富野由悠季監督とその作品をひたすら語るブログ

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富野話綿々&小トリビア

2009/11/30 21:44|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:2
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 仕事の合間に、ちょっと息抜きの話をします。


 昨日は、ついに小説『リーンの翼完全版』限定セットを予約しました。正直未だに『教えてください。富野です』を出版してくれない角川書店の限定版商法にひっかかる感じで、あまり好きではないのですが、どのみち自分は今度の完全版4冊をコンプリートするんだから、どうせ同じ値段だったら限定版でいいやみたいな感じで自分を騙しました。まあ、確かに高いに違いませんけれど、富野監督への応援ということならば、それほど悔しいでもないですし、風の噂によりますと、今度の完全版の後半2冊は完全なオリジナル内容になってるらしいので、もし本当だったら完全版1冊のボリュームは旧小説の3冊に当たる計算も成り立てるわけで、今度の買い物は「文庫本12冊のボリュームにあたる四六版単行本4冊+特別小冊子4本(トータル64ページ)+特典」というものになっているわけですから、9240円も決してそれほど高い値段でもない…かもしれません。
 あと、正直今となって『リーンの翼』小説版のリライトというか新版より、もっと望ましかったのはアニメ版『リーンの翼』の追加版です。新カットやリテイクなりを追加したら、リーンの翼はもっと見やすくなりますし、追加のやり方次第、映画にもなりうる素質があるいいフィルムと思いましたので、このような妄想をついにしたんです。これについて次の記事で書くつもりですので、またいずれの機会で。

 しかし、当たり前でいえば当たり前ですが、台湾角川は本当に『だから僕は…』や種と00(というリアルタイム)以外のガンダム小説を出してくれませんのね。まあ、一般人に知名度があるようなアニメ作家はそれこそ宮崎駿しかいませんけれど(出発点なんて出版数年、未だに結構売れてるらしい。悔しいなー)、それでも富野由悠季はアニメファン界のなかでは誰でも知ってるような名前ですから、もし出ればそれなり売れると思いますけどね。

だから僕は…―ガンダムへの道 (角川スニーカー文庫)だから僕は…―ガンダムへの道 (角川スニーカー文庫)
(2002/11)
富野 由悠季

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 私自身の欲望でいえば、パヤオの「出発点」に対して「折り返し点」であるように、富野の「だから僕は…」の続編である「それでも僕は…」を読みたいですけどね。


 あー、嫌だ嫌だ。どこか『映像の原則』を出版してくれる豪胆な出版社がいないのかなー。

映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)
(2002/02)
富野 由悠季

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 そういえば、もう先月末から「富野由悠季全仕事」の応援記事を書きたいと言い続けましたけど、未だに一篇も書いていなくて、本当にすみませんでした。何故応援するかというと、賢明な方ならすでにご存知と思いますけど、とにかく「アレ」が世に出てる時は、是非是非買ってくださいませ。あれが、資料としてもコレクターアイテムとしても貴重なものですし、キネマ旬報社に富野を愛してる人たち(別に富野ファンじゃなくても富野を愛せますからね)の底力を見せるチャンスなので、その時はもしものすごく売れるといいなぁ、と勝手に思っています。

富野由悠季全仕事―1964-1999 (キネ旬ムック)富野由悠季全仕事―1964-1999 (キネ旬ムック)
(1999/06)
富野 由悠季

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 まあ、別にこちらが宣伝にするまでもなく、出ればそれだけ売れる本ですしね。最近の富野ファンは富野分に渇いてますし。

▽続きを読む▽

富野関連小ネタ&雑談

2009/11/29 01:20|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:2
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 最近忙しくて、なかなか実のある話題をできなくてすみません。今日も時間がありませんので、前半は情報で、後半は雑談で済ませていただきます。


1.フリーペーパー「pronto pronto?」20号に、富野インタビューが掲載されてるらしい。

フリーペーパー「pronto pronto?」20号 11月25日発行!

誌名:「pronto pronto?」
(B5版 オールカラー)
発行日:2009年11月25日(水)発行
配布エリア:全国のプロント及びソラーレ店舗内

 左下の文字はよく見えないのですが、「富野由悠季」と書いてあるそうです。内容はアーレント関連らしい。


2.サムライビットラジオに、富野のニューヨーク行のインタビューを掲載しました。中身はこれといった内容がないのですが、やはり一度聞くべきです。

blog.samuraibeatradio.com ごめんねPodcast Interview with Tomino Yoshiyuki


3.GALACの富野インタビューを担当なさったK研でのほほんの中の人が、富野インタビューの補充と作家性の話をしてくれました。

K研でのほほん│GALAC富野由悠季インタビュー+α

 これを読んだまず一安心なので、富野監督はどうやら本気に自分が作家性を持っていないと考えておらず、あくまで自戒の意として自分に作家性がないと言い聞かせるに過ぎません。正直最近の富野監督に心配ないわけじゃないですが、これを読んだホッとしました。なぜならば富野監督がまったく変わっていません。たとえ政治家になれなくても、富野監督は富野監督だ。それでいい。


 以上は情報で、以下は雑談。

4.明日ダムエー入手予定。当然、今月の目玉はダムエー本誌よりも、なんといっても『リーンの翼 完全版』の限定セット注文。正直、腐っても鯛の富野監督の作品ですから、1000セットなんてすぐ捌けると思いますけど、この完全版の発売を含めて、来年の富野出版品ラッシュはもし何かの発現の前兆だといいですが…。


5.復刻版「ZガンダムHAND BOOK」に載ってるインタビューの要約ですが、正直難しいですよ。試しになんとか要約らしい要約してみたんですが、やはり要約らしくない。シャア専用ニュースさんほど上手い要約したいな。

復刻版「ZガンダムHAND BOOK ③」遠藤明範SPインタビュー要約
復刻版「ZガンダムHAND BOOK ④」内田健二SPインタビュー要約

 あと、自分は①と②を持っていませんので、内容を紹介できなくてすみません。まあ、もっとも自分が一番知りたかったのは脚本家とプロデューサーの言葉なので、この2冊だけでも満足ですけどね。


6.来週今手元にある仕事を終わる次第、富野由悠季起用論を超簡易版として書き直します。正直、簡易すぎて呆気ないものになるかもしれませんけれど、前の一連の記事は富野監督のマイナス印象を作るかもしれないという指摘を受けましたので、書き直すことを決心しました。その時はもしよろしければ応援してください。

復刻版「ZガンダムHAND BOOK ④」内田健二SPインタビュー要約

2009/11/27 14:21|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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復刻版「ZガンダムHAND BOOK ③」遠藤明範SPインタビュー要約

 昨日のメイン脚本家のに続いて、今日は当時プロデューサー内田健二のインタビューの紹介です。ちなみに、内田さんは今ではサンライズの社長なので、富野監督に何か新作作らせてくださいよ。

――内田さんがこの作品に参加された経緯は?

内田 私はそれまでサンライズで制作進行の仕事をしていて、『Zガンダム』は初めてプロデューサーとして担当することになった作品です。30歳でした。それまで『戦闘メカザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』と続けて富野監督の作品に関わっていた流れで、会社から「次はお前がプロデューサーをやれ」「内容はガンダムの続編だ」という命令が同時に来たわけです。ですから、偉大なムーブメントを作り出した作品(ファーストガンダム)の続編を作る大変さと、プロデューサーという仕事という大変さを、いきなり同時に体験する事になりました。
(中略)
当時のTVシリーズは一度放送されたら終わりで、パート2が作られるなんて誰も思っていない頃ですから、続編というよりは「もう一度、ガンダムを作るんだ」といった気持ちでした。

――当時の富野監督の意気込みはいかがでしたか?

内田 富野監督は常に自分が生み出した作品は自分で乗り越えるべきものだと考え、一作ごとに新しい挑戦している方です。ガンダム以降の『伝説巨神イデオン』から『エルガイム』まで、ロボットというキーワードは共通していても、それぞれ違った切り口でオリジナルのTVシリーズを成立させるというチャレンジを続けてきたわけで、それは今も変わっていませんし、『Zガンダム』の当時は、もっとその気持ちが強かった。ですから、サンライズのビジネス的な事情でガンダムの続編を作る事になって、監督にはいろんな想いがあったと思います。ある意味、これからの自分の可能性を制限するような仕事だったわけですから。でも、引き受ける以上は前作とは違ったものにしたい、それ以上の物にしたいということで、「受けて立たなきゃいけない」という覚悟のようなものは、側にいて感じられましたね。

――各話の演出、脚本、作画のスタッフも皆さん20代の若い人達が中心でしたね。

内田 富野監督からは早い段階で「若い人達と組みたい。新しい世代のスタッフの用意してほしい」という要望が出ていたんです。(中略)それまでの作品に通じて、サンライズでも今川泰宏君をはじめとして若手の演出が育っていましたし(今では皆さん、独り立ちして立派な監督になっていますが)、北爪宏幸君のような新しい才能も出てきていましたから、彼らを中心にして、あとは信頼する人からの推薦を参考にしたり、自分なりの経験に基づく勘も働かせたりしながらチョイスしていきました。そういう若い世代のスタッフたちは、自分たちがガンダムの続編を作れるという事で、ポジティブに捉えていた人達が多かったという印象がありますね。

(メカに関する話に対して)

内田 もうひとつ、メカに関して言っておくと、当時からモビルスーツを兵器論で捉える考え方が出てきていましたが、富野監督としては、そういう決まり切った体系の中にモビルスーツを閉じ込めておきたくない。もっと先に行きたいという想いが強かったようです。それに、私が見ていた富野監督の作品というのは、決してメカが主眼ではありません。ロボットアニメとは言いながら、みな男女の関係とか、善と悪とか、政治とか未来といった様々な要素をキャラクター一人一人に仮託して、オペラのようにドラマチックに描いていく。そのためにモビルスーツを利用するのだという考え方では一貫しているのです。ですから、主人公よりも強烈なキャラクターが出てきた時には、彼が乗るモビルスーツもそれに合ったスタイルになるだろうという意識は、監督が口に出さなくても、スタッフの了解事項としてありましたね。

――先頃発売されたブルーレイを見ると、背景にしてもキャラクターにしても、非常に丁寧に細かな所まで描かれていて驚きました。

内田 (前略)とにかく、みんなでファーストガンダムに負けない作品にしたいという気概で取り込んでくれた結果、20何年経って、デジタルの時代になっても遜色のない、見応えのある映像になったということだと思います。ブルーレイや、こうした本をきっかけにして、改めて多くの人に『Zガンダム』という作品の魅力に触れていただければ嬉しいですね。

 内田さん、そこまで監督をわかっていらっしゃるのなら、富野監督に新作作らせてくださいよ。来年はきっと儲けますよ。

機動戦士ZガンダムHAND BOOK〈4〉 (アニメージュ文庫)機動戦士ZガンダムHAND BOOK〈4〉 (アニメージュ文庫)
(2009/08)
アニメージュ編集部

商品詳細を見る

バンダイチャンネル、『リーンの翼 完全版』正式告知

2009/11/26 18:32|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - バンダイチャンネル、『リーンの翼 完全版』正式告知
 当年富野由悠季監督にネット配信アニメの要請を出したため、ある意味アニメ版『リーンの翼』のもう一つの生みの親であったバンダイチャンネルが、このたび発売されることになった『リーンの翼』完全版の告知を、ニュースにしました。今のところ、ネットでは二件目の告知となっています(ちなみに、一件目はこれ)。

バンダイチャンネル│小説家・富野由悠季渾身の書き下ろし4000枚!「リーンの翼」ついに完成!

伝説の小説バイストン・ウェル物語が「完全版」となって甦る!
「富野由悠季を知る上で必読の著」と言われる本作が、全面改稿+書き下ろしにより、
全4000枚の「完全版」として刊行!富野にしか描けない世界観に、瞠目せよ!!

書 籍:「リーンの翼」全4巻 四六判上製単行本
定 価:各巻2310円(税込5%)
著 者:富野由悠季
発売日:3月24日(水)4冊同時に刊行
出版社:角川書店

すべての巻末に小冊子つき!
4冊すべての巻末に各16ページの小冊子「作家・富野由悠季の世界1~4」が添付。
幻の初期企画書、設定資料、語り下ろしインタビューなど、ファン垂涎の情報満載!

1000セット限定
特典つき全4巻入りBOXも発売!
単行本発売を記念して、全4巻を化粧箱入りにした限定BOXが発売される。
特典として、富野氏がみずから小説「リーンの翼」のオープニングビジュアルとして描き下ろしたカラーイラストをポストカード7枚セットにして添付。

予 約 :お近くの書店にてお申し込みください
予約〆切:2010年1月31日(書店必着)

 売り文句は角川書店の『ガンダムエース』に載っているものはなんだか近いですけど、リンク先には富野監督と限定ポストカードのご写真がありますから、是非一度見て、そして予約してあげてください。

▽続きを読む▽

復刻版「ZガンダムHAND BOOK ③」遠藤明範SPインタビュー要約

2009/11/26 09:14|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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 Zガンダム関連の資料が少ないので、店に並んでるのを見て、思わず買ったやつ。今でも売ってるものなので、要約だけでご勘弁。

――遠藤さんは『Zガンダム』に途中から参加されていますが、これはどのような経緯だったんですか?

遠藤 僕はその前年に、同じサンライズの『超力ロボ ガラット』でプロのシナリオライターとしてデビューしたのですが、この作品は途中で打ち切りになってしまって、しばらく企画書を書いて過ごしていたんです。そのうちに『Zガンダム』が始まって、途中ライターが足りなくなったからというので、一応、面接を受ける事になりました。それで、当時のプロデューサーだった内田健二さんにお会いしたのが最初です。

(中略)

――富野監督に初めて会われた時の印象は?

遠藤 とてもシャイな方だな、というのが僕の第一印象でした。その後、一緒に仕事をしていく中では、色々と噂通りの厳しい面もありましたけど、基本的にはその印象がいまだに強く残っています。

――実際のシナリオの作業はどのように進めていったのですか?

遠藤 僕は第17話の「ホンコン・シティ」から参加したので、それまでに書かれた他の方のシナリオや、そのベースとなっている富野監督のライナーノート(ストーリー案)、企画書などを読み込んだり、オンエアを見たり設定を頭に入れた上で書き始めました。
 作業の工程としては、まず富野監督と打ち合わせして、ライナーノートの担当話数の説明を聞いた上で、自分でプロットを立て、初稿を書く。出来上がったシナリオに問題なければ、監督が直したり付け加えたりして演出に回される、という形で、これはシリーズの後半を通じて最後まで変わりませんでした。
 ただ、こちらはまだデビューして二年目の新人ですから、監督の言うとおりに書いていただけでした。確かに二本目に書いた「シンデレラ・フォウ」(第19話)の初稿の出来が悪くて、富野監督からすごく叱られたのを憶えています。富野監督から直に怒られた事って、他にはあまり経験がないのですが、「書き直してこい」「書けると思うから頼んでるんだ」と言われて、ちゃんとフォローもしてくれるんだと思いました。
 結局、19話は第二稿でOKが出たんですが、怖くて監督には直接、結果を聞けませんでした。当時、文芸だった高松信司さんが原稿を取りに来てくれる役目だったので、あとで聞いたら「一生懸命書いてくれたからいい」というようなことだったらしいので、ホッとしましたけど。

(中略)

――遠藤さんと鈴木(裕美子)さんの間で打ち合わせしながら書いていったようなことはありますか?

遠藤 打ち合わせで同席する事はありましたけど、直接、二人で善後策を相談したという記憶はないですね。今思うと、そうした方がシリーズ全体を俯瞰できて良かったかもしれませんが、スケジュールに追いまくられて余裕もなかったし、当時は富野監督の言う事が絶対でしたから(笑)。次の『ガンダムZZ』の時の監督が主人公の妹(リィナ)を殺す予定だというので、「それは良くない」と反対したら、話し合いの結果、ライナーノートを書きかえて明るい終わりからになったことがありましたけど、そういう抵抗の仕方は『Zガンダム』ではまだまだ出来ませんでした。
(中略)
 でも、後にビデオ作品などでシリーズ構成の仕事をした経験では、一人で全体を見ながら書く事が可能だし、決して方法論としては間違っていないと思いました。そういう作り方をしていたら、また別の『Zガンダム』が出来ていたかもしれませんが、富野監督は「ライナーノートで最後までストーリーを決めておくこともできるけど、そんな事はしない。作りながら、スタッフや視聴者からのフィードバックされる反応を取り込んでいきたい」ともおっしゃっていました。富野監督としても、スケジュールの許す限り、全体を見渡しながら作ることを心がけていらっしゃったと思います。
 富野さんの書くシナリオというのは、原稿用紙何枚という、きっちりした様式ではないんです。おかげさまで僕自身もそういうスタイルが身に付いてしまいました(笑)。制作会社によって書式も枚数もきちっと決められていて、どちらが良い悪いとは言えませんが、僕としては富野監督のやり方が好きですね。
(中略)

――では、遠藤さんにとって『Zガンダム』はどのような作品でしたか?

遠藤 間違いなく一つの財産になっています。

 もっと詳しい内容を知りたい方は、書店で買い求めてくださいか、コメント欄でお願いします。

機動戦士ZガンダムHAND BOOK〈3〉 (アニメージュ文庫)機動戦士ZガンダムHAND BOOK〈3〉 (アニメージュ文庫)
(2009/08)
アニメージュ編集部

商品詳細を見る

さよなら絶望チヨス

2009/11/24 19:40|日常話TRACKBACK:0COMMENT:2
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 さらば、千代大海。あなたのこと、きっと忘れないよ…。ただ、魁皇と比べて、いくらなんでもそれがないよー。惨めすぎて見てられないよ。

 まあ、千代大海に限らず、今場所の大関陣は魁皇以外全部不甲斐なさ過ぎるから、これも仕方ないことだよな…。とにかく無気力すぎ。

 とにかく朝青龍頑張れ。白鵬に勝ってください。

劇場版『∀ガンダム』対談 富野由悠季 x 菅野よう子(アニメージュ2002年3月号) (2/2)

2009/11/23 15:13|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:8
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劇場版『∀ガンダム』対談 富野由悠季 x 菅野よう子(アニメージュ2002年3月号) (1/2)

 前回に続いて、今回は後半です。

ラストシーンをまとめきらない凄さ

菅野 普通はサビでダーンと画面を宇宙へ持っていったりするじゃない。これはそういうアタッキーな付け方とかしてないのよね。あんな風にカットのコンテが切られているなんて思いもよならかった。いい意味でね。普通だとまとめちゃうんだけど、まとめ切っていないところがすごい……。

富野 菅野ちゃんはコマ単位で音楽と絵を合わせたいと思うこともあるみたいだけれど、そればっかりだと画面がその人の才能の中でちいさくまとまっちゃうんだよね。

菅野 それはよくわかる。

富野 だからラストシーンも、まとめきると本当にそこで終わるからやばいと思ったんだよね。だから最後のコンテを切りながら、あと30秒で何かできないか、というのを必死に考えて……やっぱりメシにしようと(笑)。そこでスープという本質的な料理にしようっていうのも決まったわけ。

菅野 その時はもう、最後に成人式の音楽の『宵越しの祭り』を使うつもりだった?

富野 うん。つまりミリシャの人たちから含めて、飯食っているときというのは、みんなお祭りなんだということを考えていたわけ。『地球光』にも残したセリフの通りなんだけれど「この人たちは、人が集まると、みんなでパーティやるんです」というやつね。あれが結局、キーワードなんだから、最後の最後にロランとディアナ様が食事をするシーンがなかったら、それはおかしいだろう、と。基本的に人の日常というのは何で支えられているのが考えていったときに、だから『月光蝶』で底流に流れている一番ドラマチックなシーンていうのは、食事をしているシーン以外にないってことになるわけですね。

『月光蝶』で絶対カットできなかったシーン

菅野 『月光蝶』だと新作のミリシャのお食事シーン、すごくいいと思ったけど。

富野 だから、ああいうのが「富野らしからぬシーン」なわけ。けれど『地球光』が作れたおかげで、『月光蝶』でああいうシーンを思いつくことができたという意味では、本当に、この年齢でようやく一人前になったかなという感じがすごくあるの。

菅野 そうなんだ。

富野 今までああいうことが、ちゃんとはできなかったんだよね。食事シーンなんかは、絵コンテマンとしてやってた時から意識はしていたんだけれど、ものを食べているシーンって今までうまく演出できたことがないの。『機動戦士ガンダム』(79年)以降も意識して食事シーンを入れたつもりなんだけれど、とにかく上手くいかなかった、それが『∀ガンダム』ではごらんの通りです。小細工ではだめなんだとよくわかった。大きくお話の中心にああいうシーンを入れられないとうまくいかないですよ。

菅野 だからなのかな。『∀』の食事シーンって、なんか香ってくるんだよね。ロボットものとい話の中から、パンとかコンビーフとかココアとかの匂いがこう、ブワっと。それがセル画なのになんか美味しそうで、だから3枚目のサントラのタイトルは『COCOA』にしたんだよね。ココアって、そんなに重要な存在じゃなかったけど、頭に残っていたんだよね。

富野 だから『月光蝶』に関して言うと、確かに戦闘シーンも多いんだけれど、一番の見どころは、みんなのお食事シーン(笑)。それは言えます。ロランが月でみんなでお弁当を食べて「幸せだなぁ」って言うシーンは絶対に捨てられなかった。

菅野 そうなんだー。今回の映画で思ったのは、たとえば普通は「みんなを泣かせるために誰かと誰かを恋愛させたり、死なせましょう」って段取りでお話をつくるじゃない。そうすると音楽もそのための音楽を書いてくださいってなっちゃうんだよね。でも今回みたいな作り方だと、そうはならない。キャラクターの背後にいろいろあるから、もっとふっくらとしている。

富野 だからさっき言った「劇的」というのは、人のさまの変わり様のことじゃないか、と思うわけ。目の前に起こった出来事に対してキャラクターたちの反応を当たり前に描いていったら、キャラクターたちは当然変化していくし、それが「劇的」になった。今回はそういう当たり前のつくりかたがちゃんとできたのがうれしい。

自信を持って次へ行けると思いたい

菅野 私、正直言って『ガンダム』が続いている意味ってよくわからなかったの。でも予算の問題とかすっとばして映画作品として作る意味のあるものをちゃんと作れてよかったと思った。特に『地球光』は、長い曲をそのままかけてもピッタリまるぐらい、映画と音楽の呼吸があっていたのはうれしかった。

富野 それはおそらく『地球光』のほうが映画らしいまとまりをしているからでしょう。『月光蝶』は、ちょっと『地球光』に対する解説みたいになってしまった、という反省はあります。ただ、どうなのかな。そうは言うけど、「どうだ、文句は言わせないぞ」というのはあるけども(笑)。でも、『月光蝶』のゼロ号見た翌日は、ほとんど寝込んでいたの。なんだか作品を作る気がなくなってね。でも、あんなもので満足してちゃ駄目なんだよね。あのぐらいできたんだったら、富野由悠季さんって一流かもしれないんだから(笑)、落ち込むぐらいならもっと自分に自信を持ってもらえばもっといいものを作れるはずだから、頑張らなくちゃいけないと思うようになった(笑)。それが感想かな。

 正直、自分は『∀ガンダム』劇場版をそれほど見入れたりしませんから、今となって『∀ガンダム』劇場版に対して『地球光』のラスト以外、ほとんど印象が残っていません。いや、もっと正確的いえば、大まかな流れとエピソードの選択は覚えているけど、どのへんが追加部分なのかはよく分かりません。なので、機会があれば、もう一回『地球光』と『月光蝶』を見直したいと思います。
 それで、もし『地球光』と『月光蝶』から「『∀ガンダム』を映画化(劇場版化、ではあらず)するための作り」以外の価値を見出せるのなら、きっととても素敵だと思います。

『リーンの翼』完全版、発売正式告知

2009/11/22 18:02|富野情報TRACKBACK:1COMMENT:0
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 この前報告した小説『リーンの翼』の新装版の新たな情報が入りました。正式名称は『リーンの翼 完全版』です。アニメ版の(実質)廉価版『リーンの翼 COMPLETE』と共に、今のところ来年の最新の富野アイテムとなっております。

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『リーンの翼 COMPLETE』応援記事その2 「『リーンの翼』資料総まとめ」

 以下は、おそらくガンダムエース2010年1月号に載ってる発売情報です。

小説家富野由悠季渾身の書き下ろし


伝説のバイストン・ウェル物語が「完全版」となって甦る!
「富野由悠季を知る上で必読の書」と言われる本作が、全面改訂+書き下ろしにより、全4000枚の「完全版」として刊行! 富野にしか描けない世界観に瞠目せよ!!

リーンの翼完全版!
全4巻同時刊行 !

■四六判上製単行本
定価:各巻2310円(税込5%)

著 富野由悠季

3.24(WED) ON SALE!!


全ての巻末に小冊子つき!
4冊すべての巻末に各16ページの小冊子「作家・富野由悠季の世界1~4」が添附。幻の初期企画書、設定資料、語り下ろしインタビューなどファン垂涎の情報満載!

限定1000セット 特典つき全4巻入りBOX
「リーンの翼」(完全版)(全4巻セット)
定価:9240円(税込5%)
体裁/四六判化粧箱入り
予約〆切 2010年1月31日(書店必着)
特典:富野由悠季描き下ろし
『リーンの翼』カラーポストカード7枚セット

富野由悠季が自ら「リーンの翼」オープニングビジュアルとして描いたイラスト7枚をポストカードに。このイラストを使用したコンテつき。
富野由悠季「これが、バイストン・ウェル物語の最終話かもしれません」

 詳しい情報はガンダムエースをご覧ください、ということですが、噂によりますと、なんか後半の2巻は完全書き下ろしらしいですから、ある意味もうすっかり書き直し版とか、追加新装版を越えているものとなっていました。なので、興味ある方は是非チェックください。

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劇場版『∀ガンダム』対談 富野由悠季 x 菅野よう子(アニメージュ2002年3月号) (1/2)

2009/11/20 14:51|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:4
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 昨日に引き続き、今日も∀の資料です。富野監督と菅野よう子氏の劇場版『∀』の頃の対談です。

[原作・総監督]富野由悠季 X 菅野よう子[音楽]
『∀ガンダム』劇場公開直前緊急対談

『∀』の到達点
月の繭という奇跡
劇場版『∀ガンダム』は、富野総監督が目指してきた作品作りの一つの到達点だ。その象徴は音楽と映像が一体となったラストシーンにある。どうしてもあのラストシーンは生まれたのか。作品の完成を受け富野総監督と菅野よう子がラストシーンから全編を振り返る。



 LIFE GOES ON(人生は続く)――。劇場版『∀ガンダム』は『地球光』と『月光蝶』の前後編。合計上映時間は約4時間20分となる堂々たる大作映画だ。だが映画はおわっても、ロランをはじめとする登場人物たちの日常は続く。エンディングに流れる菅野よう子作曲の『月の繭』(『Moon』)は登場人物のかけがえのない人生の一コマを彩っていく。そのエンディングから見える『∀』らしさとは……。

富野作品らしくない『地球光』

――ゼロ号試写が行われたばかりの『月光蝶』なんですが、河口(佳高)プロデューサーから『月光蝶』について「富野監督のフィルムが好きな人なら絶対に楽しんでもらえる出来映え」と聞いたんですが……。

菅野 『月光蝶』ってそういうものなの?

富野 そういう意見は出て当然ですよ。

菅野 ああいう作品が多かったの?

富野 富野さんというのは、ああいう映画しかできない人だったの(苦笑)。だから、今回は『地球光』のほうが革新的なの。

菅野 そうなんだ。むしろ『地球光』はファンからすると「富野さんらしくない」という感じなんだ? でも『地球光』はすごくいいじゃない。正直言って、私自身、気持ちよく映画の仕事をしたなって思えたんだけれど。監督って『∀』を始める最初のころに、『キャンディ・キャンディ』がおもしろいって言っていたでしょ。グワーっと長い物語が紡がれていくところがいいって。私も読んだことなかったから、言われて読んですごくおもしろかった(笑)。そういうのと同じ匂いはしたんだけど。

富野 だからね、そういう意味では『∀』を通じて、僕はすごく勉強しましたよ。僕は少女マンガは嫌悪していたほうだったんだけれど、そのビジュアルの見た目とかフィーリングじゃなくって、まさに「劇的」なところがおもしろかったわけ。だから、そのころもう一つ名作と呼ばれる少女マンガを読んでいて……それは『ベルサイユのばら』なんだけれど(笑)。2つ読んで思ったのは、劇を作るというのは、こういうことのほうが近くて、モビルスーツの性能がどうのなんていうのは関係ないっていうのが(笑)……よくわかった。

菅野 富野さんっていつごろから映画っていうのを意識していたの。

富野 それはもうテレビの作業中から。

菅野 そうなの?

富野 それはそうだよ。だからこそ菅野よう子なんだし。だから『月の繭』を聞いているときには、逆にものすごくむきになりもしたわけ。もし『月の繭』がちゃんと形にできれば、エンディングは作れるだろう、それなら確実に映画版にバージョンアップできる内容になるだろうと思ったから。だから、今回に関して言えば、菅野よう子の楽曲がなければ、映画バージョンには絶対に仕上がらなかったということはいえる。

菅野 『月の繭』の元になった『Moon』って一番最初に作って渡した曲でしょ。こっちもイメージがまだ「竹取物語みたいな物語」とかそれぐらいしかない時の曲だったじゃない。

富野 だけど『月の繭』がちゃんとできたじゃない。それで「これでエンディングはいける」と思いつつ、「曲としてはちょっと甘いよね」というのもありはしたわけ。

菅野 うんうん。

富野 でも、一番分からなかったのは、これに絵が物理にはめられるか、ということ。そこで実際にコンテの段階で曲にあわせたときにすごくびっくりしたわけ。あの曲を1小節ごとに秒数を測ると、1小節が7秒で出来ていることがわかったわけ。

7秒で刻まれる音楽と映像

菅野 偶然だね! 実は最近、7秒説っていうのを歌えているんだけど(笑)。7秒ってけっこう意味があるような気がしているの。きのうCDをマスタリングしていて曲間7秒が気持ちよかった。前の音が終わって深く一呼吸で7秒。ちょっと前まではそういう間が、もっと短くて3秒ぐらいだったんだけれど、今は時代的に7秒になっているような気がしていたんだ。

富野 うん。7秒というのはわかる。映画的な感覚でいうと1カットを止め絵だけで持たせようとすると3秒が限界なのだ。ただ3秒3秒でつないでいくと機械的になるから、最後にちょっとブレスを入れる。そうすると3秒十何コマなわけ。だから7秒でできている曲だと、止め絵をポッポッとならべていくことで成立できる。じゃあそこに、キャラクターの動きを入れたらこうなりますよというのが見えてきて、ピターッと予定できた。だから、僕にとっての本当の映画化の仕事というのは、テレビ版の最後のコンテを切ったときに完結しているの。あとはその土台の上でなんとか5時間以内でまとめあげるだけ。ここまで映像構成に食い込んでいる楽曲というのを手に入れることができたのは、幸せだな、と。作曲家本人を前にこんなことを言うのは、ちょっと問題があるけどね(笑)。

菅野 (笑)。それで言うと実は、富野さんが、あの曲で力のある画面を作れるとは、正直言って、思ってなかったの。だって『月の繭』はすごい女性的で、ややもするとよくあるきれいなだけの絵が流れていくみたいになっちゃうのが普通だろうから。でも、監督がそういうものをやる人じゃあないのも知っていたから、だから無理とは思わないんだけれど、どうやって一定のところまで持ち込むんだろうと……。感性で曲にあてはめることはできないとすると、何か変なことをするのかな、なんて思っていたわけ。

富野 (笑)……かなりなめられたな。

 後半と感想は、明日でうpします。

星山博之『∀ガンダム』インタビュー(アニメージュ1999年6月号より)

2009/11/19 10:12|富野由悠季関連TRACKBACK:1COMMENT:4
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 故アニメーション脚本家・星山博之氏の記事を書くための資料の下調べしてたら、昔のインタビューを読み返したら、ちょっと意外なところを発見しました。なので、今回はこの資料を文字起こしをしたいと思います。

STAFF INTERVIEW 星山博之(脚本) 高橋哲子(文芸)
ドラマティックに見える部分以外にもドラマはある

’79年の「機動戦士ガンダム」をつとめた星山博之さんにとって、「∀」は、富野監督とは20年ぶりのタッグとなる。一方の高橋哲子さんは、サンライズ第一スタジオで、去年制作された「ブレンパワード」に参加。お二人に「∀」のみどころポイントについて伺った。

――星山さんは20年ぶりのガンダムですね。

星山 またミリタリー調で軍隊が出てくるなら代わり映えしないと思ったんです。でも、『小公女』なんかの名作もののように地に足のついた、普通の子供たちが出てきたどうだろう、と言われて。視聴者に違和感があるかもしれないけど、逆にそこから何かがでてくるんじゃないかと思いました。一見、よくあるドラマツルギーというのがあるかもしれないけど、そうじゃないところにもドラマはあるんだ、というのを見せてもらいたいですね。

――今回のストーリーづくりはどのように?

星山 3~6話分のワンブロックをどう面白くできるかな、ライターや文芸、設定の方と相談して、それを富野さんが整理して決めています。

――ロランはどんな少年なんでしょうか? 女装のアイデアにも驚きましたが。

高橋 実は、女装にはあんまりこだわっていないですね。むしろ、富野さんは、とてもロランが男のコだということをものすごく意識してますよね。たとえばアソコがつぶされて痛いとか……(笑)。

星山 素直にアムロ(『初代ガンダム』の主人公)に戻してみようと思いました。彼も軍人ではなく、今度のロランも、敵側だけれど民間人です。ロランは石鹸のにおいがしそうタイプでしょ。でも、これから男らしいところがでてくるかもしれないね。これからだんだん戦争になるので、いろんな人と出会っていくんじゃないですか。そこで人を守ったりとか。僕が見て「富野さん、いいアイデアだ」と思ったのは金魚。これから多分最後に、カギを握ると思います。精神的に。このままどんどん戦火が拡大していけば、気がついた時には思えば遠くきたもんだ、と。多分そういう時に、地球におりたった時の金魚が……。

――ロランの恋愛ドラマも登場する?

星山 精神的な恋愛は、もうディアナさんともキエルさんともしてるから(笑)。ロランは月から来てるけど、地球を敵だと思わない。地球の素晴らしさを教えてくれたのがディアナ様だったんですよね。あるいは。相当月の文化が疲弊しているのかもしれない。ともかく、この先いろんな展開があって、おもしろいですねよ(笑)。

――これまでのフィルムを見ると、生活を感じさせる芝居が多いと思いました。

星山 今回の人間の営みのようなものをすごく大事にしています。だから人に「ありがとう」と言うにしても、気持ちがよくなるコミュニケーションの仕方を割りと丁寧に拾ってますね。

高橋 やってますね。第1話でロランがスープを飲むシーンなんかいい味だしてますよね。絵のインパクトもすごいんですけど。

星山 彼はスプーンなんかを映像でしかみていないんですよ。地球ではどういう暮らしをしているかという、バーチャル体験としてだけ知っている。それだけに、スプーンの冷たい感触とかを書いたら、(富野監督が)そういう部分を取り入れてくれて。溺れるのだって、彼らは月に住んでいるから重力が違うのですよ。それでふらふらしてるんです。バーチャルなコミュニケーションばかりになった時に、生で人と人が出会うというのはわずらわしいことですよね。でも、それも捨てたモンじゃないというのが描ければいいですね。

 一見たいした話を含んでいないこのインタビューですが、これがわりと制作前期の話だということを意識のなかに置けば、色んなことが発見できます。
 このインタビューを読む限り、星山氏は制作前期ではまだ色んな部分にものすごく意欲だった。対してシリーズの終盤につれて、星山氏の代りに、若手ライターたちがだんだん活躍し、表舞台にも出てきた。それはおそらく『ブレンパワード』以来の監督とのチームワークのためだったんですが、星山氏が目指している方向性は必ずしも他の脚本家と一致していないこととも意味してるんです。

 次に、星山氏はディアナさま派(当然、富野監督も)が多いと思われるスタッフ陣のなか、あくまでロランをこだわっていた。おそらく彼を主人公目線として設定しておいたんですから、彼の行動、彼の気持ちを最優先視することも当然なことだと思うのですが、それも実をいうと今の『∀ガンダム』が見せた作劇とちょっと違いました。

 それから、星山氏は人情話がものすごく上手な脚本家ですから、当然、地球での数々ある名芝居も彼の手によるものです。それだけに、後半の急ぎ足による月の住民(ムーンレィス)の暮らしを書けなかったのにさぞ悔しかったんだろう。星山氏が『ガンダム者』などで口にしてた『∀ガンダム』への反省も、おそらくここらへんから生んできたものだと思われます。

 だいたい以上の3点ですが、しかし別の資料と照らし合わせたら、もっとはっきりと全貌を見ることができるのです。

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日常話綿々

2009/11/18 19:59|日常話TRACKBACK:0COMMENT:0
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 最近いろいろ忙しいので、なかなか更新する時間がなくて、本当にどうにかなりそう。富野の話題語りたいなー。


1.今日はこれから仕事のため、これを見ます。

The art of spirited away―千と千尋の神隠し (Ghibli the art series)The art of spirited away―千と千尋の神隠し (Ghibli the art series)
(2001/08)
スタジオジブリ

商品詳細を見る

 今さらこれって遅くないですか? うん、遅いね。でも仕事なので仕方ないし。

 それにしても、わざわざ改めて言う必要もないが、パヤオって本当に文化素養がある監督だよな~。日本の風景に近づけば近づくほど豊かな風景を作れるその力こそ、ひょっとしたらパヤオが海外で評価される一番の原因なのかもしれません。ナウシカの映画なんかは自分が大好きだが、正直パヤオ作品のなかでも安易というか、かなり安っぽいところでしか語らない作品だし。でも、その安っぽいところをあそこまで昇華できるのは、当然ものすごく凄い。
 ただ、もしパヤオ監督はもっと物語りたいものをストーリーとしてきちんと整理できるのならば、富野だろうと押井だろうとギサブローさんだろうと原監督だろうと細田だろうと(そしておそらく高畑監督も)、誰も彼に敵わないだろうな。でも、彼にはそれがないから、アニメ界は絶対的な存在がしないんで済むから、いいことだと思いませんか?


2.モーニングブルードラゴンさんがんばれ。チヨスよわす(でも、彼に応援したい)。大関たちの不甲斐なさにワロタ。


3.最近無理やり色んな記事を書いたせいで、なんか疲れてるな。やはり人間の時間と精神力は限られてると再び実感。ネットする範囲をツィッターとブログ書きといつも回ってる常連さんのところに限定しても、やはり余裕がない。あー温泉行きたいよー。


4.温州蜜柑でございます。ということで、もう冬なので、温州蜜柑の季節が来ました。台湾では「橘子」と呼ばれている温州蜜柑が大好きな自分にとって、これが食べれることが毎年の冬の一番の楽しみ。


5.ぬこ好き。ぬこ大好き。もふもふしたい。ぱふぱふしたい。富野新作見たい。もうだめぽ。

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アニメから小説となった作品たち -富野由悠季の80年代後半から90年代中期の小説ラッシュを語る-

2009/11/17 01:11|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:4
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 今日は、タイトルのとおり、また富野小説を語ります。


 ご存知のとおり、富野由悠季はこの20数年の間では、数多くの小説を手がけてきた。その作品数は19種類69冊にも及んで、アニメ演出家のなかでは、おそらく一番を誇るなのだろう。さらに来年3月にも『リーンの翼』の新装版が発売されるなど、いまだに小説の領域で活躍している。そういう意味では、本職はアニメ演出家ですが、富野由悠季は間違いなく小説家といっていいだろう。
 で、富野の小説のなかには、同名アニメのノベライズもあれば、まったくのオリジナル作品もあります。そのうち、オリジナルはアニメノベライズと比べて知名度がやや低いものの、どれもアニメ作品に劣らない魅力が発揮してて、小説の世界で異彩を放していた。

 こういったオリジナル作品を主軸に小説を展開していた現象が、1980年代後半から1990年代の間ではより一層顕著でした。特に、それがちょうど1988年(『逆シャア』以降、ガンダム第1期の完結)から、1994~5年(『Vガンダム』以後のフェードアウト、ガンダム第2期の挫折)で見られる現象なので、その間にはなんらか関係があると思われても仕方がありません。

 それもそうです。確かに関係があるはずです。なぜならば、80年代後半から90年代中期の富野の小説が、もともとアニメになれる可能性もあったはずだった。以下は資料ソースと作品リストを使って、簡単に検証します。




 まずは資料を読んで下さい。使ってるソースは、以下の三項目です。

ガーゼィの翼第5巻あとがき

映像を先行させて企画を考え、ノベルズを書いていましたから、(ノベルズだけで考えて書いたものが、二本しかありません)後から映像を考えながら作品を見ると、ノベルズがどのように見えるか分かったりして、本当に良い勉強になりました。

 これが、一番関鍵となる資料です。ここでは、富野がはっきりと「ノベルズだけで考えて書いたものが、二本しかありません」と発言をした。言い換えると、ほかのはすべてなんらかの形で映像、つまりアニメを想定していたということです

ガーゼィの翼~バイストン・ウェルの世界~│Long Interview 3 富野由悠季監督に聞く!

 ここのところが僕が元気になろうとして、去年(96年)の初め頃から、自分一人でも外に出て みようと決心した。その端緒になったのが、『ガーゼィの翼』のノベルとOVAの仕事なんだけれど、それだけでは 駄目だと感じて、『王の心』(角川ノベルス)の仕事もさ せてもらいました。
 『王の心』は、とても気に入ったノベルスなんだけれど、ヒットしなかった。読んでもらえないというのはとても辛い。印税も入らないし、これは地獄です。
 それでも、そういう経験を通して、自分から出ていくこ とは必要だと痛感した。『ガーゼィの翼』をやりながら幾つか企画書を書いて持ち歩いてみたら、ようやくサンライズが『ブレンパワード』を気に入ってくれた。

 ここでは、富野が『ガーゼィの翼』の時、同時に複数の企画を持っていたことがわかります。そのうちの一つが、後の98年のアニメ『ブレンパワード』になったわけです。

『オトナファミ』2009年2月号の富野インタビュー

アニメ映画って、そんな甘っちょろいもんじゃないですよ。死ぬまでにもう1、2本、映画でもアニメでも作りたいけれど、何を映画にしたらいいのか、テーマや物語が見つからない限り、迂闊に手が出せないんです。テーマやシナリオは、1~2本はあったんですけれども、映像作品ってそんなにみみっちゃいもんじゃないぞって思いが、ずっとありますから決めきらなかったんです。

 三本目の資料は挙げるまでもないですが、一応傍証として挙げます。フリー演出家なら常に何本の企画書を持って歩いてるのは当然のことですが、それが昔の富野監督にせよ今の富野監督にせよ、例外じゃないことです(ちなみに、富野監督の企画に興味ある方は、ぜひ富野監督と接触してください。今ならまだ未実現してる企画はありますよ)。




 以上の話を念頭に置いていましたか? それでは、『ガーゼィの翼』完結以前の富野の小説の一覧を見ましょう。

機動戦士ガンダム
伝説巨神イデオン
リーンの翼
機動戦士Zガンダム
ファウファウ物語
破嵐万丈シリーズ
オーラバトラー戦記
ガイア・ギア
機動戦士ガンダム ハイ・ストリーマー
機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン
シーマ・シーマ
機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ
機動戦士ガンダムF91 クロスボーン・バンガード
機動戦士Vガンダム
ガーゼィの翼
王の心
アベニールをさがして
(以上、発表順)


 そのうち、厳しい目で見ますと、アニメタイトルにもダブった『ガンダム』、『イデオン』、『Z』、『逆シャア』の二種類、『F91』、『V』以外、『ダンバイン』のリメイク的性質ある『オーラバトラー戦記』、ガンダムシリーズの外伝的性質ある『ガイア・ギア』、『逆シャア』の後日談的な性質ある『閃光のハサウェイ』を除きますと、残ったのは以下となります:

リーンの翼:剣闘騎士物語
ファウファウ物語:現代日本でのメルヘンもの
破嵐万丈シリーズ:アクション探偵もの
シーマ・シーマ:貴種流離譚
ガーゼィの翼:ファンタジー騎士物語
王の心:王家にめぐる愛憎劇
アベニールをさがして:ジュブナイルSF冒険物語

 どうでしょう。見事に違うテーマとジャンルを設定しているんでしょう。こうしてみても、ロボットアニメだけじゃない!という自負を持っている富野監督の野心が伺えます。
 さらに、『ガーゼィ』の資料で言ってた映像化じゃない作品はどれなのかイマイチはっきりとわかりませんが、そういった映像化を念頭においてない作品は、わずか2本しかありません。つまり、逆算的にいいますと、いま世に出ている富野の小説は、少なく6作以上が映像化を目指して書かれたことがわかります。




 以上の話をまとめるとすれば、4つの結論を得ることができます。

80年代後半から90年代中期、つまり富野がガンダムシリーズを軸に作品を展開した時期に、ガンダムしか作ってもらえなかったために、富野が手元に持っている他のアニメ企画をひとまず小説として温存する上で、アニメ化をも視野に入れる。あるいは、アニメ化はひとまず無理だが、その企画自体を捨てるには惜しいので、小説という形でその企画を世に出す。これが、上の小説群です。

以上の小説はサンライズと近い角川書店以外で出版されたことから見れば、富野は一時期複数な企画書を持ってて、サンライズ以外の会社とのコラボレーションのチャンスを探していた。結果、『ガーゼィの翼』がアニメのほか、ラジオドラマやゲームにもなってた。

ここで言ってた映像化をあらかじめ想定していた小説がアニメ化する場合、発揮するのはあくまで原作、ストーリー原案の役割で、言い換えると脚本段階での改変や改良の空間が残している。なので、仮に制作される場合、富野小説のコンセプトとアイデアを拾って、もっと面白い形でストーリーを展開すれば、今読んだ富野の小説以上の面白さを出せることも不可能ではありません。

それでも、小説は依然独立性を持ち、『ガンダム』や『ベルチル』で見られる通り、同じアニメと小説を想定しても、違う内容を描写し、違う結論を付けるのが富野ですから、それらのオリジナル小説も単なるアニメをスケールダウンするものに留まらず、固有の内容と固有の価値を持ってる小説となっています。

『RING OF GUNDAM』応援記事その2 「リング・オブ・ガンダムのこれからクリアすべき課題」

2009/11/15 23:43|富野由悠季関連TRACKBACK:1COMMENT:0
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『RING OF GUNDAM』応援記事その1 「リング・オブ・ガンダムの現状」


 今回は、『RING OF GUNDAM』応援のための記事第2回目です。前回では現時点で見せたショートフィルムとしての『リング・オブ・ガンダム』の現状について述べましたが、今回は今までの富野の作品から見た改善の余地がまだ残ってる部分に、『リング・オブ・ガンダム』の内容でもっと具体的にいくつかの建言をしたいです。
 ただ、内容としては一点除いて、この前書いた富野由悠季起用論の結論部分の話と実際ダブってますので、あくまで具体的な例を挙げる話になっちゃうかもしれませんけれど、それでももし何かもっと具体的なイメージやアプローチを発見できればいいなと思っております。

週刊連載 富野由悠季起用論まとめ4 「これからの富野起用に向けての建言:富野のアニメ作品をもっと売れさせるためには」

 なお、文中は『リング・オブ・ガンダム』に対する建言として語ってるんですが、実際普遍的な大原則を言ってるつもりですので、別の作品にも通用できるはずです。




 まずは、何よりキャラクターデザインです。
 現時点のショートフィルムで見せた『リング・オブ・ガンダム』を見ますと、実在の人物をベースにCGワークでデザインしたキャラクターですので、多少リアル寄りしてるのはある意味やむを得ませんけれど、受けさせる(もっと分かりやすく言いますと、萌えさせる)にはまだ距離があるため、もし『リング・オブ・ガンダム』を成立させたい暁には、もっとアニメチックに摺り寄せる必要があります。
 事実、今の『リング・オブ・ガンダム』で見せた主人公のエイジィ、ヒロインのユリア、敵役のグレン、そして謎の美少女ビューティメモリーの4人は、劇中の雰囲気に合致しているものの、それぞれのキャラのエンディングにある中村嘉宏氏によるイラストと比べて、やはりアニメ風の中村氏によるイラストのほうが、「風采」が出てますし、受けやすいのです。

 それに、富野は作品内容の必要によってリアルとマンガの度合いとメリハリを調整する一方、押井守監督みたいキャラクターデザインで作品のリアリティを体現することはしません。『ガンダム』のアムロと『リーンの翼』のエイサップ・鈴木くんなんかは、全体の雰囲気こそ異なってるものの、作劇におけるリアリティは基本的に違いはありません。
 つまり、逆にいいますと、監督や観客の好み問題にも絡んでますが、富野作品においては、キャラクターの造形は作品内容や作劇・演出に決定的な影響を与えないため、将来の富野作品のキャラクターデザインにおいては、今までのどの富野作品よりも、もっと全面的に変わることもできるはずです。『ブレンパワード』の時キャラクターのメインデザインとしていのまたむつみを、『リーンの翼』の時ビジュアルコンセプターとしてokamaを起用したのと同じく、今風に対して一定な許容度があります。

 ですから、将来『リング・オブ・ガンダム』をもっと具体的な企画に落とす際、アニメとしての「売りポイント」としてのデザインを入れ込む余地がまだまだありますし、入れ込む必要もあります。何故ならば、キャラクターデザインは作品の顔として機能するものですから、何よりも観客に受けさせる必要があります。なので、『リング・オブ・ガンダム』はジャンルとしてはやっぱりロボットアニメですけど、「格好良いメカ」を実現させるだけではなく、「格好良いキャラクター」も実現させるべきです。




 次は、メカデザインのことです。
 メカデザインはロボットアニメにおいてはキャラクターデザインと並ぶ作品の顔であり、作品の華ですので、これも外してはいけません。
 今のところ、『リング・オブ・ガンダム』で見せたメカは、三種類があります。『ファーストガンダム』に出てくるRX78ガンダムと髣髴してる「リング・ガンダム」(仮称)と、連邦軍のガイコツMSとその赤い角がついてる隊長機バージョンの3つ。前の応援記事1では人型のガンダムと異形のガイコツの対比が出て、上手くガンダムの魅力を引き出したと言いましたが、それだけでは足りません。

 富野近年の作品では、ありきたりでお約束的なメカ造形や演出を排除して、より物語世界全体に融和させる使い方をして、視聴者に多くの好評を得た反面、作品の外部、つまりキャラクター商品としての価値の魅力を立つことを疎かにした部分が多少あったと言わざるを得ません。
 ですから将来、仮に長編を制作することになったら、『リング・オブ・ガンダム』がメカデザインにおいては一番克服する課題は、違和感なくガンダムという元祖のデザインと新しいメカを同居させても平気な世界観に合うようなメカデザインを持ちつつ、ある程度メリハリが効くある独立性を持つキャラクターとして華を持ってるメカデザインから入る必要があります。映画の場合、最低でも『逆襲のシャア』みたいにマイナーチェンジを含めれば10種類くらい(内訳:リガズィ、ジェガン、νガンダム、ギラ・ドーガ2バージョン、ヤクド・ドーガ2バージョン、サザビー、αアジール)が必要ですし、テレビアニメの場合ならさらに多い数がいるので、監督とスポンサーとデザイナーとスタッフが努力して、外部としてのデザインが魅力的、かつ作品内部にも馴染むメカニカル要素を作るべきなのです。
 すべての要素を成立させるのは監督・原作者の責任と義務ですから、きちんと売れる部分を徹すれば、今のガンダムより売れることもまた不可能ではないのです。

 それを成立させれば、『リング・オブ・ガンダム』はただの記念フィルムから飛び出して、初めて商業的な作品になれるのです。




 次は、CGの話です。
 将来変わる可能性もありますが、もし将来『リング・オブ・ガンダム』をCGで作るとしたら、今で見せた『リング・オブ・ガンダム』を見る限り、問題点は主に以下の3点です:
 ①キャラの顔と表情。これはキャラクターデザインにも絡む問題で、実写の役者をベースにしたキャラクターとはいえ、人物の動き方や演技などと比べますと、顔と表情は明らかに圧倒的に物足りなかったし、売りにもなりにくい。ですから、将来売れようとすれば、もっとアニメチックに摺りよせる必要があります。
 ②戦闘以外のロボット演出:例えばガンダムがビューティメモリーにタッチするところなど、戦闘のロボット演出は今風でなかなかいい感じで示したのに、戦闘以外のロボットの動きだと、多少模索段階にいる気配があります。止まると安っぽいに見えるけど、ずっと動いてるとなんだかぎこちないという部分も、これからCGにおける大きいな課題だと思います。
 ③CGの重量感:ガンダムとガイコツMSが空中で戦闘するときを見ると、やはり重量感があまり感じないのは気になるところです。また、重力空間ではまだいいですけど、宇宙空間だと、人物の重量感もまだ改善できる空間が残ってますので、もっとCGの使い方で重さを演出する必要があります(技術ベースは違うけれど、実をいうと『リーンの翼』の一部のCG演出はこの問題をそれなり解決してるので、そっちを参考するのもいいかもしれません)。




 それから、脚本と構成、それから最近の富野作劇、あるいは『リング・オブ・ガンダム』が示した素晴らしいコンセプトのなかに潜む作劇の憂慮についてのお話します。
 脚本に関しては、富野自身が脚本を書くと練りが足りなくなる憂いがありますので、富野のコンセプトを上手く拾い上げてくれて、話(脚本)に落せる脚本家が必要です。理想としては、『Vガンダム』の故・桶谷顕氏、もしくは『∀ガンダム』の故・星山博之氏みたい人情話が得意とする脚本家がいい。その部分は、骨がしっかりしてる富野作品への肉付けになれますから。
 それから、構成に関しても、富野自身の構成は上手くないですので、まず何より富野自身に構成を任せてはいけません。必ずシリーズ構成が付くべきなのです。映画くらいのサイズだと富野本人が着手するのはいいですけど、それでも『F91』みたいに別の脚本家を付くほうがやはりブレーキが利きます。

 脚本と構成以外、今度もう一点おそらく『リング・オブ・ガンダム』が特有とする隠れる憂いというのは、ズバリ今回のコンセプトを作劇に反応する仕方です。
 ご存知のとおり、今回富野が『リング・オブ・ガンダム』において、はっきり打ち出したいテーマが、つまり政治哲学家ハンナ・アーレントが終生関心していた「全体主義」です。一見重いテーマですが、テーマがあることは決して悪いことではないですし、富野が監督を務める場合はさらに上に魅力的な要素で隠しますから、ただ辛気臭いアニメになる恐れはまったくいりません。
 しかし、問題がないわけではありません。絶対に起こる問題ではなく、潜在の憂いがあるのです。

 難しい話は避けたいので簡単にいいますと、全体主義の一つ大きい特徴というのは、「責任者の不在」です。これによって、誰も望んでいないはずだったのこと、決して起こってはならないことが、この構造によって、起こってしまうということです。これをどう作劇に反映するのは、もちろん監督である富野の腕によるものですが、一番潜在的な憂いというのは、この「責任者の不在」という難しい構造を、「象徴としての敵の不在」に落とすことです
 「象徴としての敵の不在」は、ある意味ポストモダン的な話で今の時代にも合致してる風潮ですが、安易に悪を指名しない一方、どうやって明確に主人公サイドと相対する敵役(悪役ではなく)を使うのが、『リング・オブ・ガンダム』での一大課題です。ただの雑魚だとつまらない。思想においても戦いにおいても互いに争う敵がいるからこそ、話が面白い。一見簡単な話ですが、決して無視できる話ではありません。ですから、テーマの反映と作劇での面白さの間には、きちんとバランスを取る必要があります。




 以上は今のところショートフィルム『リング・オブ・ガンダム』で見せる内容から見る、いくつかの克服すべき課題です。次回は、『リング・オブ・ガンダム』を制作するメリットと将来の展望の話をもって、リング・オブ・ガンダムの応援記事を終わりにします。

■『RING OF GUNDAM』応援記事その3 「未来への可能性から語るリング・オブ・ガンダム」(執筆中)

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週刊連載 富野由悠季起用論まとめ4 「これからの富野起用に向けての建言:富野のアニメ作品をもっと売れさせるためには」

2009/11/13 21:20|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:4
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週刊連載 富野由悠季起用論まとめ2 「富野についてどんな起用法が良い?」
週刊連載 富野由悠季起用論まとめ3 「テレビか映画か、それが問題だ」


 今回は、長い時間をかけて書いた「富野由悠季起用論」の最終回です。まとめ1まとめ2まとめ3ではそれぞれ富野作品が秘めている商業的なポテンシャルと起用するメリット富野におけるガンダムとそれ以外のジャンルの作品の価値テレビや映画などの流通形態の適正性に語ってきましたが、今回の最終回は近年の富野作品で見られる比較的に弱いところについて、いくつかの建言をしたいところです。

 以下は、キャラクターデザインメカデザインならびに演出、それから構成と脚本、あと総合的なプロデュースについて、それぞれお話します。




 まずは、何よりキャラクターデザインが一番最初に語らねばいけません。富野のこれからの監督作品をもっと売れさせるには、まずはこれから着手しなければなりません

 昔、富野が多くのロボットアニメを監督してた時、おもちゃやプラモ会社がメインスポンサーのため、メカデザインは唯一な売りとしての基準だったかもしれませんけれど、ロボットアニメでもロボットだけではいけなくなってるご時世だと、ただロボットが受かるだけではダメです。作品のもう一つのメインビジュアル、キャラクターから固めなければなりません。何故なら、キャラクターデザインは作品の顔として機能するものですから、何よりも観客に受けさせる必要があります

 近年の富野作品を検視みますと、キャラクターデザインとしての評価自体は高いものの、より多くの観客に取り込んで受けさせる(もっと分かりやすく言いますと、萌えさせる)にはまだ距離がありますゆえ、アニメとしての「売りポイント」としてのデザインを入れ込む余地がありますし、入れ込む必要もあります。何故ならば、作品は売れるなんぼのものですから、セールズ自体を増進できるものであれば、なんでも取り入れこむべきなのです。

 キャラクターデザインの今風寄りによって、今まで富野の作品にあった魅力を損なうことにならないかと心配する人もいるかもしれませんけれど、そのような心配をする必要がありません。
 富野は作品内容の必要によってリアルとマンガの度合いとメリハリを調整する一方、押井守監督みたいキャラクターデザインで作品のリアリティを体現することはしません。『ガンダム』のアムロと『ブレンパワード』の伊佐美勇なんかは、全体の雰囲気こそ異なってるものの、作劇におけるリアリティは基本的に違いはありません。
 つまり、逆にいいますと、監督や観客の好み問題にも絡んでますが、富野作品においては、キャラクターの造形は作品内容や作劇・演出に決定的な影響を与えないため、将来の富野作品のキャラクターデザインにおいては、今までのどの富野作品よりも、もっと全面的に今風に変えることもできるはずです
 これはロボットアニメだろうが萌えアニメだろうが共通してる問題ですから、一見もっとも表面的なことかもしれませんけれど、ひょっとしたらもっとも鍵となるポイントになるかもしれませんので、絶対押さえたいところです

 『ブレンパワード』のときキャラクターのメインデザインとしていのまたむつみを、『リーンの翼』の時ビジュアルコンセプターとしてokamaを起用したのと同じく、富野作品のなかでも今風に対して一定な許容度がありますゆえ、将来富野を監督として起用する時は、富野のキャラクターデザインに対する拘りと好みをもっと押さえて、全面的に観客寄りのデザインを押すべきです




 次は、メカデザインや演出について語ってみたいと思います。富野でいえば、ガンダムというロボットアニメの老舗の創始者であり、もっとも多くの作品を監督した演出家ですが、実は、近年の富野作品におけるメカ事情についても、まだ改善できる余地が残っています
 非ロボットアニメならともかく、富野の今まで一番実績をもったロボットアニメなら、当然無視できることではありません。なぜならば、メカが出るアニメはメカがメインだろうとメインじゃないだろうと、売れるほうがいいに決まってますから、メカに関して改善できるところがあれば、当然改善するほうがいいのです。

 富野近年の作品では、ありきたりでお約束的なメカ造形や演出を排除して、より物語世界全体に融和させる使い方をして、視聴者に多くの好評を得た反面、作品の外部、つまりキャラクター商品としての価値の魅力を立つことを疎かにしたことが、多少あったと言わざるを得ません
 近年の富野作品で例えますと、『∀ガンダム』全体のデザイン、それから劇中の∀ガンダムの超性能なのに、牛を運ぶ、橋をかける、洗濯機になる使い方、あるいは『キングゲイナー』のぬいぐるみコンセプトなどは、いずれも好評を得て、作品世界の雰囲気作りに貢献をしましたけど、メカとしての売りがいまいち明確にならず、一旦作品から抽出されると、その魅力も半減してた。
 これはある意味、富野が物語世界に没入するあまりに、メカのキャラクター性の構築を処理しそこなったことですから、この方面の追求をもっと深化すべきなのです。

 しかし一方、既存の『Zガンダム』劇場版では、その戦闘演出の上手さは健在ですし、その演出によってメカとしての趣味をアピールできたことも依然存在してますから、この両者の間ではどのようにバランスを取っているのかもまた、将来富野を起用するうえのメカデザインやメカ演出の課題の一つです。

 ですから、将来デザインに関しては、世界観に合うようなデザインを持ちつつ、ある程度メリハリが効くある独立性を持つキャラクターとして華を持ってるデザインから入る必要があります。演出に関しても、デザインと合せつつ、きちんと売れるポイントを徹して演出する心がけが必要です。外部としてのデザインさえ固めれば、作品内部にどう落としこむのは当然演出次第ですし、それを両立して成立させるのは監督・原作者の責任と義務ですから、きちんと売れる部分を徹すれば、今のガンダムより売れることもまた可能です。




 以上は、キャラクターデザインとメカデザインについて語ってきました。しかし富野を起用する際、もっと大事なのは、構成と脚本、それから総合的に全体をプロデュースする部分です。

▽続きを読む▽

富野が歌ってなくても、オレのせいじゃないよ!

2009/11/12 21:10|未分類TRACKBACK:0COMMENT:2
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 富野資料ならびに情報大手サイトのひびのたわごとの子犬さんが、こんな話を書いた。

ひびのたわごと│信じたオイラがバカだった

kaito2198さんからこんな情報を聞いた。

今更知ってたが、「キングゲイナー・オーバー Special Sampler」のデモテープで歌ってる人はなんと富野らしい。



(;゚Д゚)(゚Д゚;(゚Д゚;)ナ、ナンダッテー!!

そういえば中身を聴いたことはなかったなぁ。
そうか、富野が歌っているのか。

ワクワクしながらテープを再生してみたら……

はい、ふつうに福山芳樹が歌っておりました。
いや、信じたオイラがバカだったんですよ。
だいたい本当に富野が歌っていたのなら、当時絶対に話題になったはず。
それがなかったのだから、ガセだとわかるべきだったんです。

(´・ω・`)

 ひどいよ(笑)! 私は当然持ってませんので、ちゃんと「らしい」という不確な言葉も使ってるんじゃないですか! それに、ちゃんと(結局ガセだが)情報の元リンクも教えてたんじゃないですか! ううーん、なんかいわれのない冤罪を受かった気がしますので、こっちも反撃します(笑)。


 なので、以下はウソ情報ソースを晒し上げます:
まんだらけ 宇都宮店│連休だからって家でDVDばっか観てないでCD聴こうぜ!注:2007年の記事です

最後はこれです。CDではないんですが・・・。キングゲイナー・オーバー Special Sampler。要はデモテープみたいなもんですが、歌ってる人があの井荻麟!
井荻麟とは富野由悠季の作詞家としてのペンネーム。つまり、これはキングゲイナー・オーバー富野verというわけです。

 ほら、店員さんがちゃんと富野が歌ってると言ってたんじゃないですか! 私が信じちゃうのも仕方ないじゃないですか。いうなれば、私も被害者ですよ? 

 しかし、そもそも何故こんな話が出てくるんでしょうか? 結局、よく見ると、

未再生での入荷だったので自分も聴いてないのですが、福山芳樹とはきっと違ったアプローチをしてくれることでしょう。
無駄にカラオケバージョンとか入ってる・・・。ということは音源も違うのかな?ああっ気になる!

 あ、そういうことだったのか。結局記事を書いた人も聞いたことなかったのね。カバーに富野、おでこに井荻麟なので、誤解しちゃったのね。なるほど、謎がまた一つ解けた。でめたしでめたし。

富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 追伸

2009/11/11 00:54|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 追伸
 先日、自分が書いた『クロスボーン・ガンダム』についての話を、いくつかの部分についての追伸を書かせていただきます。

富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 前編 「クロスボーンはどこまでトミノだったの?」
富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 後編 「クロスボーンに潜むトミノエッセンス」


 まず、誤解している方はいるかもしれませんけれど、自分は長谷川氏を貶すつもりとか、富野を持ち上げるというつもりは一切ありません。文中は何故か長谷川より富野の言及を多くするというと、富野のクロスボーンの持ち分を少しでも割り出したかったからです。なぜなら『クロスボーン・ガンダム』は最初から最後まで長谷川裕一作品という大前提がついているからです。なので、今回の記事のスタート点もまた、そこからなんです。まずこれを理解していただけないと、誤解も生むだけです。
 それから、今回『クロスボーンガンダム』の検証をしたところ、自分は一番強く感じたのは、むしろ富野と長谷川両者それぞれの方法論の限界です。富野もどこか自分だけではどうしても達成できないところがあれば、長谷川もそうだった。両者が最後まで意思疎通できなかったところもあれば、コラボレーションによって互いの力を底上げしたところもあった。それが『クロスボーン』だった。




はてなブックマーク - TOMINOSUKI / 富野愛好病 富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 前編 「クロスボーンはどこまでトミノだったの?」

 次に、はてばブックマークにてコメントを残してくださったshinichiroinabaさんに対する返答です。

 長谷川裕一氏の漫画は台湾ではどれくらい読まれているという質問ですが、まず、長谷川氏の漫画は台湾では、結構出版されております。同人誌を除ければ、ほとんど読むことができるじゃないかくらい出回っております。
 次は人気ですが、残念ながら長谷川裕一氏の漫画はそれほど読まれていません。絵柄で敬遠されがちというか、作風は今風でないというか、とにかく知る人ぞ知る漫画家というのがもっぱらの評判です。あと、SF漫画というより、冒険漫画での文脈で語ることが多いかもしれません(まあ、台湾のSF論壇は日本ほど発達してないのも一因なのかもしれませんけれど)。
 そのうち、『マップス』はやはり氏の代表作としてよく上げられていて、90年代までは、一番よく知られている作品でしょう。ここ数年はガンダムエースでの連載で、『クロスボーン・ガンダム』は一番知名度が高い作品でしょう(ただし、『スカルハート』や『鋼鉄の7人』を含む)。あと、『クロノアイズ』もわりと知られていて、以上の三作が、長谷川作品の知名度においてはベスト3でしょう。このほか、『逆襲のギガンティス』『Vガンダム外伝』『猿の惑星』などガンダム漫画ですが、ガンダムシリーズにアンチテーゼを打ち出す面においては、やはりそれなり語られているらしい。
 
 あと、話はやや逸れますが、キングゲイナーは確か消化不良な気配がありますね。なぜなら一部の話数は全然作品を消化していなかったです。2クールという長さにも多少関係あるかもしれませんけれど、それよりもシリーズ全体の構成が気になるところですね。


はてなブックマーク - TOMINOSUKI / 富野愛好病 富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 後編 「クロスボーンに潜むトミノエッセンス」

 ここの話ですが、今回使ったテキストである『オタクの遺伝子』から『クロスボーン』の記述を抽出して、よく検視してるうちに、自然にこうなっただけです。本の書き方自体は至って真っ当ですし、こっちもおたく系の視点で見るつもりは一切ありませんので、自分が書いた記事では、作者稲葉氏の声はいっさい存在していませんけれど、よこしまな視点で語ってない自信は、少しだけありますね。




 以上は、『クロスボーン』記事についての追伸です。また何かご意見ご感想あれば、また追加でお返事します。

『RING OF GUNDAM』応援記事その1 「リング・オブ・ガンダムの現状」

2009/11/09 19:49|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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 今回から、現時点富野由悠季監督の最新作である『RING OF GUNDAM』の記事を、3回分けて書きたいと思います。第1回、すなわち今回は『RING OF GUNDAM』の現状についての話で、第2回は今までの富野作品の傾向と現時点で見たフィルムから、将来制作されるであろう『RING OF GUNDAM』のこれからクリアすべき課題についての建言で、第3回はこの一連の記事のまとめと共に、総括的に未来的な作品『RING OF GUNDAM』についての話なので、もしよろしければ、皆さんも一緒に応援してください。


 と、その前に、シャア専用ニュースさんはGALAC2009年12月号に載っている富野インタビューを紹介してくれました。そのなかにいくつか極めて前向きで意欲的な話があるため、是非一度読んでみてください。

シャア専用ニュース│GALAC2009年12月号 THE PERSON 富野由悠季 インタビュー 要約版

 また、ほかの『RING OF GUNDAM』の情報について、以下をご覧ください。

『RING OF GUNDAM』現時点情報総整理




 さて、今回は現時点ビッグエキスポで初公開、Gyaoにも無料配信したショートフィルムとして『リング・オブ・ガンダム』の現状から、色々を語ってみよう。


 まずは、一番大きい構成要素である設定を見ましょう。
 『リング・オブ・ガンダム』はショートフィルムでありながら、世界背景はきちんと設定されている。当然、富野が得意とする奥行きのある設定や世界観によって、キャラ、人物や作品に存在感を与える方法論である。

「リング オブ ガンダム」は、初代ガンダムの「一年戦争」からはるかな時を過ぎた新世紀、月の軌道上に直径600キロの巨大建造物「リング」がある世界が舞台。地球連邦軍に所属するエイジィは、地球の高地で大きな岩のかたまりに埋め込まれた「ビューティ・メモリー」を見つけた……。

 ここにいささか奇妙を感じずにいられない記述がいくつかあるものの、一番はっきり示しているのは、『リング・オブ・ガンダム』は今までの集大成という位置付けしている『∀ガンダム』よりも、宇宙世紀と地続きしている世界。フィルムのなかに登場していた銀色のガンダムも、それを説明していた。

 それから、この前出版したばかりのギャラクのインタビューによりますと、ガンダムビッグエキスポでお見せしたフィルム、今我々知っている『リング・オブ・ガンダム』は、イメージトレーラーみたいなもので、また本格的にストーリーに落とし込んでいませんけれど、本番でやりたいコンセプト並びに全体構成は、すでにはっきりしています。さらに、『リング・オブ・ガンダム』以外にも複数の話を持ってて、『リング・オブ・ガンダム』から『∀ガンダム』に至るまでの企画も持っています。

 また、将来作るであろう『リング・オブ・ガンダム』や『リング・オブ・ガンダム』的なコンセプトを持つ作品とは別に、今の『リング・オブ・ガンダム』はすでにフィルムとしては完結していて、そのまま引き続いて制作するわけではない。今回のフィルムはあくまでガンダム30周年記念用ショートフィルムの性質を持たしつつ、技術的な試しも、将来の方向性を示す作品である。
 それとは逆に、もし将来企画が上手くいけば、別に今で見られるCG作品に限られなくとも、別の制作形態、公開形式もありうるのです。言い換えると、手描きアニメも可能ということです。




 次は、物語に関する部分です。
 ショートフィルムの『リング・オブ・ガンダム』が今のところ、見せた物語はわずかな断片しかなかったため、それほど本格的に語ることができませんけれど、それでも大まかで説明したら、以下になります:

①エイジィがグレンの命令(軍?)の元に、山を登って、人類救済のヒントを秘めている「ビューティメモリー」を探しようとしてる末、ようやく幻の映像でありながら、どうも自意識を持つ「ビューティメモリー」と遭遇、「アムロの遺産」を見つからないとメモリーを獲得できないと知らされている。
②いろいろあった末、エイジィはようやくアムロの遺産と思わしきMS「ガンダム」に乗ることになりました。起動途中に、彼の行動を止めようとするユリアという謎の少女と遭遇してるが、二人はそのまま一緒にコックピットに入って、そのまま外へ出ることになる。ここから一転、エイジィはガンダムを乗ってて、グレン大尉ら地球連邦軍と戦うことになる。戦いの末、コロニーが大爆発する。戦いのなか、「ビューティメモリー」の悲鳴が木霊している。
③戦いもやや落ち着いた頃、エイジィとユリアを乗せたガンダムは宇宙に飛び、「ビューティメモリー」を秘めている宇宙船に接近した。そして、敵味方の注目のなか、宇宙船にストックしていた隕石にタッチし、そのなかに眠っているビューティメモリーと接触を果たす。ビューティメモリーは、人々に希望を持って記憶を開ければ、いずれ新しい地球を救うこともできると繋げたところで、物語が終わる。

 と、このような話ですが、おそらくここまでの物語はまだ半分にも行かず、むしろ途中のさわりだけ見せて、続きを期待させるような作りです。メッセージが届いたところで終わるのはただ今のフィルムに沿う形に過ぎません。




 次は、人物に関する話です。
 ショートフィルム『リング・オブ・ガンダム』に登場している人物は今のところ4人しかいないため、語るにはそんな難しくはありません。CGのため、人物の登場年齢はやや高めに見えますが、エンディングの中村嘉弘氏によるイラストと共に照りあわすと、エイジィはおそらく10代後半から20代前半の青年で、ユリアはエイジィよりちょっと年下に見えそうが、年はやはり大体10代なかばから20代前半。グレン大尉はいかにも軍人みたいなゴツイ風貌で、唯一ビューティメモリーだけがいかにも実在の人間とかけ離れている存在で、金髪で儚い印象を与える。
 で、人物の関係を見ましょう。

 まず、主人公のエイジィは元々軍人か民間人は曖昧なんだけれど(設定によると、地球連邦所属らしい)、ビューティメモリーを探し始めた最初の段階では、明らかに軍に所属しているグレン大尉の協力者のポジションを取っていた。ユリアが最初エイジィに銃を向けたのも、おそらくそのためです。
 しかし、話が進むのに連れて、エイジィはビューティメモリーを探したい地球連邦軍とだんだん離れて、つい敵対となる。同じくビューティメモリーを探しているけど、アプローチの違いが覗けます。

 それからヒロインであるユリアは、どうやらエイジィのガンダム起動しいてビューティメモリーを探す行動を止めるために、ガンダムのコックピットに飛び込み、エイジィに銃を向けたが、二人はなりきりで共に行動することとなり、戦友まで行かなくても、互いにそれなりの信用を得ている様子。最後ビューティメモリーのメッセージを直接に受け取ったのもまた、ユリアとエイジィの二人であった。
 また、ユリアは何かエイジィを知らないことを知ってるらしく、「あたしたちのリングコロニー」という言い草といい、最初エイジィに取っていた態度といい、おそらくエイジィと違うところに住んでいることも推測できます。

 おそらく地球連邦の捜査隊かMS隊の隊長であるグレン大尉は、4人のなかでも出番がもっとも少ない人なため、語れる内容はそんなに多くありませんけれど、それでも最初の接触と、エイジィの攻撃前に取っていた態度から見て、一見粗野だけど、決して横暴な人じゃなくて、エイジィにも一定な理解を示す人かもしれません。

 最後、ビューティメモリー。人間か、アンドロイドか、立体映像か、それともただの幻かは、今のところやはりなんとも言えませんけれど、それでも一種のメッセンジャー的な役割を負っているのは確かだ。また、彼女が言ってた「コクーン」、それから彼女とアムロやアムロの遺産との関係も、おそらく『リング・オブ・ガンダム』の謎の中心となっています。




 それから、メカに関する話です。
 『リング・オブ・ガンダム』今のところでは、二種類のMSが出ています。主人公エイジィが乗っている最初のRX-78ガンダムと髣髴している白いガンダムと、地球連邦軍所属している外見がガイコツに似ているMSです。さらに、グレン大尉の機体は赤い頭部を持っています。
 全体として、ガンダムは今までの王道のとおり、ビームサーベル・ビームライフル・シールドというオーソドックスな装備に対して、ガイコツMSはいかにも敵の風貌をしてて、外見も武装もかなり異質的な雰囲気をしている。また、ガイコツMSと明らかに人型であるガンダムという対比は、より一層ガンダムの特異性を出して、そのヒーロー性を確立することができた
 ほかの大小のメカに関しては、今のところ多言はしませんけれど、そのなか一番見逃すことができないのは、なんといってもリング状を呈しているコロニー。




 次は、テーマに関して少し語ってみよう。
 ここ1年間、富野の発言を少しだけ注意する人がありましたら、多少この名前を富野の口から聞いたはずです:ハンナ・アーレント。ハンナ・アーレントは一体どういう人物なのか、彼女が主張しているものはなんなんのかについて、ここで説明するつもりはありませんけれど、それでも政治哲学者としてのアーレントが生涯抱えているテーマのうちの一つに、「全体主義」を挙げられます。
 そして、富野がこの『リング・オブ・ガンダム』及び最近持っている企画においては、この全体主義をテーマとして設定しています。富野曰く、このメッセージで未来の希望性を伝える野望を抱いているそうです。

 そんな大きいテーマを抱えて、堅苦しい作品になるのではないかという疑念もあるでしょうけれど、ご心配ありません。当然、どうテーマを消化して、作品に落とし込むのはまさにクリエイターとしてのつとめですし、富野の場合は、上手くそのコンセプトを掬い取ってくれるスタッフさえいれば、テーマの大きさと作品の面白さを両立させることは十分可能です。富野が今まで成功した作品もそうしてきたからです。




 最後は、技術に関して語ってみたいと思います。
 今回の『リング・オブ・ガンダム』にあたって、モーションキャプチャーより新しい技術を使って作られたものらしく、富野がこの作品のCGワークにおいて幾つかの新しい演出と方法論を導入して、今までCGアニメの制作にすでに熟練してきたスタッフたちに大い驚かさせたという。
 これに関して、今回サンライズと共に制作を担当してたROBOTのプロデューサーである倉澤幹隆氏も、CGスーパーバイザーである西井育生氏も、それから長年CG制作に携わってきた早野海兵氏も、今回の富野演出の魅力さについて有力の証言を残した。

 将来、『リング・オブ・ガンダム』は制作されるかどうか、またはCGで作られるかどうかはよく知りませんけれど、しかし仮に今のような制作形態で決定されたら、意外にも有利かもしれません。なぜならオールCGは富野が今回始めて触れたもので、一見富野に似合わなさそうですが、長年アニメを従事しながらも、元々実写志望をお持ちで、受けた教育も実写映画の富野にとって、このように実写とアニメの半ばにいるCGアニメが、キャラの使い方やカメラワークなどから見ても、ひょっとしたら富野に似合うかもしれません
 ですから、今までガンダム作品はほとんど手描きアニメで作られているが、この『リング・オブ・ガンダム』に関しては、アニメ以外なら、CGも可能性の一つとして残っています。




 以上が、リングオブガンダムの現状です。次回は、仮に制作することが決まったら、『リング・オブ・ガンダム』のこれからクリアすべき課題について語るつもりです。

『リーンの翼』新装版は飛んでいけるのか? 後編 《小説リライトを可能とするもう一つの翼と、肉体と精神が再び整合を求めるサコミズ》

2009/11/08 01:30|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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『リーンの翼』新装版は飛んでいけるのか? 前編 《新訳Zでは処理できない小説版リライトと、神事や能によって開放されたバイストンウェル世界》


 前編では、富野がアニメ版『リーンの翼』に能と神事という二つの要素を導入することによって完成したバイストンウェル世界を紹介しました。この二つの要素によって紡ぎだしたアニメ版『リーンの翼』こそ、小説版リライトを成立させるための二つのカギのうちの一つである。
 そして今回はもう一つのカギを紹介すると共に、本格的に小説版リライトの話に入ります。



『リーンの翼』の軸となる迫水真次郎

 バイストンウェルは元々設定の上では、魂の修練場、もしくは輪廻する魂の故郷というところなんです。こういった要素は、小説版『リーンの翼』のなかではすでに表しましたが、アニメのなかにキレイに落とし込んだのは、やはりアニメ版『リーンの翼』である。そして、この二つの『リーンの翼』においては、その中心にいる人物は、やはり迫水真次郎/サコミズ王である。

 どう小説の迫水とアニメとサコミズ王をつなぐ、どう小説『リーンの翼』の最後のサコミズの生死を書き直すかというと、すなわちこの能と神事の方法論を導入することです。
 富野自身がかつて二つの『リーンの翼』に対しては、「ひょっとしたら同じサコミズではないかもしれない」という言い方をしましたが、まさにそういうことを示しています。生きても完全に生きてるとはいえない。死んでも死に切れない。この曖昧さ、この状況を正確に演出できる、能の舞台の性格を持ってるバイストンウェルは利用しなくてはなりません

 しかし一方、やはりサコミズがアマルガンに殺される結末と、サコミズがそのまま生き残って、やがて横暴な王になる隔が大きすぎますので、どう越えていくのか、あるいはどうこの二つを融和させるのが、やはり一大課題です。
 そこで、バイストンウェルのもう一つの翼の出番です。そう、95年から97年の小説、アニメにもなってた『ガーゼィの翼』です。


バイストンウェルのもう一つの翼――『ガーゼィの翼』が秘めている力

 『ガーゼィの翼』において、一つ今までどのバイストンウェルでも違うアイデアというのは、主人公の千秋クリストファは他の主人公と違って、精神はバイストンウェルまで飛んでいたのに、肉体はそのまま地上界に残っていたところです。なので、この二つのクリスは劇中では何度も会話を試し、目の前にいる困難をお互いに語り合いながら越えていくというシーンが見られます。
 この『ガーゼィの翼』の精神と肉体が分離するアイデアは、正直『ガーゼィの翼』本編ではそれほど上手く作用していませんでしたけれど、アイデアとしてはすごく興味深いものです。特に、もしこれを『リーンの翼』の小説にも導入すると、恐ろしくハマっていました。
 以下は、このアイデアがどう『リーンの翼』に作用するのを説明します。ネタバレになる話は大量含まれますので、ご注意ください。


肉体と精神の分離と整合を求めるサコミズ

 小説『リーンの翼』の最後、サコミズの魂が飛んでいた。死んでなお日本を憂うサコミズが、リーンの翼に乗って、小倉に落としたはず第3の原爆を止めたが、それだけでは、日本はとても救えたとはいえません。アメリカに負ける日本の将来を心配するあまり、一時混沌さに埋もれそうになりかけたサコミズだが、そこで彼を救ったのは一つの曲、『りんごの唄』だった。この曲から、サコミズは戦後日本の健やかさを覗いて、やがて安心して、意思、精神、肉体、血脈がすべて一体となって、再びオーラロードに通じて、帰るべきところに帰還した。これが、小説『リーンの翼』の元々の結末である。
 しかし、もしその時昇華していたのはサコミズそのものではなく、精神だけだったとすれば…?

 このように、小説『リーンの翼』もアニメ版と同じく鎮魂の要素を持っている、第3の原爆を止め日本を救い、日本の未来を覗いて安心したサコミズが、精神が浄化される話自体は成立しています。しかしそれと同時に、肉体だけがバイストンウェルに残されたままという話も、ありうるのです。
 あの時のサコミズは間違いなくアマルガンの剣によって殺されていたが、肉体はリーンの翼によってそのまま保って、精神だけ殺されてた(飛ばされてた)とか、肉体はバイストンウェル(恋人のリンレイなどと肉体関係を持ったため)と繋がりを持つようになったため、こだわりを残して、精神と共に昇華しきれなかったなどと、物語の上の理屈としてはいくらでもあります。
 となると、肉体は生きているんですから、バイストンウェルに生きているのも同然です。

 しかし、精神を失ったサコミズは、依然に肉体としての記憶を持っているため、日本に帰りたがっている。ですから、かつての戦い(小説版で描かれた話)に通じて一日本軍兵士から大局と世界の理を見れる賢明さを持つようになった自分をだんだん忘れて、ひたすら肉体に執着に囚われるようになっていた
 このように、サコミズは日本に帰りたがっている。すなわち、故郷に帰りたがっている。それは、日本はサコミズ自身の故郷だけではなく、精神の拠り所を探しているかもしれない。自分のかつて昇華していた/帰っていた精神を探しているかもしれない
 これによって、地上界に帰りたい意志が、さらに両面性を持つようになります

 となると、アニメ版『リーンの翼』の最後、隈取が消えていて、安らかな笑顔を見せたあのサコミズは、肉体が安眠できるところを見つけて、かつて失ってた精神と再び統合した姿かもしれないという話も成り立てます(ちなみに、最後は先祖様のお墓に帰ったのも、エイサップと両親の話もそれを示唆している)。演出と設定の両方が同時に説得力を持つようになる。
 これをもって、小説版『リーンの翼』とアニメ版『リーンの翼』のパラレルストーリーに、ようやく架け橋ができました。


アンチヒーロー、アマルガン・ルドルの変化

 ここまで来れば、『リーンの翼』リライトにおいて一番ネックである課題が解決された今、まだアマルガンやリンレイについての処理が残っていますが、それらもいささかな問題に過ぎなくて、演出や理屈でどうでもなる部分です。何故ならば小説『リーンの翼』は、すべてサコミズを軸に展開するものですから。サコミズの部分さえクリアできれば、ほかの部分もそんなに困らないはずです。
 アニメ版『リーンの翼』でも出てくるアマルガンで例にしましょう。
 
 アマルガン・ルドルは、小説版ではサコミズの戦友でありながら、一国の王になる野心を持っているゆえ、最後はサコミズを裏切ったが、アニメ版では反乱軍のリーダーを務めている。その温厚な長者になっている姿と、若い頃野心を溢れていて油断にならない姿とのギャップがあり過ぎますゆえ、これを埋めていくのが大変だと考えている人もいるんでしょうが、実はそうでもありません。
 大事なのは、アマルガンはサコミズと共に生き残った場合、アマルガンは嫌でもサコミズのこれからの姿を見届けなればいけませんので、サコミズの変化や、サコミズとバイストンウェルとの絡みが、やはりアマルガンの変化に繋ぐことになります。つまり、サコミズを上手く処理できれば、アマルガンも受動的に上手いところに落ち着けることです。

 なんなら、サコミズの国興しの勢いはあまりにも凄すぎて、アマルガンは逆に自分が抱いてる野心が実は大したことないと気づき、さらにサコミズの覇王化に危惧を覚えて、バイストンウェルの理を守ることに身を投じるという処理もできます(アマルガンは元々バイストンウェルの理に一定の理解を示している)。
 さらに、敵対となるサコミズにずっと苦汁を飲まされるなか、国を失い、一国の王から部族の頭領にスケールダウンして、再び豪傑風になって、王としての驕りを捨てて、部族の者ともと打ち解けて改心した。なぜなら、サコミズを倒せない限り、アマルガンは再び王になれるわけないですから。しかも今度はかつてガダバの王ゴド・ゾウを倒せたら一国の王になれるほど単純ではないため、野心を再燃することもなくなる。そんなわけで、アマルガンは年を取るとともに、ますます温厚なヤツになっている。
 ここまで来れば、小説版のアマルガンとアニメ版のアマルガンをようやく繋げることができた。

 以上で語ったアマルガンの変化、すべてはサコミズを中心に変化するものですから、サコミズの件さえ解決できれば、ほかの部分はすべて処理によって乗り越えられます。


リーンの翼の輝きがセンス・オブ・ワンダーを起す

 小説版『リーンの翼』リライトの成立において、『新訳Z』みたいなラスト改変ではなく、旧結末と新結論を両立させるために、前編で挙げた『リーンの翼』の持つ「能と神事」と、後編で挙げた『ガーゼィの翼』の持つ「精神と肉体の分離」が不可欠な要素と言いましたが、当然、小説に落とし込む場合、なんらかの演出以外、なんらかの理屈も必要です。
 そこで最後に、もう一つの物語としてのギミックが残っています。それが、タイトル名にもなっていたリーンの翼です。

 リーンの翼はいわゆる聖戦士の身で顕現するバイストンウェルの理で、それによって起される現象が、明らかに人智を超えるもので、物語を処理するにおいては、これほど便利なものがありません
 上で例として挙げられたサコミズとアマルガンの二人の変化なんかでは、面白いことに、サコミズがバイストンウェルの理の守護者から一転覇王になるのと、アマルガンが覇王になる野心を捨てて、バイストンウェルの理を守るために戦うという変化も、ちょうど二人の立場を反転することになります。しかしこんな部分でも、小説版のラスト、アマルガンの剣がサコミズの咽喉に刺し、二人の思いが交差してるとき、リーンの翼が起きた現象によって、二人が互いの想いを引き取っちゃうことになる。これによって、二人の立ち位置の変化も説明できます。
 ここまで行けば少しデウス・エクス・マキナな気配がありますが、リーンの翼は物語の最初から提示して、最後まで作用してた要素ですから、唐突までいきませんし、少し意外性があるほうが、物語のセンス・オブ・ワンダーとして作用できますから、リーンの翼現象に一部の処理を担当させるのも、バイストンウェルシリーズ作品である『リーンの翼』の強みです。


最後に――『リーンの翼』リライト新装版への諌言

 今度の小説『リーンの翼』リライトの延長線にいる、そして富野作品系譜でいえばちょうど前の作品にあたるアニメ版『リーンの翼』が、全体は尺の関係で少々急ぎすぎる様式を呈してますが、新訳Zよりさらなる進歩を遂げた演出、バイストンウェルシリーズの突破、日本へのメッセージと訴えかけ、アニメとしての演劇リアリティを限界まで引き上げ、「能」と「神事」の導入によってバイストンウェルを大成させ、バイストンウェルの完成によって富野の芸能論を達成させたなどの点においては、アニメ版『リーンの翼』は非常に大切すべき作品だと見なされるべきです。
 そしてこのアニメ版の方法論があるからこそ、『ガーゼィの翼』のアイデアも加えて、『リーンの翼』の小説リライトが初めて成立することができます

 富野作品の系譜においては、80年代後半以来、分裂・分離はかつて富野作品のなかで普遍的見られる現象・演出(これに関してまた別のところで語るつもり)です。しかし、98年の『ブレンパワード』以後、つまり白富野時代はいわゆる整合期なので、アニメ版『リーンの翼』も小説『リーンの翼』リライトもこの系譜に属するだろうと思いますから、一度逆算的に『リーンの翼』の「鎮魂」要素を持っている整合性から肉体と精神の分離から語らないと、やはりこれから来るべき『リーンの翼』リライトを処理できません


 今度の文章において、自分が改めて確認したのは、やはりアイデアマンとコンセプターとしての富野はいかに凄いということです。上で語ったあらゆる要素や演出でも、すでに作品のなかに散りばめているものですから、自分が立ち上げる創見というのは、正直一つもありません。
 しかしながら、富野のコンセプト、アイデア、演出が作品作り(アニメ、小説問わずに)にすべておいては一級品にも関わらず、実際のストーリーや脚本に関する話作りはそんなに上手くないです。アニメ版『リーンの翼』最初の数話でも、『新訳Z』の制作とダブったため、『新訳Z』の方法論を引きずって作ってたため、多少上手く行かなかった部分もあります。
 なので、こういう富野が欠缺する話作りな部分においては、どうしても諌言できる人、諌言となるものが必要です。今度の文章も実は、そんなつもりで書いたものです。実際に届けるかどうかは別にして、そのような声が大切だと思っています。

 ここで語った視点は最善とは口を裂けても言えませんけれど、それでももし『リーンの翼』リライト新装版にたいする何かの諌言になれれば嬉しい限りです。

▽続きを読む▽

『リーンの翼』新装版は飛んでいけるのか? 前編 《新訳Zでは処理できない小説版リライトと、神事や能によって開放されたバイストンウェル世界》

2009/11/07 00:57|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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 前書きとして書かせていただきますと、この『リーンの翼』リライト小説についての文章は、元々何ヶ月前から記事にする予定したものです。しかし、新装版の発売が決定した今となって、やや時期を逸れたものになってしまったかもしれませんし、その実態とかけ離れるものになる恐れもあるかもしれません。
 それでも、以下の『リーンの翼』のリライトについて、いくつかの建言をするつもりで書かれている文章は、決して無駄なものではなく、今まであまり語られていない視点や考え方によって、皆さんにもう一度『リーンの翼』の小説とアニメを考え直すきっかけを与えれると信じたい。

富野由悠季小説『リーンの翼』、2010年新装版発売決定!




 小説『リーンの翼』は、富野由悠季が83年から86年まで3年かけて書かれた、『聖戦士ダンバイン』などで描かれたバイストンウェルワールドと同じ背景をした作品です。富野の初オリジナル小説で、ハードボイルド的な物語とファンタジー的な要素を持ちながら、日本人のメンタリティを問いかけたこの騎士小説は、長年ファンに支持され、05~06年ではパラレル的な続編であるアニメ『リーンの翼』も制作されたほどであった。
 で、この小説『リーンの翼』のリライトはここ数年間ずっと噂されていましたが、最近はようやくその新装版の発売が決定され、ファンの間でも大いに盛り上がっている。

 しかしその一方、今から数えて26年前の小説を改稿・リライトするのは、決して生易しいことではありません。しかも富野の場合、近年の考え方は往年と比べて大きく変わっていたため、なまじ手を入れたことが、かえって悪くなることもあるかもしれません。
 この文章は、『リーンの翼』のリライトについて、いくつかの建言をするつもりで書かれているもので、以下は一つの言説を大胆に断定したいです。つまり、『新訳Z』の方法論をベースにする『リーンの翼』リライトは成り立てませんけれど、『リーンの翼(アニメ)』の方法論をベースにする『リーンの翼』リライトなら可能、ということです。


アニメ『リーンの翼』が示してくれたもの

 『リーンの翼』リライトの成立にあたって、一番大事なのは、小説版とアニメ版を繋ぐことではなく、昔の小説版のあの感動的な結末(ネタバレを避けるためあえて明言しません)と余韻を残したままで、サコミズをもう一度生まれ変わせることです。つまり、旧来の小説版とアニメ版を両立させることです。
 昔の与えられた話と結論を削らないんで、新しい何かを与えるには、ただ健やか(ただ、という言い方は『新訳Z』に失礼ですが)になる『新訳Z』の方法論を持ってでは、『リーンの翼』のリライトを上手く処理できませんので、ここではさらなる一歩に進んだ方法論が必要となります。
 そこで、アニメ版『リーンの翼』の出番です。

 『リーンの翼』は『新訳Z』よりさらなる進歩(=富野本人の進歩)を遂げたのは、一見究極的な結論である肉体性(肉体の抱擁)を越えて、肉体に宿っている精神を、時間と空間の軸で表してたところです。そしてこれがあるからこそ、『リーンの翼』はバイストンウェルシリーズの突破といえるのです。
 

 今までのバイストンウェルシリーズが直面したもっともやっかいなのは、ほとんどの主人公が最初では訳もなく突然バイストンウェルに落ちる、いわば導入部の問題です。日本ファンタジーものにありがちな「勇者になって異世界を救う」という安いところに落とせないのはバイストンウェルシリーズの特色ですが、そうなると、あちらの世界に行く/行った意味性は、どうしても弱く見えます
 しかし、小説『リーンの翼』はほかの大勢なバイストンウェル作品と違って、すでに特攻という生死を分ける一瞬で生と死の狭間に落ちたという意味性を帯びてる形を示してくれましたし、アニメ『リーンの翼』ではさらに「こちら来た状況と共にバイストンウェルに落ちてる(戦艦が地上界に現れ、また戻る)」という解決法によって、その意味性の追求を不要にした(巻き添え状況の強み)
 これをもって、バイストンウェルが求められる最初から持ってる意味性は、アニメ『リーンの翼』ではきれいに軟着陸させ、物語の全体に溶け込ませた。

 となると、ここからは舞台としてのバイストンウェルが面目躍如するところです。


『リーンの翼』に見る「能」と「神事」二つの要素

 『リーンの翼』で多くの人が感じてるように、作品のなかに描かれたバイストンウェル世界は、あの世のことです。あの世といっても、別に黄泉の国とか具体的なものではなく、別の世界、もっと言ってしまえば、この世の反映です。特に第5、6話では、さらに明確にこの世とあの世の繋がりを画(画面)として落とし込んでいた
 となると、バイストンウェルという限定される箱世界も、一人の作り手が作った独善世界にとどまらず、日本の伝統芸能の一つである、能の舞台みたいに活用できるはずです。能の舞台や演目の功能は、まさに一つの世界(=あの世)を作っておいて、我々が生きている現世(=この世)を描くです。四方舞台と柱が、別の世界・別の時空を暗示したものであり、そのなかに発生する世界も、すなわち見る側の心境を反映する世界である。
 以下は、『リーンの翼』が持つ二つの性格から語ります。

 能。
 『リーンの翼』の第5、6話(特に第5話)で出現した主人公の主客転換が、すなわち『リーンの翼』の能要素を示した演出です。サコミズが話の中心にいるシテ(主役)となって語る。シテが己の視界の限界を越えて、世界そのものを語る。物語の前進が、シテの語りと直接つながりとする。人物の反応(語り)が、直接画面に反映する。さらに、感情や思考などの内面描写が、まったく表面まで浮かび上がる。これらが、まさしく演劇としての能の使い方である。
 アニメにおいては、ここでのストーリーとドラマを表舞台まで引き上げて、世界そのものと同一化させる能の成立は、富野がここ数年考えている芸能(=日本の風土に基づいた文化)、『OVERMAN キングゲイナー』以後ようやくの到達点で、演劇のリアリティ(虚構と現実の複合体)を限界まで引き上げた富野演出の新境地である。
 そして、能以外には、もう一つの到達点があります。

 神事。
 サコミズが乗っているオーラバトラー「オウカオー」が持っている一体の刀もこの名前ですが、これは決して偶然ではありませんでした。迫水真次郎(さこみずしんじろう)の名前のなかには、すでに「神事(しんじ、かみごと)」が含まれているように、富野は初めから『リーンの翼』に、神事の要素を導入したかったのです『リーンの翼』がある種のサコミズ成仏ものになりうるのは、第5、6話自体が修羅と化身したサコミズを鎮魂するための話だったからです。
 修羅は能の演目の一種であり、元々仏教の教えである六道輪廻のうちの一つですが、能では、武人の亡霊(=死にきれない者、死に損なった者)がシテとなり、ワキ(と観客)に対して、己の生前の戦いの有様と、死後もなお修羅道に苦しむ様を語る「修羅物」となっています。そのような演劇は、元々戦いのなかに散っている者たちを慰め、鎮魂(=神事、祭り)する意味合いが強いもので、まさしく『リーンの翼』の物語のなかのサコミズの立ち位置とピッタリ合っているのです。
 このように、神事は能のなか極めて日本的なものである。そして、日本的なものこそ、バイストンウェルがずっと求めているもの。


舞台として大成したバイストンウェル

 しかし、このように『リーンの翼』を能と神事で語れるのは、ほかでもなく、バイストンウェルという限定的な舞台、二つの世界をごちゃ混ぜする状況、現世を反映する機能があるからです。あの物語世界のなかにいるもう一つの世界としての舞台の上では、時間・空間あらゆる要素は人物の思いのままに転換してゆき、現世を照らし、現実世界と物語世界を媒介させる。そして、舞台の限定性を確立すると同時に、開放感を与えれます。
 逆に言いますと、あのような状況を構築でき、自然に作品に溶け込むことこそ、バイストンウェルという世界最大の強みで、一番存在意味を持ってるところなんです。

 ここに至って、バイストンウェル世界はこれをもって完成した気配さえします。そしてこれが、何故一般的評価が低めと言われている『リーンの翼』に、私が失望を覚えていない原因。富野が『新訳Z』を突破でき、進歩し続ける証を、この『リーンの翼』で確実に残していたからです。


 次回は、以上の話をうけて、『リーンの翼』リライトの話に入ります。

『リーンの翼』新装版は飛んでいけるのか? 後編 《小説リライトを可能とするもう一つの翼と、肉体と精神が再び整合を求めるサコミズ》

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富野情報&小ネタ溜まり場

2009/11/05 23:10|富野情報TRACKBACK:1COMMENT:0
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 最近の富野情報について話します。


1.もう記事にもしましたが、今日は富野監督の68歳誕生日です。皆さん、おめでとうございます。ケーキは無いし、一緒にシャンパンを飲むこともできませんけれど、それでも皆でお祝いしましょう。

富野由悠季総監督68歳誕生日おめでとうございます!


2.富野の著作のなかでも屈指の名作であり、2005年ではアニメにもなった永遠の傑作小説『リーンの翼』が、2010年3月の新装版の発売が決定されました。角川書店の大英断に拍手。

富野由悠季小説『リーンの翼』、2010年新装版発売決定!
Growing Reed│ONAIR: 2009/10/25 「日本のアニメについて今思ってることを聞かせてください」

◆小説

富野由悠季が描く、絢爛なるサーガ一挙4000枚!
「リーンの翼」全4巻
著/富野由悠季
2010年3月より、単行本発売予定
角川書店

独特な魅力をはなつ異世界《バイストン・ウェル》を舞台に、壮絶な戦いと人間たちの生きざまを描き出す。富野の世界観と哲学が、渾身の力で投入された大長編小説。ガンダム30周年の今、創作者・富野由悠季が、おなじく30年を投じた、もう1つのライフワークが、単行本4冊という大ボリュームでここに完成する!

 さて、今回新装版について、一番気になるところは、なんといってもその内容です。パッとニュースを見た瞬間、「これはどう見ても噂されているリライト版じゃないじゃないか!」ですが、2005~2006年アニメ版のノベライズという可能性もあるかもしれないご指摘を受けて、ちょっと話を整理したいと思います。
 この『リーンの翼』リライト版の話が一番早く出回ったのは、日経BP社が2004年7月24日に発売された『ライトノベル完全読本』のなかに載ってる富野x福井対談である。この時点でいえば、まだ『リーンの翼』製作の噂より以前であったため、早くも新作はバイストンウェル作品かもしれない噂と、それ(後のアニメ版『リーンの翼』)と関連するリライトという期待が、ファンの間ではたちまち広がっていた。
 とまあ、最後はアニメ『リーンの翼』が制作されることになりましたし、結局サンライズプロデュースミスが売り上げにも響いて、『リーンの翼』は注目を集めている配信作品としては大成功を収めたものの、セールスに関しては思ったよりの数字が得れず、一度アニメと同時に出版すると予定されるであろうリライト小説も、結局しばらくのボツを喰らったようだった。

 もっともそれが富野自身が書けないだからという可能性もまったく無いと言いきれません。皆さんの知ったとおり、富野自身は∀の小説を福井と佐藤茂の二人に依頼したのは、まさにそういうためだったから。
 ただし、富野のなかには、このリーンの翼リライトの構想はずっと生きているままらしい。少なく去年の台湾講演の時点では、未だに生きている。
 そして、今は、ようやく出来た。それが、とてもおめでたいことです。単行本4冊とか、4000枚原稿とかを見ると、多分新しく書き下ろしもあるのではないかと思いますが、まだ発表してないから何か知りませんってのは今の時点の立場ですな。
 

 ちなみに、ブログと2chのスレとTwitterとほぼ同時投下してたこのネタですが、実はGrowing Reedの情報をまとめる時にちょうど見つけたものです。本当に偶然だったんですな。
 というわけで、角川書店さん、ガンダムエースさん、今回の『リーンの翼』新装版を備えて、またガンダムエース誌で何か企画をやってくださいな。アニメ配信の時の漫画版連載、アレ大成功だったんですよ。今回はさらに『リーンの翼 COMPLETE」』という新しい弾がありますしね。

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(2010/01/27)
福山 潤嶋村 侑

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3.去る10月25日、富野監督は岡田准一氏のGrowing Reedに出演しましたが、その中身について、岡田准一氏のファンである方が、二人の会話をほぼ全編文字起こしてくれました。この番組を聞き逃した人は、是非ここをチェックしてください。

I give smile to You│Growing Reed2009/10/19

=准より=

さ、ということで富野さんとお話をさせていただきました。
いや、本当にかっこいいおじさんですよね。
やっぱり何だろう、モノを作るっていう上でクレバーだし、今の時代を憂いでいるというか。
今のエンターテイメントと言うか、
人に見せるものっていうものはそれ相応にみんなが覚悟を持って臨まなきゃいけないし、
そういう意味で今の現状を「うーん」て思うことから始まるってことは山ほどあるので、ね。
ま、モノを作っている人は今日の富野さんの言葉に。
おお~と思ったりもしたのではないかなーと思いますし、ね。
気持ちいいですよね、ズバっと言っていただけるというか、やっぱり時代を作った方なので。



4.富野監督が、仏像修復を専門とする古仏修復工房を訪ねてきました。その内容は、「教えてください。富野です」に収録されるそうです。

古仏修復工房│ガンダムの富野監督が…

アニメ ガンダムの富野監督とお会いしました。
ガンダムエースという雑誌の「教えてください。富野です。」という、いろいろな人に富野監督が会うというコーナです。
ガンダム世代からいえば、雲の上の人なんで緊張しましたが、気さくな方でした。
年齢からいえば父とほぼ同じ年代なのですが、好奇心が旺盛なのはすごいですね。でも、なんでまた、仏像に興味を持ったのかな。

興味あれば、ガンダムエース12月号を覗いてみてください。

(注:10月26日発売した12月号の「教えてください。富野です」実際の内容は北嶋絞製作所の北嶋實氏との対談ですから、おそらく11月26日発売となる2010年1月号に収録されるだろう)

 仏像でいえば、富野監督はかつてフィギャア王では仏像を言及したこともありますから、気になる人は、是非以下の記事を読んでください。その一見飛躍だが理に叶ってる発想に、あなたもきっと驚くはずです。

富野由悠季のオーラちから

 また、視野にいれて欲しいマーケットがあります。それは宝石商です。貴金属というものがなぜ売れるのかを考えてください。お客さんに百万円を出させるクオリティを持っているからでしょう?ダイヤモンドのような輝くフィギュアをつくれば百万円で買ってもらえるかも知れません。もし、「いや、そんなことは今までやったことがない」と言うのであれば、そう思った瞬間にやめてしまいなさい。本気で信じられなくては出来ることではありませんから。



5.明日発売となる月刊ギャラク12月号で富野監督にインタビューした日芸の教授、K研でのほほんのなかの人が、またしも富野監督に関するエントリーを書きました。これまでも『リング・オブ・ガンダム』のインタビューに対して何度か紹介してくれたんですが、今回は富野監督と日芸の話をしました。以下はその記事です。

K研でのほほん
ガンダム~リング・オブ
で、リング・オブ・ガンダム。
ガンダムの富野さんは日芸が嫌い???←最新!

「リング・オブ・ガンダム、やる気なんですね」
そうですよ。やる気みたいです。もうすぐ出るGALAC読んでね。
「でも、富野さんって、日芸、嫌いなんですよね」
エ?ナニソレ??ソンナフウニオモッテルノ?

なんか規定の事実みたいに学生は口々に言うけれど、
僕がお目にかかったときは、そんな風ではなかったですよ。
『日芸ぐらいにしか入れなかった僕』という言い方は
(これまたあちこちでも)していましたし、
『自分の人生の中の3つの挫折のうちの一つ』
なんて言い方はされていましたので、そういう発言が
富野さんは日芸が嫌い、になってしまうのでしょうかね。

お嫌いではないでしょう。

 さすがに日芸の教授先生、富野監督を理解をなさってます。多くの人は富野監督の口先の話に惑わされているようですが、日本大学芸術学部は60年代の時点では、日本でも有数の正規な映像教育をしている学府なので、そこから卒業した富野監督もまさに正統な映画教育を受けてたアニメ演出家である(もっともそれを反映しているのはイマジナリーラインコンテ上のカットの繋ぎへの強い意識)。まあ、詳しい内容はリンク先で読んでください。

 あと、日芸さんよ、さっさと日藝賞を富野監督に与えろ!


6.月刊ギャラクなんですが、もう今月号の目次を公開しました。

GALAC(ぎゃらく)最新号のご案内

Interview

THE PERSON  富野由悠季
  ロボットなんて、好きじゃない!



7.毎日新聞朝刊のコラム「時代を駆ける」が、今富野監督特集を絶賛連載中なので、新聞は取っている方なら本文以外、貴重の写真を拝することができますし、新聞を取っている方なら毎日JPで読むのもいい。

毎日JP
時代を駆ける:富野由悠季/1 「ヤマト」意識、「ガンダム」を青春群像劇に
時代を駆ける:富野由悠季/2 「アトム」演出本数、最多
時代を駆ける:富野由悠季/3 「トリトン」認められ、喜び

 今のところ3回で、おそらく後3回で終わるようですが、毎週月火水の連載なので、次回の掲載は来週の月曜日です。あと、毎日JPは一定の時間を過ぎると記事をまるごと削除しますので、保存したい方はお早めにするほうがオススメです。


8.あと、SIGGRAPHASIA2009では、リングオブガンダムの講演があるそうですが、とても高いなので、今度現地からのレポートは今のところ絶望したようです。

ひびのたわごと│年内ラスト生富野
SIGGRAPHASIA2009│「Ring of Gundam: No Hints for Creation in Your Manuals」

This year, for the 30th anniversary of the iconic 2D animation “Mobile Suit Gundam”, Yoshiyuki Tomino produced a commemorative film: “Ring of Gundam”. The experimental production involved 2D and 3D animation techniques, 2D and 3D visuals, and applied live-action technology. During the production process, the creative team encountered many conflicts between creation and technology, which are explained and clarified in this talk.
Yoshiyuki Tomino
Ikuo Nishii
ROBOT Communications Inc.

 今度は技術的な話だそうで、富野監督だけでなく、西井育生氏も参加するので、とても期待できそうな話に見えます。あと、この講演から見ても、今度の制作はやはりROBOT主導でしたね…。


9.葛西りいち氏による富野監督とあかほりさとる氏の話です。

葛西りいち│6-6 「大先生の忘れられない一言」

君はボクの敵か? 味方?



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富野由悠季総監督68歳誕生日おめでとうございます!

2009/11/05 11:29|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野由悠季総監督68歳誕生日おめでとうございます!
 みなさん、今日何の日だか分かりますか? そう、皆さんが愛する富野由悠季総監督の誕生日ですよ! 1941年11月5日生まれの富野監督は、今日をもって68歳になりました! おめでとうございます!

ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー ディア トミノ
ハッピー バースデー トゥー ユー

 うた…うたが? ああ、可愛い歌だこと…。


 小説版『リーンの翼』リライト新装版のビッグニュースに邪魔(?)されて、今頃ようやく記事にするところですが、もうこんなめでたいことは無い! 富野! 好きだ! 富野! 愛してるんだ!

富野由悠季小説『リーンの翼』、2010年新装版発売決定!




 今年一年を振り向けば、まず長年アニメに与え続けてきた貢献と、アニメ業界でのキャリアが認められて、ようやく実になったのは、なんといってもイタリアのテレビアニメフェスティバル『Cartoons on the Bay』のキャリア賞、そしてスイスの第62回ロカルノ国際映画祭での名誉豹賞だったんだろう。富野監督のこの二つの受賞は、メディア文化祭ブログの管理人さんの仰るとおり、個人の創作活動への評価としてだけでなく、日本の商業アニメーションに対する国際的な捉えられ方でも反映するものとなっているため、その意味はアニメ業界に対しても極めて重要なことです。

富野由悠季監督、イタリアにて受賞
富野由悠季監督、ロカルノ国際映画祭名誉豹賞受賞

文化庁メディア芸術プラザ(MAP)ブログ
富野由悠季監督がイタリアの国際アニメーションフェスティバルでキャリア賞を受賞。
ガンダムの富野監督にもロカルノ国際映画祭で名誉豹賞。(8/9)




 長年「外に向けて発信すること」を自分とアニメ業界のテーマをし、近年では少しずつアニメ業界での文化人の一面を担いで出てきている富野監督ですが、今年はアニメ界の内輪だけでなく、特に社会の一般大衆に向けて発信する一年である。雑誌や新聞では週刊東洋経済、週刊文春、日本経済新聞、読売新聞、アメリカでの新聞紙、朝日新聞、THE21、日経ビジネスアソシエ、毎日新聞などで、若者、工学、住まい、環境、ガンダム30周年、アニメ、アニメの歴史、創作、個性と才能、個人の半生の回顧などのテーマについて幅広く語っていた。
 テレビではNHKとフジのコラボレーション番組『若者の底力』を始め、NHKの週刊手塚治虫、TBSの情報7days ニュースキャスター、日本テレビのプレミアムスウィッチ、NHK教育の過去出演回顧などで出演を果たし、アニメ業界にも外に向ける発信できる人間がいることをアピールした。富野監督の真摯な態度が、ようやく一般人にも伝え出来つつである。

Japanimate.com│ガンダム生みの親、富野由悠季が語る若者論
悠々日記│富野監督が「若者の理工系離れの一番の要因はゲーム」だと語っている新聞広告
ひびのたわごと│ようやく買いました
Japanimate.com│若い世代の行動に期待、アニメーション監督富野由悠季さん
最近の富野情報小まとめ(新作についての発言も)
富野監督のアメリカ紙インタビュー
小ネタ置き場
そして富野が言った。「若者よ、世界を覆う欺瞞を疑え」

富野由悠季監督が真剣中年しゃべり場に&おまけ情報
7/30~8/2富野情報一気大放送




 そのほかにも客観さと謙虚さを持ちつつ、CGデザイン界、音楽界、ゲーム界などへの発信も忘れないでいた。富野監督の異種格闘技は、未だに続けている。

機動戦士ガンダム30周年 X S+FOR+SWEEP10周年 異種格闘技特別興行 富野由悠季 監督 講演会 チケット発売開始
中村勇吾 x 富野由悠季公式レポート
富野由悠季とゲームの22つの接点




 それから、今年はガンダム30周年ということで、原作者、シリーズ初作品の総監督、シリーズ最多作の監督の富野由悠季監督は、ガンダムについても、また精力的な宣伝活動をこなし、自分の代表作であり、この30年経ったシリーズを強くアピールした。また、このほか、30年を振り向くだけでなく、さらなる未来志向を伝えるために、昔のシンボルを取り入れつつも、まったく新しいメッセージを入れた宣伝ショートフィルム『リングオブガンダム』をお作りになった。今年「ガンダムの顔」として一番ガンダムファン以外にメッセージを伝えてたのは、間違いなく富野監督である。

アニマックスのガンダム一挙放送のまとめ
ガンダムモニュメント完成1周年記念富野由悠季監督講演会告知&『Vinci』富野監督インタビュー
ITmediaニュース│読売新聞に6面ぶち抜きガンダム広告 著名人が思い入れ語る
富野由悠季「生誕30周年祭 in NAGOYA ガンダムTHE FIRST」出演
1/1ガンダムメイキング総回顧 その1
1/1ガンダムメイキング総回顧 その2
富野由悠季監督のオープニングセレモニー情報一覧
7/30~8/2富野情報一気大放送
『リング・オブ・ガンダム』の由来と変遷
最近の富野情報小まとめ(新作についての発言も)




 しかし、今年、富野監督が一番得ていることですれば、なんといってもショートフィルムとはいえ、現時点の最新作でオールCGで作られた『リング・オブ・ガンダム』だろう。この作品はガンダム30周年宣伝や技術的な試しという側面を持っているとはいえ、今までのどのガンダムにも負けない、富野が作ってきた作品と同じぐらい、2Dアニメにも3Dアニメにも劣らない魅力を持つ仕上がりとなっている。その富野の発想の柔軟さと演出の豊かさは、3Dアニメ界にも震撼をもたらした。

シャア専用ニュース│月刊ニュータイプ2009年11月号 A NEW MIND 富野由悠季による新ガンダム「リング・オブ・ガンダム」 斬新への証言 要約版

プロデューサー
河口佳高(サンライズ)
振り返りを否定し、20、30年先を見据えた未来志向の作品をつくろう、という富野監督のコンセプトをもとにして、監督とスタッフはほかの作品のモノマネでない映像に仕上げてくれました。

プロデューサー
倉澤幹隆(ROBOT)
未来へのチャレンジであり、実験的な作品。富野監督のコンテを深く掘り下げ、新しい表現を模索し、いかに作品として昇華するか。創作という観点において、さまざまな課題を与えてくれました。

――3DCGキャラクターの演技の基になった役者の動きは、富野監督自身が演出。リアルな人間描写を実現した。

――スタッフたちから「アニメ・実写・CGの表現を超えて、富野監督はドラマづくりの演出力が強い人」という声が。

CGスーパーバイザー
西井育生(ROBOT)
30周年の節目に、従来のファンが期待することだけではなく、新しいことをやらねばと思った。役者の芝居を3DCGで再現、さらに細部にわたり動きの修正を加え富野監督の人間ドラマを映像化した。


シャア専用ニュース│月刊ガンダムエース2009年12月号 Ring of Gundam 秘められたそのポテンシャルを探る BackStage 西井育生、早野海兵、倉澤幹隆、河口佳高インタビュー 要約版

人の“柔らかさ”をもつガンダムの誕生

2009年の夏、「ガンダム」に新たな始まりを予感させてくれた「Ring of Gundam」。3DCG映像となった本作で、CGスーパーバイザーとして制作現場をまとめていたのが西井育生さん。(中略)格納庫から立ち上がる“白いガンダム”は、これまで我々がもっていた定番のイメージとは違った趣を放っていたが?

西井:3DCGでガンダムをつくるにあたり、僕はこれまで映像やゲームで描かれてきたガンダムとは異なる存在感を表現しないと、30周年記念映像としてのミッションを達成できないだろうと考えていたんです。けれで、富野由悠季監督は僕たちと着眼点がまったく違っていました。僕らは一ファンとしてガンダム作品を見てきた、いわば受け取る側の人間なんです。富野監督はというと発信される側なんですね。踏み越えるべき限界も到達するべき目標も、オリジナル・スタッフの視点では全然違うことを知りました。

――完成した映像を初めて見た早野さんは「インパクトもすごく強くて、何かを期待させるのがいいですよね。正直もっと見たいなって思いました(笑)」と。西井さんも富野監督の演出家としてのエネルギーに改めて感嘆したとか。

西井:今回、短い映像であるため、断片的なシーンで構成されていますが、完璧に富野監督作品になっていますよね。新しいコンセプトが隅々に全部盛り込まれていると実感しました。



『RING OF GUNDAM』現時点情報総整理

 もう68歳になりましたが、力強くご眉毛を見て、まだまだこれからだと安心していました。これからの富野監督のますますのご活躍、皆さんも一緒に応援して、大いに期待してください。

富野由悠季小説『リーンの翼』、2010年新装版発売決定!

2009/11/04 23:12|富野情報TRACKBACK:0COMMENT:2
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 皆様、おめでとうございます! あのバイストンウェルサーガの最高傑作である小説『リーンの翼』が、再び新しい翼を得て、飛び立ちました! 今度は、なんど今までの角川文庫青帯(現スニーカー文庫)ではなく、単行本になって帰りました! おめでとうございます! おめでとうございます! 皆さん、明日の富野監督の誕生日と一緒にお祝いしましょう!

 ソースは、以下となります。
Growing Reed│ONAIR: 2009/10/25 「日本のアニメについて今思ってることを聞かせてください」

◆DVD

富野由悠季監督によるファンタジーロマンが、全話収録のスペシャル価格でリリース!!
DVD「リーンの翼 COMPLETE」2010年1月27日発売!
\6,090(税込)
発売:販売元:バンダイビジュアル

◆小説

富野由悠季が描く、絢爛なるサーガ一挙4000枚!
「リーンの翼」全4巻
著/富野由悠季
2010年3月より、単行本発売予定
角川書店

独特な魅力をはなつ異世界《バイストン・ウェル》を舞台に、壮絶な戦いと人間たちの生きざまを描き出す。富野の世界観と哲学が、渾身の力で投入された大長編小説。ガンダム30周年の今、創作者・富野由悠季が、おなじく30年を投じた、もう1つのライフワークが、単行本4冊という大ボリュームでここに完成する!

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! イチローなみにテンション上がってきた! ゴクウなみにワクワクしてきたぞ!

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週刊連載 富野由悠季起用論まとめ3 「テレビか映画か、それが問題だ」

2009/11/02 22:09|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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週刊連載 富野由悠季起用論その1 「サンライズは富野由悠季の影響力を消し去るべきか?(上)」
週刊連載 富野由悠季起用論その2 「サンライズは富野由悠季の影響力を消し去るべきか?(下)」
週刊連載 富野由悠季起用論その3 「サンライズはもう富野世代に頼るべきではない?」
週刊連載 富野由悠季起用論その4 「富野はネームバリューも低いし、売れないって本当かい?」
週刊連載 富野由悠季起用論その5 「富野が使いにくい監督といわれる3つの原因」
週刊連載 富野由悠季起用論まとめ1 「富野由悠季を起用する理由はここにあり」
週刊連載 富野由悠季起用論まとめ2 「富野についてどんな起用法が良い?」


 まとめ1では、富野を使うメリットを語り、まとめ2ではどのジャンルの作品が適切について話しました。そして今回は、テレビ、OVA、劇場、ネット配信などの流通形態について語ります。
 ここでは基本的商業志向が強い起用法について語りますので、プロモーションまたは実験作という性質が強い短編は、ここでは多く語るつもりはありません。
 それでも、もし今回ガンダム30周年記念用にフルCGアニメ『リング・オブ・ガンダム』のようなものでしたら、富野に作らせることによって、そのプロモーション性も内容のクォリティも高まるはずです。同じく30周年PVの『PERFECT MISSION』などの大集合な画に比べて、ファーストガンダムという懐かしむ素材を使いながら、まったく新しいものを提示する『Ring of Gundam』のほうがよっぽと観客を魅せるからです。




 まず、テレビから見ましょう。基本的は一年以内のオンエアを前提にし、1-4クールのアニメ企画から語ります。

 1クールアニメは今もっとも主流な制作方式の一つで、放送時期の短さからして、比較的小さめな企画が立て、リスクを分散でき、制作全体は軽めで進めるなどのメリットがあります。話題性で作品全体引っ張りたい起用なら最適で、『∀ガンダム』の前に『ブレンパワード』があるように、大きい作品作る前の肩慣らしにしてもかまいませんので、基本的もっとも気軽く実現できる富野の起用法の一つである。
 今まで富野の作品を考えれば、重厚なテーマと膨大な設定、数多いキャラクター、複雑な世界観を一から作り上げますから、1クールで消化するのは一見難しいですが、全体の尺から見て、完全新作の『リーンの翼』の132分(22分×6)より多く、旧作リメイクの『新訳Z』の291分(94+98+99分)と同じぐらいの長ささえ持っていれば、1クールの約273分(21分×13本)も充分足りるだろう。
 今のところ、富野は一度もこの長さの作品を作ったことありませんので、起用法として、近年1クール作品を多く手がけいる出崎統監督の制作スタイルを参考するほうがいいかもしれません。ただし、おもちゃスポンサー付きのロボットものなら、商売をするには1クールという商品展開時期が少々短いですので、原作付き、もしくは軽めのオリジナル作品のほうが適切かもしれません。また、前例がないゆえ予測できない非ロボット作品を成立させたいなら、リスクが小さい1クールアニメのほうが適切かもしれません。

 2クールアニメは最近1クールの流行や分割2クールがあるなか、放送本数自体は数年前比べてやや減ってるものの、未だに主流の一つといえます。変則的な2クール分割放送も入れば、1クールほど短すぎず、4クールほど長すぎず2クール放送は、まさに今のアニメ放送のスタンダードといえます。
 富野かつての作品では、昔ならば『海のトリトン』、『無敵超人ザンボット3』、近年ならば『ブレンパワード』、『OVERMAN キングゲイナー』などが2クールアニメにあたります。内容の展開は適量、ビジネスの規模やリスクがほどほどだけでなく、約26話の長さで展開する作品は、基本的バランスをとっていて、非ガンダムのロボット作品でもいいし、非ロボット作品も可能ですので、近年富野のテレビシリーズは2クールアニメが多いなか、ひょっとしたら今の富野を起用する際、一番相応しいセッティングかもしれません。
 
 3クールアニメは一見変わったな編成ですが、実績を見れば、ひょっとしたら一番富野に適切する長さかもしれません。今までの実例でいえば、『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』、あと『無敵鋼人ダイターン3』といった代表作が、これに当たります。
 しかし、3クールにも難点があり、今のアニメ番組編成ではを3クールという構成をし難くて、2000年後の3クールアニメは『ドキドキ♡伝説 魔法陣グルグル』『GEAR戦士 電童』『コメットさん☆』『今日からマ王!』しかありませんでした。なので、残念ながら、こういう編成は可能性としてもっとも低いものといわざるを得ません。

 4クールアニメをやることとなれば、全体のビジネス展開もやはり大きくなりますので、現状でいえば、やはりガンダム』ぐらい大きいプロジェクトで展開するのが一番現実的なはずです。実際、現時点ではガンダムシリーズは一度も例外なく4クールの構成をしていますので、もし将来ガンダムの新しいテレビシリーズを作ることになったら、基本的はこの選択肢しかありません。しかし、逆にガンダムじゃないと、今のご時世ではちょっと厳しいかもしれません。
 実績から見れば、富野が『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ガンダムZZ』『機動戦士Vガンダム』『∀ガンダム』などがありますが、ロボットアニメ全盛期82~84年の三作を除けば、やはりガンダムシリーズがメインです。
 ただ、富野昔の世界名作劇場での大量な演出経験や、自作での一般の作品より遥かに大きな世界観・多人数・複数キャラを動かした実績から見れば、もしNHKなどある程度長編作品に理解を示してくれるところだと、世界名作劇場みたいな長編、もしくはNHK今放映している『獣の奏者エリン』みたいなファンタジー大河ドラマも意外とこなせるかもしれません。

 以上を簡単にまとめると、1クールと2クールと4クールはそれぞれの利点があって、1クールなら非ロボットアニメか原作付き、2クールならロボットアニメか非ロボットアニメ、4クールはガンダムシリーズかそれ以外の長編、という組み合わせが、一番実現性高いものといえるかもしれません。


 と、ここまでまだ記事の半分なんですが、いきなり結論を申し上げますと、一番富野に適切するアニメの流通形態は、やはりなんといっても富野は長年ノウハウを一番培って続けてきたテレビアニメです。これから語るOVAや劇場やネット配信と比べて、テレビアニメだけが、富野の効益と良さを最大限まで発揮できます
 以下は、バンダイビジュアルのプロデューサー湯川淳氏が、ネット配信アニメ『リーンの翼』の制作終了後まもなくの発言です:

 当時、バンダイチャンネルさんから富野監督にネット配信用の企画を1本作って欲しいというお話があったんです。ですからネット配信ということが前提にはあったんですが、僕は「テレビも可能性の1つとして考えたほうがいいんじゃないの?」という話はしました。たとえ深夜枠でも、富野監督の作品はテレビで放送したほうがいいと思っていたので。

 テレビアニメなら、たとえ深夜だとしても、まず大前提として地上波の放送が望ましい。なぜなら、テレビ放送してから、ネットやBS・CSやケーブルテレビで再放送する仕方もできた今、最初の段階ではやはり発信力が一番強いテレビのほうが、一番作品を早くアピールすることができて、富野の起用とその作品から得る収益を最大限に発揮できるセッティングだからです。

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富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 後編 「クロスボーンに潜むトミノエッセンス」

2009/11/01 20:08|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:13
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富野由悠季の『クロスボーン・ガンダム』を語る 前編 「クロスボーンはどこまでトミノだったの?」


 昨日に引き続き、今日も富野由悠季と長谷川裕一の合作『機動戦士クロスボーン・ガンダム』を語ります。使っている本は昨日と同じく稲葉振一郎氏の『オタクの遺伝子』です。

 正直、この作者はかなりの長谷川ファンで、長谷川についての造詣がものすごく深いのですが、あまりにも長谷川ファンすぎるため、かえって話の全貌を見えなくなっちゃう部分もあります。特に富野作品とガンダムシリーズに関していえば、この『クロスボーン』の健やかさを強調するために、今までの「ニュータイプ」を一括りにただの亡霊話と規定しちゃうところなんかは、どうしても違和感を感じずにいられません。なぜなら、「ニュータイプ」は設定としての世界を規定するものではなく、物語としての世界を反映するものです
 こういう作品を語ってるのに、いつの間にか設定語りになっちゃうところは、ある意味語り手が典型的に落ちやすい落とし穴だったが、この本の作者の論調でも、それが表れています。当然、長谷川を語る文脈でいえば別に間違っていませんし、稲葉氏の長谷川を持ち上げたいための故意だと知ってますけど、結局、富野作品やガンダムを語るにしても、一々「富野より正解を出している!」と長谷川を褒めたいところが、自分にとってあまり好きじゃない一因です。
 なので、富野あるいはガンダムのためなら購入すべきかどうかと悩んでる方がいれば、私ははっきりとオススメしないと言います。

 しかしながら、この作者が書いたこの本はSF文脈あるいは長谷川文脈で見れば、間違いなく力作ですし、この本の形式も方法論も個人にとって勉強になるところがありますので、多少SFと長谷川ファンであれば、買っても絶対損はしないと思います。

オタクの遺伝子オタクの遺伝子
(2005/02/26)
稲葉 振一郎

商品詳細を見る


 さてさて、以下は本題。


第5巻に出てくる、『クロスボーン・ガンダム』のなかでも特に屈指の名シーンである、トビアが地球の山を登って疲れたところで、空を見たら鳥がザッーと飛んでいるシーンに関しては、原作者である富野の実体験によるもの。
 長谷川によると、富野は打ち合わせのときに、自分が海外旅行した時の話を延々に語って、そのなかの1つのエピソードが、これの元ネタになったという。

誰もいない山のなかをおじさんがひとりで歩いているんだよ、どこから来たのと訊けば一〇キロ先から歩いてきたと答える。考えられないでしょ。

鳥の群がいつまでもいつまでも、一〇分も二〇分も飛んでいるんだ、すごいだろう。

 実際、このシーンをそのまま入れたのは長谷川だが、地球の「自然」の話を出すのは、二人の打ち合わせによるもの。


 ⑪でも語りますが、後半の舞台を地球にしたのは長谷川ですが、地球を出すことならば、そういった読者に地球の自然を感じさせる意向も、間違いなく富野の構想のなかにありました。


最初の富野の構想では、「フロンティアサイドで発生したコスモ・バビロニア建国戦争が、クロスボーン・バンガード軍の勝利に終わった宇宙世紀0123年から一〇年後、宇宙海賊クロスボーン・バンガードを名乗るキンケドゥ、ベラ・ロナらとベルナデット・ブリエットにあたる人物が、密かに地球侵略を企んでいる木星帝国と木星圏で戦う」という話だったが、誰も知らないところで密かに地球侵略の企みがって、誰にも知られないまま、地球から遠く離れた木星で戦っていたという話は盛り上がりに欠ける長谷川の主張を理由として、後半の展開を地球まで来たという話をした。
 長谷川によると、何故富野は木星だけでケリをつける意図があったのというと、元々『Vガンダム』以後で木星を描く構想があったのと、おそらく『Vガンダム』との整合のために、誰も見ていない《ガンダム》のストーリーを独立させたかったための手段だという。


 昔も言いましたけど、富野はほとんど(世界観としての)時間を遡って作品作る例がないなか、『クロスボーン』は結果的にそういう掟みたいなものを破った希有な例になった。『Vガン』のアイデアを継承しながら、『Vガン』をフォローしなければいけないというのは、クロスボーンの特性であり、奇異点でもある。


また、キンケドゥもベラ・ロナも『クロスボーン』では、宇宙世紀0128年に完成した旗艦バビロニア・バンガードの処女航海中に事故に遭い、公式にはすでに死んでいる存在しない人間として登場するのも、『F91』では勝利したはずのコスモ・バビロニア自体が、その創始者マイッツアー・ロナの孫娘であるベラ・ロナの「貴族主義はまちがっています。人は平等です」という演説で内部崩壊したということになっていたのも、原作からすでにあった設定です。
 ただし、それまで至る経緯を、長谷川は一切知らなかった。「ドレル・ロナはどうしたんですか」という質問に対しても、富野の「気にしなくていいよ。忘れて」という答えしか得なかったという。


 『F91』の続編を意識してるところはあるにしても、どこか知らないところで決着をついたことにしたのは、新しい話を作りたいというためであろう。


『クロスボーン』は例外的に幸せな終わり方をしていた理由に関しては、長谷川は「自分が描いているからです」という。原作だと「キンケドゥは死んじゃってもいいよ」や「生きていても片手片足がなくなっている」という設定になっていたが、結局長谷川の意向によって、ベラ・ロナと二人地球に生きていく話になった。その結末に関して、富野も気に入っているらしい。

 長谷川は「キンケドゥは死んじゃってもいいよ」を暗い話として捉えるのだが、むしろそれが漫画家に与える権限だと考えられる。


富野は設定を出す際にあたって、裏の事情をはっきりとおっしゃらないようで、たとえば長谷川の「キンケドゥと書いてありますけど、これシーブックですよね」に対し「それはわからない。シャアが仮面を被っているようなもので、仮面を使えるということである程度大人になったということなんじゃないかな」みたいな説明を返したという。

 これは富野のいつもの説明の仕方で、説明下手とも取れるが、むしろそれが作り手に対する挑戦で、想像させることによってキャラを膨らませる方法論のひとつといえる。また、ちょっと違うだが、小説の設定を先に並べることによって、読み手に想像させることも、どことなく彷彿している。これに関してまた別の記事で語りたい。
 もっとも、これはあくまで若手に対する方法であるべきで、『∀』のときの西城秀樹の例から見れば分かるように(∀の癒しの参照)、同じキャリアを持つ人に対してならば通用しなくなる。


クラックス・ドゥガチについては、富野の原作のアイデアでは、コンピューターかもしれないというのと、老人で実は大した人物ではないという、二つのパターンがありました。そして最終的には、この二つをあわせたみたいな話になったが、その裏にある地球に対して憎悪を抱いている話も、その妻は地球から来たという話も、設定のなかにはすでにあったもの。

 これは⑭の傍証で、あえてこの設定の意味を語らず、長谷川にさらに一歩に進む話(設定ではなく、話というのを注目したい)を作らせる。


話の最後ドゥガチが「真の人類の未来? 地球不要論!? そんなものは言葉の飾りだっ! わしが真に願ってやまぬのは唯ひとつ! 紅蓮の炎に焼かれて消える地球そのものだ――っ」という本音に関しては、長谷川はドゥガチのこの今の世の中が気に入らないという思いを、富野の気持ちを代弁したかもしれないと思った。また、ドゥガチの言葉に対して、トビアが言った「安心したよっ! ドゥガチっ! あんた……まだ人間だ。ニュータイプでも新しい人類でも……異星からの侵略者でもない! 心のゆがんだだけのただの人間だっ!」も長谷川による台詞。
 これにたいして、富野は「ぜひ言わせてくれ」といって、ドゥガチのあの台詞を足したという。「若造のいうことかああっ」


 これは長谷川どころか、今まで大半の人間が富野の「本音」と「大義」に対する捉え方を誤解したゆえのキャラ作りで、別にいけないとは言わないけれど、多くの人はドゥガチを富野らしいキャラとして捉えるのは個人に関しては違和感がある。むしろ、長谷川が誤って捉えた富野の幻像みたいキャラ。
 富野節のなかでも極めて有名である「XXのいうことか!」は元々目下の人間が目上だったはずの人間に対して吐く台詞だが、ここだけがまったく反対ということは、決して無視してはなりません。なぜそうなったのは、長谷川がトビアをドゥガチの上位に置いたからということは明確ですが、何故長谷川がトビアを上位に置けたというと、富野が言ってた「小物」を誤解、あるいはこういう描き方しかできなかったからです。そういう意味では、それが長谷川裕一の限界といえるかもしれません。


「私にはニュータイプの力は”神”があたえたもうた力だと思えるのですよ、戦って滅んでゆくしかない人間になげかけらえた生き延びる術――希望ですが――今はまだあまりにもその数が少なさ過ぎる」「(ニュータイプとしての)あなた(トビア)の力を汚れた戦いに使ってはいけないの」というシェリンドンの考えに対して、長谷川はこれを《ガンダム》におけるニュータイプの考え方と捉え、長谷川の話によると、富野の原作にもシェリンドンの考え方が書かれているという。人類はニュータイプになるだろうけど、時間がかかるから、コスモ・クルツ教団が先導していくと書かれいる、と。

 これは長谷川の誤解で、富野は別にニュータイプの正しい考え方を規定してない。⑨と対照すればわかるところで、原作の最初では核心となるニュータイプ論は無かったのに、そのニュータイプ論を語るシェリンドンとコスモ・クルツ教団が出てくるのは、まさに富野が語りたいのはニュータイプではなく、あくまで宗教だという証拠。富野の意図はおそらくニュータイプというガンダム世界のなかでも一番強力な《設定としてのフック》を使って、歪んだ宗教を描くだろう。これは前後作である『Vガンダム』と『アベニールをさがして』から読み取れる。
 では、何故長谷川が誤解してると、それはSFからの視点によるものかもしれない。長谷川の処理する手法から見れば、「あえて誤解してるままに進む」という方法論が存在していないためだからです。


作品を始めたとき、長谷川は一度富野に「サイボーグはありですか」と確認したところで、部分的な仕様ならアリという。なので、長谷川は最初カラス先生をサイボーグにしようと思ったが、結局ガンダム作品にサイボーグを大量投入すると、世界観が維持できなくなると思い、あえて曖昧な形にしておいたという。

 これは長谷川がSFファンのためで、設定としての世界観を拘るから。対して富野はあくまで人間ドラマを拘るだけで、設定は後からいくらでも作れるという考え方の違いが、ここでもはっきり出てる。
 また、富野自身もサイボーグものがやりたいと思ってたのに、結局長谷川に部分的な権限しか与えなかったのは、SFファンの気性がよく知ってるからと思われる。




 以上は、この本で書かれている『機動戦士クロスボーン・ガンだう』に関してほぼ全部の話です。今までネットやファン界で流れている定説や見方と違うところもあるでしょう。富野と思われる部分は長谷川だったり、逆に長谷川と思われる部分が富野だったりしてて、かなり意外な箇所もあるはずです。これはある意味合作であるから出来た(読者が起こす)勘違いですが、富野にしても初めて、そして今のところ唯一の漫画原案担当なので、富野(、と長谷川)にとっても、きっと模索のなかで試行錯誤に違いません。


 正直、この『クロスボーン・ガンダム』の完成度はなかなかのものだと思いますが、そのなかのキャラクター作りとストーリー作りに関しては、富野は残念ながらそれほど関与してたとは思いません。
 前作からのキャラクターであったキンケドゥとベラはともかく、主人公であるトビアから、(ずっと純粋なトミノキャラと思われる)ドゥガチまでかなりの割合が、長谷川の手による人物だった。また、脇役の造形から見ても、一部を除くと長谷川が作ったキャラのテンプレがきちんと押さえているのを見えます。
 また、ストーリーにしてもそうだった。舞台を地球まで引っ張ると提案したのは長谷川ですし、いかにも長谷川漫画的のザビーネキチガイ化、3対1対決、宇宙大決戦なども、おそらく富野の漫画版の巻頭コメントの通り、物語を長谷川に譲ったからです。

 しかしながら、コンセプトに関しては、富野は意外というか、最初から最後まできちんと握っていたままです。土地と人間への回帰というテーマは『ガイア・ギア』、『F91』、『Vガン』でもすでに出来つつあるものですし、地球を舞台にするならば、もっと自然をアピールしたいというアプローチも、ストーリーの変化に影響されることなく、最初のテーマからずっとぶれないままで最後まで行った。


 なので、作り手であった富野と長谷川は100%かみ合う作品でないにせよ、この『クロスボーン・ガンダム』は依然に非常によく出来た作品である。長谷川裕一作品としても、富野由悠季作品としても、です。

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