富野由悠季監督とその作品をひたすら語るブログ

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ときめく1句(2)

2008/10/31 23:37|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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関連記事
■ときめくの1句(1)
↑この続きです
■井荻麟作詞一覧
■富野由悠季と声優(富野に訊け2を出せ!)
↑これらも参照

もう5ヶ月前の記事なんですが、続きを書きます。
前の記事も参照して一緒に読んでください。


まずは、この二つから始まります。

で、それらの点を含めて、井荻作詞は一番優れるのは”ざっと心を触れさせる言葉”だと思います。つまり、1曲の詞のなかで、必ずほとんどと言っていいほど人を触れる1句が潜んでいる。そして、このピンポイントの能力こそ井荻作詞の最大特色であり、誰も代わることできない能力なんです(もちろん、全体としての詞の完成度も高いですが、一番井荻色が出るのはやはりそこにあると思います)。

「きっぱり感をなくす」というのは、
富野作品に出てくるキャラの声演技を聞けば分かると思いますが、
実をいうと、その「わざときっぱり感をなくす」という作り方は、
何も声演技の要求だけでなく、富野作品のあらゆる部分に存在している。
だから、コンテ職人だからコンテに作家性があるのではなく、
この「あらゆるもののきっぱり感をなくす」というところこそ、
富野由悠季という作家の作家性に宿るところだと思います。

二つとも僕自分が書いた記事ですが、その指摘してた部分は井荻研究には不可欠なものだと思います。
前回はもういくつかの具体例を挙げましたから、また読んでない方は先に読んでください。


さて、前編の説明不足の部分からしよう。
前の記事では井荻麟作詞は色んなバリエーションで出てると言ってるが、
そのとき書いたその形はこうなります。

作品の真のテーマ」:
これはテーマを作詞のなかに隠れるパターン。
早期はテーマ隠しのため使っている場合が多い。
例:『コスモスに君と』

富野由悠季という人の本音」:
作品と連動してる部分もあるが、一番感じさせられたのは富野という人の本音のパターン。
ガンダムの作詞の場合が多い。
例:『Ζ・刻をこえて』『STAND UP TO THE VICTORY~トゥ・ザ・ヴィクトリー』とか

作品の裏に潜む毒」:
毒というか、物語に潜むもう一つの視点と言えるかもしれません。
例:『カムヒア! ダイターン3』『セーリング フライ』とか

第0話」:
これは世界観作りの一環のために作詞を使ったパターン。
OPまたはEDの場合、オープニングやエンディング映像との連動がよく見れます。
例:『疾風ザブングル』『ダンバインとぶ』『キングゲイナー・オーバー!』とか


で、ほかの曲をも分析してみよう。
まずは『機動戦士ガンダム』の『翔べ! ガンダム』。

も、え、あ、が、れ  もえあがれ 燃え上がれ ガンダム
君よ 走れ

前も言いましたが、『ガンダム』、特にテレビ版は成長を促がすものなんだから、
この曲も一見ロボットアニメの王道でいながらも、きちんとその思いを込めている。
歌詞のなかには「君よ、走れ」があるのだが、これは決してガンダムに言ってることではなく、
「君」、つまり見てる観客たちに言ってること。
その唐突さはまさに前の言ってた「乱調」であり、話す対象の転換でもある。
「燃え上がれガンダム」は「テレビの前でロボットアニメを楽しむ観客」に話すのに対して、
「君よ、走れ」はズバリ「観客本人」に言ってること。


言うまでもなく、ガンダムの大命題は大体こういったものです:
1.男の自立(成長)→
2.ニュータイプ的な幻想(新しい時代への予感)→
3.人は支え合うこそ生きられる(未来の獲得)

それらは『ガンダム』、『ガンダム』劇場版で描いただけでなく、
井荻麟の作詞でも再三繰り返したのが見える。

たとえば、テレビ版の場合、
1に当たるのは『翔べ! ガンダム』『永遠にアムロ』で、
2は『きらめきのララァ』、
3は『いまはおやすみ』。
逆に『シャアが来る!』はどのへんにも当たらない。

で、劇場版の場合、
1に当たるのは『スターチルドレン』『風にひとりで』で、
2は『ビギニング』、
3は『めぐりあい』。
普通に考えれば、『哀 戦士』も1に当たるはずだが、
その視点は男を促すものではなく、逆に客観的戦場を描くものだがら、
実をいうと、微妙にガンダムのテーマからはみ出すといえなくもない。
(ただし、「匂い」は合致するのは言うまでも無かろう)

こういう視点からいけば、
『哀 戦士』に一番近いのは、もしかしたら『シャアが来る!』なのかもしれません。
だって同じく戦場を描くものだし、曲名なんかもシャアをつくが、
よく見てると一面的な描写だけでなく、対戦両方の視点も入っているから、
その性質はまさに『哀 戦士』そのもの。

また、上に挙げた3つの大命題と比べれば、
『砂の十字架』も実はどれに当てはまらないことが見れます。
もっと厳しいことをいうと、一見美しいけれど、実は何もいっていません。
というか曖昧すぎる。もちろん、この曲も「匂い」が合致するためフィットしたものだが、
この視点から見れば、『砂の十字架』の出来は決して満足できないものではありません。


さて、次は『THE IDEON A CONTACT』の『セーリング・フライ
この曲は井荻麟が初めて本格的に音楽ビジネスに参入した曲といえますが、
(これについて、また別の記事で)
その初めてとは思わせない表現の瑞々しさに、さすがに感服ほかならない。
誘惑的、禁断的、かつ肉感的な作詞は、特にこの一句に集中する。

忍び恋のように
スペース・ランナウェイ  スペース・ ランナウェイ

この曲、はっきりいって、ずばりセックスのことを言ってる。
異常に明るいといっていいほどの曲調に
肉感的な歌詞(「ばら色の唇」や「傷口をなめて」とか)という「生」が全曲に溢れている一歩、
「メフィストのくに」「狩人」でどこと暗示する「死」も纏っていてる。
つまり、曲のなか「生」と「死」が同時に存在していて、その交差点は最終的に「性」にいる。
だから、性の両面性を描くことによって、もっと高い視点を獲得する。
そういう意味では、『コスモスに君と』のような優しさを失った反面、
もっと大きな見せ方を引き換えたとはいえます。
(これは、間違いなく「画」の見せ方と関係あると思われる。
テレビ版は予算+打ち切りの関係とはいえ、
画面の見せ方は劇場版と比べると明らかに色々狭い。
代表的なのは最後の転生シーン。
このリメイクするたび画の見せ方もグレートアップする手法は『ガンダム』でも見られる)
あの逃亡は劇中ではどう見てもとてもとてもツライことなのに、
それを「忍び恋のように」という…その一見飛躍すぎる例えは、
実はちゃんとイデオンの根源のテーマを突き止めたといえる。


接触編に続いて、『THE IDEON BE INVOKED』の『海に陽に』ですが、
この曲は劇中に使われていないため、その検証は難しい。
ただ、はっきりいえるのは、
『海に陽に』の歌詞のなかの色遣いはまさしく発動編のエンディングの色なんだから、
もしかしたら元々『セーリング・フライ』と同じくエンディングで使われる予定だったのに、
結局画のイメージ合わないため、使われなかったのかもしれません。


ザブングル~エルガイムまで、作品ごとまったく新しい世界観を打ち出したから、
その作詞も世界観作りに偏重してる。
たとえば『戦闘メカ ザブングル』の『疾風ザブングル』。

ここは地の果て 流されて 俺

これはザブングルの世界観を括ったインパクトある作詞ですが、
『ガンダム』の時と違って、こっちは一人称を使っている。つまり完全な劇中目線。
こういう第1話を見る以前、この世界観をオープニングと歌詞で伝えようとしているのが、
この時期の井荻作詞の特徴である。

同じ機能の作詞は『聖戦士ダンバイン』の『ダンバイン飛ぶ』でも見られる。

オーラロードが開かれた

この曲の歌詞はザブングルより優れるというのは、「オーラロード」という独自な名詞を打ち出すこと。
「オーラロード」。それはすべての物語のはじまりであり、一種の視点転換でもある。
元々異世界ものを描写する難しさというのは、
視点を元の世界から異世界に転換するには多大な力と尺が必要だが、
このダンバインに関しては、オープニングと歌詞だけでその視点の転換を解決したといえる。
オープニングの世界観描写については、↓の記事に参考してください。
■富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(3)
そして歌詞では、その異世界の異質感を「オーラロード」という言葉に封じ込めることによって、
あらゆる描写を完璧に省略することができた。
そして、その異質感を最初から全面打ち出したおかげで、
後ろが付いてる歌詞もまた違う質感を獲得して、その描写は陳腐に落ちなかった。
これに関しては、もし分からない人がいれば、
翌年の『ガリアン』のオープニングと歌詞を比べてください。
同じく異世界ものというか、『ダンバイン』より徹底的に異世界っぽさを打ち出したのに、
その段取りが足りないため、歌詞もオープニングもひどく無意味にしか聞こえません。
(『ガリアン』ファンに申し訳ないが、それだけ全面的な描写が難しいと言いたいだけです)


あと、『ダンバイン飛ぶ』のこの部分が、
富野の破調というか乱調という特徴を一番出してるところは、もう前で語った通りです。

恐れるな 俺の心
悲しむな 俺の闘志




拍手と富野由悠季監督記事の関連性

2008/10/31 00:38|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 拍手と富野由悠季監督記事の関連性
今日は突然このブログの拍手が気になって、ちょっと数えてみました。
そうしたら、面白いことが気付いたのです。
それが、fc2には個別な記事の拍手を管理する機能はありませんでした。
しかたなく一つ一つ数えたが、その拍手と記事の関連性について、
結構興味深い結果が見つけた。
以下は拍手3以上の記事だけを示す。


まずはこれ:
■富野と『Wrong About Japan』と普遍性について10
↑これは、なんと一番拍手数が多かった記事。自分でも驚いた。
おそらくグダちんさんのブログからこっちに来てくれたが、谷口監督に関する記事ですか…
これを書いた時はまだ放送中なので、今となって読み違ったところもありましたが、
才能と普遍性については今でもそう思います。

■谷口監督とギアスの話について/4
↑これは上の記事の余韻です。

■『リーンの翼』とぼく/3
↑これは子犬さんの『リーンの翼』に対したご質問の返答ですが、
今見ると、なんとなくきごちない記事ですが、
それでも日本の観客にちょっと違った視点を提供してくれると幸いです。

■押井守談富野主義/3
↑押井守文字起しシリーズは、これだけが3に到達。

■富野由悠季のペンネームと亜阿子さんの謎/3
↑これはかなり本気にそう思ってるよ。

■角川スニーカー文庫における富野小説のISBN番号/3
↑これはたぶん最近囚人022さんが宣伝くださった関係かも。ありがとうございます。

■富野は伊達男?/4
↑正直、これはネタ切れ回避のため、いい加減で書いた記事だが、
何故これが4つの拍手もあったんだろう?

■白富野の真意/3
↑これもたぶん囚人022さんのトラックバックのおかげだと思う。

■眠ったままでは…/3
↑富野欠乏症による文句。

■獣になって/6
↑これが6つの拍手もあるなんて、正直かなり嬉しい。
自分でも特によく書いてた記事だと思うから。


■オフィス・アイ/4
■オフィスアイ(2)/4
■オフィス・アイ(3)/3
↑オフィスアイシリーズ。3つともランクイン。

■クマゾーくん/3
↑クマゾーくんのまとめ。また生きてる時の記事。

■2008年富野由悠季監督台湾訪問レポート(1)/4
■2008年富野由悠季監督台湾訪問レポート(2)/3
■2008年富野由悠季監督台湾訪問レポート(3)/4
■2008年富野由悠季監督台湾訪問レポート(5) /3
■2008年富野由悠季監督台湾訪問レポート(6)/5
↑一度グダちんさんのところで全部掲載したことがありましたが、
それでも晴れて拍手を得まして、本当にありがとうございます。

■ガッカリ番組の紹介/4
■7/13『好友移城』での富野写真/4
↑ホンコンシリーズ。まあ、ネットではウチだけこれを書いたからな。

■富野小説のオススメ(2)/3
■富野小説のオススメ(3)/3
↑囚人022さんの言葉を受けて書いた富野小説の簡単評価。
何故か1と4の拍手数は2しかなかった。

■総監督が必要する才能と総監督としての富野/3
↑これは短めですが、とてもとても重要なことだと思います。

■富野由悠季監督がおじいちゃんになったようです/4
↑ただの感想なのに、何故拍手数が4?情報提供になったからか?

■王の心覚え書き(激しくネタバレある!)/3
↑うわあ、ちゃんと読んでる人いるんだ…これは書き続けなくちゃ。

■手塚治虫と富野由悠季の相似点/4
↑かなりいい加減な書き方で、ろくに検証もしてなかったのに、
同じく囚人022さんのトラックバックのおかげでランクイン。

■一外人から見た富野節/4
■一外人から見た富野節(2) /5
■一外人から見た富野節(3)/3
↑外人と富野節シリーズ。これも日本以外の視点になれると幸いです。

■大激怒……じゃなくて、台湾のアニメ産業事情の偏見あり解説/6
↑これもちゃんと見てくださった方がいて、本当にありがたいです。
台湾のアニメ業界は本当にこうなんですが、まあ自分ができる範囲で頑張ってます。

■発信/3
↑最近あちこちの雑誌やネット報で記事を書くようになったが、まあたぶんこういうことだろう。

■井荻麟作詞一覧/4
↑これは今のところ決定版となるものだから、ブログの左のリンク一覧にも置いてた。

■暴露の快感
↑これはこのサイト拍手数3番目多い記事だから、本当にありがたいことです。
僕はこれが一部だけかもしれませんが、
富野演出の最重要要素をタッチした感触がありましたから、
本当はもっともっと人に見せたいですけどね。


■富野の大学時代 /3
↑まあ、グーグルマップを置いたから。

■『キングゲイナー』とシリーズ構成
↑このサイト拍手数2番目多い記事。よりによって大河内ですか。
まあ、言ってることはすべて僕の本心ですし、もっとも重い記事の一つだと思うよ。


■富野 in 韓国/4
■富野 in 韓国再び/7
↑韓国講演シリーズ。これを扱う人もあまりなかったからな。

■チェック漏れ/4
↑これはただの情報提供に過ぎなかったのにな。

■ガンダムエース2008年11月号 /3
↑これはまあトミノの出来方のおかげだろう。それにしても、編集部を褒めて損する気分だ。

■シャア専用ニュース/4
↑これは冗談でシャア専用ニュースさんに言ってたが、
まさかご本人の返事まで来てくださったなんて、本当に恐縮です。

■富野のキャラネーミングに法則あり?/3
↑これは本当に得意な記事ですが、拍手数は少なめで、ちょっと寂しいです。

■富野由悠季と声優(富野に訊け2を出せ!) /4
↑これも富野監督の作家性を論及した非常に重要な記事なので、見てください(シャクティ)!

■富野由悠季全コンテ本数(上) /3
↑とりあえず富野由悠季全仕事の数字を載せてみた。
でも個別な作家を言及した続編はランクインしてない…。

■クマゾーくんがもたらしたもの/3
↑マスコット論のなか、唯一ランクインしてる記事。

■富野『犬ガンダム』寄稿/3
■富野由悠季と大森望の対談/3
■ファウファウ物語あとがき/5
■SYMPHONY“IDEON”――交響曲イデオンでの富野発言/5
■ブレンパワードフィルムブック3座談会文字起し/4
■ブレンパワードフィルムブック4座談会文字起し /3
■MG∀ガンダム説明書より/4
■富野由悠季のオーラちから/5
■リーンの翼一巻あとがき /4
■機動戦士ガンダム ハイ・ストリーマー巻末インタビュー/3
■オーラバトラー戦記「作者のことば」集/4
↑やはりというか、文字起しのほうが拍手を獲得しやすいな…。

■ザンボット3のメッセージ/3
■ダイターン3のメッセージ/3
↑これは最近富野語録をまとめるときの発見ですが、とっくに既出な記事らしい…。ガッカリ。

■富野に訊け50回記念スペシャル
↑拍手数は8もあって、やはり富野監督の人望は半端ないですな!


▽続きを読む▽

プロフェッショナル・クリエイターの条件

2008/10/30 00:12|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:5
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■あまり意味ないものですが

10月31日更新:IT mediaが(ほぼ)全文を掲載してくれましたから、これで僕が逃げれます。

去る10月27日、東京コンテンツマーケット2008で行われた基調講演でございます。
第1部は小池一夫氏ですが、このサイトは氏の作品を扱いませんのでスルーさせて頂きます。
で、第2部はもちろん我が富野由悠季御大将による講演、今日のテーマです。
熱心な富野ファンがその場に行ったために、ありがたく録音も頂きいていましたが、
残念なことに、音質はあまりよくありませんので、聞き取れない部分もあるから、
この講演については、文字起こしつもりはありません。というか、
今回も相変わらずクリエーターの卵たち向けの話ですから、実をいうと前の講演とダブる上、
言及した範囲も他の大学や台湾で行われた講演に比べてもかなり狭いような気がします。

で、もしかしたら後はもっと詳しいレポートが出てくるかもしれませんが、
とりあえずちょっと軽く箇所書きをします。

★CGから作ったものはみんな同じに見える。
だってコンテンツ(中身)が無い。
技術が発達しすぎることは、皆を自分が特別なことをやってると錯覚される。
が、それがあくまでマネ、コピーに過ぎません。

★プロフェッショナル・クリエイターの第一条件は、「食べられる」ってこと。
若いとき、税務署にアニメ演出家という職業を説明しても分かって貰えなかった。
で、今この道を歩いてる人が多くなってくるため、生き残るにはライバルを潰すしかない。
(あと手塚「社長」についての話も)

★独自性を身につけるには
好きなものは所詮好きなもの。商売になれるかどうかのほうが問題。
ただし、好きだけでも絶対やれません。単に他人のコピーになるだけ。
で、自分の作るものを他人のもののコピーにならないために、
その人が本性的に持っている趣向性、方向性に合致する必要がある。
言い換えると、11、2歳くらいまでに本気で好きなものを拘ること。
その延長線にあるものと、今やってるものにフィットすると、かなりいい処まで行けるはずだ。
高校以後の技術論で手に入れたものは、結局時代に振り回されてるもので、
そこに拘っても、オリジナルを手に入れることができません。
自分がいいと思ってる3つか4つのアイデアを重ねても、あまり上手くいきません。
まぐれ当たりか、本当に今までなかった人との出会いが無い限り、絶対に決することは無い。
自分でいえば、おもちゃ屋さんに通して、安彦というキャラクターデザイナーとアニメーター、
大河原というメカデザイナーと出会って、なおかつそれを許してくれる制作会社がいるからです。
虫プロだったら、そのような出会いも無かっただろう。
そうでないと、子供の頃が持っていた趣味性、嗜好性、方法性、目指すべきものが必要。
それらを18歳以後身につけた技術論とドッキングするようなものを見つける必要がある。
で、会場のブースを見る限り、技術を手に入ることによって、
かなり纏まったものが作れたけれども、力、つまりメジャーになるサムシングが見えない。
そのサムシングというのは、自分が一番作りたいものを作品に反映すること。

★その弊病はまさにCGの怖さといえる。
つまり(作品の)ルックスが良すぎるため、誤魔化されなりやすい。
それらと比べて、一枚を描くのに一ヶ月以上かかったと思わせるような絵のほうが力強い。
コピーコピーだけで済ませちゃうCGは、皮膚感覚を持ってる作品には勝てません。
そういう意味では、客や出資者は完全な素人のため、
初めてはその時代の判定に合うツラの良さに誤魔化されるかもしれないけど、
作品自体は(時代を)突破できません。
さらに、客が素人のため、絶対作り手の好みだけのものを許せはしません。
綺麗な絵、綺麗な姉ちゃん、綺麗なヌード、綺麗なXXXなどは、
一回だけを見て、気持ちいいかもしれないが、
綺麗だけでは、二回、三回も見てくれません。魂は入れてないから。
自分も中学時代まで宇宙旅行をしたい思いがあったからこそ、ガンダムが作られた、
と30代の若いものに教えられた(トミノの出来方のこと)
その編集者たちを中学時代で描いたものを見て非常に感動しましたが、
はじめてそれがわからなかった。だって自分にとって当たり前なことだった。


……って、ここまで半分ですが、面倒くさいーー!長過ぎるよーー!
というわけで、今の時点でネットで見つかったレポを張ります。

日刊リウイチさん
10月27日の日記では、非常に詳しいレポートがあります。

東京コンテンツマーケット2008(かしやまとしゆき)
これはアニメーションスタジオ・ルナのかしやまとしゆき氏による感想です。
ちょっと短めなんですが、現役からの貴重な感想なんです。

そのほか、ミクシィではこの方この方がレポを書いてくれます。

ということで、勘弁してください。
中途半端で申し訳ございませんが、時間があまりいませんので、許してー。


そろそろデザインを変えるかな…

2008/10/28 22:20|未分類TRACKBACK:0COMMENT:4
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子犬さんのブログで、こんな一文を読んだ。

今年の1月に今使っているテンプレートに変更し、
それから1年も経っていないのだが別のものに変更しようかと考えている。
というのも、kaito2198さんのブログと全く同じデザインになってしまったから。

ドキッ!
ドキッ!
ドキッ!



実を言うとね…このブログのデザインはね…
完全なパクリなんです。

およそ半年前、ブログを立てようとしたあの時、
ブログの立ち基地はfc2を決めたものの、
デザインや機能など全然見当たりがありません。。
その時、ごく自然というか、確信犯的というか、
一番最初に目に入るのは、一番よくお邪魔にさせて頂いてる子犬さんのところ。
元々は参考のつまりですが、気が付いてるうちに、
いつの間にか、もうこんなまったく同じデザインになっちまった。
本当に子犬さんに対して申し訳ございません。
いつか変えたいと思ってるのですが、微妙に弄ったから、今さら変えようといわれても、
電脳音痴の僕にとって、また機能を弄るのはまさに地獄ですから、
ついつい惰性で今日まで来ました。本当にごめんなさい。

ちょ~と弁解させていただくと、
このブログ機能のデザイン者、
遥かなるわらしべ長者への挑戦 が設計したものは
非常に使いやすいし、そのなか機能が一番気に入るのは、この赤太陽?だから、
ついにダブるのもあります。
が、ここまで至って、絶対デザインを変える!いや、変えます!


富野のZとZZでの役割(下)

2008/10/28 21:44|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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関連記事
■富野のZとZZでの役割(上)


前回はZの特異性について語ってしまったが、
今回はZZについて話したいと思います。
が、その前に、二つの発言を見て欲しい。

これは『映像の原則』のあとがきの部分です。

(前略)総監督時代には、ほとんどのコンテを書き直した経歴をもちます。しかし、ぼくがコンテの半分以上を書き直しても、タイトル・テロップに名前を記載させなかったのは、当事者であるスタッフには励みをと考えていたのですが、今になって、それはあまやかしていただけではなかったのか、と反省をしています。

明確に自分がコンテを書き直しても、クレジットしないことを言ってきました。
また逆に言うと、クレジットは富野の名前であれば、
それは必ず初めから自分が手がけたコンテということともとれます



一歩、これは平成極楽オタク談義リスタートのなか、池田憲章さんの発言。

富野さんはある時期もう構えを作ることが仕事みたいなことになって、
ディテールというのはね、意外と緩く作ってた。
それはあの人はな、オレが総監督として才能がある人だと思ってる。

構え、つまり世界観、大まかなストーリーの流れなどっていうこと。
普通ならば原作者のアイデア、富野の場合は富野メモに当たるものだが、
ここでいう「構えを作る自体が仕事」というのは、若手育成のニュアンスも含んでいる。


で、この二つの発言を、以下のコンテ・脚本参加表と対照して見れば、より鮮明になります。

ガンダム:脚本1本、コンテ26本(43話
イデオン:コンテ14本(39話
ザブングル:コンテ5本(50話
ダンバイン:脚本1本、コンテ5本(49話
エルガイム:コンテ5本(54本
Zガンダム:脚本22本、コンテ7本(50話
ガンダムZZ:脚本2本、コンテ22本(47話
Vガンダム:脚本2本、コンテ5本(51話
ブレンパワード:脚本10本、コンテ5本(26話
∀ガンダム:脚本1本、コンテ23本(50話
(構成も脚本に含む)

御覧の通り、ガンダム・イデオンの時のコンテ数はまだ軽く3分の1を超えるのに、
ザブングルになると、今度一気に10分の1まで落ちた。
そしてこのクレジット・コンテが少ない状態はVまで続いて、
ブレンパワードに経って、今度は∀でまた半分近いに回復した。
これは何故かというと、つまり上の富野の発言したとおり、心境の改変、
つまりもうスタッフを甘やかさないために、自らのやり方も代り始めたということです。
この心境の転換は白富野時代とダブるのはまた面白いことですが、ここでは言いません。
脚本とコンテだけに注目する。
つまり、上の『ザブングル』~『Vガンダム』の時期のなか、
Zの脚本とZZのコンテはやはり異例ということが分かる。
で、Zの脚本は前回ですでに語ったから、今度はZZのコンテに考えてみたい。


さて、富野がZZを参与する程度は他の作品に比べて少なめってのは、どうやら本当らしい。
富野メモはZと比べて少なかったし、そのノベライズも書いていなかった。
さらに富野自身が「ZZは遠藤くんの作品」と何度も発言したから、
おそらく元々シャアが出る話は富野が作ってたけど、
シャアが出ないと決定した後のZZの話は、もうほとんど全部が遠藤に任せて、
富野自分がそのシャアが登場する話(つまり逆シャア)を練り直していたのであろう。
しかし、それは果たしてZZは富野の作品ではありませんと意味するのか?
決してそうではありません。


この時期のZを除いたほかの作品と比べれば、
一つ大きな違いがあります。それは前は何度も言った異例のコンテ数。
では、何故こんなに多かったのかというと、それは必要だからです
何が必要?それは作品をコントロールするため。
つまり、構成(物語の流れ)はもうすでに他人に譲ったけど、
自分が原作者であり、総監督でもある以上、
物語を自分の手に抑えるためには、もう一手段しか残ってません。
それは:あえて脚本からでなく、コンテ段階で話を修正するという形を取っている。
こういう方法論は、富野作品のなかでもZZでしか見れない、極めて特異なものでした。
逆にいうと、ザブングルもダンバインもエルガイムもVも、
世界観や流れはしっかり富野の意向を沿ったから、
わざわざ富野自身がコンテを描く必要もありませんでした。


ある人は「待て、でもほかの作品だって富野にコンテを書き直されたじゃないか」と
疑問を持てるかもしれんが、それは違います。
他人の手によって描いたコンテを直すのと、自分がコンテを描くのは、決定的に違います。
どういうことかというと、
コンテというのは脚本で示した流れに沿って、映像の実際の並び方を示す
いわば設計図なものなので、コンテマンに左右されるところが非常に大きいってのが特徴。
同じ脚本でも、他人と同じコンテが描ける人は絶対にいません。
だからこそ、仮にコンテマンが描いたコンテは総監督に書き直されたとしても、
そのコンテはすでに総監督自身が一から描くものと違います。
だって、一度出来上がったコンテは、全部廃棄して新しいものを描かない限り、
最後仕上げたものはどんなに優れたコンテであれ、必ず前のコンテの面影が残ります。
その面影はセリフかもしれませんし、演技のクセかもしれませんし、
場合によって話の運びも残せたかもしれませんけど、
とにかく完成したものは必ず「元のコンテマンのコンテ+α」だということです。
(その「+α」が気に入りませんのなら、
「スーパーコンテ」「コンテver.2」でもなんでもいいです。とにかくそういう意味です)

図解にすると、こうなります。

他人のコンテを富野が書き直す場合
(脚本の流れを沿った)他人のコンテから書き直したコンテ

富野コンテの場合
直接脚本から仕上げたコンテ

どっちの物語に対する制御性が強いのは、まちろん言うまでもありません。



つまり、ZZの話の構造は最後にこうなったのである。

(上位)
原作 富野
プロット、構成 富野(全体の大まかの話、ただし修正前)→遠藤(修正後)
脚本 遠藤
コンテ 富野
(下位)

こういうサンドイッチみたいなやり方は、富野作品の中では非常に少ないのです。
何故かというと、構成を固めてきた後でも脚本に口を出す、コンテに手を出すのが
富野の一般のやり方だが、
こういう脚本をタッチしてないやり方ってのは、確かに例外といえます。
もちろん、富野が影響を受けてた人のなか、原作や脚本からではなく、
コンテでコントロールする演出家は、確かに一人がいます。
出崎統です。
この点、出崎監督の演出論にも関係あるのですが、
特筆すべきなのは、彼の監督作品は原作ものが多いため、
もし作品全体を自分の手でコントロールしようとすれば、
どうしてもアニメ特有のコンテと演出に進まねばなりません。
そういう原作ものの出崎だから、コンテや演出の業師に特化したわけと言えます。
こういった点から見ても、出崎式の作風は間違いなく富野にも影響を与えたに違いない。
(でも、富野は原作者というもう一つの可能性を取ったから、完全に出崎式でもありません)


で、ZZ以外でも、こういう富野メモで脚本を修正せずコンテでやるケースは、稀にいます。
Vガンダムの時です。以下はAの証言:

富野さんは「脚本を一言も変えずに、コンテを切ってみせる」と言ってたらしい。僕らが、そんなところに情熱をもやしてどうするんだ、と思うようなことまでやっていた。

つまり、非常に少ないけれど、確か富野監督が持っている一手法だということが確実です。
しかし、何故ZZにだけこういう手法を取ったのか?
憎いガンダムの続編をやりたくないからか?逆シャアを作るためなのか?
この点について、未だに考えていますから、
心当たりある方、一緒にZZの謎について当ててみましょうよ^^


だから、この長文の末、個人なりに導き出した結論は、
ほかの作品ほどではないしろ、ZZもまさしく富野由悠季の作品であること。
この結論はいったいどういう意味があるかというと、
それは、一見陳腐でガンダムらしくないし富野らしくもないZZは、
実はまったく別の方法論によって作られた作品である。
それに、そういうコンテしかやらない点から言えば、
もしかしたら「さすらいのコンテマン」時期に近いかもしれませんね。

だから、もしこの記事を読んでくださった後、umikazeさんみたいに、
もう一度ZZを丁寧に見直したら、きっと何か新しい発見が見つけます。
その作風も演出も決して投げやりじゃないことは保障します。


▽続きを読む▽

富野のZとZZでの役割(上)

2008/10/26 14:07|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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いつもUmikaze Blogで良質なダイターン3レビューを書いてる同時、
最近、富野由悠季監督のデータベースなるものだからtominoは・・・にも
参加しておるumikazeさんが、ガンダムZZのレビューをお書きに始めました
umikazeさんのレビューはいつも丁寧に周到なので、これからゆっくり楽しみにしてます。


で、正直言いますと、ZZは2回しか見たことがないので、あまり印象がありません。
いつか見直したいと思いながら、ついついスルーしてしまった。
そのため、多分ZZは僕にとって、一番印象の薄い富野作品なのかもしれません。
では、何故気が進まないというと、もちろん監督のせいじゃないですけど、
やはり「ZZは遠藤くんの作品」というパンチが効きますからでしょうね。
現に富野は今でもZZを無視し続けるし、
あんな大嫌い大嫌いと言ってるVも、実はかなり言及回数も話の濃さも桁違いなんだしね。
さらに、業界ではVファンが一杯居ても、ZZファンなんて聞いたこともありませんので、
ZZは今でも不運なシリーズといわざるを得ません(プルファンならかなりいるらしいけど)。
実際、作品の出来はどうであれ、
Z制作当時の富野メモの10数ページに対して、
ZZの富野メモは僅か数ページにしかないという証言もあったように、
やはりZZは富野のなかでは比較的に重視してないシリーズを認めざるを得ません。










と、いうのは一般論だけど、果たして本当にそうだろうか?


僕も今までずっとそう考えてきましたが、がんだまぁBlogさんが書いてくれた
グレートメカニック.DX6のZのPの内田健二氏のインタビューの箇条書きを読んでると、
いくつかの新しい考えが浮かび始めました。

以下は関連する部分の引用。

・監督と対等にキャッチボールできる脚本家を用意できなかった
・お話作りに関しては、富野監督は長距離ランナーではない
・シリーズ構成が別にいたら、また違った作品になったかもしれない
・Zガンダムの後番組は、全く別の作品が企画されていたが、バンダイの意図でZZになった

一見、新しいことは何一つも言ってないけど、
当時のプロデューサーの口からこんなことを出す自体は、すでに非凡な意味がある。
この発言をZやZZのスタッフ表と対照してみると、
一つの意味性が見えます。

Z参加役職:原作、総監督、脚本22本、絵コンテ7本
ZZ参加役職:原作、総監督、脚本2本、絵コンテ22本
(OP・EDコンテや作詞などは省略)

見れば分かると思いますが、
Zの富野が担当している脚本はほかの作品に比べて、極端に多かった。
この数字はZの話数の半分近い、
さらになんと40数年間、富野が書いた脚本の本数の3分の1に近いから、
その比重の大きさが伺えます。
(ちなみに、絵コンテ数もザブングル~Vの間ではやや高い)

それに対して、ZZは脚本こそ2本しかないのに、絵コンテはなんと22本もいる。
この数字はザブングル~Vの間では、非常に高い数字というのは言うまでもない。
では、この二つの数字は何を意味するのかというと、
それは、
富野がZとZZの物語をコントロールする際、
直接の続編にもかかわらず、
まるで違う方法論を取っていたということです。



まずはZ。
Zの展開が迷走しているのは、誰も富野の物語を掴めないためというのは、
この20年間皆が知ってることだが、内田氏の発言をも考慮の範囲に入れると、
脚本層の弱さは結局一番のポイントであることが分かる。
つまり、富野メモというのは、元々富野アイデアの初稿みたいなもので、
大まかな話もキャラも展開も書いているが、所詮原作の範疇に留まるものに過ぎませんが、
それらのものを使って、物語を膨らせる脚本家が不在していたため、
結局制作現場では、しかたなく富野メモをそのまま脚本として使うことになった。
言い換えると、普段の話作りのステップが踏まることはなかった。

理想的な状況
富野メモ=プロット的なもの、場合によってプロット以前なもの
富野メモ(原作)→プロット(構成)→脚本(脚本)

現実な状況
富野メモ=脚本

シリーズ構成の段階では富野と対等に戦える人がいなかったため、
富野メモのプロットはそのままZの構成となった。
脚本の段階でも富野と対等に戦える人がいなかったため、
富野メモの大まかな話もそのままZの脚本となった。
これはZの一番の弱さであり、
Zの富野脚本の本数が多いの原因でもある。
この部分は正直どうしょうもなくて、総監督の富野のせいではなく、
制作会社のサンライズのせいだと断言できます。
監督に作品を作れと言いながら、必要とする人材(満足できない人材ではない)を
集まらなかった(集まれなかったではない)ってのは、
はっきり言うと、サンライズ以外ではほとんどナンセンスだ。
スタッフワークというのはそれほど厳しいものなのに、
監督の個性がそのまま売り線になるんだから、もうそのまま売っちゃえと
妄想するサンライズにとって、どうやら何時まで経っても分からないようです。
新訳Z3部作はもちろん、最近のギアスもそうですが、
作品自体に工夫しないで、周りで色々仕掛けをやるのは、
サンライズという制作会社のバカなところ。
(逆にいうと、種と00みたい虎の威を借る狐のシリーズは、
監督はあまり個性がないため、スタッフワークが逆にバランスが取れてるとも言えます。
種は後に監督と脚本家自体が崩壊したが)


長くなりそうなので、上下編に分けます。
ZZの部分とZとZZの比較は明日の下編でつづく。


2008/10/26 12:01|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
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基本的はこのサイトが扱う話題ではありませんが、
これだけはどうしても書かせてもらいます。

以下、反転。
これらは日本の新聞。

西日本新聞:台北で60万人デモ 馬政権の対中政策に抗議
(↑最後の一段に注目。それこそ一番の原因なんです)
MSN産経ニュース:台湾民進党が「60万人」大規模デモ 対中傾斜政権を批判
(↑第3段には経済の背景に言及)
朝日新聞:台湾で50万人反中デモ、有害食品や中国要人訪台に抗議
(↑李登輝氏の言葉に注目)
毎日新聞:台湾:台北60万人デモ メラミン混入、中国への抗議
(↑短めですが、大体そんな感じ)
東京新聞:台北で大規模反中集会 野党主催食品汚染などで不信感
(↑ちなみに、23・6%は今の政権ところが、台湾有史以来最低の数字)
47NEWS:台北で60万人が反中デモ 汚染ミルクや馬政権に抗議
(↑党の緑色の旗がメインみたいな書き方ですが、実際党絡みのフラグは3分の1も満たない)
時事通信:「毒入り食品」排斥で60万人デモ=馬政権と中国に謝罪要求-台湾
(↑ここは訴える主張の箇所書きがあります)
読売新聞:台湾・民進党が60万人デモ、対中傾斜強める馬政権に抗議
(↑これはあまり内容がない)

自分が書くと感情的になりかねませんので、記事を読んだ皆さんの判断に任せますが、
一つだけ訂正せねばならないところを説明します。
それは、今回は野党が主催してたデモという形が取っているけれども、
実際集めた人の半分以上は、野党とまったく関係ありません。
何故か言うと、今、野党は選挙の失敗など色々の影響のため、
極端弱化してるから、普通に召集でやれば、こんなに大勢な人が絶対に集めません。
では、なんで人々がこんなにも集めるのだろうといえば、
答えは一つしかありません。その主張に同感したからです。
反中、反総統、反政府、反(無能な)経済政策、反毒入り食品、謝罪や賠償の請求、
反中国貿易・学歴開放など、主張があまりにも多いため、やや無節操なようにも見えるが、
怖いことに、これらはすべてドッキングしています。
それも、すべてがたったの5ヶ月での出来事です。
ここに至って、そのものが消えるかもしれない恐怖感を
覚え始めるのもおかしくない。だからこそのデモである。
日常に埋没して麻痺してゆくのが一番怖いものだから。


最後はこれ。
Taiwanese protest president
CNNのビデオニュース。
ニュースの前の強制CMはうっとうしいですが、 一度見てください。



破廉恥な人たち

2008/10/25 00:19|未分類TRACKBACK:0COMMENT:4
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破廉恥な男といえば、真っ先浮かぶのはもうその男しかいません。
そう、あのギジェ・ザラルだ。


失敗を重ねながらも次々と仕える人を変える。
さらに、最後の主君ダラムにも捨てられると、
なんと敵の女に飼われ、最後は敵の味方入り。
バッフ・クラン側から見れば、まことに破廉恥漢としか言いようが無い。
が、注目してほしいのは、ギジェだって元々バッフ・クラン側の人間だってこと。
つまり、彼は自覚してこんなことをやってたのだ。
恥を忍んで、のうのうと生き延びれて、ただ目標を達するため。
たとえ他人に笑われようと陰口叩かれようと、ただ責任を果たしたい。
そんなギジェの姿に、心打たされる女性も多いはずです(たぶん)。


でも、富野作品における破廉恥な人は、決してギジェ一人だけではない。
つか富野作品にはよくそんなキャラが出てきます。
ああいう自分を下賎、あるいは苦い立場に置いていながらも
決してすべてを投げ出さずに、ちゃんと責任を果たそうとしてる人こそ、
真の破廉恥な人である。

(こういうキャラだからこそマスクを付けられるもんだ
これを記号だけしか見れない演出家は、はっきり言って、くたばってほしい)

これを分かれば、
真の破廉恥な人が見られるのは、富野作品だけよ!
という怪しい売り文句に対しても、決して誇張じゃないと分かるはずです。
では、今日は僕の一番大好きな破廉恥な人について紹介したいと思います。


ナナイ・ミゲル
ネオ・ジオンのニュータイプ研究所所長、作戦士官である同時に、
総帥シャア・アズナブルの愛人でもある。
若い年齢にしてそれほど重要なポジションにつくため、
裏で陰口に叩かれるや軽視されてることもしょっちゅういる。
実際、仕下のギュネイだけでなく、
同僚のネオジオンの将校でさえそれらしき言葉を発するから、
ナナイの立場はどれほど苦いのが伺える。
それでも、ナナイは公の場所で決して一切動揺を見せなく、
ただひたすら自分の才能を発揮して、その実力を人に見せ、
つい地球寒冷化作戦における不可欠な人物となった。
たとえそれが汚名を返上できないとしても(シャアの愛人である以上ね)。
このへんは小説版ならもっとはっきりしてるけど、映画でもそれがかすかに匂わせる。
(余談だが、艦隊出撃する際、
レズンのナナイとの「あいよ」という相打ちはこの作品の最高な描写の一つだと思う)
さらに、自分がどこかシャアを満たすことができないと知って
なおシャアを全身全霊に尽くして、シャアの愛人というポジションにつくあたりは、
非常に献身的な女性だということも伺える。
この程度の立場しか持てないし、この程度の立場しか持ってない自分自身に対して、
堅忍と我慢で乗り越えるようなこの女こそ『逆襲のシャア』のなかの
一番の大人であり、最高な破廉恥な女でもある。
さすがにギジェと並ぶ、富野作品における両大破廉恥な人です。

ちなみに、ウィキでは

総監督の富野由悠季曰く、「シャアが抱きついても恥ずかしくない女」というイメージを創るのに苦労したそうである。

と書いてありますが、
本当は「シャアのチン○コを(ry」と言ってるがね。
まあ、とにかく富野もそういうイメージでナナイを作ったってことだよな。




最後、ジェリドは破廉恥な人ではなく、ただのアホ。

鉄仮面は破廉恥な部分が多かったが、魔道に走ったから、やはり破廉恥な人ではない。
破廉恥な人はそんなことやらないからね。

クロノクルは破廉恥の素質があるけれども、大局が見えないため、彼も破廉恥な人ではない。

グエン。再起するたびは破廉恥な素質が感じられるようけど、
ついつい自信過剰に流れたから、残念ながら、破廉恥な人ではない。

KD。いつのまにかドーナツ職人になった彼は、絶対に破廉恥な人ではありません。
恥知らずの破廉恥な男!(あ、あれ?)

あ、カタカムの最後の奮戦はちょっと破廉恥仲間入りと言えるかもしれません。

アノーア艦長は破廉恥な人かもしれません。


富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(3)

2008/10/23 23:46|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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関連記事:
■富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(1)
■富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(2)


聖戦士ダンバイン

前期オープニング:富野由悠季
富野色を全面的打ち出すオープニング。
というか、まるで世界観を作るための第0話のようなオープニング。

イントロと共にダンバインの顔見せ、ゲートを通り抜ける、ダンバイン天に飛ぶ、
光と共に落ちた主人公、光の中で出るお城、妖精らしきもののウィンク、
戦士となって剣で戦う主人公、ダンバインに乗って戦艦から発進する主人公。
さらに馬とドーメ、炎と雷と駆け出すダンバイン、光と雷が大地に注ぐ、
主人公とダンバインから発するオーラらしきもの、剣と主人公で最後を締める。

これらは何か意味性があるというより、ひたすら世界観を紹介するシーンの色合いが強い。
実際、歌詞との連動性も完璧で、
「オーラロードが開かれた」と共にショウが落ちたシーンに心打たれてるファンも多いはず。
あれはすべてファンタジーというまったく新しい世界を日本に導入したい富野が、
ファンタジーの見せ方をいかにオープニングというわずか1分強の短い時間で
観客に伝えるのを考案した末できた傑作だと思います。
実際、ダンバインの1話は秀逸で、新しいことをやろうとしてる意志が感じた優れモンだが、
世界観の提示は明らかにオープニングに劣るといわざるを得ません。

あと、意外というか、ブレンパワードと並ぶ唯一ならぬ唯二の
人物で最後を締めるオープニングである(もちろん後期もそうだが)。
ほかのは全部ロボットで終っちゃうのにね。
2008年11月18日追記:間違っちゃいました。ZZの前期もそうだった。

後期オープニング:不明

前期オープニングは完成度が高いので、ダンバイン→ビルバイン、
前期キャラ→後期キャラ程度の処理だけで、十分適用なものとなってる。
もっとも、新作カットが多いのもポイントだけどな。
ザブングルの前期と比べると、富野がいかに進歩してるのが見えてる見本みたいなもの。
ザブングルとギャリアみたいな不自然さはまるで感じられなく、
むしろダンバインとビルバインが共闘するのでさえ感じられる。
あと、演出処理は多少に早くなってるが、全体のニュアンスは前期と同じ。

最後はビルバインじゃなくダンバインが出るのはさすが富野というか。


エンディング:不明
こっちはオープニングと違って、バイストンウェルのもう一面、
つまりメルヘンな部分の色を出すもの。
花びら、泡、回る大地、裸婦生まれたての姿で走るフェラリオ、繭などの描写は、
やはりどれもファンタジーな要素が含んでいるもの。
こういう世界観を作るというか補強するようなオープニングやエンディングの作り方は、
後でも∀でしか見れないから(それもチラッとだけ)、非常に特殊だと思う。

あと、あの走るポーズは真のエロを習得したものでしか描けないエロの極みと断言できる。
あの足の伸び方といい、あの足先で走る姿勢といい、
腹がちょっと前に突き出す様子といい、女の子の手の置き方といい、
そのすべてはまさにエロスの体現としか言いようがありません。



重戦機エルガイム

前期オープニング:湖川友謙?
先に言いますが、エルガイムのコンテを切ったのは湖川先生の証拠は、
持ってませんし、確認しようもありません。
ソースはひとえ2chの湖川スレで湖川先生が講演会で自ら告白したという書き込み。
それで当然困ったなと思っていますが、
実際このオープニングは幾つか富野コンテに似てないところがあります。

動きのテンポはリズムに完璧に乗ってるし、
エルガイムが無機質ながら意識を持ってるような演技をしてかっこよかったし、
SFファンタジー(まあ、スターウォーズみたいなもの)の雰囲気が出てるし、
非常に秀逸なものだと思う。
が、タイトルのいじる方といか、エルガイムは後半で動き出すと人との絡みが無いとか、
ロボットで締めるじゃないところとか、アップ気味がやや強いとかは、
ちょっと富野らしくないところもチラチラと見えます。
第一、作画に頼りすぎる感じがしないでもない。
(長持ちカットとか、ロボットの大げさな演技とか)
ただ、エルガイム本編は見たことないので、これ以上言えません。

ダンバインと比べると一番顕著になってたのは、人が並ぶカットはあきらかに優れるところ。


後期オープニング:湖川友謙?
こっちのコンテマンもやはり不明だが、前期と大体同じ処理方法。
かなり綺麗な声と演出処理で好感度高い。
後半のMk2変形のスクリーンらしき演出とダバ、リリス、Mk2の一連は非常に好き。
が、演技の意味性は作品を見ないと分かりませんので、
とりあえずここまで。


エンディング:不明
しんみる型のエンディングというか穏やかなエンディングでした
ほかのスクロール型のエンディングと比べても、あまり変化がないというのは、
長い長い寂しい旅を暗示するものなのだろうか?



機動戦士Zガンダム

前期オープニング:斧谷稔
前半はなんというか、Zガンダムのオープニングというより、
ガンダムパート2のオープニングの感じが強い。
ダンバインと違って、(新しい世界を作るという意味の)世界観を示す必要がないというのに、
延々とカミーユ、MK2、戦艦、シャア、MSをひたすら出す。
カミーユの出発サインもほかならぬ観客に示すものの意味が見える。
(まあ、歌詞からすでに何かの作品を超越してる含みが供え始めるし)

そうは言っても、Zガンダム色が出て始めるのは後半から。
カミーユが背中を向けて歩き出すシーンとか、
シャアとカミーユの位置と関係性を仄めかすシーンとか、
カミーユの叫びながら戦うに向かうシーンとか、
そこらはやはり魅力的ですね。

ホワイトベースの連中が顔見せをするシーンはただの同窓会でしかないのでノーコメント。


後期オープニング:今川泰宏
あらゆる部分が前期を超越するオープニングである。
もちろん、ベースは間違いなく前期オープニングだけど、
今川演出力の凄さが伺える傑作である。

まずは、前期オープニングの最後に繋ぐシーン。
カミーユを背中から入って、さらに振り向かせる演出。
人物追加によって奥行きを作る整備庫のシーン。
旧カットながら完全に新オープニングソングの雰囲気に溶け込んだ使い方。
同じようなニュアンスであっても、梅津泰臣の鬼作画力によってさらに効果アップ。
一番怖いのは、前期の陽気さを完全に無くして、ひたすら悲壮感を漂うものになった所。
まあ、こんな曲調と歌声の下で、さらにフォウを出すと、どうしてもこの方向に向かうと思うが。
とにかく、かっこよさとZらしさを同時演出する、超~優秀なものだと思います。

あと一つ欠点にはならないけど、人によって違和感が感じる部分がある。
それはカミーユがフォウにサインを示すところ。
まあ、そうはいっても、ただ作画が違うだけ。意味性が繋がってるし。


前期エンディング:斧谷稔
本編と比べると明るいエンディングなんですが、
やはりなんというか、富野のエンディングに対する演出というか好みは
オープニングと比べて割と変化が乏しい(悪い意味じゃなくて)のかな?

ハロは完全に画面を豊かにするトリッキーな存在なんだから、
ファほど意味性が強くないというか、ほとんど意味がない。


後期エンディング:斧谷稔
前期と違ったところはファの服の色、背景処理、あとテンポが変わるところくらい。
でも、後期の色は明るめにしたのは、本編の暗い色を中和するため?

あと、この二つのエンディングの方向性を注目してほしい。
走るエンディングと言ったらダンバインのフェラリオもそうですが、
エル・フィノがごく自然に緩やかで走るのに対して、
ファの走りはどこか無理を感じられます。
つまり、左半側というより左3分の1という極端な位置におけて走らせることによって、
その何かをやろうという意志を出す。
では、その何かはどういうものかというと、
それは歌詞でも示したとおり、ファがカミーユをひたすら待ってるということ。
テレビ版や映画版でも見られるように、
形はどうあれ、最後はカミーユを待るのは常にファだし、
Zはファにとって、まさにカミーユを追いつつ彼を待ってる物語ではないでしょうか。


トミノの出来方が無いだと!?

2008/10/22 20:24|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
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富野スレでこんな一文を見た。

いいか、みんな落ち着いて聞いてくれ。
ダムエー早売りに「富野の出来方」後編が載ってないんだ。
















ち…ちくしょうーーーーー!
もう12月号を予約してたのに…。酷すぎる。
こんな仕打ちはねえーよ。くそ○川。くそ○ムエー○集部。
(てか、今月のことと関係ないが、こっちの角○もかなりいい加減)
というわけで、今月のトミノ燃料がまた足りなくなりそう…。


……と、悪口はさておき、少し建設的なものを書こう。
「トミノの出来方」の後半はプロとしてデビューし、フリーになり、
ガンダムの監督までの資料を掲載する(予定)なので、
先月と同じく4Pだったら、おそらく載せる資料も同じくらいだろう。
さらに先月は時代を追う形でそれらを紹介しているので、後半は同じ形で進むと思われる。

で、先月の資料は以下の通り。

・小学校2年生時に描いた、ロケットが大気圏を脱出し周回軌道に乗るまでの概念図
・小学校6年生時に描いた、架空の「小田原空港」の設計図
・中学校1年生時に書いた論文、「月世界への旅行」
・中学校1年生時に描いた、ブラウン式ロケットのイラスト
・中学校1年生時に描いた、宇宙服のデザイン
・中学校1年生時に描いた、ドーナツ型人工衛星のイラスト
・20歳のときに書いたシナリオ、「あくゆう」
・20歳の頃の御大の写真
・中学生時代に購読していた同人誌「宇宙旅行」と協会員バッヂ
・御大の寄稿、「プロフェッショナルとは」

というわけで、「トミノの出来方」の後半を当ててみよう。

まず、時代を分けすると、
①虫プロ
②CM会社と東京デザイナー学院講師(とアニメの仕事)
③アニメ業界に正式帰還
④初監督(これちょっと曖昧だけど)
⑤サンライズ時代
などの可能性を考えると、運がよければ②の時期のものが見られるかもしれないし、
そうでなくても完全に一度も公開されていない資料(by編集部、真偽は知らん)なので、
やはりワクワクせざるをえませんな。

というわけで、来月号待ち?


クマゾーくんがもたらしたもの

2008/10/21 18:43|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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関連記事
■クマゾーくん
■大変残念なお知らせをします
■富野由悠季作品のマスコットキャラ

昨日のマスコットに関する記事でこんなことを書いたが、

2008年10月21日追記:
そういう意味では、ブレンからはじめとする白富野3部作のロボットは皆そうなんですが、
マスコット性、つまり愛嬌を備え始めるという特徴が見られます。
ブレンは外見こそあまりかわいくないが、仕草はまるで小動物みたいですし、
ヒゲのホワイトドール、カプル、ヤーパンのオーバーマン、ドミ姉さんに至って、
人間臭さと小動物さがドッキングしてて、単に機械としてのキャラクター性だけでなく、
別の面からもキャラクター性が溢れ出していて、とても個性的といえる。
こういった意味では、確かあまりほかの作品が見られない演出(技法?)で、
まさにロボット演出の先駆者の富野だからこそできた事ではないでしょうか。

ここ数年、富野作品以外のアニメはあまり見なくなったが、いかがでしょうか。


ライディーンからVガンダムまでの富野ロボットの演出法は、
一口言うと機能論と設定から入ったものだと思います。
ライディーンならやたらその神秘さを強調してるし、
ザンボットならそのヒーロー性を徹底的排除する物語の進み方をされてるし、
ガンダムに至って、メインカメラがやられてもラストシューティングする。
イデオンはデザインがあまりにもアレゆえ、一切感情移入できない描写にされてるし、
ダンバインは珍しく富野が好きなチャンバラロボットだが、
Vガンダムは足が飛ぶわ頭と手が後ろに回すわなど、人間(ヒーロー)離れの芝居をやらされてる。
と、などなど、ほかのロボットアニメと違って、
徹底的に作品と一体化になった描写が特徴である。
しかし、この状況はブレンパワード以後、また別の変化が見られます。
それは、つまりロボットを可愛く演出すること。それも一般的リアルと見られるロボットを、だ。

SDとかじゃなくて、リアル体型でパッと見でかっこいいと思われることがあっても、
決して可愛いと見えないロボットをどうやって演出するのに、
一つの正解はブレンパワードの描き方。
つまり、動物みたいに演出すればいいってこと。小動物なら大抵の人は可愛く思うから。
しかし、ここでも媚びない富野は、いかにも可愛い動きで演出しないで、
その動物みたいな反応や神韻を描くことによって、動物を描く。
言い換えると、可愛く描くため動物みたいな可愛さを描くのじゃなくて、
動物の本質を描くことによって、人を動物の自然に持つ可愛さを感じさせる。
うーん、何を言ってるか自分でもよく分からないが、とにかくそういうこと。


しかし、今までこんな演出ができなかった、
あるいはできるが、演出しなかった富野は、
何故ブレンパワードで突然できるようになったのかというと、
一つ考えられるのは富野家の愛犬・クマゾーがもたらした影響。

前の記事を読んでいただけると、
クマゾーくんが富野家に来てたのは1995年、つまり欝真っ最中のとき。
最初に犬を飼うと言ったのは富野監督本人ではなく長女さんらしいだったが、
付き合ってるうちに、いつのまにか心の癒しにでもなったのではないかと、
勝手に妄想する。実際、ペットによる心のリハビリは医学でも実証されてるし。
残念ながら、欝富野期の資料があまりいませんので、
富野本人が「僕はクマゾーが大好きだー」と言ったことがあったかどうか知らないけれど、
ブレンパワード制作中の富野は、それはそれはもうひどいこと。

小牧 そういえば、クマゾーくんなんですが、 モデルがいらっしゃるそうなんですが。
富野 クマゾー可愛いでしょ。 うちで飼ってる犬の「クマゾー」も、やはり3年目に入ってますけど、 不思議ですよ。段々わかる様になってくるんです。 犬語だけど理解できるんです。実を言うと、ブレンパワードの目であれが表現したいと思っていた時期もありますよ。 うちのクマゾーってよく喋るんですよ。ほんと、目付きだけで何かを訴えます。

どうでしょうか、この親バカっぷりは。
で、実際ここではブレンパワードの描き方はクマゾーからのものと明言してたから、
こういう愛嬌を内蔵してる演出はクマゾーくんがもたらしたことが言えますね。
なので、∀の機械なのに人間と小動物とメカがドッキングするような可愛さ、
キングゲイナーのぬいぐるみような可愛さも、その延長線にいるのではないか。


富野由悠季作品のマスコットキャラ

2008/10/20 21:10|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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10月末までまた金魚さんとの戦いに戻らなければなりませんので、
軽めな更新だけ。
まとめったわけじゃないですから、とりあえず書く程度のもの。


というわけで、突然ですが、とりあえず富野作品のマスコットキャラを分類しました。
どういう条件がマスコットキャラと言えるのが良く分からないが、
出るだけで場が和むというキャラがそうと勝手に規定します。

海のトリトン
イル、カル、フィン:三トリオ

三トリオの始まり。戦うこともするが、基本的はあまり役に立てません。
主の役割は場を和むだけ。あと、紛れなく動物だが、
物語の都合でそれらを動物にせざるを得なかったので、動物属性に該当しない。


勇者ライディーン
ポン太:動物

最初の動物マスコットキャラ。ただ可愛いだけのもの。


無敵超人ザンボット3
千代錦:動物

勝平のパートナーに見えなくも無いが、基本的はポン太よりマシな程度。
(あと、公子たちは入れるべきかどうかはちょっと迷いので、しばらく保留)


無敵鋼人ダイターン3
トッポ:子供

富野作品の最初の子役。たまに役に立つこともあるが、基本的にトラブル役。
子供一人だけでも成り立つのはギャグもののため。


機動戦士ガンダム
カツ、レツ、キッカ:三トリオ、子供
ハロ:愛玩具

カツ、レツ、キッカはガンダムシリーズ一番成功なマスコットキャラというより、
三人の子供という配分が一番適当なものと言えるほうがいい。
まず、会話や行動のパターンが二人に比べて遥かにバリエーションが多いし、
三人だと賑やかな雰囲気も一世代の描写も出せるわけだから、黄金パターンといえる。
あと、ハロは完全に面白いだけのキャラ。


伝説巨神イデオン
デク、アーシュラ、ファード:三トリオ、子供
ルウ:赤ちゃん、三トリオの後任

元々三トリオってのはデク、アーシュラ、ファードの三人だが、
デクは後でマスコットキャラからリタイアしたため、ルウはその役割も担ぐことになる。
しかし、赤ちゃん属性と子供属性は基本的にはダブることできませんので、
後半アーシュラ、ファード、ルウ三人はよく一緒に出ているが(戦うキャラじゃないので)、
その三トリオの機能はあまり作動してないため、ガンダムみたいに上手くいきませんでした。
それと、ルウが後の赤ちゃんキャラとまったく違うのは、物語の鍵になるキャラのため、
最初はほとんどマスコットキャラの色が感じられなくて、
むしろイライラするだけのキャラと言える(それは計算済みだが)。


戦闘メカザブングル
チル:子供、パートナー、役に立つ

役に立てるマスコットキャラの先駆者。
戦闘キャラだけでなく、後半はギャリア・ウィルのパイロットとして、
ギャリアのコ・パイ、ジロンのパートナーとして大活躍。
それでいて、子供らしい仕草も欠かせず出てるので、
ある意味富野作品のなかだけでなく、アニメのなかではものすごく珍しいタイプなキャラ。
あと、たまには(チビのクセに)女性の一面も出てるが、
マスコットキャラ性と関係ないから、ここではスルーする。


聖戦士ダンバイン
チャム:フェラリオ、パートナー、愛玩具
エル、ベル:フェラリオ、愛玩具

フェラリオ属性というのは、ロクに役に立たたないくせに、
よく様々場面に出て動き回ってうるさいだけのキャラのこと。
たまには人の気持ちを代弁するが、基本的は役に立たないもの。
エルとベルが該当。
ただし、それだけじゃないってのはさすがチャムというキャラ。
主人公のショウのパートナーのため、一緒に戦いに行くわ、一緒に地上界に行くわ、
オーラ力の制御をするわ、戦闘のアドバイス役もできるわ、などの大活躍をして、
ほぼヒロインと呼べるほどとにかく出番が多いキャラ。


重戦機エルガイム
リリス:フェラリオ、愛玩具

見たことがありませんので、あくまで推測。


機動戦士Zガンダム
シンタ、クム:子供
ハロ:愛玩具

シンタとクムが出てる場面基本的は息抜きシーンではあるが、
ガンダムの三人組と比べて、あまり機能してないのは、
一部の原因はもちろんZのテーマの重さによるものだが、
人数は二人という寂しい数字ってのも重要な原因だと思う。
なお、こっちのハロはガンダムのと比べてあまり生き生きしてない。あくまで焼き直しだがら。


機動戦士ガンダムZZ
シンタ、クム:子供
プル:愛玩具

プルがこういう属性だと断言されるのに対して、怒る人もいるかもしれませんが、
基本的は子供のあるまじき色気を纏うキャラだっていうことを忘れないでください。
それで、プルっていうのはもちろん戦闘キャラの一員だが、
その歳は基本的にいかがわしいものなので、
本当の子供キャラがいないZZではマスコットキャラに言えますが、
非常にアンバランスで危険な魅力が持つキャラだと思う。
(つまり、子供役の天真爛漫でさえ性的な意味を持つキャラ)

ちなみに、僕の初恋アニメキャラでもある。


機動戦士ガンダム逆襲のシャア
該当なし

マスコットキャラの不在はまさに逆襲のシャアの余裕の無さを象徴するもので、
基本的は登場人物皆疲れてる作品なので、息抜きできる場面は一つも無い。


機動戦士ガンダムF91
ベルトー、コチュン、リア:子供
ミゲン:赤ちゃん

基本的にはガンダムを髣髴する配置ですが、
映画は物語を追うだけで精一杯なので、あまり彼らを描くすることもない。
しかし、脱出シーンや整備シーンなどで見られるように、その周りとの絡みは賑やかなので、
ガンダム以来の本当の子供らしさを取り戻した一作といえます。


機動戦士Vガンダム
カルル:赤ちゃん
スージィ:子供、三トリオ
フランダース:動物
ハロ:愛玩具、パートナー

こっちのカルルは富野作品における一番いい赤ちゃんキャラだと思う。
ルウと似てる役割ながら、ルウみたい鋭くないし(もちろん作品の描き方と関係あるが)、
愛嬌も他のキャラ絡みも断然増えていて、作中では純粋に可愛いキャラとしても目立つ。

スージィとオデロ、ウォレンとの組合もまた傑作だと思う。
単独に子供役の可愛さを残しながら、三トリオの面白さを引き出している。
単純に足を引っ張る役割でもありません。
逆にいうと、ホワイトアークが登場する以前、
オデロ、ウォレンが柔軟性を持っていたからこそできることでも言える。

フランダースも動物でありながら使用できる範囲がとても多いので、
間違いなく千代錦より目立つである。
(というか、Vガンの演技はいい意味で皆オーバーすぎる)
また、こっちのハロは奇跡キャラですので、あまり言えることがありません。

注目すべきなのは、Vガンのマスコット属性の多さ。
しかも全部ダブらないので、演技や表現の幅も出てくれる。


ガーゼィの翼
ファラン:フェラリオ、愛玩具

残念ながらこっちも見たことありませんので、やはり推測にすぎない。


ブレンパワード
アカリ、ユキオ、クマゾー:三トリオ、子供

また黄金パターンの子供三トリオ。
迷惑役になることは少ないが、基本な機能は前のと同じ。
さらに子供世代としてユウ、比瑪、イイ子、ジョナサンといった青少年世代との絡みなど、
前の子供役に違う使い方も出てくる。つかこの作品特有なものだが。
クマゾーはちょっと出来すぎな感じがしないでもないが、富野のご贔屓だからしょうがない。


∀ガンダム
カプル!?

意外なのは、∀にはそれらしいマスコットキャラが一人もいませんでした。
そのためなのかはよく知りませんけど、
ひょっとしたらカプルが可愛くなるのもその原因なのかな…。
まあ、全体的は穏やかになるから、場を和むキャラも別にいらないかもしれませんが。

2008年10月21日追記:
そういう意味では、ブレンからはじめとする白富野3部作のロボットは皆そうなんですが、
マスコット性、つまり愛嬌を持て始めるという特徴が見られます。
ブレンは外見こそあまりかわいくないが、仕草はまるで小動物みたいですし、
ヒゲのホワイトドール、カプル、ヤーパンのオーバーマン、ドミ姉さんに至って、
人間臭さと小動物さがドッキングしてて、単に機械としてのキャラクター性だけでなく、
別の面からもキャラクター性が溢れ出していて、とても個性的といえる。
こういった意味では、確かあまりほかの作品が見られない演出(技法?)で、
まさにロボット演出の先駆者の富野だからこそできた事ではないでしょうか。


OVERMANキングゲイナー
アナ姫:子供、役に立つ
三匹のリンクス:動物、三トリオ?
マンモ:愛玩具

アナ姫はマスコット属性から見れば、ただの子供しかありませんが、
その劇中のほかの役割を担ぐことによって、既存のどの子供役をも越えるキャラとなる。
まあ、言葉足らずなので、ご自分でキンゲを見ればお分かりになるはずです。
そういう意味では、アナ姫はもちろん、リンクスもマンモもそうですが、
とにかくキンゲが裏表があまり無い作品のため、どのキャラもとても見やすい。

しかし、面白いのは子供一人だけという配置のマスコットキャラの系譜は、
意外にも『ダイターン』のトッポと『ザブングル』のチルに遡れます。
つまり、トッポはコメディ作品のキャラのため、大人にでも忌憚なく何も話せるし、
チルに至って聡明で役に立てるから、
これらの部分はアナ姫というキャラにフィードバックすることもなんとなく見えるのが気のせい?


リーンの翼
該当なし

こっちもマスコットキャラが居ないが、作品の忙しさを見たら、きっと納得するだろうから、
あまり意外じゃないかもしれませんね。


▽続きを読む▽

富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(2)

2008/10/19 20:17|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:2
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関連記事:
■富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(1)

以下はほとんど全部井荻麟作詞なので、
歌詞とオープニングの連動はますます重要になる。


機動戦士ガンダム

オープニング:富野喜幸
あらゆる意味では格別なガンダムという作品のオープニングですが、
富野作品のオープニングのなかでも極めて異色なものでした。
いや、基本のロボットの顔見せや人物が登場するのは抑えていますが、
その見せ方は富野にしては捻くれていないってのが珍しいという意味。
今までの富野作品のなかでは一番登場する人物が多いオープニングですから、
人物を並ぶ演出がすでに出てきます。群像劇をやる決心もなんとなく見せました。
しかし、
アムロ以外の皆さんは、三回(三回目はブライド以外手だけだが)も出てるにも関わらず、
「並ぶ」「走る、ふりむかう」「手を空に伸ばす」という極めて簡単な動きしかしてないもは、
富野にしては出来過ぎというか象徴的すぎるというか、
とにかく人物描写に関してはそんな感じなものです。
(というか、アムロ以外の人物は背景絡みの演技をしない時点で特異というか曖昧。
これはひょっとしたら制作当時まだ作品の路線を固めていなかったに関係あるかもしれん)

一歩、その重厚なドラマを隠すように、ロボットの顔見せは徹底しています。
ロボットが出てるシーンはオープニングの半分近く占めている上、
そのロボットがほとんど他のこと(走るとか)何もせず、武器をぶんぶん使うだけ。
こういうまるでわざと作品の真意を隠すような作りは、
よく歌詞やオープニングといった作品のサブテキストなるものに出てきます。
オープニングはガンダム作品が多すぎてあまり見えないかもしれませんが。

とにかく、富野色を隠して、安彦キャラを前面に出す作りによって、
一見あまり富野らしくない仕上げですが、中にはやはり富野富野らしい、というようなもの。


エンディング:富野喜幸
これはライディーンのエンディングと同じ安彦絵に頼るタイプのエンディングですが、
歌と作品テーマに関わって、静かなトーンに仕上げられている。
今見ると地味かも。また最後の絵は色調がちょっと鮮やかすぎて、
前の青で通り抜けた安彦絵とはちょっと違う印象もしたりする。
それでも最後の最後は希望を象徴する光が出て、
オープニングの一番はじめの部分と繋がる。



伝説巨神イデオン

オープニング:滝沢敏文
滝沢さんが作ったものと聞いて、意外と思ってる人がいるかもしれませんが、
イデオンのオープニングは確か富野オープニングと違った部分が結構あります。
まず、メカ色が強すぎるところ。イデオンは画面の半分以上を占めてる。
次は、イデオンの大活躍につれて、人物の登場時間は非常に少ないところ。
出てるのもコスモ、べス、カーシャ、ギジェのみ。雰囲気も「戦う戦士」という感じしかない。
バンク以外は富野らしくないなー(爆)と思ったら、案の定富野がやってたものではない。

これは滝沢敏文さんが1998年の「イデオンという伝説」という本での発言だが:

今でも覚えてるのが、『イデオン』のオープニングができたときに「滝沢、こういうオープニングじゃあダメだ」って富野さんにいわれたんですよ。一般受けはするんだけど、それじゃダメだって。そういう意味では、その言葉で作家性に目覚めたのかもしれませんね。今から思うと、その言葉が強烈に残ってて。本人は、そんなに大したつもりでいったんじゃないだろうけど。僕の中ではいまだにその言葉が、すごく神のように存在してるっていうのかな。
遺言のようにね、「お前は、これをやっちゃいけない」って。それを、そのまま引きずってるような気がします。あの言葉は、すごく強烈に覚える。

この発言を見て、
このオープニングに対する違和感はどこから来るものが、お分かりになるのでしょうか?
つまり、富野はテーマを隠すつもりで作った歌詞にそのまま乗っちゃった感じが強いので、
そんな発言をしたのではないだろうか。

ただし、滝沢さんが言ってた一般受けという意味も分かります。
どういうことかというと、このオープニングは完全にリズムに乗ってたし、
普通なロボットアニメのオープニングのセオリーも一通り守ってたし、
(誤判と言えなくもないが)歌詞の意味も取り込めたから、
一般的には見て非常に見て気持ちいい作りになっております。
そういう意味では、このオープニングもやはりいいものだと思います。


エンディング:富野喜幸
井荻麟の歌詞も、富野喜幸のエンディングも共に、富野由悠季作品だけでなく、
アニメ作品のなかの最高傑作のひとつと呼べるこの「コスモスに君と」は、
構造はザンボットのエンディングを彷彿するものだが、それと比べて、
また格段に洗練されいてる。どういうことかというと、
ザンボットのエンディングは最後勝平一人の目線に集中するのにたいして、
イデオンは最後まで誰かの目線で描くことはなく、
かえって目標、つまり目線の先に集中する。
で、その目標から逆算して、その登場人物を描くという形で作られている。

それと、絶対挙げなければならないのは、このエンディングの方向性。
つまり皆が右上の魂の輪廻?な方向を見てること。
これによって、テーマを暗示するだけじゃなく、映像的にも繋がりが出てきます。
(ザンボットの皆さんも上向きなのですが、距離が遠い過ぎて繋がっていません)
それも敵と味方問わず、だ。
そういう意味では最初の流れ星もそうですが、
テーマ性と映像の繋がり両方が備える極めて優れるものだと思います。
(あと、もちろん、人物の遠近や前後も計算のうちにいるのは言うまでも無い。)

逆に言うと、方向性が違う者は、見る人にまったく別の印象を与えます。
シェリルがそうです。最初見た時は違和感だけかもしれませんが、
話が進むにつれて、その意味は恐ろしく身に染みます。
そういう意味では、カララというヒロイン(?)のアンチキャラの彼女は、
まさに『イデオン』における最重要なキャラの一人といえます。
(そういや、たまねぎ部隊のベントさんも左向きなのですが、
小さすぎて、よくスルーされます(汗))

以上の点から見て、この「コスモスに君と」の歌詞とエンディングによって、
『イデオン』という作品を描ききったと言ってるのも決して過言ではありません。


ザブングルからエルガイムまでのオープニングとエンディングは、
手持ちの資料が足りませんので、誰かがやったのは正確判明できません。
個人の判断ではやはり大半は監督の富野の手によるものだと思いますが、
念のため、確定しない部分は「不明」として、
もしご存知する方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。


戦闘メカザブングル

前期オープニング:吉川惣司
(2008年11月14日追記:アニマックス2008年11月公開の
「Webで独占放送!知る人ぞ知る!戦闘メカ ザブングル制作話」によると、
オープニング絵コンテはこの作品の脚本家吉川惣司が担当したとのこと)

西部風とザブングルの大活躍とジロンの男前が見所のオープニング。
画の見せ方もメカの使い方もとても面白いですし、
富野オープニングのセオリーもちゃんと抑えていますが、やはり少し欠点があります。
半ばのザブングルの合体変形シーンはあまり面白みが無いし、
流用する(できる?)画面が多すぎいささか気になりますが、
(↑あ、ちなみにこれが欠点にならないのよ)
それでもメカと人物の躍動感が十分感じられますので、
やはり出来がいいオープニングだと思います。


後期オープニング:不明
富野作品における最初の後期オープニングであり、
ツギハギオープニングの始まりでもある。
最初の試しのためなのか、制作が間に合わないためなのか、
リズムに合わない部分がチラチラが見えます。正直出来があまりよくありません。
それでも、新作カット部分は恐ろしく嵌ってますので、ツギハギの弊害はここで表しますね。
あと、ギャリアの見せ方は反則としか言いようがありません。

 
エンディング:不明
これも簡単系なエンディングなんですが、
簡単に最初の人間関係を紹介するものだけといえます。
それでも、一人を除くアイアンギアの連中は基本的に抑えていますので、
これだけで十分な気がします。
一番面白いのはジロンがコケったところで方向が変る所かな。


℃さんへの返事

2008/10/19 11:48|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - ℃さんへの返事
■「言及した」の標準は?の記事で拍手してくださった℃さん、ありがとうございます。
拍手コメントはあまりチェックしていませんので、
返事遅れてしまって、誠に申し訳ございませんでした。

■富野由悠季オススメ整理
アドバイスはありがとうございます。確かにそういうところは悩みますね。
言及した内容は今のところ、一応注意書きという形で説明いたしますので、
また順次で整理するつもりです。年代別も射程内に入っておりますので、ご安心ください。
あと、レポートはとても助かりますので、楽しみにしてます。
改めて感謝の意を申し上げます。ありがとうございます。
大してこと書いていないブログですが、これからも頑張るつもりです。


富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(1)

2008/10/18 15:49|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 富野作品のオープニング、エンディングと絵コンテ(1)
周知の通り、オープニングとエンディングは作品にとって
とても重要なエッセンスなので、監督か凄腕な演出家が手がけるのは一般である。
これは富野作品においても例外ではない。
特に富野作品は富野色が強いだけでなく、
場合によって作詞と連動する部分もかなりあるし、
なかなか他人が手に入れる空間が無いので、結局監督自身がコンテをやるのが多い。
それでも、稀に他人の手に譲るオープニング・エンディングもあるから、
これらも知る範囲限りで示す。


海のトリトン

前期オープニング:富野喜幸
こっちは今となって幻のバージョンなんですが、
エンディング+実写の海の映像で作ったででっち上げ暫定オープニング。
一応音楽との連動が見えなくも無いが、
シーン一つ一つが長く使ってる上に(そのためにカットも少ない、10くらい)、
カットとカットの繋ぎも辛うじて海で繋ぐ以外まったく無い。
あと、かぐや姫と海のオーバーラップのシーンも何故か使われていて、
今見ると、非常にシュールな作りで仕上げられている。
幸いなのは、海の映像自体は見ごたえがありので、なんとか画面を保った感じもある。
あと、稀ではあるが、当時実写のこのオープニングを見て、
却ってこのアニメは特殊だと思った人はいる模様。

この部分について富野はこう発言していた。

作画監督は、羽根さんひとりがしゃかりきになっているような状況がつづき、制作助手も片山秀男君というのがひとりでやっているのではないのかという感じで、制作実体のすべてを旭プロにすがっていた。だからオープニングの作画が間に合わずに、結局、一クール以上にわたってオープニング本編と関係の画を放りこんだカットのまますませたりした。



後期オープニング:富野喜幸

鈴木芳男と黒川慶二郎、それにトリトンの実質的オーナーになった西崎氏の基本方針にのっとって、羽根キャラクターが認められ、その基本方針はトリトンの音楽にも現れて、ハッタリズムに徹したオープニング・ソングとジャズっぽいBGMになった。この部分の指揮権が、西崎氏とスタッフルームのあいだでどのようにとり交わされたのかは知らないのだが、オープニング曲を聞かされたときには、あきれながらも面白いと思った。こちらもどうせハッタリなら、とえらくのってオープニングの画面を創った記憶がある。

富野自身がハッタリズムと言われたとおり、
このオープニング一番面白いのはなんといっても、
マカロニウエスタンみたいな曲調で始まる曲と共に、
噴火から噴出して岩のように並んでいくタイトルだろう。
水面と水中の描写分別、動かす絵と止め絵の相互使用、
スケール感を出すための遠近の対比も忘れず、ロングとアップの切り替えも丁寧。
なかなかの傑作である。

ただ一つ惜しいと思ったのは、オリハルコンの光の処理。
画面では抜いた瞬間だけ光って、後すぐ消えたので、かなり唐突な印象が拭けません。
どう考えてもトリトンの決めポーズの間にずっと光るのはかっこいいので、
もしかしたらその部分は処理ミスなのかも。
それと、ちょっと気になるのは方向性。
トリトンのほとんど左向きなのはどういう意図なんだろう?今でも考えてます。

あと注目すべきなのは、歌詞との関係性。
この唄はまあいわゆる少年の成長を謳歌する歌なので、
映像もそれに乗っ取って、「ひたすら前進」、
「主人公トリトンとルカという乗り物以外誰も出てこない」、
「戦闘シーンは一人だけ」という特徴が見れます。
もちろん、ただの考えすぎかもしれませんが。

ちなみに、個人が一番好きなのはカモメのとこのカメラの揺り方。


前期エンディング:富野喜幸
オープニング+止め絵のでっち上げエンディング。
残念ながら見たことがありませんので、なんともいえません。

 
後期エンディング:富野喜幸 
オープニングと比べてあまり印象が強くないエンディングでしたが、
やはりアニメと実写+アニメの部分があるのは特殊でした。
絵はさほど意味性を持たないし、仕上げも本編と比べてコメディ調なので、
たぶん息抜きの意味がメインと思う。



勇者ライディーン

オープニング:富野喜幸(推定)
このオープニング一番特徴なのは、
いかにも王道なロボットアニメなオープニングをしている所。
ロボットの顔見せ、様々の武器で敵をやっつけるなど、いわゆる古い手法が見えます。
マジンガーとゲッターを仮想敵にするこの作品は、
この部分においては、斬新とはいえなかった。
つまり、富野作品の系譜にいるものというより、
既存のロボットアニメの延長線に居たオープニングの色合いが強い。
その意味では、富野ロボットアニメのプロトタイプとはいえます。
言い換えると、富野が道を踏み外したのは、ザンボットまで待たなければなりません。

それでも、一つユニークな部分があります。
それは「ダブルトウジョウ」。
つまり登場シーンと搭乗シーンなんです。
今までのヤツと違って、ライディーンはオカルトロボットのため、
どうやって出てる、どうやって乗るってのも自然に描写の重点になる。
この部分は確か今までのロボットアニメで誰もやったことないのに、
オープニングに違和感なく出すのは、さすがチャレンジャーの富野としか言いようが無い。
あと、終始スケール感を維持するのも富野長年以来守り続けたこだわりでもある。
それに、その部分をオープニングに出すのは、もう一つの利点があります。
それはバンクに流用できるから(爆)。


エンディング:富野喜幸(推定)
このエンディングはまず人の目を引き付けるのは、なんといっても止め絵でした。
美しい絵、赤と青をメインとした色調、力強い構図…どれも捨てがたい。
動く部分もありますが、その動く絵もあくまで止め絵を繋ぐための印象が強い。
では、何故こういう作り方をしたのかというと、
これはおそらく安彦良和という天才を手に入れたからなのかもしれません。
つかオープニングもそうですが、作画のおかげで、
結果的に高いレベルの仕上げが獲得したのが伺えます。
よく分からない人なら、2年後のザンボットと比べれば明瞭かもしれない。
こういうエンディングの作り方は、ほかの富野作品でも見られませんので、とても貴重。

あと、このエンディングの方向もなんとなく左向きが多いのは気のせい?



無敵超人ザンボット3

オープニング:富野喜幸
つい富野ワールドに突入したこのオープニングは一言いえば、とても富野です。
1.タイトルをいじる。2.手の表現。3.合体のバンクシーンを入れる。
4.最低限の顔見せ(武器を含めて)。5.何かの対比か描写でスケール感を作る。
6.どこか王道から一歩ずれる作り。

これらはすべてほとんどの富野のオープニングに出てるから、
もうこのザンボットで方法を確立したと言っても過言でもない。
もっとも、6は当初長浜さんに拗ねるものかもしれませんが、
今となって富野の「王道を守りつつ、新しいことをやる」という特徴になってたが。

1のピカピカタイトルは面白いし、やはり富野の特有の手法。
これもこのザンボット3から始めたものなので、本当にマイルストーンに相応しい作品です。
と、いうのは、ウソです。実は…。

あと、一部の人の指摘通り、最後の「ザンボット3」の歌の部分は、
確かにどう見てもテンポとずれたよな。あしからず。


エンディング:富野喜幸
このスクリーンをロールする手法は以後よく見られるが、このザンボット3は初めである。
感傷が含んでる曲調に夕焼けみたいな色調。確かに余計な動きがいりません。
シンプル風に仕上げたエンディングは、この作品にとって大正解といわざるを得ません。
それに、全員を見せるのも大変有効な手法なので、
テクニック的な部分も実をいうとちゃんといる。
もちろん、これも一斉に大人数を動かす富野作品こそ相応しい手法ではあるが。



無敵鋼人ダイターン3

オープニング:富野喜幸
この作品に突入すると、作詞まで富野色が染め始めたので(当然ではあるが)、
オープニングの濃度もますます高くなる。
一見ハッタリを徹する作り(いい意味でダンディリズムが溢れてる)だが、
歌詞との連動が半端ではございません。
それに、意味深いシーン(万丈が牢を破るシーンや、
ドン・サウザーとコロスを追うか求めるか、どっちも取れるシーン)も散らして、
とてもとても憎い演出をした。
それでも、最後まで明るい雰囲気を失わず、ダイターンの明るさを貫いた。


エンディング:富野喜幸
これについては意外というか、あまり意見がありませんな。
強いていえばロボットはあくまで道具と未来を新世代に託すところかな?
あと、あのダイターン人形可愛いな。


富野由悠季全コンテ本数(中)

2008/10/17 23:00|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:6
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関連記事
■富野コンテについての小メモ(随時更新)
■富野由悠季全コンテ本数(上)

前は富野=高畑+出崎+長浜+タツノコとかいましたので、
今度はコンテの数字から富野喜幸と出崎統、長浜忠夫、高畑勲三人の関係について
簡単な検討を書きたいと思います。
手塚先生は…作家の構えとして恐ろしく似ているが、
作風や劇作法はあまり富野に影響を与えないと思う。



出崎統
あしたのジョー/14

富野は出崎の下でやった作品は、意外にもこの一本だけ。
富野のコンテ主義はこの人から受け継いだものだし、
富野も自分が彼のものを盗もうとしたと言ったから、
てっきり長くその下で影響を受けていたと思ったが、
所詮フリーな人間ですから、サンライズで落ち着いたまで、
どこかの現場で落ち着いたことも無かっただろう。
とはいえ、1970年9月2日の23話から1971年8月11日の72話まで、
なんだかんだ出崎と一年近く付き合わせてもらったから、
長いといえば長かっただろう。


長浜忠夫
(東京ムービー時代)
巨人の星/?(富野によると7、8本)
新オバケのQ太郎/19
ど根性ガエル/18
侍ジャイアンツ/15
(創映社、サンライズ時代)
勇者ライディーン/4
超電磁ロボ コン・バトラーV /14
超電磁マシーンボルテスV/7
闘将ダイモス/2

前の記事に書いたとおり、富野の東京ムービーでのコンテ本数は59+?だが、
そのなかの52+?本は長浜作品。
つまり東京ムービーの仕事はほとんど全部長浜の下で働いたので、
いかに長浜監督から影響を受けてたのが伺える。
(本人曰く「粘り」だが、まあ二人の作品を見れば分かると思います)

ただし、ロボットものはさほど影響を受けたとは思わず、
本数は前に比べて少ない上、
ボルテスの中盤以後、ダイモスに至って自作の制作とダブるので、
前ほど影響を受けてることも無いと思われる(逆に燃えたのはライバル心らしいが)。

2008年10月18日追記:ごめんなさい。言葉足らずでした。
ロボットでドラマを作る方法論においては確かに影響を受けていた。
ただし、ロボットの立ち位置や戦闘演出はカウンターという形で出てくるのが多いなのも
事実ですから、そういう面から見れば、まさに影響を受けたといえますね。


高畑勲
アルプスの少女ハイジ/18
母をたずねて三千里/22
赤毛のアン/5

クライマックスはやはりこの男だろう。
長浜に劣らず自分に影響を与えたこの男の下で、富野は45本のコンテをやった。
数字から見れば長浜より少ないけど、
長浜の熱さと比べて結構クールな演出なので、
どっちか言うと熱いタイプの富野にとって、この方面の演出は貴重だと思う。


おまけ
タツノコのCD、総監督のまとめ。
この会社のコンテ・演出制は有名だが、
それゆえCDとの関係やCDから受けた影響はいまいちよく分からないので、
もしどなたが不勉強な僕に教えていただければ幸いです。

紅三四郎:九里一平/1
おらぁグズラだど:笹川ひろし/1
昆蟲物語 みなしごハッチ:九里一平、原征太郎/21
いなかっぺ大將:笹川ひろし/2
けろっこデメタン:笹川ひろし/11
新造人間キャシャーン:笹川ひろし/9
昆蟲物語 新みなしご ハッチ:原征太郎/6
破裏拳ポリマー:鳥海永行/5
ゴワッパー5 ゴーダム:鳥海永行/8
タイムボカンシリーズ ヤッターマン:笹川ひろし/1
科學忍者隊 ガッチャマンⅡ:笹川ひろし/1

数字を見る限り、笹川ひろし監督のものが一番多い。25本もある。
みなしごハッチの二人の担当は良く分からないので半分ずつにして、
九里一平氏は11本、原征太郎氏は16本。
鳥海永行は13本。

タツノコものは子供の時の僕にとって絵柄は苦手なので、
あまりタツノコ作品について勉強をしていませんでした。
だからタツノコの演出家の作風の分別にしろといわれても、正直できませんでした。

が、よく分からないが、ポリマーは富野に合わなかったと聞いたことがあります。
ギャグが多いためか、監督との相性なのか、
ポリマーよりも、キャシャーンとの相性は圧倒的に合ってるらしい。
このへんについてはやはり他人に尋ねないと分かりませんので、
誰かがここの数字を見て妄想してください。

それでも、吉田竜夫の原作は基本的にシリアスなものが多いので、
結局タツノコの特定の演出家に影響を受けてたのではなく、
元々合ってるだけ(もちろんそれだけではないが)なのかもしれません。



次は日本アニメーションのもう一つのラインや日本テレビ動画、虫プロといった
あまり富野に言及されてないマイナーな部分について書きたいと思います。



富野由悠季全コンテ本数(上)

2008/10/16 23:28|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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関連記事
■富野コンテについての小メモ(随時更新)

さすらいのコンテマンこと富野喜幸の履歴を整理しました。
「富野由悠季全仕事」に含まれない部分もいるから、そんな本よりオレのほうを見ろ!
と、さすがに行かないが、一つの参考になれるかもしれませんので、見てください!


監督作品以外↓

作品名/制作会社/本数
鉄腕アトム/虫プロダクション/25
戦え!オスパー /日本放送映画(後の日本テレビ動画)/?
リボンの騎士/虫プロダクション/4
冒険少年シャダー /日本放送映画(後の日本テレビ動画)/?
巨人の星/東京ムービー/?
アニマル1/虫プロダクション/1
夕やけ番長/東京テレビ動画(後の日本テレビ動画)/?
海底少年マリン/フジテレビエンタプライズ/?
どろろ/虫プロダクション/3
紅三四郎/タツノコプロダクション/1
巨人の星対鉄腕アトム /東京ムービー・虫プロダクション/1
男一匹 ガキ大將/東京テレビ動画(後の日本テレビ動画)/?
ムーミン/東京ムービー(後半は虫プロだが富野と無関係)/2
シートン動物記/東京テレビ動画(後の日本テレビ動画)/?
赤き血のイレブン/東京テレビ動画(後の日本テレビ動画)/2
アタックNo.1/東京ムービー/?
あしたのジョー/虫プロダクション/14
男ドアホウ! 甲子園/東京テレビ動画(後の日本テレビ動画)/?
昆蟲物語 みなしごハッチ/タツノコプロダクション/21
さすらいの太陽/虫プロダクション/12
天才バカボン/東京ムービー/5
おらぁグズラだど/タツノコプロダクション/1
ふしぎなメルモ/手塚プロダクション/4
新・オバケのQ太郎/東京ムービー/19
國松様のお通りだい/虫プロダクション/2
いなかっぺ大將/タツノコプロダクション/2
正義を愛する者 月光仮面/ナック/?
アニメ・ドキュメント ミュンヘンのへの道/日本テレビ動画/2
モンシェリCoCo/日本テレビ動画/4
ハゼドン/創映社(後のサンライズ)/5
ど根性ガエル/東京ムービー/18
けろっこデメタン/タツノコプロダクション/11
ワンサくん/虫プロダクション/2
山ねずみロッキーチャック/ズイヨー映像/5
侍ジャイアンツ/東京ムービー/15
新造人間キャシャーン/タツノコプロダクション/9
アルプスの少女ハイジ/ズイヨー映像(後日本アニメーションに引継ぐ)/18
0テスター/創映社(後のサンライズ)/9以上
昆蟲物語 新みなしご ハッチ/タツノコプロダクション/6
小さなバイキングビッケ/ズイヨー映像(後日本アニメーションに引継ぐ)/9
宇宙戦艦ヤマト/オフィスアカデミー(西崎)/1
破裏拳ポリマー/タツノコプロダクション/5
フランダースの犬/ズイヨー映像→日本アニメーション/3
しあわせの王子/和光プロダクション/1
母をたずねて三千里/日本アニメーション/22
アンデス少年ペペロの冒険/和光プロダクション/3
超電磁ロボ コン・バトラーV/創映社(後のサンライズ)/14
ゴワッパー5 ゴーダム/タツノコプロダクション/8
ろぼっ子ビートン/創映社→日本サンライズ(後のサンライズ)/5
あらいぐま ラスカル/日本アニメーション/19
合身戦隊メカンダーロボ/和光プロダクション/2
超電磁マシーン ボルテスV/日本サンライズ(後のサンライズ)/7
シートン動物記 くまの子 ジャッキー/日本アニメーション/1
タイムボカンシリーズ ヤッターマン/タツノコプロダクション/1
ペリーヌ物語/日本アニメーション/10
闘將ダイモス/日本サンライズ(後のサンライズ)/2
未來少年コナン/日本アニメーション/2
赤毛のアン/日本アニメーション/5
まんが日本昔ばなし/グループ・タック/1
科學忍者隊 ガッチャマンⅡ/タツノコプロダクション/1
ザ・ウルトラマン/日本サンライズ/2
ルパン三世(TV第2シリーズ) /東京ムービー/?
無敵ロボ トライダーG7/日本サンライズ/1
宇宙大帝ゴッドシグマ/東京動画(西崎)/1


纏めてみたら、いくつ面白いことを気付いた。

1.まず担当話数を数えました。
 虫プロ(+手塚プロ):25+4+1+3+14+12+4+2+2=67
 日本テレビ動画:?+?+?+?+?+2+?+2+4=6+?
 東京ムービー:?+2+5+19+18+15+?=59+?
 フジテレビエンタプライズ:
 タツノコプロ:1+21+1+2+11+9+6+5+8+1+1=66
 ナック:
 サンライズ(創映社):5+9?+14+5+7+2+1=43+?
 日本アニメーション(ズイヨー映像):5+18+9+3+22+19+1+10+2+5+2=96
 西崎(オフィスアカデミー、東京動画):1+1=2
 和光プロ:1+3+2=6
 グループ・タック:1

 なお、『巨人の星対鉄腕アトム』はカウントしていない。

2.日本テレビ動画はすでに消滅したので仕方ないけど、
 「?」、つまり紛失データがとても多かった。フジテレビエンタプライズとナックもそう。

3.総話数や各プロダクションの生産力にもよるが、数字を見る限り、
 一番多いのは日本アニメーション。なんと96本もある。
 次はタツノコの66本。東京ムービーも59本ある。
 虫プロは67本だが、在籍中の27本を減ると、40本だけ。

4.日本テレビ動画も結構多いが、本数は明かされていない上、
 会社自体も消滅したので、今となって不明瞭な点が多いが、
 残した人脈などに気になるので、続いて調べてみたい。

5.『巨人の星対鉄腕アトム』をカウントしないのは、
 虫プロか東京ムービーのどっちに入れるのか分からないため。
 しかし逆に言うと、両方の作品に関わる演出を富野を任せたのは、
 富野は両方で仕事したから、つまりパイプ役になったからかもしれません。
 さらに邪推すると、CM制作の経験も一役を買ったという妄想も。

6.「和光プロ」については興味深い。
 短編映画1本とテレビシリーズ5本を合わせても6本しかないのに、
 一度チーフ・ディレクターの話を富野に振った。
 タツノコもチーフ・ディレクターについて打診をしたことあったらしいが、
 担当話数の多さから見れば、ごく適当だと思う。

7.『ゴッドシグマ』はさらに面白い。だって制作はあの西崎の会社の作品だよ?
 二人はすでに「ヤマト」ですべての縁を切ったのだが、なんでまた富野に……
 と、言いたいのですが、東京12チャンネルと東映が関わってるため、
 おそらく東京12チャンネル経由で発注をしたと思われる。

8.当時のアニメ制作大手5社のなか、まったく関わってないのはエイケンだけ。
 また、東映アニメーションも意外と少なく、サンライズ経由の長浜作品だけ。

出崎統、長浜忠夫、高畑勲監督については、また明日。



おまけ

作品名/本数/総監督話数
海のトリトン/8/27
勇者ライディーン/3/26 +4(2クール以後の) =7
ラ・セーヌの星/2/13
無敵超人ザンボット3/9/23
無敵鋼人ダイターン3/15/40
機動戦士ガンダム/26/43
伝説巨神イデオン14/39
機動戦士ガンダム(劇場版 )/1
機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編/1
戦闘メカザブングル/5/50
機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編/1
The IDEON A Contact 接觸編/Be Invoked 発動編 /2
聖戦士ダンバイン/5/49
ザブングル グラフィティ/1
重戦機エルガイム/5/54
機動戦士Zガンダム/7/50
機動戦士ガンダムZZ/22/47
機動戦士ガンダム 逆襲のシャア/1
機動戦士ガンダムF91/1
機動戦士Vガンダム/5/51
闇夜の時代劇 正体を見る/1
バイストン・ウェル物語 ガーゼィの翼/3
ブレンパワード/5/26
∀ガンダム/21/50
劇場版∀ガンダム Ⅰ地球光/Ⅱ月光蝶 /2
OVERMANキングゲイナー/15/26
機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者/1
機動戦士ZガンダムⅡ 戀人たち/1
リーンの翼/6
機動戦士ZガンダムⅢ 星の鼓動は愛/1


あまり意味ないものですが

2008/10/15 20:05|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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2008年台北ゲームショーの回顧動画。富野がチラチラと出てきます。



来年はパヤオあたりが来ないのかな…。
もしパヤオが本当に来てくれるのなら、
僕はその招待に志願して色んなことを聞きに行くよ。


ついでに最近の富野スケジュール。

東京コンテンツマーケット2008 TCM2008キーノート・メッセージ
 10月27日 16:00~17:30 六本木ヒルズ森タワー「六本木アカデミーヒルズ40」

  1部 キャラクター創造とは?
   スピーカー 小池 一夫氏
   (作家、漫画原作者、大阪芸術大学教授)  
   聞き手   陸川 和男氏
   (株式会社キャラクターデータバンク 
   代表取締役社長 東京大学大学院情報学環特任研究員)

  2部 プロフェッショナル・クリエイターの条件
   スピーカー 富野 由悠季氏
   (アニメーション・映画監督)
   聞き手   清田 智氏
   (株式会社QPR 代表取締役)


手塚治虫アカデミー 「アトムの時代~SFか科学か」
 2008年11月3日(月・祝)13:00~15:30 東京都江戸東京博物館

  SFマンガを日本に根付かせた手塚治虫。
  ロボットなど現代の技術に与えた影響は大きい。
  果たして手塚マンガは日本を変えたのか?

   パネリスト:富野由悠季、荒俣宏、大森一樹、石上三登志

2週間後くらいだから、行ってくれる方がいればいいですね。
そうでなければまたアスキーのレポートを待つしかないな…。


富野 in 韓国3

2008/10/14 20:44|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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■富野 in 韓国

今更と感じないでもないが、前のヤツと微妙に違ったので、貼る。
自分翻訳バージョンもやってみたが、
ヤケクソでネットの上にあるヤツを貼る。

■富野由悠季:「アニメにだけのめりこんでいてはオタクになるだけだ」

ガンダムシリーズの原作者で監督の富野由悠季は、日本のロボットアニメの生き証人だ。彼は1979年、 当時としては破格的にリアリズムを追求した「機動戦士ガンダム」でセンセーションを巻き起こし、その後同作品から多くのシリーズ作が生まれるとともに「ガンダムワールド」の父になった。大韓民国コンテンツフェア参加のために訪韓した富野由悠季に会った。彼は、良いアニメを作るには多様な人生経験が必要であり、優れたアニメーターの条件として、アニメ自体を好むよりもその中に込められたメッセージに集中することを強調した。


Q:ガンダムは、それまでのロボットアニメとは違うリアルなロボット物の嚆矢として知られている。ガンダムを演出するようになった過程、そして作品で訴えたかったことは何か?

--単純にSF映画を作りたかっただけだ。作品の意図としては「ファーストガンダム」を登場させて「人類の革新」を見せようとした。その後、ガンダムのそうしたコンセプトは歳月を経てシリーズとして発展したが、最近のガンダムシリーズの様子については私が話すべき事柄ではない。


Q:ガンダムの背景を戦争に設定したのは、特別な理由があるのか?

--戦争物を作るためにガンダムを作ったのではない。戦争を背景にしたのは玩具会社の要求のためだ。毎週新しい悪役モビルスーツを生み出せるシステムは国家的規模の戦争しかないから戦争を選んだのであって、最初から戦争物として意図したわけではない。


Q:玩具を作るための手段だと言ったが、作品を製作する際に玩具会社が関与することは多いの2か?

--玩具会社は直接関与しないが、作品のスポンサーとして参加する。スポンサーが作る玩具を広報せねばならず、戦争を通じて毎回モビルスーツを登場させることは製作時に必ず守らねばならない不文律だ。ところがガンダムは放映当時10歳以下の子供達がガンダム玩具を買ってくれなかった。そのため投資が中断したりした。当初のスポンサーは子供向け玩具だけ作っていた会社で、10歳以上をターゲットにした玩具は作ることができず、結局バンダイがガンダム事業を行なうことになった。


Q:日本は著作権管理が厳格なことで知られるが、あなたは原作者なのにガンダムに関する権利が無いと聞いたが。

--私はガンダムの原作者ではあるが権利者ではない。別途の著作権管理会社がガンダムシリーズの製作、商品化事業など全ての部分を管理する。したがって原作者として特段得られる収入は無い。このように会社が著作権を管理するのは世界で日本が唯一だ。<中略>


Q:韓国にもファンが相当多い。アニメーターを目指す人への助言は?

--アニメを絶対好きになってはいけない。アニメが好きだと、その枠の中に閉じこめられてしまう。アニメという媒体に他のメッセージを入れることが重要だと思うし、だからこそアニメが嫌いでなければならないというのが私の考えだ。それでこそ多様な技法をアニメに動員することができる。より具体的に言うと、30歳までは多様な人生経験をしながら他の人に伝えたいことを捜して、それをアニメなり映画なりに投映できる経験が必要だ。また、そういう人が業界に多くならねばならない。単にアニメにばかりのめりこんでいては、オタクになるだけだ。アニメがではなく、その中に込められたメッセージが好きでなければならない。

▽ソース:CINE21(韓国語)(2008-10-13 10:00)
http://www.cine21.com/Article/article_view.php?mm=005002003&article_id=53357
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=140&aid=0000012277



サトタツの新作はサテライト?

2008/10/13 18:52|未分類TRACKBACK:0COMMENT:4
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来年の2クール。
しかもまたシリーズ構成らしい。
監督は河森以外の人。
元々マクロスFの監督候補として名を挙げられていたことも。


ま、佐藤竜雄はナデシコ以後ポチポチ見る程度だし、
今となって富野作品以外のアニメなんて全然興味ない。
このネタは既出かどうかは知らんけど、
一応今日で知ったことだから、一応書いとく。


こんなものが出来てしまったようです

2008/10/13 03:03|未分類TRACKBACK:1COMMENT:4
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こんなものというのはこういうのです↓

だからtominoは・・・

富野由悠季御大将を何かと愛好する会です。
御大についてのデータベース的なものに少しずつ近づいていければいいな、と思っています。
とりあえずやってみています・・・。


富野信者として名高い囚人022さんが作っておられたものです。
立てたてですが、とっても素晴らしいです。


しかし、しかしですな。
子犬さんの推薦書籍や言及映画のリストを作りたい話から、わずか1週間弱で、
ここまで膨らんだのは、さすがの僕も予想外ですよ。
いや、自分が言うのもなんですが、
元々囚人022さんが一度「トミノスキー・エンジン」を作ったことを承知して、
冗談半分のつもりで言ってたが、
まさか本当に神速で立っておられたとは。
やはりできる者を煽ったのはヤバイのかな(笑)。


それと、ちょっと内容をのぞいて見たのですが、
機能はまだ良く分からないものの、なんだかデータベースとしては便利そうです。
はてなのキーワードシステムにちょっと違和感を持ってるですけど、
リンクの置き場として使えるだけでも十分使えそうですから、
こっちもできるだけ協力してきます。
いや、こっちからもお邪魔させていただきます。


それはさておき、自分に少し疑問があるのは以下の通りです:
1.これの編集はどのように行われているでしょうか。
2.多少富野発言以外のものも置きたいですが、その場合はどこに置いて頂けるのでしょうか。
3.はてなグループでオープン式なものなんでしょうか?

1はまだ機能がよく分からないための疑問なのですから、
まあ研究さえすればいずれ分かると思います。
2はたとえばリストやら他のスタッフの発言とか、こういうのも視野に入れたいですね。
あと、3は自分が一番気になるものです。
つまり、ブログみたいにネットの不特定大衆に対してオープンするものかどうか次第、
書くもの、あるいは載るものの尺度も変わるということです。
プライベートとして捉えるなら、少し過激なものでもかまいませんが、
そうでなければ、やはり節度を考えなければなりませんね。
これらの点について、いかがでしょうか。


奥井敦

2008/10/12 22:52|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
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まさかジ○リ出版品で「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」というタイトルが見れるなんて。
まあ、近藤の項目も「コブラ」があるしね。


オーラバトラー戦記「作者のことば」集

2008/10/12 14:40|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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関連記事
■リーンの翼「作者のことば」集
■リーンの翼一巻あとがき

相変わらずのカドカワノベルズ版のもの。
単行本のレイアウトは謎すぎるので、自分なりに修正。

●作者のことば
『リーンの翼』の続編でもなければ、TV版『聖戦士ダンバイン』の続編でもない、
バイストン・ウェル・ワールドのひとつの物語である。
そうえらそうに構えたかったのだが、どうもシャリッとしない。
小生は、常々、小説には適当な長さというものがあって、
それは守った方が良いと考えているが、シャリッと行かせられない己れの非才を嘆集する。
が、やるならば、パッと華を咲かせたいと念じつつかかった。
しかし、エエイッ! 間合いが長すぎる!

(「オーラバトラー戦記1 アの国の恋」より)


●作者のことば
民話や伝説は、自然への畏敬の心が書かせたものである。
それは、生きていく上の教典にもなった。
しかし、僕のようなエセ都市型生活者が想像するものは、地から遊離した妄想でしかなく、
それは、本来的な意味での創作物ではないと直感する。
それが真実ならば、恐れ入るだけの僕だが、
今回は、その嫌悪感をなんとか解消したい、と欲望した気配を自覚する。
ウソ八百のリアリズムに昇華する『本来的な方法』を発見したいのは、
僕が、真実、バイストン・ウェルを見たいからなのだろうと分かっている。
(「オーラバトラー戦記2 戦士美井奈」より)


●作者のことば
天なるもの地なるものというが、
バイストン・ウェルの場合でも、神話の世界と同様に、
天なるものは俗物すぎる気配があり、
地の底にうごめく者の方が、力があるように感じられる。
それは、自分も農耕民族の一員だったからではないか、と納得できることである。

(「オーラバトラー戦記3 ガロウ・ラン・サイン」より)


●作者のことば
戦場だけで、一冊を終えたいというのは、画面効果を考えてのことだろう。
このあたりに、アニメの演出を長く商売にしてきた小生の悪い癖がある。
やってみて、今回ほど時間を要したこともなかった。文章のことであるが、
戦争は戦争なのだ、と痛感するのはこのような時である。体力だけの勝負になってしまった。
後半に来るにしたがって、その継続力がなくなると感じさせないように書くのは、
マラソンそのものだった。こういう愚痴は、扉言葉には似合わないか?

(「オーラバトラー戦記4 ギイ撃攘」より)


●作者のことば
頭を抑えられている感覚をどうしょうもなかったというのが、
作者にとってのバイストン・ウェル世界である。
それから逃げ出し、バイストン・ウェルと我々の実存をつなげる
ストーリーに入りたいという欲望は、第三巻からあった。
その助走が、本巻である。ジョクの離反から陸上世界にオーラロードを設定するには、
時間と体力を要する。それは、スリリングである。

(「オーラバトラー戦記5 離反」より)


●作者のことば
スリリングなものには、毒がある。それは想定していた。
さらに、現実と異次元世界を重ね合わせてみたいと考えてかなり経つのだが、
いざ、このような形で上梓してみると、その作業の難しさと怪しさに、
多少とまどっていると白状しなければならない。面白さと容易さ。
しかし、その背後にあるのは、作者の独善を責める物語世界の跳梁である。
それは創作作業が、フィクションでないと教えるまやかしなのだから。

(「オーラバトラー戦記6 軟着陸」より)


●作者のことば
執筆しながら感じることは難しさでしかなく、
自分の感性が現実に即応していあにのではないか、という恐れである。
そんなことは、この種の戯作には必要ないものであるとも想像するが、そうではあるまい。
現実の方が、一人の作者だかってに物語る世界以上に激しく変転するのを見て、
物語を書くことの苛酷さに茫然としてのがこの巻である。
だから逃避の場としてのファンタジーの意義性があるという認識に、かすかな挫折感がある。

(「オーラバトラー戦記7 東京上空」より)


●作者のことば
作者が楽しめるものでなければ、公にしてはいけないという感覚はあるが、
容易にそうならない。己れの非才故であろう。
しかし、バイストン・ウェルに戻ると、ともかく元気が出そうだ感じるのは、
ファンタジーの効用であるが、陷穽もある。好きにやってしまうと危険なのだ。
だから、登場してくれる人びとを眺めるように、眺めるようにと心積りしている。

(「オーラバトラー戦記8 マシン増殖」より)


●作者のことば
木彫の場合、彫ろうとする木のなかに、すでに彫るべきものがあるという。
今回の執筆はそれに似て、目の前にある情況の中から、
探り出し掘り出したものを並べた、という感覚がある。
体力勝負であった。描くべき対象に負けてしまったら、
物書きにはなれないというきわどさの上にいる実感があった。

(「オーラバトラー戦記9 オーラ壊乱」より)


●作者のことば
現実の世界の動乱が、このような種類の作品を書くにあたって、
これほど障害になるとは想像もしなかった。
これを乗り越えるのに時間を要したが、そのような気配が読み取れないとするなら、
それは小生の勝利である。プロセスは作品のバリューとは関係がない。

(「オーラバトラー戦記10 重層の刻」より)


●作者のことば
近い将来、あなたは、バイストン・ウェルから落ちてきたどなたかと出会うかもうしれません。
そのときは、ぜひ、かれらの貴重な体験から、
自分たちの未来にかかわる問題を洞察していただいたいのです。
そして、また、突然、消息をたった方が身近にいらっしゃっるなら、
その方は、バイストン・ウェルにいらっしゃったんでしょう。
ですから、絶望に陥ることだけは堪えて下さるとうれしく思います。

(「オーラバトラー戦記11 ハイパー・ホリゾン」より)


このオーラバトラー戦記は富野アニメ的でいえば、
ZZから逆襲のシャアにかけて、F91とVの間に書いたものなので、
これからももっとこの方面から考えるほうがいいかもしれません。


吉卜力的危機與轉機

2008/10/12 02:06|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
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たまに母語で書かないとね。


 08年夏天,宮崎駿睽違四年的新作「崖上的波妞」上映了。波妞一出,果然掃票房,並且已穩坐史上前十大票房之位。但與此同時,動畫界卻流傳著一個耳語,那就是:「吉卜力究竟能不能撐個未來十年呢?」直到前一陣子,這還只是一個笑話,但到了最近幾年,原先的笑話卻開始染上真實的色彩。
 吉卜力起初是為了提供宮崎駿及高畑勲長篇創作環境而設立,而成立多年以來,也確實一直以兩人為主軸進行運作。但自從99年高畑的「隔壁的山田君」失敗以來,原先的雙人制作體制突然剩下宮崎一人,隨著其年齡長,整個制作公司後繼無人的危機也慢慢開始浮現。
 觀察吉卜力在24年以來,總共制作了16部長篇作品,其中宮崎一人便佔了8部,高畑4部,其他人則只佔了4部,可看見前兩者所佔比重之大。以長篇導演來培育新人的部分,可分為內部拔擢以及外部招聘,其中經內部拔擢而成為導演的,便是95年「心之聲」的近藤喜文(故)及06年「地海戰記」的宮崎吾朗,而外部招聘則是93年「海潮之聲」的望月智充以及02年「貓的報恩」的森田宏幸。然而這些作品,在整個制作體制上卻都出現了不少問題,其關鍵之一就在:宮崎駿於吉卜力的絕對君臨。
 吉卜力是屬於制作公司,所以在比重上必然會傾向以動畫師出身的宮崎駿主宰的形式,因此其意向便顯得十分有影響力。04年細田守的「霍爾的移動城堡」降板事件想必還令人記憶猶新,不過實際上同樣的事早就在88年的「魔女宅急便」發生過了,其主要原因便是制作體制過於接近以宮崎式運作,因而無法與外部導演配合。這兩部最後都由宮崎駿自身擔任導演,而類似問題也發生在94年「海潮之聲」以及95年「心之谷」上。前者雖全由新手操刀,但其體制及風格在隔年即被宮崎重整為宮崎風,至於後者則是劇本以及分鏡都由宮崎擔綱,使得導演的自主權大受限制。再加上當時被稱為宮崎接班人的近藤喜文在數年後去世,使得原本就缺乏演出家的吉卜力更加雪上加霜。整體說來,宮崎以外的導演作對吉卜力的影響,顯得零碎而相當有限。

 吉卜力並非未嘗試過變革。宮崎曾於98年開了半年的演出家養成學校「東小金井村塾」,其主要受講者有宮地昌幸、奥村正志、玉井夕海等,其他人日後大多也都有一定成就,但,他們都已經離開了吉卜力。換句話說,走演出家路線的人才,由於宮崎主導體制太強,幾乎都不會留在內部發展,這導致吉卜力除了宮崎及高畑兩人以外,所擁有的人才都僅限於作畫方面,同時也使得導演的需求更是迫在眉睫。
 在「貓」與「霍爾」之後,無法再找到適合人選來擔任導演的吉卜力,推出的是毫無經驗的宮崎之子・吾朗。執掌「地海戰記」的他,既可說是長久以來人才匱乏導致外行人竟是唯一人選體制弊害的象徵,而世襲、外行指導內行、動畫部門的被壓抑等更有可能成為對吉卜力的致命一擊,因為吾朗是目前除了宮崎、高畑以外,唯一屬於內部的「導演級人物」。只要不早日解決這個狀況,吉卜力隨著宮崎、高畑一同消逝的觀點,恐怕會不久後真的實現。
 另一方面,00年前後獨立的年輕新手們,在經過一段跌跌撞撞的自力摸索後,竟然不約而同聚集到另一位大導演―富野由悠季身邊。經過02年「KING GAINER」的磨練,以吉田健一為首的前吉卜力新手們,紛紛開始活躍起來:吉田是「交響詩篇」的動畫總監,安藤雅司成為今敏導演的左右手,宮地昌幸今年執導處女作「亡念」,笹木信作則在多部作品等負責分鏡。其中的因緣際會,也只能說是命運捉弄。
 當前吉卜力有幾個可能的發展方向。第一,繼續引進外部新人,然後適時拔擢內部老手:縱然過去都告失敗,但仍然是最穩健的方法。第二,藉著另一塊分野―短篇動畫來當作培育演出家的土地:這點並非不可能,雖然短篇仍大多操於宮崎手上,但屬於高畑弟子的百瀬義行已有實績,也被相當看好。第三,繼續推動吾朗主導,在為其累積經驗的同時,也減退其父的影響力。然而這有相當的困難度,不但須有整體水準降低的覺悟,而且等於是在與時間賽跑,所以較好的是與其他方法併用。
 吉卜力早先雖是為宮崎、高畑所設立的工作室,但作為獨立營運體,就必須找到自我延續的方法。面臨關鍵時刻,希望吉卜力能夠順利轉型,在創作面上也真正成為一間企業,不要成了一代絕響。

(基於文脈,本文刻意忽略鈴木敏夫、高畑勲等人,在此特別註明)


▽続きを読む▽

富野由悠季と声優(富野に訊け2を出せ!)

2008/10/10 22:12|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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また金魚とパヤオとの戦いに戻りますので、
たまにこうやって富野考えをしてくれないと、
頭おかしくなりそう。

というわけで、単行本「富野に訊け」の中の一編です。
悩み自体は青少年ありがちな夢なので、
答えも道理で「地道にやるしかない」といったものだが、
実はこの答えには富野の声優についての考え方を説明している。
ひょっとしたら、これが富野の声優の好みや選ぶ方について、
一番詳しいものなんじゃないのかなほどな発言ですので、
ここで載せます。

Q.19
声優と俳優、とちかがなりやすいのでしょう?
岡山県 カイザーさん

 私は将来、声優になろうと思っているのですが、俳優と声優の違いって何なのですか? 声優の方がなりやすいということとかもあるんでしょうか?
 また富野監督が声優を選ぶときに、いちばんポイントにしていることは何ですか?

A.
テクニック的に違いがあっても、
どっちらも高度な技術を要する仕事。
憧れを実現させるためには日頃の努力が大切!


 まず僕が声優を選ぶ時のポイントは、作品のキャラクターに合った声を持っている、もしくは演技をすることができる人を選んでいるだけです。そして、他の演出家の考え方は知りませんが、僕の中では「声優、役者という区切りつけずにキャスティング」をするように心がけています。
 その中でも特に気をつけているのは、これからの成長が期待できる人を見つける努力をしていることでしょうか。それは僕のような年寄りの任務でもあると考えています。また、僕自身にとって重要なことなのですが、「他人を見る目を訓練する」ために、若い人たちに手伝ってもらって、自分の勉強にしているということでもあるのです。
 あと、声優さんたちだけでキチンとまとまった作品は、きっぱりと音声がまとまっている印象の作品になるのですが、一方で声優さんの中に半分くらい舞台やテレビで「顔見せ」をやっている役者たちを入れると、そのきっぱり感がなくなり、ちょっとバランスの悪い印象になります。僕の場合は後者のパターンのほうが好きなので、むしろまとまった感じにはしたくないのです。声優だけでやりますと、確かに聞きやすいのですが、物語というものはそんなにきちんとしたものではないはずで、それが面白いものだと思いますから、作品全体が、何かグジュグジュしているような感じが出るようにしています。それが作品の中で「味」になる、ということもありますからね。
 さて、声優と俳優とどちらがなりやすいか、という話ですが、これはもうケースバイケース、と申し上げるほかありません。なりやすいとは言い難いですが、「絶対になれないのか」と言われれば、そうでもありません。
 声優と俳優という職業は、基本的に「演技をする」という点において同じものだと考えています。しかし、全身を見せて演技をする演技論と声だけで演じる演技論の中に、どうしても違いが出てくる部分があります。顔見せならぬ「声見せ」という演技論も、なきにしもあらずなんです。それはアフレコの際、はじめに設定されたセリフの長さに、何としても当てはめなくてはならない技術が必要とされる、ということです。顔見せの演技者である役者さんは、自分の動きやタイミングに合わせて演技をしますので、自分の演技を外から与えられた呎(映像作品の長さ)の中にはめる必要がありません。ですから、それができるかできないかで、アテレコが得意な人、不得意な人が出てきます。それが上手な人のほうが、声優というものに向いているのでしょう。この技術を習得することは、とても難しいことなのです。一方で、どんなに声の演技が上手くてもフリーな顔見せの演技は苦手、という人もいます。考えてみれば、ある感情を表現するのに「自由に演じてみろ」お言われた時、「自由に」ということは実は何もガイドがないということです。その分、とても難しいわけです。
 あと、俳優の場合は、とにかく見栄えで何とかなる部分もあるからです。どんなに個性的な体格や風貌でも、ある作品のキャラクターには当てはまることがあって、だからこそあの黒澤明監督ですら、自らの映画に素人を使ったのです。声優の場合厳しいのは、見栄えは関係なく全てが演技ひとつで片付けられてしまうことです。もっとも『機動戦士ガンダム』がいい例なのですが、年齢に関係なく、何歳になっても同じ役を演じることができるという利点もあります。
 ですから、あなたが一体どういうふうな役者、もしくは声優になりたいのか、という目標を定めているかが問題になります。簡単に自分の素のままで演じることができる、とは思わないでください。本気になって声優、もしくは俳優になりたいのなら、まず「他人を演じる」「感情を人に伝える」ということを日常の中で自己訓練していくべきです。
 残念ながら世の中はとても厳しいので、その才能を認めてくれる人と出会える運を持っていないと、絶対に俳優にも声優にもなれません。ならどうすればいいか? その方法は、あなたが一生懸命勉強するなかで目に付いてくれるはずです。たとえば、雑誌に掲載されている専門学校の広告やタレント募集記事などに目をつけて、いろいろと参加ししいくのも大事なことです。実際採用がなかったとしても、「こういう人を使いたい」と思っている人と出会える可能性が高まるわけですから、そういった日常の勉強の中のチャンスは自分で見つけていくしかないのです。
 あと、俳優や声優は憧れだけでは務まらないことにも気をつけてください。声の劣化がないように、声優さんは皆さん各自でいろんな努力をされています。それは「自分を律する」ということです。声優に限らず、たとえばSMAPにしたってあれだけの仕事をこなしているのは、人生の中でそれなりの犠牲を払っているということです、人気商売っていうのは、そういう側面があることを覚えておいてください。あなたが考えているほと、芸能人、ラクじゃありませんよ!

俳優や声優は、自分を律して
いろんな努力を行っている。
人気商売は決してラクじゃない!

…なんだか耳が痛くなるのですが、
その声優の部分に注目したい。


まとめにすると、ポイントはこれらです:
1.作品のキャラクターに合った声を持っている、もしくは演技をすることができる人
2.これからの成長が期待できる人
3.声優さんの中に半分くらい「顔見せ」の役者たちを入れさせて、きっぱり感をなくす

1はもう基本条件で、
おそらくほとんどの監督や音響監督はこれを原則としてやっていけると思います。

2というポイントで人を選ぶのは、たぶんそんなにいません。
これは声優本人の資質や努力、あと演技指導などにも関係しているが、
一部の声優さんは何作経っても、何キャラの声を当たっても、
まったく同じにしか聞こえませんことも多い。
(こういうとき、えげつない商売をしている場合は多いだと思うが…)
その点、富野作品を参加した声優がよく演技を身につけてたといわれている。
表現力が増した、演技の幅が増えたとかの例、たぶん挙げるまでも無いでしょう。
もちろん声優本人の努力や音響監督などの要素も無視できませんが、
富野が要求するもの、あるいはその秘めた才能を導き出す指導も大きいなのでは、
といった部分も一緒に考えなくては。

で、本題は3。
その「きっぱり感をなくす」というのは、
富野作品に出てくるキャラの声演技を聞けば分かると思いますが、
実をいうと、その「わざときっぱり感をなくす」という作り方は、
何も声演技の要求だけでなく、富野作品のあらゆる部分に存在している。
だから、コンテ職人だからコンテに作家性があるのではなく、
この「あらゆるもののきっぱり感をなくす」というところこそ、
富野由悠季という作家の作家性に宿るところだと思います。


作詞で例えよう。
まずこの記事を読んでください。

■ときめくの1句(1)

自分の言葉を引用するのは恐縮だが、コレ↓

井荻作詞は一番優れるのは”ざっと心を触れさせる言葉”だと思います。つまり、1曲の詞のなかで、必ずほとんどと言っていいほど人を触れる1句が潜んでいる。そして、このピンポイントの能力こそ井荻作詞の最大特色であり、誰も代わることできない能力なんです(もちろん、全体としての詞の完成度も高いですが、一番井荻色が出るのはやはりそこにあると思います)。

で、井荻作詞のバリエーションの多さと同じように、この”ざっと心を触れさせる言葉”も「作品の真のテーマ」「富野由悠季という人の本音」「作品の裏に潜む毒」「第0話」…など、いろんな形で出てきます。



当時はこういいましたが、あの時言ってた”ざっと心を触れさせる言葉”っていうのは、
その歌詞のギクシャクさによって、人の耳に残すという作り方。
上の記事にも例があるのですが、もっとも特徴を出ている歌詞を挙げるとしたら、これです。

恐れるな 俺の心
悲しむな 俺の闘志


この並び方は何度聞いてもおかしい。
ですが、インパクトがあって記憶に残りますし、何より伝わるものはきちんと伝わった。
こういうところは富野由悠季という人の好みであって、
富野由悠季という作家が見つけた一つの正解でもあります。
「キングゲイナーエクソダスガイド」の富野x広井x田中対談でも、こういう話が出てきます。

端正の広井、破調の富野

富野 広井さん、詞もやっていたんだ。
広井 はい。
田中 富野さんの歌詞は、曲先の場合なんかでも「ここにこんな言葉がはまってくるのか」というおもしろさがあるんです。広井さんは、そこのところすごくちゃんとはめてくるんですよ。逆にきっちりしすぎていて、つまらないことがあるぐらい。
富野 僕、きっちりできないの。要するにボキャブラリーが狭いからさ。
広井 昔、「美は乱調にあり」という言葉を聞いた時、「あ、そういうことか」と思ったことがあるんですけど、僕はなかなかその乱調というのができないんですよ。
富野 「美は乱調にあり」か。その言葉、ずいぶん久しぶりに聞きました。だけど僕みたいなのは、詩人になれなかった人間だというコンプレックスがあるから、きっちりしきれない部分があるのね。
田中 富野さんの詞は全体がぎくしゃくしているけど、本当はどこか一ヵ所だけ、トゲのように刺さる部分があると理想的なんですよ。例えばオーケストラでも、ドミソの和音でドーンと鳴らすことがあるじゃないですか。そこにラのフラットが入ると、ちょっと音が濁るんです。それが聴く人にひっかかりを生んで、印象的になるんです。それからすると、広井さんはきっちりしているから、どっかにそういうひっかかりが欲しくなるんですね。
広井 公平さんの仕事では、そういう部分はずいぶん教えてもらいましたね。整合性をとってきちっとはめることがいいことじゃなくて、多少崩れたりしているほうが、「なに、この言葉?」って光ってきたりする。公平さんは、それすら計算するなって言うんですよ。

テレ隠れのため、ウソを言ってる人の言葉をこの際置いて見ると、
富野の特徴がよく見えます。
そして、これらの特徴は「富野節」というセリフ回しでも見られます。
口ケンカとか飛躍的な思考とかかみ合わない会話とか哲学を語るとか独り言とか、
それらの点を含めて、とにかく変な言葉遣いが多いなんです。
この部分、演劇的という指摘もあるのですが、まさしくそう。
つまり、何かを表現するとしての原理原則を富野が握っている、ということです。


「一見きっぱり感がなく、バランスが悪く感じるが、全体から見ると味が出る」という富野の作品作りについては、これからも語りたいと思います。


▽続きを読む▽

「言及した」の標準は?

2008/10/09 22:02|未分類TRACKBACK:0COMMENT:4
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■富野由悠季オススメ整理

こんなものを始まったものの、いくつの疑問は浮かびます。
「推薦」なら分かりやすいけど、まあ、褒めてるってことだと思うけど、
「言及」って、果たしてなんでしょうか?
もちろん、富野の口から出てくる作品名という標準ならいいけど、
この場合、子犬さんが挙げた趣旨とはちょっと異なるという気がしないでもないですけど。2

富野が推薦した書籍や言及した映画などをリストアップして整理すること。
富野自身が書いたり、作ったり、登場したり、話題になった書籍・映画ではなく、
富野が「…というのも最近こういう本を読んだからです」とか
「こういう映画が面白いか?」など何らかの形でも言及した作品のリスト。


たとえば、ガンダムのシリーズ化の話があるとして、
富野はよく「スーパーマン」や「スパイダーマン」を出しているが
この場合、あくまで例として取り上げているから、
これはリストに入れていいのかという問題について、ちょっと疑問を感じますね。

同じくガンダムシリーズの話、よく出るのが「種ガンダム」ですが、
そのほとんどはどう聞いても褒めてないにしか捉えませんから、
この場合はどう処理すればいいでしょうか?

あと、時々富野は自分の作品についても言及したり褒めたりしますが、
これは果たしてリストに入れるべきかどうか。

また、富野が審査員を務めてた時の受賞作品、
これもオススメといえるでしょうか?


大体これらの点くらいでしょうか?今処理に困ってるところは。
以上の問題はやはり映像作品についての言及から怒ってる問題で、
書籍ならあまりこういう問題が起きないのですが、
なんらかの解決策は無いでしょうか?
個人は今のところ注意書きを加えるという形で行こうと思うが、どうもしっくり来ません。
もしどなたがもっといいアイデアをお持ちなれば、是非教えてください。


富野由悠季オススメ整理

2008/10/09 01:44|富野由悠季関連TRACKBACK:1COMMENT:2
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富野ファンの巨星子犬さんがまた難題を仰るとてもやりがいあることに挑戦したいので
こっちも試しにやってみます。僕もそういうのを作りたいといつも思っているから。
あくまでver0.001みたいなものなので、散漫ですみません。
もしご意見ありましたら、ぜひ寄せてください。

以下、更新履歴。
20081009:「KINO2」と「富野です」追加
20081010:実験的に注意書きを導入
20081013:「∀の癒し」追加
20081030:子犬さんからヒントを貰って、改定始める。

なんだか子犬さんが上げた趣旨とだんだん離れてるような気がしますが、
最初は一応作品名を出るだけでも入れるつもりでやります。

■ブレンパワード スパイラルブック(1998年)
エヴァンゲリオン/庵野秀明
もののけ姫/宮崎駿

── 『ブレンパワード』の宣伝コピー「頼まれなくたって生きてやる」は、監督自身の作ですよね。『もののけ姫』を意識していることが伝わってきましたが。
富野 『エヴァンゲリオン』と『もののけ姫』が、97年に発表されて、日本のアニメのいい区切りになったと思えたんです。その翌年に1度、作品を形にしておかないと『エヴァ』と『もののけ』がずっと続くんじゃないのか、それはさせたくない、というのがありました。(中略)2作品を僕が知らずに『ブレン』を作ったということは、これは口が曲がっても言えません。けれど企画の骨格とかストーリーの半分ぐらいは、あの2作品を観る前に創っておいて良かったと思っています。全部創るのを2作品を観てからやっていたのでは、もっとひどいものになっていたでしょうね。影響されすぎて。とにかくあの時期で一度、幕を引く必要があったと思った。それはキャリア論として思ったんです。


サバイビング・ピカソ/ジェームズ・アイヴォリー
アマデウス/ミロシュ・フォアマン

ものを作り続けなくいちゃいけないっていうのは、すごく阿漕な商売だとは思います。でもこの間、たまたま『サバイビング・ピカソ』っていう映画をWOWOWでチラッと見て思ったし、それを見ながら『アマデウス』のことも思い出したんです。ピカソやモーツァルトの創作活動を想像すると、順々に手直しするなんていうことじゃなくて、ずーっと継続してて、こういうふうに、こういうふうに行くっていう感じっていうのは、あの天才にしてからそうなんだから、凡才は天才以上にやり続けるしかないって思うんです。


源氏物語/紫式部

なんで目をこんなに大きく描くのかっていう問題を、ある時期、徹底的に考えたことがあるんです。(中略)富野 つまり、目を大きくしたのは、いつも他人に見てもらいたいからです。それは読者も描き手もそうです。(中略)ところで、今の目の大きさの話に関して、対極にあるいい例をご存知ですか? とってもいい例。
── 対極にある……?
富野 『源氏物語』の絵巻物ってあるでしょう。みんな切れ目で細いでしょう。小さいでしょう。あの頃の人たちは、絵で大きな目なんて要求しなかったという証拠です。人の関係が極度に濃密でなければ、あの顔が美人だなんて口が曲がっても言えないけれど、あの絵巻の女性はみんな美人ということになっています。


時計じかけのオレンジ/スタンリー・キューブリック

── デジタルっていうのは、つまり、一定の刺激の与え方をすると、観客に一定の心理効果を起こせる、そういう関係ということですよね。

富野 はい、そういう関係性での「デジタル」でしかありません。『時計じかけのオレンジ』みたいに、多少シンボリックにその部分描いてる作品もあるわけですが、ああいう時間軸にのっとったところでの心理感っていうのは、つまり人間を楽しませようと思ったときに、そこはやっぱり芸能しかないんじゃないんでしょうか。




■∀の癒し
神話の力/ジョセフ・キャンベル
激突/スティーブ・スピルバーグ
スター・ウォーズ/ジョージ・ルーカス
ローマ人の物語/塩野七生
バブルパズル
IQ
プープー
鎖陰
(ティム・ボートン)
不思議の国のアリス
ロリータ
時計しかけのオレンジ
日本国語大辞典
愛と追憶の日々
西遊妖猿伝/諸星大二郎
ようこそ先輩
スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
日本童謡集
怪人二十面相
技術者の自覚/永野治
エリザベート/宝塚宙組公演
風と共に去りぬ
(ディズニー長編アニメ)
サクラ大戦
2001年
ラ・グランダム/三枝成章
オランダ紀行/司馬遼太郎

■∀の癒しで挙げた好きな映画
キング・ゴング(モノクロ版)
宇宙戦争
七人の侍
海底2万マイル
白鯨
勝手にしやがれ
ピアノ・レッスン
青いパパイヤの香り
バベットの晩餐会
タイタニック
マーズ・アタック!
(ラストシーンをぬいた)用心棒
(中盤以後をはずした)ウェスト・サイド物語

■教えてください。富野です
「母を看取るすべての人へ」/森津純子
 対談にあたって読んできた本
「RMA(軍事革命) ―情報が戦争を変える―」/中村好寿
 対談にあたって読んできた本
「すず」/千葉 すず、生島 淳
 対談にあたって読んできた本
「なぜ未来は我々を必要としないか」/ビル・ジョイ
 坂村健氏との対談にて。科学技術の危険性を指摘するという。
「スターウォーズ」
 上妻広光氏との対談にて。これができるまでのSFがつまらないという。
「マトリックス」
 松井誠氏との対談にて。CGに飽きてるという話。
「阿修羅城の瞳」/劇団☆新感線
 松井誠氏との対談にて。2002年初めて新感線見るという話。芝居。
野田秀樹の舞台
「三色ボールペンで読む日本語」/齋藤孝
 対談にあたって読んできた本
「声に出して読みたい日本語」/齋藤孝
 対談にあたって読んできた本。
「息の人間学」/齋藤孝
 齋藤孝との対談にて。原理原則で齋藤氏の基本的な考えであるという。
「戦争の日本近現代史」/加藤陽子
 対談にあたって読んできた本
「夜回り先生」/水谷修
 対談にあたって読んできた本
「帝国以後―アメリカ・システムの崩壊」/エマニュエル トッド著、石崎 晴己訳
 対談にあたって読んできた本
「新ヨーロッパ大全」/エマニュエル トッド著、石崎 晴己訳
 対談にあたって読んできた本
「ヘンプがわかる55の質問」/赤星栄志
 対談にあたって読んできた本
「育つ・育てる」/千羽喜代子、矢内由、池田りな、長山篤子、星順子、山崖俊子、菊地篤子、帆足暁子
 対談にあたって読んできた本
「戦争における「人殺し」の心理学」/デーブ・グロスマン
 山崖俊子との対談にて。精神病理と環境についての話。
「チャイルド・ライフの世界 こどもが主役の医療を求めて」/藤井あけみ
 対談にあたって読んできた本
「諸君!」(雑誌、大月隆寛記事)
 対談にあたって読んできた本
「民俗学の不幸」/大月隆寛
 対談にあたって読んできた本
「日本文明とは何か―パクス・ヤポニカの可能性」/山折哲雄
 対談にあたって読んできた本

■KINO Vol.26
「幻獣辞典」/ホルヘ・ルイス・ボルヘス&マルガリータ・ゲレロ共著
 ガンダムのネーミングのため探した本という。
「スーパーマン」
 作品シリーズ化について。
「スパイダーマン」
 上と同じ。
「鉄腕アトム」
 キャラクター作りでの自己矛盾を指摘。
「ジャングル大帝」
 上と同じ。わかりやすい例として上げられる。
「ドラえもん」
 キャラクター作りの成功例として挙げられる。
「オバケのQ太郎」
 上と同じ。
「キティちゃん」
 上と同じ。
「北斗の拳」
 キャラクター論について、世界観よりキャラありきという話。
「タッチ」/杉井ギサブロー
 これの方法論についてギサブローに伺う。
「マトリックス」
 これ以降のCG氾濫についての話。
「ファイナル・ファンタジー」
 アーティストじゃない人が作ってる、平気に金を捨てるような映画として上げられる。
「智慧の実を食べよう 学問は驚きだ」/糸川重里
「ゴジラ」
 ガキ向け映画として上げられる。
「ハウルの動く城」
 宮崎の失敗作として挙げられる。
「もののけ姫」
 宮崎の無理している表現によって惨敗として上げられる。
「ブラック・ジャック」
 アトムに次ぐ好きな手塚作品。ほかは全部嫌いという。

■富野由悠季が選ぶ「面倒な」10冊 ダ・ヴィンチ第98号(2002年6月号)
「政治家とリーダーシップ・ポピュリズムを越えて」山内昌之
「秘義と習俗フラナリー・オコナー全エッセイ集」サリー&ロバート・フィッツジェラルド編
「風雲児たち」全20巻/みなもと太郎
「素粒子」ミシェル・ウエルベック/野崎歓訳
「蝶の舌」マヌエル・リバス著/野谷文昭、熊倉靖子訳
「悪童日記」アゴタ・クリストフ著/堀茂樹訳
「心臓を貫かれて」(上・下)マイケル・ギルモア著/村上春樹訳
「言葉の二十世紀」斧谷彌守一
「漢字と日本人」高島俊男
「他力」五木寛之

■日本のメディア芸術100選 あの人の10選 アニメーション部門 富野由悠季氏(2006年)
『鉄腕アトム』
『あしたのジョー』 出 統
『アルプスの少女ハイジ』 高畑 勲
『機動戦士ガンダム』 富野 喜幸(現・富野 由悠季)
『キャンディ・キャンディ』 今沢 哲男
『まんが日本昔ばなし』 芝山 努/りんたろう/杉井 ギサブロー
『銀河鉄道の夜』 杉井 ギサブロー
『となりのトトロ』 宮崎 駿
『うる星やつら』 押井 守/やまざきかずお
『頭山』山村 浩二

アニメの"創り"、としてエポック・メイキング的な作品を選んだつもりです。
『白蛇伝』は残念。



■だから僕は…
「少年」(雑誌)
「冒険王」(雑誌)
「おもしろブック」(雑誌)
「少年画報」(雑誌)
「航空情報」(雑誌)
「ポピュラー・サイエンス」(雑誌)
「高校時代」(雑誌)
「蛍雪時代」(雑誌)
「SFマガジン」(雑誌)
「宇宙旅行」(同人誌)
「鉄腕アトム」/手塚治虫
「罪と罰」/手塚治虫
「メトロポリス」
「ロストワールド」/手塚治虫
「来るべき世界」/手塚治虫
小松崎茂作品
「砂漠の魔王」/福島鉄次
「太陽の季節」
「夕陽と拳銃」
「マンガ日本史」

■ファウファウ物語あとがき
『M/Tと森のフシギの物語』/大江健三郎

■それがVガンダムだ
マトリックス
2001宇宙の旅
三色ボールペンで読む日本語/齋藤孝
声に出して読みたい日本語/齋藤孝

■Show Creator 小林 香の聞かせてください!――雑誌の履歴書――
 第10回ゲスト フリー演出家・監督 富野 由悠季
『小学4年生』(雑誌)
『少年』/光文社(雑誌)
『ポピュラー・サイエンス』(雑誌)
『リーダーズ・ダイジェスト』(雑誌)
『科学画報』(雑誌)
『映画評論』(雑誌)
『映画芸術』(雑誌)
『シナリオ』(雑誌)
「トムとジェリー」
「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」

■帯文
風雲児たち幕末編第1巻

風雲児たらんと欲する者は、これを読め!! 目を覚ませ!!



■書評
「グロテスク」/ 桐野夏生
 2003年10月31日付朝日新聞夕刊にて。フィクションと女性話について。

■講演会など
神、人を喰う―人身御供の民俗学
日本文明とは何か―パクス・ヤポニカの可能性
オリガ・モリソヴィナの反語法
 2007文化庁メディア芸術祭シンポジウムにて。性を表現する本として挙げられる。
バルザックと小さな中国のお針子
 上と同じ。
ロリータ
 上と同じ。
クレヨンしんちゃん
 台湾講演にて。既成のものから脱出して創った新しいものの例として挙げられる。
ポケモン
 上と同じ。
ドンキーコング
 上と同じ。
マリオ
 上と同じ。
白雪姫
 台湾講演にて。小学生の頃見たもので、技術は素晴らしいけど漫画過ぎると感じた作品。
ピーターパン
 上と同じ。
ダンボ
 上と同じ。
伝説巨神イデオン
 2008年9月18日ファブリカ公演後本広とのトークショー。大絶賛。

王貞治のラストゲーム

2008/10/08 20:43|未分類TRACKBACK:0COMMENT:0
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半世紀も戦い続けた男よ、ご苦労様でした。
選手としての868本は忘れませんし、
WBCの優勝も忘れません。
おまえこそナンバー1だ。


▽続きを読む▽

機動戦士ガンダム ハイ・ストリーマー巻末インタビュー

2008/10/07 23:48|富野由悠季関連TRACKBACK:0COMMENT:0
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富野由悠季インタビュー

――今回完結したこの作品は、旧来『徳間版/逆襲のシャア』(アニメージュ文庫)と呼ばれていました。それは、同タイトルの角川版(スニーカー文庫)が存在したからなのですが、もともと『ハイ・ストリーマー』という副題で映画『逆襲のシャア』公開の一年前(一九八七年五月号)から「アニメージュ」に連載されていたという、ちょっと混乱しそうな経緯のもとにありました。それを十四年ぶりに正式なタイトルに戻して刊行したわけですが、まず監督にお訊きしますが、どうしてアニメージュ版では『ハイ・ストリーマー』というタイトルで連載されたのですか? またその時には映画の企画はどれぐらい進んでいたのですか?

富野 そんなの覚えてないですよ。ただ当時は、どうガンダム離れをするかというのが重要な命題としてあったので、とにかく何か新しいタイトルが欲しくて『ハイ・ストリーマー』というタイトルをつけました。僕自身、器用な人間ではないから『ガンダム』すべてをフィックスなんてできないけど、当時の気分的なものでいえば絶えず、走り続けていたい、向かい風に向かっていたいという意味もあったんです。

――『ハイ・ストーリーマー』というタイトルで、この作品の先も書きつづけたい気持ちがあったと、旧版のあとがきで書かれていました。物語の時間軸的として考えると、後の『閃光のハサウェイ』がその構想の一環にあたるわけですか。

富野 そうですね。物語的なつながりはないんだけれど、意識としてはそうです。『ハイ・ストリーマー』では「悲劇を書く」ということができるのかというが、僕にとってのテーマでしたし、『ハサウェイ』もその延長線上にある作品ですから。『ガンダム』の外伝という形だけでなく、オリジナルな作品としてきちんと成立させられれば良かったんだけど、二十年近くたって御覧の通りですから、駄目だったんですね。

――駄目ですか?

富野 何いってんの!これだって『機動戦士ガンダム』ってタイトルが消えてねーじゃねーの(笑)。成功しているんだったら、君だって「タイトルは『ハイ・ストリーマー』でいきましょう。『ガンダム』はいりませんよね」っていってくれたでしょう(笑)。傍系で始めたもので本家に勝つってことを考えていたんですよ。枝葉のところででも何かを成立させられないかと思ったんです。それはクリエーター的な発想ではなく、ビジネス論的な発想だったんですよ。だから駄目だったしちょっと下がって見てみると、やっぱり本家の『ガンダム』に取り込まれている。話はすこしずれますけど、現実のなかで、取り憑かれるとかたたりとか、「うちの家系は、こういう因縁に縛られている」なんて言い方があるけど、僕にとって『ガンダム』なんて、一時期は怨霊そのものでしたね。自分では『ハイ・ストリーマー』という分家を成立させたつもりでいたけれど、気が付いてみれば、本家筋の一角でグダグダやってるだけで「あんた、ちゃんと本家立ててないじゃないの」となってしまった。そりゃくやしいけど、自立するだけの力を持ってなかったのは認めるしかありません。二〇年たった今でも、編集者や色んな人を通じて、『ガンダム』怨霊は未だに僕の所にきているんだけど、最近の僕は、もうそういうのはどうでもいいと言えるようになった。それは本人の気持ち次第なんだよ。慣れるようになりましたね。

――それはいつぐらいからですか?

富野 『∀ガンダム』をつくりおわって、すべてがすっきりしました。『ブレンパワード』にとりかかる前までは、こういう構造を含めて『ガンダム』に呪われてるって本当に思ってました。だけど自分の心的な構造とかがわかってくると、勝手に自分が思っているだけなんだと気付くようになりました。当時は、本当にひどいものでしたけど。

――『ブレンパワード』ではまだお払いが終ってなかったのですか。

富野 『ブレンパワード』は『∀』をつくるためのリハビリでしたから。『ブレンパワード』の企画は、次にもう一度『ガンダム』をつくることを前提としてはじまったものだったんです。ただ、言えるのは、『∀ガンダム』をやってなければ、今回の再刊行でも、「やっぱり『ガンダム』は外してくれないんだ。ちくしょー」って人を呪ってたかもしれない(笑)。でも人を呪うって辛いのよ。自分が屈折していくことがわかるからね。

――『∀』という作品は、富野監督だけじゃなくて『ガンダム』という作品全体にかかった呪縛みたいなものをお払いしてくれた感じもしますよね。

富野 だといいんだけど……。今『ガンダムSEED』をサンライズはつくっているけど、関わっているスタッフは、これでガンダムを終らせてやる、というつもりでやって欲しいですね。いろんなことを気にしないで好きにやって下さいとは話したんだけどね。他人のつくったタイトルをつくらなけれないけないってのは、クリエーターとしてくやしいはずだから、そのくやしさを全開にしてすごいことをやってもらいたいです。呪いって本当に大きいし、個人的なことじゃないから難しいですけどねぇ。

――映画の『逆襲のシャア』はファンの評価も高いのですが、あの制作時期のメンタリティはどんな感じだったんですか?

富野 信じられないだろうけど、やけっぱちもいいとこでした。この間ニューヨークのイベントで上映されてあらためて見た――というか見せられたんだけど、映画が作れるってんで前向きにやろうとはしていたんだけど、どこかまとめることだけを考えているから、見やすい作品になっていない。気持ちのいいものになっていないですね。

――すごく”熱”のある映画だったと思いますが。

富野 それは当たり前ですよ。当時の僕だって当然、プロなんだから。プロのスキルというのは、作り手の心情なんて隠して当たり前なんです。それが、最近の映画ではそのスキルがないのがたくさんある。アニメだけをいってるんじゃなくて、ハリウッドの大作とか観ても、しょうがなくて作ってるみたいな不節操が凄く見える。それでも僕の映画より売れたり、賞を取るんだからくやしいよね。ニューヨークの上映会ではブロードウェイに面した大きな劇場でフィルムをかけてもらったんでうれしがっていいんだけど、所詮ロードショーでかかった訳じゃないから喜べないです。僕の場合は目標に到達しない限り、敗残者でしかないと思ってしまうから。これだけファンが付いてくれるから敗残者という言葉は使えないのかもしれないけど、『ハリーポッター』とか『千と千尋』に勝てない自分のディレクションのまずさとかには情けなく感じます。

――多くの人間は気にしないでいられることや、自己防衛のために無視したり、諦めてしまうことを、決して諦めないというところが凄いですよね。「ニュータイプ」というのは『ガンダム』世界における最重要キーワードだと思うのですが、アムロとかシャアを見ているとその能力というのは「不幸に対する感受性が強く、だけど絶対諦めない意思」なんじゃないかと思うのですが。つまり富野監督そのもの(笑)。

富野 そうかもしれない(笑)。最近は我慢できない人が増えたけど、我慢できないことと諦めないことは、言葉の表面は似てるけど全然違うことなんだよね。

――ガンダムという物語から「ロボットもの」というフィルターを外したとき、根底に残るのが「ニュータイプ」という「ものが諦められない人間」の物語だとしたら、今の若いファンやクリエーターはそこにどのぐらいシンパシーを感じとっているんでしょうか。

富野 ほとんどないのかもしれないのですね。作り手の側でも、アニメという媒体が社会的に認知されてから、職業の一つとして参加してきている人が多くなっています。絵を描くことが好き、ガンダム的な世界やキャラクターが好きということであって、それ以上の「何か」を持っている人というのは、少ないと思います。個々のスタッフにあたっていないから、断言するわけにはいかないけど、社会的な状況が公認している職業に参加してくる人が、公認されていない職業をやらざるを得なかった時代の人間たちとは、メンタリティとか考え方が根本的に違うのは当然のことでしょう。僕は、諦めずに表現を摸索してたことで、初期のガンダムとかを生み出せたはずなのです。だったら次の世代で、あの時代のガンダムのような新しい「何か」を描きたい、手に入れたいと考えている人は、厳然として富野は敵だと思って欲しいのです。僕に対してシンパシーを感じるということは極度に警戒しなくちゃいけません。何故かというと、不遜な言い方かもしれないけど、僕は虫プロに一時在席していましたが、手塚治虫という人は根本的な部分で敵だと思っていました。当然、尊敬しているし、年長者として敬う部分もあるけれど、仕事で物語を作るという言う上では、絶対に敵だと思ってましたね。そうでなければ、常に現役でいられなくなるという強迫概念が僕にはありました。だから『トリトン』では、手塚原作の枠から逸脱しようと抗ったわけです。その後になってやっと、手塚先生とはよく話しをできるようになったのです。

――講談社の手塚全集の『海のトリトン』のあとがきには、逆に手塚先生のアニメ版を認めざるをえないくやしさがにじみでていました。

富野 おぼろ気にしか覚えていないけど、ありましたか?

――ありました。いい師弟関係ですね。ところで、『逆襲のシャア』によって、アムロとシャアではじまったガンダムは物語は完結するわけですが、監督にとってこの二人はどのぐらい重要なんでしょうか?

富野 全然、重要じゃない(笑)。戯作を作るというのは、こんなものなんだからそんなことを気にしてたら「近松」に勝てないじゃないですか。近松は古典を作ろうと思った訳じゃなくて大衆小説でしょ。それに勝ちたいと思わなきゃ。僕は芥川賞も直木賞も狙えるような技量はないから、近松に勝ちたい。いけないのかなぁ(笑)。

――近松といわれると富野さんの書かれる小説が恋愛率が高いのがわかりますね。『ハイ・ストリーマー』のアムロはおねーちゃんをくだいちゃ、次のおねーちゃんって。『好色一代男』みたいですもの(笑)。ところでアムロは当時のアニメファンに対するアンチテーゼとして設定したとうかがいましたが。

富野 アムロとカミーユは明確にアンチテーゼとして配置しました。戯作とし世相を見て意図的に生み出したことは当然ですが、ファンに受け入れられるとは思っていませんでした。

――ララァのキャラクターはいかがですか?

富野 あれも全くの意図的なキャラクター。僕に戯作者としての才能があるかと考えたときに全くないんじゃないかと考えてしまうのがララァですね。僕の中に存在しないキャラクターだからこそ、ロジカルに突き詰めて動かしているだけです。つまり、枝葉論的なものを意識し過ぎていて、戯作が持つべきもっと大きなふくらみみたいなものを創造しきれていないんです。だから、ララァとかクェスを動かすと僕は全く駄目ですね。

――監督にとって戯作のもっている力はどんなものなのですか。それが発揮できたキャラクターというと?

富野 ガンダムの登場人物の中ではビジネス論的な意図がなくて、無意識に作り上げられたのは、ランバラル夫妻です。今でもとっても好きですね。あの二人は本当に自然に生まれてきたもので、この年齢になっても「うーん、この男女はいいよな」と思います。だから、ハモンの最後のセリフはこれだよなって覚えてるからね。『逆襲のシャア』はこの間観るまではなにも覚えてなかったんですよ。そういう無意識の意識みたいな、これしかないだろうと言う部分をちゃんとおさえて、アニメをやっていても戯作者だといってもらえるような仕事をしていこうと思っています。だからこそ今、戯作者たらんとして自分に枷をかけるつもりで『キングゲイナー』みたいな作品をやっているんです。これは僕にとって凄く幸せなことです。僕が昔、そぎ落としてしまったものをもう一度手に入れられるかもしれないと思うと、本当に嬉しいです。時代を生きてるという感覚は、今まさに僕は『ハイ・ストリーマー』です。

                              (二〇〇二年一一月/構成・編集部)

三作の『逆襲のシャア』の関係性を語りたいが、また明日にしよう。


富野由悠季と歌

2008/10/07 01:34|未分類TRACKBACK:0COMMENT:4
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■ときめくの1句(1)
■富野由悠季と挿入歌(1)
■富野由悠季と挿入歌(2)
■暴露の快感

前は劇中の挿入歌について語ったが、
今回取り上げた歌はちょっと違う。
劇中の人たちが本当に唄った、あるいは聞いた歌、
つまり劇世界の中に実在する歌
世界観作り、ドラマの一環としての歌について書きたいと思います。


伝説巨神イデオン 発動編
Happy Birthday to You
子どもの誕生と宇宙の再生を重ねるうえの誕生日の祝い歌。
全ての人々は拘りを捨てて、一緒に合唱する。
やがて、一つの「意識」になる。

リーンの翼
リンゴの唄
これは周知の通り、戦後直後並木路子による歌謡曲。
このバカ明るさは、まさしく日本の生命力を象徴するもので、
劇中で迫水を導いて、ふたたび魂の帰るべき場所バイストン・ウェルへ。
個人として「めぐりあい」や「月の繭」並みの使い方。

ファウファウ物語
HOTEL CALIFORNIA
何故この曲を使うのか、未だに考えているが、
もしかしたら、富野はこの曲が好きだけかもしれません。

逆襲のシャア
ネオジオン国歌
スウィートウォーターの民衆がシャアのために歌った歌。
民衆の純朴な思い、宇宙住民の願い、シャアへの慕いや期待を語りつくした歌。
さらに、ちょっと欲張りで映像をも入れると、シャアの複雑さも伺える。
このへんは富野の熱情と高畑の冷徹を混じる感じで、とても素敵なシーンだと思う。

機動戦士Vガンダム
ひなげしの旅のむこうに
シャクティがよく口ずさんでる曲。Vガンのテーマが潜んでる名曲。
彼女にとって、この曲は母さんが伝えてくれた曲だけでなく、故郷の曲でもある。
エンジェル・ハイロゥに乗ってる時でもこの歌を歌い、人々を導いて、戦争を終らせた。
色んな意味を含めての安眠曲です。

∀ガンダム
宵越しの祭り
ビシニティ附近の伝統的な曲。祭りと切り分けない土着な曲。
話展開の関係で、第1話と第2話しか使われていないけど、
明確に∀と富野の性別観を語りつくした曲。

月の魂
レット隊のテーマ曲。いつも歌われている。
月への憧れと土着な雰囲気を表してる曲。
劇中は結構使われていて、どれも上手く作用している。
最後、ムロンとキャンサーがこの曲を歌うのも、
やはり彼らの帰るべきところがこの曲に秘めた記憶ですから。

オーバーマン キングゲイナー
本当かい!
ミイヤの祭り
どれの曲も超素敵といわざるを得ない曲。
シベリアなのに沖縄あたり?な曲調で、人の根源な記憶を煽る。
あと人の生命力と熱力を喚起するような感じ。
∀と違って、使いたければ何時でも使えそうな曲なのに、
脚本家ができなかったため、結局最初のミイヤの祭り以外、
ほとんど使われなかった。残念無念。

キングゲイナー・オーバー!
歌うアナ姫すごすぎれば、
見る観客も恥ずかしすぎる。

リーンの翼
はじめてのおっぱい
ほかの曲と違って、劇中では大した役割を持っていなかったけど、
フィルムの艶というか、瑞々しさを出すのに結構いいだと思う。
おっぱいという赤ちゃんという人の生まれたてな姿を喚起する歌詞も入れてるし。


とりあえず今これだけ。ほかには何の歌があるのかな?

こうしてみると、アニメ作品の劇中での祭り志向は明確見えます。
Vガンは欝時代なので、よくブレン以後の作品と分かて語れるけど、
こうしてると、あとの作品との繋がりは確実いるといえるでしょう。

あと、ガーゼィは”歌”がないのはどうも引っかかるな…。
現実との直接にリンクするバイストンウェルものに歌がないのは、いただけないな。
アニメは観たことないから分からないが、”祈女の唄”は劇中の歌なのかな?

では、何故歌なのかというと、
それはやはり歌は現時点富野が見つけた一番芸能に近いものなのだから。
作品外だけでなく、劇中まで芸能を実践する!という意気込みだと思う。
が、前も言ってたが、ライブ感覚はすでに富野の作品作りの中にあるので、
もっと芸能を内面化できるかどうか、結局使い方によるものなのよね。

最近よく富野とゲームの話をしてるが、
実はもっと気になるのは富野と音楽の関係。
だがこの方面についてはゲーム以上詳しくないので、
どうしても書けないな。
ただ、富野自身はよく音楽を聞かないし、よく知らないと言ってるが、
少なくそんなことは無いだけは言えます。


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