジウムは2部構成で、1部のテーマは「変容する作家性の時代~ネット時代の想像力~」。パネラーにはアニメーション監督・富野由悠季氏、文芸評論家・市川真氏、評論家・宇野常寛氏、情報環境研究者・濱野智史氏、そしてお笑い評論家・ラリー遠田氏等5人が、インターネットの普及やパソコンの向上により“一億総クリエーター”呼ばれる時代に突入する中、作家に求められる“作家性”とは何かを議論した。
 “クールジャパン”の象徴的アニメ『機動戦士ガンダム』の生みの親として、長年日本のアニメ界をけん引した富野氏や、市川氏の主張は「媒体が変わっても作家の想いや表現力は変わらない」。対する宇野氏や濱野氏は「媒体が変われば作家性も変わる」と主張した。この真反対の意見を持った論客が白熱の討論を展開! インターネットの普及とWEBコンテンツの向上が、作家たちに何をもたらすのか?


富野由悠季監督、BSフジ「プライムニュース」1周年記念シンポジウムに登壇!
富野監督のBSフジLIVE PRIME NEWS 1周年記念シンポジウムの発言をまとめました

 また、富野監督の発言はこのシンポジウムにも参加したシャア専用ブログさんがほぼ一字一句も漏れなく文字起しという偉業を成し遂げましたので、是非見てください。↓

シャア専用ブログ|BSフジLIVE PRIME NEWS 放送1周年記念シンポジウム

行ってきました。割といいかげんなので、ちゃんとしたものが知りたい人は放送をお待ち下さい。所詮、ここは落書きなので。

 謙虚にもほどがある。




3.富野ブック
 最近の富野ブックでいえば、当然先週発売された超大作『リーンの翼』のことです。最近、角川書店はこの本についていろいろのインタビューを実施したのです。

3月24日 小説『リーンの翼』新装版全4巻発売
3月26日 月刊ガンダムエース2010年5月号 教えてください。富野です VOL.84&『リーンの翼』発売記念インタビュー
3月27日 本の旅人2010年4月号 インタビュー
4月12日 野性時代2010年5月号 冲方丁と対談

 そのうち、「ガンダムA10年04月号 「リーンの翼」刊行記念 富野由悠季インタビュー 」と「本の旅人 10年4月号(No.174) 富野由悠季インタビュー」は者ア専用ブログさんが文字起しをしましたので、すぐに読めます。本当にすごい方です。この二つのインタビューとも非常にいい話なので、ここ数日はその内容について少しだけ語るつもりです。

 また、4月12日には「野性時代」の冲方丁氏と富野監督の対談が控えていますので、今から楽しくてたまらない。これで月末のザ・スニーカーも富野監督のインタビューがあればねーー。

冲方丁と富野由悠季、「野性時代」にて対談!


 また、『リーンの翼』の単行本4冊には、それぞれの巻末附録16P小冊子があります。半分は富野インタビューで、半分は資料という形のもので、ファンであれば、是非チェックした上に買ってください。
 これで、もし『リーンの翼』の売り上げはそこそこだったら、是非新しい小説企画を立ってくださいね、角川書店さん。ガンダムエースでの連載はベストで、なんなら1冊ものでもいいですから。そうだ、『どろろんKAGUYA』を復活させるのもいいよ。

アニメから小説となった作品たち -富野由悠季の80年代後半から90年
ガンダムエースに富野由悠季監督の新ガンダム小説を連載する提案

リーンの翼(全4巻セット)リーンの翼(全4巻セット)
(2010/03)
富野由悠季

商品詳細を見る

リーンの翼 COMPLETE [DVD]リーンの翼 COMPLETE [DVD]
(2010/01/27)
福山 潤嶋村 侑

商品詳細を見る





4.富野ショップ
 最後、東京駅内のエキュートにある本屋兼カフェである「HINT INDEX BOOK」。これに関しては、このブログに情報を投下してくださった方のコメントを転載させていただきます。ありがとうございます。

富野監督のコメント

「このような場所で、あなたと触れ合えました。毎日をやっていくということは、大変なことです。小生はテレビ漫画を生業にして、鬱屈する日々を体験しましたが、明日には何かがあるかもしれない、と、自分のできる範囲でウソをつかないともりです。その結果、ここで自分にとってフックになるものを展示することになりました。また明日への覚悟をつけるしかない、という意味で・・・。甘いものは体の肥やしになりますしね。」

「展示品」
新版リーンの翼
小説版ガンダム全巻
映像の原則
教えて下さい富野です

来るべき世界
なぜアーレントが重要なのか

ショパン
カルミナ・ブラーナ
映画版ガンダム~∀の廉価版DVD

正直、展示品は富野監督が「フック」になったものを飾っているというよりは、単純に商売している感じもしました。強いていえば「なぜアーレントが重要なのか」と「来るべき世界」は監督にとってフックとなった本なのかも知れませんが。(中略)他の展示者の方は一部販売不可のアイテムも展示してましたが、富野監督は全展示物が販売も兼ねていました。
展示の小説は「ガンダム①~③」のみで、それ以降の物はありませんでした。他の展示者の方に比べ、直筆サイン入りのコメントを寄贈していたりと気合いが入っている気もしますが、展示品自体は「自分のルーツとなるものを紹介している」というよりは、最近販売した「リーンの翼」や昨年まとめて販売された「廉価版DVD全種」の販売&宣伝に見える展示であったのが多少残念に感じました。他の展示者は恐らくルーツとなっただろうアイテム・・書籍やCD,マンガ、ぬいぐるみなど展示しておりましたが・・・。

 また、シャア専用ブログさん雑魚兵士的Blogのザコソルジャーさんもそれぞれレポートを書いてくれました。そのうち、ザコソルジャーさんのレポートは写真付きなので、私みたいに行けない方にはとてもオススメ。


映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)
(2002/02)
富野 由悠季

商品詳細を見る


教えてください。富野です教えてください。富野です
(2005/05/23)
富野 由悠季

商品詳細を見る


ブログ内検索

なんとなく富野商品

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

まともに機能しなくてすみません。これからゆっくりペースで直します。

RSSフィード

FC2カウンター

富野監督作品一覧

  • 海のトリトン
  • しあわせの王子
  • 勇者ライディーン
  • ラ・セーヌの星
  • 無敵超人ザンボット3
  • 無敵鋼人ダイターン3
  • 機動戦士ガンダム
  • 伝説巨神イデオン
  • 機動戦士ガンダム(劇場版)
  • 機動戦士ガンダムⅡ 哀戦士編
  • 戦闘メカ ザブングル
  • 機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編
  • 伝説巨神イデオン・接触篇 -A CONTACT-
  • 伝説巨神イデオン・発動篇 -Be Invoked-
  • 聖戦士ダンバイン
  • ザブングル グラフィティ
  • 重戦機エルガイム
  • 機動戦士Zガンダム
  • 機動戦士ガンダムZZ
  • 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
  • 機動戦士ガンダムF91
  • 機動戦士Vガンダム
  • 闇夜の時代劇 正体を見る
  • バイストンウェル物語 ガーゼィの翼
  • ブレンパワード
  • ∀ガンダム
  • 劇場版∀ガンダムⅠ 地球光
  • 劇場版∀ガンダムⅡ 月光蝶
  • OVERMAN キングゲイナー
  • 機動戦士Ζガンダム A New Translation -星を継ぐ者-
  • 機動戦士ΖガンダムⅡ A New Translation -恋人たち-
  • リーンの翼
  • 機動戦士ΖガンダムⅢ A New Translation -星の鼓動は愛-
  • RING OF GUNDAM
  • ガンダム Gのレコンギスタ
  • 富野参加作品一覧

  • 鉄腕アトム
  • 戦え!オスパー
  • リボンの騎士
  • 巨人の星
  • アニマル1
  • 夕やけ番長
  • 海底少年マリン
  • どろろ
  • 紅三四郎
  • 巨人の星対鉄腕アトム
  • おらぁグズラだど
  • 男一匹ガキ大将
  • ムーミン
  • シートン動物記
  • 赤き血のイレブン
  • アタックNo.1
  • あしたのジョー
  • 男ドアホウ!甲子園
  • 昆虫物語 みなしごハッチ
  • さすらいの太陽
  • 天才バカボン
  • ふしぎなメルモ
  • 新・オバケのQ太郎
  • 国松様のお通りだい
  • いなかっぺ大将
  • 正義を愛する者 月光仮面
  • アニメ・ドキュメント ミュンヘンのへの道
  • モンシェリCoCo
  • ハゼドン
  • ど根性ガエル
  • けろっこデメタン
  • ワンサくん
  • 山ねずみロッキーチャック
  • 侍ジャイアンツ
  • 新造人間キャシャーン
  • アルプスの少女ハイジ
  • ゼロテスター
  • 昆虫物語 新みなしごハッチ
  • 小さなバイキングビッケ
  • 宇宙戦艦ヤマト
  • 破裏拳ポリマー
  • フランダースの犬
  • 母をたずねて三千里
  • アンデス少年ペペロの冒険
  • 超電磁ロボ コン・バトラーV
  • ゴワッパー5 ゴーダム
  • ろぼっ子ビートン
  • あらいぐまラスカル
  • 合身戦隊メカンダーロボ
  • 超電磁マシーン ボルテスV
  • シートン動物記 くまの子ジャッキー
  • ヤッターマン
  • ペリーヌ物語
  • 闘将ダイモス
  • 未来少年コナン
  • とびだせ!マシーン飛竜
  • まんが日本昔ばなし
  • 宇宙魔神ダイケンゴー
  • 赤毛のアン
  • 科学忍者隊ガッチャマンⅡ
  • ザ・ウルトラマン
  • 宇宙大帝ゴッドシグマ
  • ルパン三世(TV第2シリーズ)
  • 新世紀GPXサイバーフォーミュラ
  • 銀河漂流バイファム
  • ママは小学4年生
  • GUNDAM EVOLVE 5
  •  |  富野作品感想 | 富野由悠季関連 | 井荻麟関連 | 富野情報 | 富野雑談 | レビュー | ブログ運営 | 日常話 | 未分類 | 給華文讀者 | Gのレコンギスタ | 
    Copyright(C) 2007All Rights Reserved. TOMINOSUKI / 富野愛好病
    Powered by FC2ブログ.
    template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.